鷺坂祐介@天領様からのご依頼品


 ――風住の行きたい場所で。

 相手の行きたい場所は、相手の好みの場所。
 勿論風住は、祐介が喜ぶ場所を選んでくれるのだろう。
 けれども、考えの根本には、風住の好みも含まれているだろう事は確実。

 祐介は、デートは勿論の事、風住が選ぶ場所そのものを、とてもとても楽しみにしていた。


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妖精の光

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 真っ暗な夜だ。
 夏の夜は、空気すら凍る冬の夜とは違い、そこかしこに生物の息づかいを感じる気がする。
 もっとも、小笠原の冬は、よその人間が考える冬とは違うかもしれないけれど。
 つらつらと考えながら、祐介はふっと息を吐く。目的の家に着いた。――ドキドキする。

 ちらりと時計を見やる。
 使い込んだスポーツウォッチが示しているのは、待ち合わせの時刻だった。
 風住が指定した時間。
 おそらく、もう準備はできているんだろう。

「かーすみー」

 暗闇に遠慮して、小さな声で呼びかけてみる。
 聞こえるはずも無いだろうが、それでも夜は声が響いている気がする。
 チャイムを鳴らすか大きな声を出すか、一呼吸ほどの逡巡の間に、想い人がひょこりと、玄関から姿を現した。
 ――大きく心臓が鳴る。

(しー)

 夜だ。夜だから、辺りは暗い。
 建物も道路も木々も、黒い影になっている。
 それでも、恋心のなせる業か、単に灯りの無い場所に慣れているのか。
 風住が、おしゃれをしているのは、分かってしまった。
 行く場所を考えてか、活動的な服ではあるが、それでも普段よりは、その。

(女の子してるなぁ…!)

 ちょっと、顔が赤いかもしれない。
 暗くて助かった。他に人が無くて助かった。
 …あと、自分も動ける服装で助かった。

「よっス」

 風住の動作を見て、ひそひそと挨拶する。
 そんな自分の様子を見て、風住は軽く笑った。
 その拍子にふわふわと風住の髪が揺れるのを見て、またドキリとする。
 ――今日はどうかしてる、俺。

「よっす。ふふ。いこっか」
「うん。でも、どこ行くの?」

 祐介が、ちらりと風住の服を再確認しながら聞く。
 と、どこか自慢げに風住は笑った。

「へっへーん。ひみつ!」

 思わず大きな声が出てしまったらしい。
 風住は慌てて、しーと言って、身体を小さくしてみせた。
 やっぱりひそひそと声をかけてみる。多分、内緒で出てきたんだろうなぁ。

「むむ。…まぁ、ここで話しててもあれだし。いこっか」
「うんっ」

 ――やっぱり、ドキドキと心臓が鳴る。
 差し出された手。
 嬉しそうな顔。

 いこっ、と言われたその声に応えて、祐介は風住の手を取り、歩きだした。
 夏でも、手の温かさは心地よかった。
 ずっと、こうしていたいと思うぐらいに。


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 歩く夜道も、2人いっしょなら、楽しかった。

「でも、やっぱり夜は静かだよねぇ。…空が綺麗なのがいいよね」

 祐介の言葉に、風住は空を見上げる。
 月、星がキラキラと輝いている。
 地上に灯りが無いから、星の光がはっきりと見える。
 光の洪水。天の川も綺麗だ。
 周りは暗いのに、その星の光だけでも歩いて行けそうなほど、確かな灯りだった。
 歩きながらもちらちらと空を気にする様子の風住を見ながら、祐介はちょっと笑った。

