桂林怜夜@世界忍者国様からのご依頼品


タイトル:摩天楼の狭間

 摩天楼。
 先端が天をもこするかと思われるほどの高層建築のことを指す。
 聳え立つビルは、さまざまな建築様式で建てられており、インターナショナル・スタイル建築で建てられた近代的なビルも多いが、いまだにゴシック・リヴァイヴァル建築で建てられたウールワースビルなど、古き美しき建築ビルも残っているのが、この摩天楼とも表される街 -ニューヨーク-という街だった。
 それらのビルが醸し出す夜景は数多(あまた)の宝石をそこへ蒔いてしまったかのように、キラキラと光り美しく艶やかに、瞳に映るものだった。
 また郊外へといけば、高級アパルトメントなども軒をつらね、近代的なだけでなく古き良き時代そのままの建築様式の建築物も多かった。


 このようにニューヨークという街は、天高く聳えるビルが取り上げられがちだが、公園など自然を営む区域も少なくない。
 その中でも、もっとも有名なのがマンハッタンにあるセントラル・パークだろう。
 広大な敷地には湖や池もあり、緑も豊かな、ニューヨーカーの憩いの場所でもある。
 しかしその大部分は、実は造園されたものというのはあまり知られていないかもしれない。

 そのセントラル・パークの片隅に女性が一人、頼りなさげに佇んでいた。
 時刻は昼。日も高い時間だが、強い日差しは周りの木々の葉によって柔らかいものになっている。
 付近に人気は無いが、遠くには鳥が囀り羽ばたく音が聞こえる。
 女性が立っている場所ではないが、遠くでは犬が散歩でもしているのか、犬の鳴き声とそれに答えるような人の声が聞こえる・・・が彼女の母国語とは違う言語のようだった。
 もっとも彼女を不安にさせたのは、さきほどから揺れる足元かもしれない。
 そんなに強い振動ではないが・・・

 そんな不安の中、周りを見渡せばそこが公園のような場所だということはわかった。
 しかし、自分はなぜこのような場所にいるのだろう・・・?
 確か『彼』に会いにきたハズだったのに・・・


 そう不安に感じたのは束の間だった。
 遠く、木漏れ日の中、自分に近付くスーツを着る青年の姿を確認したからだった。
 それは彼女-怜夜-が知る、青年-ロジャー-だった。
 少し長めの金髪は軽く後ろで束ねていた。その金髪は木漏れ日に照らされキラキラしている。
 それが、なんだか少しだけ怜夜には眩しかった・・・

 二人合流し、軽く挨拶をした。
 元気そうな姿にほっとする・・・
 本当は色々と聞きたいこともあったけど、そんなことは彼の姿を見て、全部吹き飛んだ気がした。
 それよりも・・・
 揺れるこの地面がなんとも、慣れない・・・

 少し不安げにロジャーを見つめる怜夜。

「工事・・・・・・・だといいんですけど。虫歯菌なんていないですよね・・・・・」
「マンハッタンは、地下が岩盤でね・・・」
「地震の多いところでしたっけ?」

 はて?
 自分の記憶が確かなら、ニューヨークは地震が多い街だとは聞いたことはなかったと思うのだが・・・

「アメリカではあまり地震が起きないと聞いたことがあるんですけど」
「これは、街の騒音が響いているんです。地面からしみこんで、ね」
「あ、都会だとそういうこともあるんですね」

 ロジャーの説明を、なるほどー、と言うように聞き入る怜夜。
 また少し足元を見ていたが、揺れる足元の原因が判明して、少し余裕が出来たのだろう。
 長身の彼の顔を見上げるようにして目線を上げると、やっと微笑んだ。

 そんな怜夜の笑みを見たロジャーはそっと手を差し出して言った。

「ニューヨークへようこそ。少し、案内しますよ」
「あ、ありがとうございます!」

 一度、その手を握るが、ふと彼の胸元に飾りたいと思って花を一輪、持ってきていたことを思い出した怜夜は、握った手を解くと背伸びしてスーツの襟、ボタンホールへとその花を挿した。
 怜夜が知る、彼のもう一つの姿のときに首に巻いているマフラーと同じ色の花は、スーツ姿の彼にもよく似合った。


