吾妻 勲@星鋼京様からのご依頼品


落ち着いた雰囲気の店内を、落ち着かない様子で見渡す客が一人。
かわいらしい衣装に彩られた古関のしぐさは、小動物のそれである。

彼女のしぐさをずっと目で追っている客が一人。
気持ちの高ぶりに反応して片方の瞳が金色に変わるという体質の持ち主…なのだが、
恋い焦がれてきた相手を前に冷静でいられるはずもなく、今日は常に変わりっぱなしである。


店内は小物などのインテリアが、お互い主張しすぎないように配置されている。
リラックスしやすい空間を作り出しているのだろう。
もっとも、今日の予約客2名はそれどころではないようだった。

メードに案内されて2人が席に着いたころ、いつの間にやらコックが出てきていた。

「こんにちは。遠いところからようこそ」

どこか不思議な雰囲気を漂わせたこのコックは、星鋼京でも非常に人気の高いパティシエのジョン・スミス氏である。

「里美さん。こちら、今話題のお菓子職人、ジョン・スミスさんです
 ジョンさん、お話はいつもお伺いしております」

ちらりとのぞいたジョンの表情は…よく分からなかった。

「素朴なお菓子でも用意しましょう」

そう言って出されたのはコーヒーとシナモンスティック。
単体でも十分においしいコーヒーなのだが、シナモンの風味がさらに味わいを深くしていた。

続いて出されたのが、ブッシュドノエル。
名前に「クリスマス」の意味を持つ「ノエル」がつくので一般的なイメージはクリスマスケーキだが、いつ食べてもおいしいケーキには違いない。

「里美さん、頂きましょう」

吾妻に促され、出されたものにようやく手をつけた古関。
自分が大きな勘違いをしていたことに気づいた。

「あ、味がします…」


店に来る前、彼女はどうして甘いものが好きかどうか聞かれたのか、よくわからなかった。
予約してまで食べに行ったとしても、ゲームの中のことだから味なんて分からないのになー
なんて考えていた。

そう思いながら出されたケーキ。
一口目で、感動した。いろいろなことに。

最初に、ケーキのおいしさに感激した。
今まで食べたことのないくらい、とびきり甘くておいしいものだった。

次に、これがゲームだと言うことを思い出して驚いた。
どうやっているのかはまったく分からないけれど、こんなことまで出来るのがすごいと思った。

そして、今日ここに来れたことをうれしく思った。
誘ってもらえてよかったと感じた。

いっぺんにいろんな感情があふれ出たせいか、気がつくと古関は涙を流していた。


「ははは」
「良かった。美味しいですか?」

吾妻もジョンも、古関の反応を見て笑顔になっていた。

「なんだろう。今泣いてます。おいしいです!」

吾妻、心の中でガッツポーズをしながらジョンに感謝。
そして自分も食べ始めた………信じられないほどにうまかった。

「すごい…」

古関のその一言が、全てを正しく表現していた。
呟きのような賛辞を聞いたジョンは、相変わらず表情の読めない顔で微笑んだ。

「これはサービスです。ごゆっくりどうぞ」

ジョンがそっとショートケーキを二人に出してから、店の奥へと姿を消した。
表情が読めないので何を考えているのかは分からないが、これだけ素直に喜んでいる古関を見てうれしかったのではないか、と思われる。

ショートケーキはとても上品で甘くはないが、やはりとても美味しかった。

「うん、美味しいですね!いやぁ、僕もこんなお菓子を作れるようになりたいなぁ!」
「…すごいですね」

吾妻の目には古関が何か考えているように映っていた。

「…里美さん?」
「技術ってすごいなとおもいました。どうなってるのか、さっぱりわかりませんが」

古関は感動の余韻に浸っていたようだった。

「すごいなあ。ゲーマーさんを見直しました」

…やはりどこか勘違いしているようである。が、そこもまた彼女の魅力の一つなのだろう。

おいしそうにコーヒーをすする古関の笑みにつられて、吾妻は笑っていた。
というより、口元が緩んでいる、といった方が正しい感じがする。

しばしの間、表情筋の弛んだままだった吾妻は、ふと今日の目的のひとつを思い出した。
ゴソゴソと懐を探り、ずっと渡そうと思っていたプレゼントを取り出した。
それは、とてもかわいらしいリボンだった。