(うん、これはやっぱり)
「はは。なんか、いい感じ」

 ん?といった顔の風住。
 それでも何となく分かったのか、ひとつ頷いて言う。

「あ。すこし明るいかもね。今日」

 だよね、と頷きながら、ふと思い立つ。
 何気なく歩いてはいるが、方向はこれで良いんだろうか。
 手の先の彼女を見つめて、聞いてみる。

「あ、そうそう。どっちの方向? エスコートさせていただきます」

 おどけた調子になるのは、浮かれているから、としておきたい。
 それでも内心ドキドキしながら聞いてみると、風住はあっさりと指さした。
 細い指が、彼方を指す。

「あっち」

 見ると、黒々とした塊があった。
 森の方角だから、きっとあの塊は森なのだろう。

「了ー解です」

 祐介がやっぱりおどけてそう言うと、風住はふふっと笑った。

「なーに? それ」

 祐介を見る表情が優しくて、ドキリとする。
 今夜でもう何度、ドキドキしているのやら。

「では、いざ行かん。夜の森へ…。って、やっぱ柄じゃないかな」

 照れ笑いを浮かべながら言う。
 んー?とまたまたクエスチョンマークを飛ばす風住に、空いた手を振ってジェスチャーしながら、説明。

「よく御伽噺とかであるじゃん。夜にお忍びで遊びに行くお姫様と王子様みたいな」

 何、と眉根を寄せて、風住はぶーたれた。
 元気のよい動作が、暗い世界でもはっきりと分かる。
 それがまあ、自分の恋する目線からかもしれないけれども。

「それ、ホラーだったらぶんなぐるから」
「えー」

 祐介の反論はさらりと無視。
 風住はひとつ頷いた。

「ここからならいけそうだね。よーし」

 森の入口まで来た時、風住はごそごそと何かを取りだした。
 カチリ。
 音がする。
 カチカチ。
 どうやら、懐中電灯らしい。流石に近くだから、祐介にも分かる。
 カチカチカチ。
 腕ごと懐中電灯を振る。がんばってるなぁ、風住。
 カチカチ。

「ほら! こわいことなんかいうから!」

 祐介のせいでつかないじゃん!
 とも言いたそうな風住をまあまあとなだめる。

「そか、ちょっと待ってて」

 風住にそう言うと、おいでおいで、と雷鼠をポケットから呼ぶ。
 ちゅ、と、呼ばれた事が嬉しそうに、雷鼠はひょこひょことひげを揺らした。

「あ、くろこげの」
「そうそう。雷神さんから一緒連れて行って欲しいって言われて」

 頷きながら、手に乗ってきた雷鼠にお願いしてみる。

「ちょっとだけ、先が見えるくらいでいいからちょっとずつ放電出来る?」

 雷鼠はひげを揺らす。
 ふー、と全身を震わせて、勢いよく。

 ――びりりっ

 わずかに灯りがつく。それだけでも周りを照らしていると、言えるだろう。
 にしてもちかちかと光る雷鼠を風住と二人で見ていると。

(線香花火みたいだなぁ)

 花火を二人で、も良いかもしれない。うん。
 一人今後の予定を考えつつ、周りを見渡す。
 この光はちょっと頼りないとは思うが、さっきよりはマシだった。
 確かに、灯り程度にはなった。
 頑張ってる雷鼠を、風住に手渡す。

「ほい。まぁ、これでもゆっくり行けばなんとか」

 嬉しそうにはにかむと、風住は雷鼠を、空いた手で受け取った。

「なんかかわいいなあ。よろしくね?」

 ちゅー。
 さっきまではしっかりと鳴かなかった雷鼠が、風住には非常に愛想が良い。
 風住もやっぱり嬉しそうに笑って、歩きだした。
 雷鼠が放電してるとはいえ、やはり暗い。
 森の中だから、なおさらだ。木の根に躓かないように、気をつけて歩く。
 夏特有の、濃い木々の匂いが鼻にとおった。
 ああ、森なんだなあ、と祐介は思う。

「風住、大丈夫? 足元とか気をつけてな」

 暗くても、手の温度は確かだ。
 ぎゅっと握りながら歩いて行くと、風住がぽつりと言った。

「そろそろ」
「そろそろ…?」

 そう言う風住を見る。何かに目を凝らしているようだった。
 すっと視線を移すと、何かがぼんやり光っている。
 木の下、だろうか。黒い幹の下に、光がいくつか。

「ん…、なんだろ」

 じっと目を細めてみるが、ぼんやりなので判別できない。

「…蛍?」
「ふふん?なんでしょー?」

 これが見せたかったものかな。行きたかったものだろうか。
 自慢げな顔を見て、祐介まで嬉しくなる。
 自分の為に、自分と楽しむために考えてくれたもの。
 ――嬉しいな。

「風住、早く行ってみよ!」

 少し気が逸るが、風住はにこにこと笑うだけで、歩く速度は変わらない。
 手をつないでいる以上、一人だけ走る訳にもいかない。

(二人でデートしてるんだもんな)

 相手に合わせる事も、大事。
 うん、とひとつ納得すると、風住を見る。

「実は、このへんには光るきのこがね?」
「へぇー、光るきのこ…?」

 ぼんやりとしていた光も、近付いてみれば小さなものだ。
 よーく見てみる。
 ――動いていた。

「きのこ歩いたっけ」

 歩かない。思わずセルフツッコミ。
 自分の知識をフル稼働させながら、見てみる。
 なんだか妖精みたいだった。
 風住はなんだか、がっかりな声で唸った。

「えー」
「聞いたこと無いけど…。ん、妖精?」

 金色の髪、尖った耳、――羽根。
 やっぱり妖精みたいだった。

「でも、なんか凄くきれい」
「なにこれ」

 きらきらと羽根も身体も輝かせ、妖精たちは飛んだりはねたり。
 どこか甘い匂いがするのは、花の蜜なんだろうか。
 ああ、神々の宴会じゃないけど。
 妖精の宴会みたいだ。
 祐介はそう思う。

