松井@FEG様からのご依頼品
春の園、教会にて
その日は場所が場所なだけあって寒くもなかった。
まばらに人がちらちら見える中。
松井総一郎は白いタキシードなど着せられてぼんやりと立っていた。
しばらくして、着替えを終えた彼の恋人が控え室から出て来た。
自身と同じく白を基調としたふんわりとしたドレス。頭にはベールがかかり、裾を引き摺る姿がいつもの彼女とは異なって見え。
「とてもお綺麗ですね」
言いたかったセリフを恋人の友人の恋人(ああ、ややこしい)に先を越されてしまい総一郎は思わず彼を睨んでしまった。それを
「怖い顔しないの」
そうたしなめる彼女に、ちょっとだけほっとした。
何だ、ちょっとばかりいつもと違う格好をしているだけで。彼女は彼女じゃないか。
しかし、気持ちとは裏腹に。総一郎の足は勝手に教会を出て行ってしまっていた。何ともややこしい男である。
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「ごめんなさい、すぐ戻ります」
松井いつかは慌ててドレスをひきずって総一郎を追いかけた。ああ、ミニのワンピースドレスにすればよかったかしら。でも形は綺麗だしなぁ。ああ、もうちょっとヒール低い靴にすればよかったかしら。でも(以下略)。
すぐに追い付くと、いつかは両手で後ろから抱きつく形で捕まえた。
捕まえられた総一郎は微妙に機嫌がよくなさそうだった。
ちょっと背伸びをし、耳元でささやく形でいつかは言った。
「好きな人のこと綺麗っていうの、そんなに照れるものなのでしょうか」
総一郎はしかめっ面のままいつかがうんと背伸びをしないで済むよう。ちょっとばかりかがんで首だけ彼女に向けた。
「いっしょに戻りましょう。結婚式は一人ではできません。私は結婚式がしたいんじゃなくて、貴方と結婚がしたいんですよ?」
いつかは真っ直ぐ自分の婿になる男の目を見て言った。
総一郎はやはりしかめ面のまま。ぼそりとそれに答えた。
「二人ではダメなのか?」
ちょっとばかり顔が赤くなったが、それだと自分達を祝ってくれる為に来た人達の立場はどうなるのだ。
だからピシャリと言ってやった。
「だめです」
その後、ちょっとだけ柔らかく次の言葉を重ねた。
「ええと、その、誓いを立てないといけませんし」
視線が熱い。抱き付いているだけあって相手の体温が、熱く感じられた。
総一郎は変な体勢のまま、きっぱりと言った。
「俺はお前が好きだ」
触れてる箇所が、余計熱くなるのを感じた。
「誓うのであれば、愛していると誓う。だが誰に確認してもらおうとも思わない」
この人は。私の事を好きでいてくれるのは凄く嬉しいけど。
「わ、私は、私が総一郎が好きなことを理解して欲しいです。他の人にも」
そして、大事な友人に祝福してもらいたい。それはワガママな事なんだろうか?