 そうして、手を握り合い歩き出す二人。
 ロジャーは怜夜に合わせるように歩いた。
 怜夜が小走りになってしまわないよう、歩調を合わせゆったりと歩く。

 木漏れ日射す遊歩道の脇には、見たこともない大きな木々が立っており、それは丸で神社の一角のようにも見える。

 そっと握られた手も、葉の隙間から射す日差しも暖かく、こんな時が永遠と続けばいいのに・・・
 怜夜はそう心の中で思った・・・

(さすがに、叶わない願い・・だと思うけど・・・)

 そんな翳った気持ちを抱えた怜夜の表情を、ロジャーが見つめていたことに、怜夜は気づかずにいた・・・


 そうして公園を抜け、ブルードウェイを通り抜けていく二人。
 たくさんの大きな木々の次にはたくさんの煌びやかな劇場が並んでいて、さらに圧巻だった。

 それを、わぁと感激した表情で見渡す怜夜。
 ロジャーと顔を見合わせては、あの劇場では有名なこういうショーが行われていた、などの説明もしてもらった。

「今度、分かりやすいミュージカルでも見て行きましょう」
「ええ。是非お願いします・・・夜だとやっぱり、ここも危ないんですか?」
「大丈夫ですよ」

 一つ約束をして、それを叶えてくれるロジャー。
 そうしてまた次の約束をする。
 その約束を二人が握り合う手の間で暖めるようにして、怜夜はロジャーの手を強く握った。
 ロジャーもその手の温もりを確かめるように、怜夜の手を握り返した。

 ブロウドウェイを抜け、マンハッタンの摩天楼が見えてくる。
 目の前に見える超高層ビル群は威圧感を拭えなかった。
 そしてその光景に、本当ならあるはずだった『ビル』。
 怜夜の見る摩天楼には、もう姿を見ることは出来なかった『世界貿易センタービル』。

 それは2001年9月11日に起きた同時多発テロにて、失われたものだった。
 怜夜も知るそのテロで失われたのは、ビルだけではない。
 あの時、そのビルにいた人々、そしてその人々を助けるために救助にあたった消防員などもまた、命を落としていた。
 当時のニュースを思い出し、思いを馳せる怜夜は、静かにそのビルがあった場所の方へと向くと手を合わせた。


 街を彩る色んな景色や移り行く時代を感じながら歩いた二人の旅行は、その海辺にたどりついた瞬間終わった。
 船に乗るかロックフェラー大学へ行くか、と訊ねられ海は好きだと答えた怜夜に、では遊覧船に乗りましょう、と再び怜夜の手を取ると二人は遊覧船へと乗り込んだ。


 日が落ちてきたのもあり、海風もあるせいか、少し肌寒いデッキに二人はいた。
 その先には自由の女神が見える。


 大きく凛と立つ女神は、今日もニューヨークを見つめていた。
 1886年に完成したこの女神は元々灯台だったため、ニューヨーク港へと向いている。
 1984年には世界遺産にも登録され、予約は必要だが現在でも王冠部分にあたる展望台へと昇ることも出来る。
 銅製で、台座を含めたたいまつまでの高さは93メートル。
 右手に純金で形作られた炎を擁するたいまつを空高く掲げ、左手にアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」と刻印されている銘板を持っている。
 その足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、これを女神が踏みつけている。
 それは全ての弾圧・抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴しており、女神がかぶっている王冠にある7つの突起は、7つの大陸と7つの海に自由が広がるという意味である。


 そんな女神と海に広がる海原の景色を見つめ怜夜。
 先ほどロジャーから肩にかけられたコートの両端を交差した手で強く握る。
 そして横にいる、コートのかわりに怜夜のストールを羽織るロジャーを見た。
 風に靡く金色の髪は、夕日にも綺麗にきらきらと光る。
 それは昼間見た色とはまた違った金髪の色だった。

 そしてコートとストールを交換したときのやり取りを思い出して、少し陰る怜夜の表情。
 それをまるで振り切るように、小さく頭を横に振ると、片手はコートを握ったまま、もう片方の手で再びロジャーの手を、強く握った。


 少し冷たい風が吹く船の上で二人は、それでも手を離すことなく寄り添い、海と女神、そして宝石のように輝き始める摩天楼をいつまでも見つめていた。


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 女神よ、どうか彼が怪我や病気などしないよう、導いてくれますように。
 本当は・・・いえ、それは言えないから・・・
 だから、女神よ、彼を導いて。
 せめて怪我や病気をしないでくれたら、私は次の約束まで頑張れるから・・・


作品への一言コメント

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引渡し日:2010/03/24


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最終更新:2010年03月24日 17:29