松井@FEG様からのご依頼品
「じゃ、ここにサインをお願いします」
「はーい」とお兄さんの差し出した宅配伝票に、胸ポケットに差してあるノック式のボールペンで名前を書き込みます。「モカ」…っと。うん、上手く書けました。
愛想のいい笑顔を残し、トラックで去っていく配達員のお兄さん。そして、私の側に残されたのはダンボールに詰まった喫茶店の食材とナプキン等の消耗品でした。ちょっとした山です。
いつもは特に配送品に対し特別な感慨を抱くことは無いのですが、今日は別です。何故ならば、店長の代わりに今日はこの山を全て1人で店内に運び込まなければならないのです。
本当は「受け取りまででいい」とは言われているものの、これを一人で全てこなせればモカの評価が鰻登りになるビックチャンスなのです! ぎゅっと握りこぶしを胸元で2つ作って、自分に気合を入れてみたりします。
………と、いつまでも店先で1人芝居をしている訳にも行きません。明らかに不審者です。
まずは体力のある内に、重いものから運び込むことにします。冷凍品などもありますが、以前の砂漠だった頃ならいざ知らず、今の居住区エリアなら瞬時に解凍ということもないので、後回しに。えいやっと持ち上げます。
よいしょ、よいしょ。次から次へと運びますが、体が重くなるばかりで荷物はあまり減りません。どうしよう…どうしよう…。最初のやる気という熱は消え去り、焦りが体を芯から冷やしていきます。
『役立たずは、どっか行け』
脳裏にかつて浴びせられた言葉が浮かび、私は………。
「何してるのさ?」
「え? あ、だ、大統領…?」
「大統領は辞めてくれって。それより、何してるのさ」
「え、えっと…」
荷物と是空さんを交互に見つつ、何か言おうと思いますが言葉が浮かびません。先程とは違った焦りに自分が飲み込まれていきます。あうあう………。その間に是空さんは荷物と私を交互に見ます。
「んー、なんとなく判った。こいつを店ん中に運び込めばいいんだな?」
「あ、はい! そうです」
「うむ」と軽くうなずくと、私が苦労して持ち上げていた荷物をひょいひょいっと担ぎ店へと歩き出します。慌てて、私も手近な荷物を持つと後を追いました。
「おーい、モカちゃん放っておいて、何やってんだぁ? って!」
「怪我人の前で騒がないのォ」
怪訝そうに振り返る店長の顔がカウンター奥のこちらを見て、困ったような複雑そうな顔をしています。お店の中では、カウンター席に座った店長の手当てをサーラさんがしていました。包帯を脇の下から腹部にかけてぐるぐる巻いています。どうやら、もうすぐで手当ても終わりなのでしょう。
「モカ、運べる物だけで良かったんだぞ?」
「………はいです」
しゅんとしてしまいます。日頃の御恩を少しでもお返ししたい、と店長に秘密で全部1人で片付けるつもりが、結局は他の方の手を借りてしまいました。………私はお役に立てないのでしょうか。
そんな私を見て、店長はゆっくりと立ち上がり、私の元へ近づくと頭に手を置きました。見上げた店長は大きく、置かれた店長の手もまた大きく思えます。
「ありがとうな、モカ」
優しく、優しく頭を撫でられる感触は気持ちよく、先程までの沈んだ気持ちはどこへやら、体がじわじわと温かくなり軽くなってふわふわしそうです。
こんなにもたやすく私を幸せに出来る店長の手は、魔法の手なのでしょうか? 少しの硬さと温かさ。何も出来ずに落ち込んだ私が、今はくすぐったさと嬉しさで心が満たされて行きます。
「はいはい! 俺も手伝ったんですがー」
「私も治療したー」
「………撫でて欲しいのか?」
「勿論、遠慮する!」
「お願い~」
私の頭を撫でていた魔法の手は離れ、サーラさんの頭を撫でています。名残惜しくもありますが、また撫でてもらえるように頑張ります。
撫でられているサーラさんを見ますと、それほど気持ちよくないように見えます。………というか、撫で方がわしゃわしゃっという感じで私の時よりぞんざいな気がします。
「髪型がァ。もう、意地悪ぅ」
「………で、いつものでいいか?」
「ああ、いつも通り最高のをな」
「無視ぃ?」
「了解だ」
「わーん、ヤガ…じゃなかった松井がいじめるよォ、モカちゃん」
「えーと、店長」
「断る」
「おいおい、松井にもそういう意地悪してるんじゃないだろうな? って、どっちも松井じゃ、判らんな」
「………」
溜息を吐き、カウンターの中に入って行く店長。無言で豆をすくいコーヒーミルのスイッチを入れました。珈琲豆が挽かれて行く音のみが、店内に音を生み出します。蓋を開けると挽いた豆から漂いだす芳醇な香り。サイフォンにフィルターをセットし、フラスコにお湯を注ぎます。
いつもよりも速度は落ちるものの、見慣れた店長の動きです。脇腹を固定されているので、動きにくいはずなのにそれをまったく感じさせない滑らかな動作。大変、絵になっていて、思わず見とれてしまいます。それは、モカに限った事ではないようで。
蒸らし、漉した珈琲を3つのカップに注ぎ、店長はソーサーとティースプーンを添えてカウンター席の前に配します。目の前のコーヒーカップからは、空気へと溶け行く湯気と押し付けがましくない香りが漂ってきます。
ゆっくりとソーサーから持ち上げ、口に含みます。漉す段階で調節された珈琲は熱過ぎず、冷め過ぎず。香りを楽しみながら、ゆっくりと呑むのに丁度いい温かさで、体内をじわじわと温めて行きます。
「一つ、頼みがあるんだが」
皆が無言で珈琲を味わうことで生まれた沈黙を、店長が破ります。話しを向けられた是空さんは目線で先を催促し、ゆっくりと珈琲を味わいながら耳を傾けます。
「こいつを打ち上げて、雨を降らせて欲しい」
是空さんの前に置かれるグラスに入った白い塊。それは白煙を上げる見慣れた物体、ドライアイス。冷凍食品のダンボール内によく詰まっています。これを打ち上げる?
