桜城キイチ@キノウツン藩国様からのご依頼品
タイトル:約束の笑み
大きな屋敷。
内装は重層で廊下は車椅子が通ってもふさがないくらい広く、赤い絨毯が敷かれている。
大きな窓には絨毯と同じくらい赤いカーテン。
今日は天気がいいのか、優しい太陽の光が廊下を暖かくしている。
そんな廊下を行く車椅子には、一人の老人が乗っており、それをゆっくり優しく押すメイド服の女性は、背筋を伸ばし、姿勢正しく歩く姿は美しく、凛としていた。
「ご主人様、お話が出来てようございましたね」
「おお、そうじゃの。彼に会えて良かった。お茶でも用意してあげなさい」
「かしこまりました」
恭しく、そして嬉しそうに答えるメイドの声を聞いて、車椅子に乗る老人も自然口元がほころんだ。
先ほどまで、客人と話をしていた主人は、長時間の会話は難しく、疲れた様子を察したメイドは、失礼ながらもお暇をいただくため、主人を寝室へと送るところだった。
主人を寝室にて休ませたメイド -田辺真紀- は、今日の客人である青年 -桜城キイチ- のもとへと一度戻ることにした。
ノックをし、入室すると、そこにはまだ少し緊張した顔の桜城がこちらを見た。
そんな桜城の緊張を和らげるように、微笑む田辺。
「ありがとうございます。よろこんでいました」
先ほど、部屋へ戻る途中の、主人の優しい声を思い出しながら、頭を下げて伝える田辺。
桜城は、はわわとしながらそれに答えた。
「いえ、こちらこそ大変なお話を頂きまして・・・それで、その・・・その後、園主さまのお加減は・・・」
桜城は小声で、田辺にささやいた。
なんだか、大きな声で話す話題でもないと思うと自然声も小さくなる。
どこまでも主人に気遣う桜城に好感を強めた田辺も、自然微笑む。
「大丈夫だと、思います」
「よかった」
ほ、っとする桜城を見た田辺は嬉しそうだった。
「本当にありがとうございます。桜城さま」
心からの言葉、それを紡ぎ頭を下げた田辺。
田辺からその言葉を聴いた、桜城は力強く言った。
「先日のお約束を1日でも早く叶えられるよう努力いたします!」
その力強い言葉に、田辺は涙ぐんだ。
その綺麗な涙に一瞬止まる桜城。
次の瞬間、涙を見せた田辺に慌てだした。
自分は何か、悪いことを言ってしまったんだろうか、と@@する。
「はわわ、ど、どうされました」
「本当に、ありがとうございます。優しさが、目に沁みました」
おろおろする桜城。
どうしたらいいのか、ハンカチを差し出すべきか!?
自分なんかが、いいのか!?
など、よくわからない焦りとか、驚きとか、どうしたら涙を止めれるだろうか、とか。
色々考えている桜城を見た田辺は、少しだけ微笑むとその涙を拭いた。
そして、頭を振って言ったのだ。
あなたの優しさがとても嬉しかったのだ、と。
だが、そんな田辺に、逆に小さな罪悪感を持つ桜城がいた。
だって、自分にはほんのわずかだが、他意もあったから・・・
「やさしさ、では・・・もとより騒動も自国の問題ですし・・・その少しばかり他意も・・・」
真っ直ぐ、田辺を見ることが出来なくて、目を逸らし床を見つめてしまう桜城。
そんな彼にも、好感を強めた。
なんて、実直な人なのだろうと。
だから、優しさではないと言う、桜城の言葉に、田辺は首を横に振った。
「ありがとうごいざいます」
田辺は涙をふいて、微笑んだ。
貴方のその曇った顔が少しでも晴れるように、そして本当に嬉しかったから。
だから、心を込めて、伝えた。
そんな田辺の笑顔に、桜城は見惚れてしまった。
床と見詰め合っていた桜城の瞳が自分に向いたのが嬉しい田辺は、切り出した。
「お茶でも、いかがですか?」
「有難うございます、頂きます」
少し、照れくさかったが、それまでの曇った顔はどこへ行ったのか。
田辺の煎れてくれるお茶が嬉しくて、ぱぁと晴れた笑顔で桜城は答えた。
席を勧め、桜城が着席したのを見届けると、紅茶を煎れに、田辺は再び部屋を後にした。
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キッチンへ行くと、すぐさま紅茶の用意を始めた。
まずは湯を沸かし、熱湯をティーポットとティーカップに注いであらかじめ温めておく。
茶葉はティースプーンでしっかり量る。目分量では煎れるたび味にムラが出来てしまうからだ。
今回選んだのはダージリンのオレンジペコの茶葉だ。
それを量って、さきほど熱湯で温めておいたティーポットに茶葉を入れる。
そこへ、沸かしたての新鮮な熱湯を、高い位置から入れていく。