「んー、まぁ、やっぱり妖精?」

 むーと顔を膨らませた風住を見て、笑う。
 ほっぺたを突きつつ、にこり。

「邪魔しちゃ悪いから、ちょっと静かにしてみる?」
「もー。せっかく本でしらべてきたのに」
「まぁまぁ、でも嬉しかったよ。うん…風住と手つないで二人っきりで歩くのも久しぶりだったしね」

 繋いだ手を引っ張って、ちょっと寄り添ってみる。
 ドキドキして、幸せだった。

「…」

 デートの企みが失敗しかけて、不満そうな風住も、可愛い。
 そう思う程度には、浮かれているみたいだ。祐介はそう思う。

「なんか、毎回神様みてない?」
「まぁ…なんというか。昔は、こんな事が日常茶飯事だったらしいけど」
「そなの?」
「うん。みんなに神様が見えてて、神様と一緒に住んでたって」

 思い出したのは、友人が教えてくれた竜の物語。
 へえ、と言いながら、風住はしゃがみこむ。祐介の声を聞きながら、妖精を見ていた。
 スカートを押さえながらの様子は、女の子らしくて可愛い。

「って言うのが、熊本の方とかで実際にその人が歩いた道も残ってるらしいしね」

 一緒にかがんで、妖精を見る。
 ふわふわきらきらとしていて、とても綺麗だ。

「もしかしたら、風住と自分の遠い先祖も神さまだったり、とか」

 おどけて言う。
 風住はそれを聞きながらも、どこかぼーっと妖精を見ていた。
 妖精も綺麗だけど、それを見る風住はもっと綺麗で、可愛い。

「すごいね。この小さい神様たち」
「うん。その子もね」

 自分が思った事に照れながら、自分の元に帰ってきた雷鼠を撫でる。
 妖精も凄いね、と言うと、風住は首を少し振った。

「いや、なんか王宮生活してるから」
「へ。あー、そか。真夏の夜の夢…かな」

 ぽつぽつと喋っていると、妖精のうち1人が、ひゅっと目の前に寄ってきた。
 羽妖精、と祐介はつぶやく。

「なにしているの?」
「こんばんはー。ちょっと二人でデートを」
「この近く、時間の流れ変だよ? 大丈夫?」

 ――へ。
 恐ろしく早く、脳内をよぎる情報。

「え。本当? …そっか。ありがとう」
「うんっ」
「風住、そろそろ町のほう戻ってみよ」

 ちょっと、不味いかも。
 頭の中で、色々な民話がよぎる。
 有名どころだと、浦島太郎。
 風住に手を差し伸べて言う。

「また、今度はちゃんと光るきのこ、見にこよう」
「あ、うん。ねえ。どれ位違うの?」

 気になるのか、風住が妖精に聞くと。あっさりと。

「1日百年」

 固まった。
 ということは1時間で4日以上!
 そして祐介は、風住と妖精に凝視された。
 決定。急げ。

「やば、駆け足」

 風住の手を取って、さあ、走らないと。

「雷鼠、ちょっと先に足元照らしながら走って!」

 ちゅ、と鳴いて、雷鼠も祐介から飛び降り、走りだす。
 早く早く、と数歩先を雷で照らしていた。

「まって!」
「ん?」

 風住の声に、横を見ると――柔らかいものが、唇をかすめた。
 同時にふわりと、風住の匂いがする。

「今ので3日3晩とかキスしてたりして」

 へ。え。うわあ。
 照れた。
 祐介は、非常に照れた。

「へっ。…もう! 早く行くよ」

 するり、と繋いだ手を離れて。
 はやくはやく、と上機嫌で風住は走っていった。

(こ、これって)

 割とデート、だったよな。


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 2時間に満たないデートだったけれど。
 帰ってみれば、一週間。
 何せ小さな島である。大々的に「珍しい駆け落ち」扱いをされ、何よりも両親から散々怒られる事になった。
 今思えば。
 これ以上ないぐらいの、本格的なデート、だったのかもしれない。


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(コメント)
非常に可愛らしく、私の大好きな不思議系(しかも日本もの!)で、楽しく書かせて頂きました。
まだまだ未熟な腕ですのに、ご指名頂きありがとうございました。


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引渡し日:2009/07/04


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最終更新:2009年07月04日 20:53