桜城キイチ@キノウツン藩国様からのご依頼品


それは、とてもよき出来事

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 黄昏荘園の屋敷の一室。
 その荘園の主に仕えるメードはいつものように、主人の為に紅茶を淹れた。もうお歳を召されているから、カフェインが控えめなフレーバー入りのミルクティーを。
 あらかじめ用意したポットの茶葉に、沸騰したお湯を注ぎ砂時計をセットする。
 それを見計らって主人は自分に仕えてくれるメードに声をかけた。

「今日は、楽しかったね」

 メードは顔を上げ、主人の顔を見た。きょとん、としてから笑顔で

「ええ。とても」

 素直にそれに返答した。
 主人は少し笑ってから満足そうに頷いた。
 それにメードも静かに笑みを増した。

「よい出会いをしたね」
「いい方達でした」
「今度出かける時は、訳の分からないものに怯えずに済むと良いね」
「ええ、本当に」

 砂時計の砂が、完全に下に零れ落ちたのを見計らって。
 メードは主人との会話を楽しみながらも用意していた既にミルクの入ったカップにポットの紅茶を注いだ。赤みの深い液体がミルクの白と混じり合い、新しい色に変わった。

ソーサーと一緒にカップを受け取ると老人は香りを楽しんでから軽く息を吹きかけて。一口啜った。

「本当に、今日はいい日だったね」

 その言葉にメードは笑顔で言った。いつか古い友人にも似たような事を言ったかもしれない言葉を。

「明日は、もっといい日ですよ」


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 始まりは、1通の招待状からだった。
 キノウツン旅行社から自分宛のそれが届いた時は何かの間違いだと思った。
 何故なら、自分はただの万能ねえや、の端くれに過ぎないのだから。

「行かないのかね?」

 受け取った手紙に目を白黒させる田辺――この屋敷に使える万能ねえやの名前だ――に対し、車いすの主人は不思議そうに問いかけた。
 そう、これは「秋の園に遊びに来ませんか?」と、そういった内容のお誘いだったのだ。それと一緒に秋の園行きの飛行機のチケットも同封されていた。
 田辺は、面食らっていた。万能ねえやとして本格的に活動する前の貧乏性が表に溢れ出てしまっている。ああ、私なんかが秋の園に日帰り旅行だなんて、こんな贅沢許されるのでしょうか? というか、そもそも私にはお世話するべき旦那様が・・・・・・・・・。

 1人田辺がテンパっていると、車いすの主人は事もなく携帯を取り出し電話をかけた。

「こんにちは、秋の園行きのチケットを1枚調達したいのだが」

 田辺のチケットを確認させてもらい、隣の席を指定して用意してもらった。
 主人は電話を終了させると穏やかに言った。

「1人が不安なら私も一緒に行こう。それに田辺さんが不在だと私もちょっと不安だしね」

 その言葉で田辺はパッと笑顔が戻り。パタパタと外出の準備に取り掛かった。


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 訪れたのは紅葉した葉が美しい場所だった。赤と茶、黄色のコントラストが映えて見えた。ちょっと涼しかったので主人の体調に障りがないか不安だったから持って来た薄手のブランケットが役立ってくれて本当によかった。

「旦那様、いかがですか?紅葉が綺麗ですよ?」
「そうだね。田辺さんや。おお」

 主人の車いすを押しながら、ひらひら舞い落ちる紅葉を楽しんでいると。
 2人の男性がこちらを見ているのに気付いた。
 頭にバンダナ巻いた、少々目つきの悪い男性が1人。眼鏡を着用してるけど糸のように細い目の青年が1人。
 どうやら彼らが自分をこちらに招待してくれたらしい。

 眼鏡で糸目の青年が、一歩出て挨拶をしてきた。

「お初にお目にかかります、桜城キイチと申します」

「あの人かな」

 主人の小声の言葉に「恐らく」と小声で田辺は返した。

「キノウツン旅行社の高原と申します。本日はお出で戴きありがとうございます」

 今度はバンダナの男性が礼をしながら挨拶をしてきた。丁寧に、名刺まで出して。
 田辺が主人の代わりに受け取るのを見ながら、主人はふと熱い視線に気付いた。
 視線の主は糸目の青年。確かついさっきキイチと名乗ったか。
 視線の先は。ああ、そうか。

「黄昏荘園の主です。田辺さん、キイチさんと話してきてくれんかね」

 田辺はきょとんと一瞬主人とキイチ青年を見比べた。
 大丈夫、そう目配せすると

「承知しました」

 会釈してからおさげの可憐なメードは車いすから手を離し、青年の方に足を向けた。
 糸目の青年は、心なしか顔が赤く全身ガチガチに固まって見える。

「若いのはいいねえ」

 老人が自身の若い頃を思い出しながら呟いた言葉に高原と名乗った男性は

「全くです」

 そう同意してくれた。


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「じゃ、キイチさん。時間までに何かあったら呼んでくれ」
「ありがとうございます」

 高原さんはそう言って手を振ってくれた。それに手を振り返して改めて彼女と向き合った。
ああ、高原さん。田辺さんが仕えてる園主様の話相手になってくれるのか。
 それにしても、こうして実際に会ってみると・・・・・・・・・。
 さっきの園主様に対しての対応といい、今こうしてにこにこ笑いながら私の前に立ってるのといい。
 やっぱ素敵な女性だ。ナースメード姿も含めて、彼女に対して胸が高鳴るのを感じた。
 ごくんと驚かれない程度に唾を飲んでから。

「えーと田辺さん、とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「はい」

 優しげな表情で、初めて会った彼女に

「桜城さん」

 名前を呼ばれただけなのに、嬉しくて、反面酷く狼狽して。

「はい!」

 思わず返事してしまった言葉は引っくり返ってしまっていた。

「はい?」

 ああ、初対面の相手を驚かせてしまった。そこは、反省してる。


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 初めて彼女に会った日の事は今でもハッキリ覚えてる。
 彼女が自分の仕えている園主様をどんなに慕っているのか、とか。彼女が初対面の自分に対しても反応が優しかったのとか。笑顔が優しくってどれだけ眩しく感じられたのとか。

 ・・・・・・・・・ああ、秋の園の思い出は彼女そのものだ。

 初めて会った時は共和国も帝國も大変な時期で、彼女がお仕えしている園主様もご家族が不幸な目にあってそれを悲しんでいる時期だった。

’手の届く全てを守ると決めた’

 私の尊敬する人の言葉を思い出したのは、悲しんでいる彼女を見た時だった。彼女の笑顔を見た時だった。

 今度会える時は、彼女達が悲しみに暮れていないよう。何かをしよう。できる事を探そう。

 世界を変えようと思うのってこういう事からなんだなぁ。
 あの日1日の事を思うと、彼女に出会えた喜びもそうだけど色んなものがこみ上げてくる。
 でも。
 胸を張って言える。あの出会いはいいものだったのだと。

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万能ねえやの田辺さん、私もファンです。でもちょっとマイナーだと思ってたからまさか彼女が登場するログが読めると思わなかったから本気で嬉しかったです。
どうか、彼女との仲が上手くいきますよう。


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引渡し日:2009/07/01


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最終更新:2009年07月01日 15:51