「なんだって、また? 公的な施設を使う訳だから、それなりの説明はしてくれないと」
「今夜、あいつと夜空を見る約束があってな。なんとか、星を見えるようにしたい」
グラスを一瞥し、店長を見上げる是空さん。店長は一瞬、眉をしかめた後に口を開きました。ぶっきらぼうな物言いは、照れているのでしょう。サーラさんの冷やかしに対しての眼差しが、いつもよりもきついのも同じ理由でしょう。
店長の言葉に親指を立て、是空さんは「娘ラブっ!」と応えます。「大体判った、任せておけ」ともおっしゃっているので、事務に長けていると評判の大統領のことです。上手く行くでしょう。
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店長はいつも食材を仕入れている業者に、ドライアイスの手配をしに奥へと移動し、サーラさんも次の患者さんの所へと行きました。共和国では最近の大きな事件により、負傷者も多く、ここに寄ったのも治療だけでなく息抜きの目的もあったのでしょう。
その為、店内には是空さんと私の二人きりとなってしまいました。先程までは4人での心地よい空間だったのに、少し寂しい感じです。
「サーラさん、お忙しいのですね」
「ん、この間の事件でも負傷者がたくさん出たからね」
「はやく、平和になって欲しいです」
「頑張るよ。君の店長が、俺の娘とイチャイチャできるようにね」
「はい、モカもお二人が幸せだと嬉しいです」
「余計なお世話だ」
むすっとした表情を浮かべ、カウンター奥より姿を現し是空さんを見る店長は、モカには照れているからと理解できます。口が悪いのと固い表情が多い為、誤解が多い店長は損をしていると思います。
「手配は済ませた。後は頼む」
「りょーかい。で、星を見るって言ってたけど。二人の将来でも読む気かい?」
「いや、今回は星見的な目的は無しだ。あいつもそれを望むだろう」
「それがいい。じゃ、珈琲ごちそうさん」
カウベルを鳴らし、是空さんは颯爽と去っていきました。残されたのは店長と私。店内は静けさを取り戻しました。
「さて、仕込みと配送品を片付けないとな。モカ、手伝ってくれ」
「はい!」
私の住むこのNWという世界は、大変な日々が続いています。でも、それもいつかは平穏な日々に変わり、過去の記憶となって行くのでしょう。私の状況が変わったように。
多くの人が今を変えようと頑張っています。だから、私もせめてこのお店に来る人々の為に頑張ろうと思います。
それはとても微々たる物だけれども、積み重ねこそが大事だと知っているから。そして、変わらない世界は無いことも知っているから。
だから私はもう背伸びせずに、今できることをします。笑顔と店長の珈琲をお客様にお出しすること。それらを続けていきます。
世界と私を変える為に。
作品への一言コメント
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- 別のログのエピソードが自然に絡み合っており、複数のログを読んでいただき一味加えて書いていただけたのが凝っていておもしろいなと思いました。お話の世界がすごく優しい感じがして、疲れたときなどに何度も読み直して元気を分けていただきました。素敵なお話をありがとうございました。 -- 松井 (2009-07-23 09:12:38)
- 喜んで頂けたようで、ホッとしております。また、受注しておきながら提出がずるずると遅れてしまい、申し訳ありませんでした。本ログはSS枠が二本だった為、ログの場面以外で書こう→他のログを読む→モカちゃんかわいい! ログにも登場シーンが少ないので妄想を・・・といった思考で書いていたのですが、「こんなのモカちゃんじゃありません!」と言われたらどうしようかと思っていました。次回も精一杯作成させて頂きます。 -- 刻生・F・悠也 (2009-10-05 00:44:39)
引渡し日:2009/07/13
最終更新:2009年10月05日 00:44