かくた@よんた藩国さんからのご依頼
少女の目に映る青い青い海は、深すぎる青を通り越して翡翠色に輝いていた。
それは宝石を散りばめたように。水平線まで続くエメラルドの海。
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ただの癖なのか、他に何か理由があるのかは分からないが普段片目をつぶっている少女メノウは、
目の前にただただ広がる海を両の瞳に映していた。
「やっぱり、いつもより、いっぱい、沢山、見てみたくなった?」
話しかけられて、はっと自分が一人でないのを思い出した。
急いで片目を閉じる。
今日のデートの相手である彼女の養父にあたるかくたは、声をあげて笑いながら「大丈夫」とメノウを安心させようとしていた。
その様子にメノウは不意に顔をあげ、かくたを見つめていた。
かくたが彼女の表情から読み取れたのは、何か理解できない不思議なことでもあるのだろう、ということだけだった。
「?、どうしました、何か、不思議なことでも?」
「なにが大丈夫か、わからない」
――ふむ。
かくたは少し考える。
彼女にとって今は「大丈夫」とは言えない状況なのか。
ほぼ反射的に周囲に敵影がないか確認してしまうが、見えるのは波打つ海とキリッとした潮風だけである。
「なにが?、心配?」
「……心配って、なに?」
「ああ、すみません、いえ、メノウさんが、」
「心配って、共和国にない。それ、どういう言葉?」
――そういう意味ですか。説明するのは少し難しそうですね。
メノウの髪が風になびくのを見ながら、かくたは再び考える。
「うん、心配っていうのはね、大事な人のために『こころくばり』をしてあげること、ですよ」
「何の意味があるの?」
メノウは本当に不思議そうにしている。
「その人にもしものことがあった時に、そのこころくばりが、もしかしたらその人の役にたつ、救ってくれるかもしれないから、人は心配してあげるんですよ」
「まだメノウには、難しいお話、かな?」
とてもとても不思議そうにメノウは口を開く。
「心配しても、死ぬよ? 考えない方が、1にゃんにゃんお得」
それはとても当たり前のことを言っているような口調だった。
いや、恐らくは彼女にとって本当に当たり前な考えなのだろう。
「でもね、」
メノウの閉じた瞳と開いた瞳を見つめながら、かくたは伝えたい言葉を選び出す。
「そういうときに、人は、財布の中に1にゃんにゃんあるよりも」
頭の片隅でこの少女の歩いてきた道を思う。
「自分を心配してくれる、こころがけてくれる人の気持ちのほうを、」
たくさん、本当にたくさん悲しいものを見てきたのだろう。つらい思いをしてきたのだろう。
開いている方の目でまっすぐに見つめられながら、かくたは思う。
閉ざされた目の見てきたことを。
「ありがたい、と思うものなんだよ」
「帝國は甘いんだね。戦争、しらないんだ」
かなり多くの帝國民たちを苦笑させるであろう一言をうけ、やはりかくたも苦笑していた。
「よく、怒られます」
そしてなぜか、この苦笑しつつの一言はメノウを激しく動揺させた。
何かを恐れるように、あちこち見渡している。
何かいるのかと、つられてかくたも周囲を警戒するが、見えるのはやはり海くらいなもので、しいて言えば遠くに漁船が出ているくらいである。
「…ごめんなさい」
「何にあやまってくれた、のかな?」
あまりに唐突な「ごめんなさい」はきちんと伝わらなかった、
ということを理解したのか、メノウは少し難しい顔で黙り込んでしまった。
「うん」
かくたは、ほぼ反射的ににっこりと笑顔をみせる。
反射的でも心から出たものに変わりない笑顔は、見た人の心に届くものだった。
「、、、恥ずか、しい?」
「うん」
一度すごい勢いで視線を外したメノウは、なかなか目を合わせようとしなかった。
――誰かに見られたり聞かれたりするのを気にしているのかもしれない。
「うん、大丈夫、ここには、他にだれもいませんよ」
改めて周りに誰もいないのを確認してから、笑顔のまま安心させる言葉を伝える。
「だからお願いです。どうか、私の目を見て、私の話を聞いて、それから、あなたの話を聞かせてください」
ようやくかくたに顔を見せてくれたメノウだが、その表情は難しかった。
「ひどい話をきいて、面白い?」
「面白くはないでしょうけれど、でも、メノウと一緒になって考えたり感じたりすることができますから」
やさしい笑顔のかくたとは対照的に、メノウの表情は暗い。
何かを思い出しているのかも知れない。
「…笑う人いる」
