夜國涼華@海法よけ藩国さんからのご依頼品


昔と今を貴方と見つめて


 空を飛ぶ。
 足元が不安定で、長い耳で風を切り、時折風を食む感覚は、未だに慣れない。
 ただ自分を抱きかかえているのは夜國晋太郎であり、抱きかかえられている時に伝わる熱が、大丈夫だよと伝えているようで、不思議と安心できた。
 高度はぐんぐんと上がる。雲が目の前に見え、空が近い。
 そして、ゆっくりと速度は落ち、やがて止まった。
 ここから広がる景色は、まだ若緑色の葉々と、風が吹けばぽっきりと折れそうな幹、梢。まだ森と言うには程遠いよけ藩国の若い森であった。

「うわあ……」

 夜國涼華はそう声を漏らした。
 ふと、耳元で空気が揺れたような気がして振り返った。
 振り返ると、晋太郎が笑みを浮かべていた。笑ったから、空気が揺れたのだ。

「えっと……あたし変な事言いましたか?」
「ううん。ただ、よかったって思っただけ」
「よかった?」

 涼華は首を傾げた。

「前は泣いてたから」
「あ……そりゃそうですよ。子供達が泣くのは、あたしだって悲しいし」
「うん、今は平和だから。まだ、ね」
「そうですね……」

 かつて空から見下ろしたこの国は、今みたいに落ち着いて見られるものではなかった。
 首都が燃え、煙が漂う光景。遠くて詳しくは分からなかったが、大気が怒りを含んで揺れていた。
 あの時は、晋太郎に抱きかかえられ、泣くのを必死でこらえてそれを見つめ、我慢できずに晋太郎の胸で泣いたものだった。

 海法よけ藩国は、現在においては数少ない落ち着いた国の一つであった。
 戦争が始まり、各地で悲鳴や嗚咽が聞こえている。
 そう。かつてのこの地のように。
 長い月日をかけて、国は甦った。
 確かに森は一度なくなり、一時は砂漠の国になってしまったが、今は森が少しずつではあるが戻ろうとしている。

「ここも、また戦場になる事はあるでしょうか……」
「うん。戦争になる時はなるよ。いつもそうだから、この世界は」
「そうですね……」

 涼華は長い耳をシュンと下げた。
 晋太郎は、にっこりと笑うと、ゆっくりと高度を下げた。
 風が、滑らかに耳に当たる。

「えっ? 晋太郎さん?」
「でも、大丈夫じゃないかな。昔と確かに違うけれど、いい事もあるから。ほら」

 ストン。
 地面に着地した。
 晋太郎は抱きかかえていた涼華をそっと下ろす。
 久々に踏む森の地面がやや固い。前はもっと葉っぱが積み重なって柔らかかったのに。
 涼華がまた少し、シュンと落ち込んだ時だった。

「にゃんにゃんちゅー」
「えっ? 晋太郎さん?」
「しっ、来た」

 涼華は晋太郎の突然の発言にキョトンとして、晋太郎を見ると、晋太郎は指を口に当てた。
 涼華はこくりと頷くと、晋太郎の見ている方角を一緒に見た。
 茶色く大きな尻尾が、茂みの間から見えた。
 まだ隠れるには足りない茂みの間には、くるくるした瞳でこちらを伺う、ネコリスの姿があった。

「! ネコリス……戻ってきてくれたんだ……」
「うん。戻ってきたのは最近だけどね」
「よかった……本当によかった……」

 ほとんどのネコリスは、こちらを伺っているだけだったが、一回り小さいネコリスがトコトコと寄ってきた。

「にゃんにゃんちゅー」
「にゃ……にゃんにゃんちゅー」
「物語を食べに来たんだよ。ほら、何か話してあげて」
「ええっと……どうしましょう。あっ、百物語があった……」

 涼華が肩にかけていた鞄には、昔もらった百物語が入っていた。
 足元でこちらを見上げる子ネコリスを怖がらせないよう、そこにあった程良い石に座り、百物語を広げた。
 気付けば、他のネコリス達も物語を聞きに寄ってきていた。
 涼華が見上げると、晋太郎は微笑んで、手をかざした。
 晋太郎の手には灯が点り、その魔法の灯がぽわりぽわりと若い森に浮かび始めた。
 涼華はそれを見て微笑むと、息を吸って、物語を読み始めた。

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 一人であったら、若い木のように折れていただろう。
 一人であったら、風になぶられて、葉を散らしていただろう。
 二人でいると言う事は、折れない事なのだ。
 風になぶられようとも、雨に打たれようとも。
 どんな困難にあっても、きっと二人はやっていける。
 この国で一緒に過ごした二人だから。

<了>


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最終更新:2010年01月19日 21:08