勢い良く入れることで、ティーポットの中で空気を含ませながら茶葉を躍らせるのだ。
そうやって入れると蒸らしに入る。ティーポットにポットカバーをし、3~4分、蒸らしていく。
田辺は、細かい蒸らし時間を茶葉の開き具合を見て決める。
中の茶葉の様子が見れる耐熱ガラスのティーポットは、お気に入りだった。
3分を過ぎた頃ポットカバーをあげると、お湯の中で踊っていた茶葉が開きポットの底に沈んでいくのが確認できる。
全ての茶葉が開ききって、底へ沈みきったところで出来上がりだ。
ポットと同じく熱湯で温めていたカップに、出来上がった紅茶を注ぐ田辺。
いつもなら、ここまでの工程は機械的にしているものだった。
しかし、今日は違った。
茶葉を選ぶときも、ポットへ茶葉とお湯を入れるときも、そして出来上がった紅茶をポットからカップへと注ぐときも。
その先には、桜城の顔が浮かんでいた。
美味しくいただいてほしい。
それだけを思い描いて、今日の紅茶は煎れていた。
カップに注がれた紅茶の香り、そして色味に満足した田辺はそれをトレーに乗せると、メイド服のスカートを翻して、桜城が待つ部屋へと急いだのだった。
紅茶はこぼさないようにして。
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ドアの開く音に、少しだけ肩を揺らす、桜城。
心臓の音は、最高潮だった。
そしてそれは田辺も同じだった。
珍しく、カップのソーサーを持つ手がわずかに震えている。
お口に合うといいのだけど・・・
それだけを思い、桜城の前に出す。
桜城は、というとお茶を出されたはいいのだが、作法とかに詳しくない。
失礼になりはしてないだろうか、という気持ちと、田辺が煎れてくれたお茶、という思いで同じくカップを持つ手が震えていた。
コクリと飲むと、味と香りが喉と鼻を通る。
「あ、美味しい」
その桜城の反応を見て、田辺は微笑んだ。
表情を見ればわかる。良かった、お口に合ったようだ。
「滅多にお茶等は飲まないのですが、これは美味しいと思います」
二口目を飲んで、さらに言い募る桜城。
とても美味しくて、飲み干してしまうのが、とても惜しかった。
「さすがは万能ねえやさん、ですね」
「心を、こめました」
うわーうわーと関心しきりで言う桜城に、田辺は言った。
気持ちまで、一緒に伝わったと、田辺は嬉しくそう思った。
優しく美しく自分の前で微笑む田辺からそのように言われて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、桜城は照れてしまった。
田辺はそんな桜城の表情を少し不思議そうに見ていた。
桜城はにこやかに笑うと、言った。
「最高の調味料です」
「はい」
こんな美味しい紅茶を、田辺に煎れてもらったことが、何より嬉しかった。
それも田辺の心がこもっている。
それは桜城にとって、この上ない最高の紅茶となった。
紅茶をしっかり味わい、最後の一滴を惜しむように、喉を通すとカップをソーサーに戻したところで、桜城はどうしても聞きたい事を、田辺に聞いてみた。
「そうだ、ひとつお聞きしたいことがありました」
きょとん、とする田辺。
主人のコトだろうか?と思っていたが、どうやら違ったようだ。
「田辺さんの下のお名前を、お聞きしたいかと」
少しびっくりする田辺の顔を見て、えとその単なる興味でして、と言う桜城。
だが、びっくりした表情を見せたのは一瞬だった。
すぐに笑みを浮かべると、答えた。
「真紀、です」
「田辺真紀さん・・・良い響きですね」
「嬉しいです」
名前を褒められて、こんなに嬉しいと思ったことはあっただろうか・・・
田辺は思った。
だから、この先の言葉は、無意識に出たものだった。
「あの」
「はい?」
「また、遊びに来てください。待って、ますから」
「ぜ、ぜひに」
まさか、田辺からそのような言葉が出ると思わなかった桜城は、それしか答えられなかった。
しかし、田辺はそれだけで十分だったようだ。
きっと主人にも見せた事がないだろう、満面の笑みを田辺は桜城に見せたのだから。
【終わり】
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お茶の種類がわからなかったので、勝手に紅茶にしてしまって、すみませんでした;
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引渡し日:2010/02/16
最終更新:2010年02月16日 12:39