かくたは不意にしゃがみこみ、目の高さを合わせ、まっすぐとメノウの片方しか開いていない両目を見つめた。
その突然の出来事にメノウは少しうろたえた。
「面白い話でしたらね」
目を見つめたまま、笑顔のまま、言葉をつなげる。
「でも、そうでなかったら、そういう人たちに、貴女の話を、もっとちゃんと聞いてもらう方法を、一緒に考えましょう」
メノウの表情は相変わらず難しい。
まるで「分かっていない」とでも言いたげなように思えてくる。
「……悪い人が聞いたら?」
「わたしや、メノウの友達や、敬愛するみなさまといっしょになって、そういう人たちをやっつけちゃいましょう。
大丈夫、こうみえても、おとうさん、メノウ3人分くらいは、生きてきたから、何とかします、なんとか」
言葉の最後に改めてにっこりと笑顔を見せたかくただった。
が、メノウの表情は依然暗い。
「……大統領はつよいけど、なにも出来なかったよ」
間違いなくすべてのアイドレスプレイヤーを苦笑かへこませるだろうと思われる一言を、さらっと言ってのけるメノウ。
かくたも大統領と呼ばれる人物を思い浮かべ、一瞬だけ苦笑したが、一息ついてにっこり笑顔に戻る。
「うん、でも、おとうさんには」
メノウの片目はかくたに集中していた。
「メノウがついていてくれるし」
ほんの少しだけ、メノウの表情に変化したように見えた。
言葉は正しく彼女の心に届いたようだ。
「少し、信じる」
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ある日のよんた藩国政庁。
一日の仕事を終えた藩王よんたが執務室でお茶を飲んでいる。
お茶を淹れているのはなぜかメード姿のよんた藩国執政かくたである。
「ではよんた藩王、以前お願いしておりました通り、明日は一日暇をいただきます」
「ああ、この間言ってた件ですか。ゆっくりしてきてください。
確か、メノウちゃんに会いに行くんでしたっけ。どこに行くとか決めました?」
「いえ、特には決めておりません。メノウの行きたいところへ行ければと」
ずずずずず・・・
それからしばらくは、お茶をすする音だけが響いていた。
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―――次の日―――
「うーん、さすがにこの距離だと何言ってるか聞きとれんなぁ」
「ファインダー通してみると、かろうじて口の動きはわかる。問題は読唇術の心得がないんだよね」
「盗撮はさすがにアウトだと思いますよ」
物陰にひそむ4人の男たち。
彼らの視線の先では、親子と思しき男と少女が挨拶を交わしているところだった。
「なぜか片目閉じたままみたいなんですが、なんでだろ?」
「オッドアイとか?」
「奇眼出身じゃないんだから違う気が。奇眼以外にもいるかもだけど」
「癖じゃないですかねぇ。片目閉じるとなんか集中できますから」
明らかに怪しいが「ただ単に見守っているだけ(本人談)」…らしい。
「あ、なんか移動する気配が」
「つかず離れず、追跡者の極みを見せて追いかけるとしよう」
「なぜか犯罪者のような言い方ですね」
こそこそと物陰に隠れつつ、二人のあとを追う男たち。
「この方向ってことは…さてはうみでーとだな!」
「海か…ならあの手が使えるか」
「やる気になってるところ悪いんですが、あの手ってなんですか?」
「あの手と言えばあの手だよ」
とかいいつつどこかへ姿をくらます一行。
「……なるほど、これなら確かに邪魔されず見守れる」
「って、遠すぎるでしょう!」
近くの漁船を借りて一行は海に繰り出していた。
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと用意しておいたんだ」
「て、偵察用双眼鏡…。なんか準備よすぎない?」
「細かいことは気にせずに」
それぞれ双眼鏡で海辺の二人を見守る。
「かくたさんがお父さんっぽい雰囲気を醸し出してますね…ステキだ」
「まぁ、かくたさんだし。そもそも養子だから戸籍上は親子なんだし」
それぞれ好き勝手なことをいいつつ、見守り(あくまで監視などではない)続けていた。
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この物語はフィクションです。
実在の人物・団体などとは一切関係ありません。
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最終更新:2009年08月14日 21:27