以前、古関に会いに小笠原を訪ねた時に土産物屋で購入したものだった。
本当ならその時に渡していたのだろうが、よくは分からないがすごい踊りで圧倒されたため、すっかり渡しそびれていたものだった。

懐から出され光を浴びたリボンは、落ち着いた店内でとても映えていた。
当然ながら古関の視線もリボン……を持つ吾妻の方へと向かっている。
(古関が見ているのは手元のリボンとはいえ)見られていることに気付かないはずもなく、吾妻は照れながらも切り出した。

「その…この間、里美さんにプレゼントしようと思って買ったんですけど…良かったら、受け取って頂けませんか?」
「はい。よろこんで」

即答だった。

ほっとした吾妻からは今度こそ笑みがこぼれていた。
そして、それにつられるように古関が微笑み、リボンをつけた。

それは、彼女の笑顔をとてもよく引き立てていた。

「やっぱり!よく似合ってますよ!」
「おせじでもうれしいです」

吾妻の頭の中ではすでにファンファーレが聞こえているようだった。
今なら自分の素直な気持ちを伝えられそうだと、直感していた。

「んー、里美さん?」
「はい」
「里美さんは、もっと自分の可愛らしさに自信を持ってください。僕は、そんな可愛いあなたにメロメロなんですから」

古関がその言葉の意味を理解するのに数秒の間があった。
そして理解してから…とっても驚いた。
ある意味、ゲームでおいしいケーキを食べた時以上の驚きだった。

たぶん否定の意味なのだろうか、手を左右にふりながら「えー。えー!」とか喚いている。

さらにほんの少しだけ、吾妻の中で欲が顔を出した。
欲と言うと聞こえが悪いが、自分の好きな人と仲良くなりたい、という誰にでもあるだろう気持ちである。

顔を出した欲は、少しだけ吾妻に大胆さを与えた。
思い切って古関の手を取らせたのだった。

「僕は、ダメな男です。人を好きになる資格も無い。でも、僕はあなたが…」

ぐるぐるして、あたふたな古関の目をまっすぐと見つめる吾妻。
いつもの気恥ずかしさなど、興奮と緊張ですでに吹っ飛んでいた。

「あなたが好きだ」

古関K.O.
頭から煙が出ているのが見えるような様子のまま、完全に機能停止を起こした。

その状態のままログアウト。
ひょっとしたら、ゲームとしてのアイドレスの機能が空気を読んだのかもしれなかった。


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古関がログアウトしたため、取り残された吾妻。
しばしボー然と誰もいないイスを見つめた後、我に返り…落ち込んだ。

何をやってるんだ…自分は。
一人で舞い上がって、いろいろとすっとばして、空回りして…

自己嫌悪に陥る、簡単に言えばヘコんだ。かなりベッコベコに。

ふと気がつくと、目の前にコーヒーが出されていた。

「コーヒーの香りにはリラックス効果があると言われているんですよ。お口直しにいかがですか」

いつの間にやら奥から出てきていたジョンだった。
吾妻は、じーっとコーヒーを見つめた後、ありがとうございます、と小さくお礼を言ってから口にした。
口に含んだのを確認して、ジョンは再び店の奥へと戻っていった。

ゆっくりと味わったコーヒーは、少ししょっぱい気もした。


コーヒーのおかげか少し落ち着いてから、吾妻は店をあとにした。
店を出るとき、またお越しくださいませ、と言われて少し考えた。

もう一度ここへ誘ったら、来てくれるかな…? と。




作品への一言コメント

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  • ありがとうございますー! な、何かもう正にプレイ中の僕そのままです!しかもゲーム後のフォローまで…ホントに素晴らしい作品をありがとうございますー!(涙) -- 吾妻 勲@星鋼京 (2009-06-28 00:20:31)
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引渡し日:2009/08/16


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最終更新:2009年06月28日 00:20