「それでは、いけませんか?」
沈黙が、数秒だけ夫婦となる2人を支配した。
しかし、あくまで数秒単位で。
総一郎は、いつかの肩をそっと掴み。自身の胸に抱き寄せた。
どくんどくん。互いの鼓動が聞こえた気がした。まあ、義体だからあくまで「気がした」なのだが。
そして、耳元でささやいた。
「戻るか」
そして、軽く息を吹きかけられ。いつかは顔を赤くした。
「・・・・・・・・・知らないんですか? 人の耳に直接息を吹きかけてはいけないんですよ」
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久珂あゆみも彼女の恋人の晋太郎も。他の客人達も、皆教会で待っていた。
そして皆、新郎新婦が登場すると暖かな拍手を送ってくれた。
「お二人とも、お待たせしてすみません」
友人カップルに声をかけると、「いえいえ」と晋太郎の方が笑顔で答え。総一郎が一瞬しかめ面になるのをいつかは客人達に見えぬよう肘でつついてやめさせた。
気を取り直したらしい総一郎は、眼鏡を外した。
「いくぞ」
一部の眼鏡が好きな人だったら怒りそうな行動だなぁ。
口には出さず、彼の手を取った。彼の眼鏡は伊達ではないからだ(ネタとしての意味でなく)。
「ゆっくり、歩きましょう」
「頼みはお前の手だけだ」
「はい、まかされました」
2人はにっこりと笑い合うと。先程宣言した通りにゆっくりと歩を進めた。
間もなく、壇上に到着すると。いつかは総一郎と向かい合う形で両手を握った。
2人の壇上への到着を確認すると。司祭は厳かに言葉を告げた。
「汝、10の階段を昇りし、魔術師か?」
いつかは一瞬目を大きくぱしぱしとした。
「・・・す、すみません、よく作法がわからないんです」
他の結婚した人達はどんなだったかなぁと思い浮かべても同じパターンの式を挙げた人の話は聞かないし。
「こういうときは、どうしたらいいのでしょうか」
ここは、魔術師である彼に任せる事にした。
総一郎は小さく頷くと、妻になる女に替わり口を開いた。
「我は第一の階位。アダム・カドモン。ここなるは肋骨よりうまれし我のエバ」
「次の階位に昇ると?」
「13の階段をのぼり、7つの金貨を握る。右手には女。松井いつか」
言葉は通じているが、何を言っているのかが分からなかった。いつかは総一郎と司祭の言葉を聞きながら、総一郎の右手にそっと触れた。
「よかろう。第二の階位”完全なる調和”を授ける」
司祭は目の前の新郎新婦の様子に。目元を和らげ、告げた。
「その手、次の100年もはなさぬよう」
そして、うやうやしく探検を2人に差し出した。
「短剣を、俺に」
言われて、いつかは総一郎が怪我しないよう、自身も傷付かないよう気をつけながら刃を手前に向け。言われた通りにした。
それにしても、これはどういった儀式なのだろうか。
じっと彼の動きを見ていると。
総一郎は自身の指を切った。じわじわと、傷口から血が流れる。
「お前も」
ちょっとびっくりしたが。いつかも同じく渡し返された短剣で指を切った。ちくりとした痛みに一瞬顔が歪んだが、折角の晴れの日だ。我慢した。
総一郎の手の動きを真似、互いの傷付けた指を触れ合わせると。
流れる血が勝手に絡み合い、交じり合って大粒の赤い滴と化した。
それを司祭は杯で受け取り
「第二の階位をのぼったことを認める」
先程と同じく厳かな口調でそう宣言した。
「ありがとうございます」
いつかが礼を言ったのと総一郎が司祭に金貨を渡したのはほぼ同時だった。
司祭は頷くと、消えた。こう、どろんと。
どうやら婚姻と、魔術師の儀式とやらはこれで完了らしい。
総一郎は悪い目を細めてそれを確認すると、再びいつかの方を向いた。
「俺の眼鏡は?」
いつかは笑って渡された眼鏡をかけてあげた。
「すまん」
礼を告げてから、総一郎はいつかの手を取った。
あら? 儀式はまだあるのでしょうか?
尋ねる間もなく、総一郎はいつかのまだ血の滲む指を舐めた。ちろりと見える舌が何かいやらしい。何でもいいが、ここは教会。そして客人もちゃんとそれを見ている。
流石にいつかも身体が固まるが、自力でフリーズを解き。一応聞いてみる。
「ぎ、儀式なんですか、これ」
にべもなく、総一郎は答えた。指の血は、もう止まっていた。
「いや、俺の趣味だ」
ああ、会場がざわついている。友人カップルは交互に「うわー」とか「わー」とか声出してしまっている。
今度こそ、いつかは固まってしまった。体中沸騰したような感覚が走る。
「け、怪我なんだから、ちゃんと、処置しないと」
「あとでやる」
指を口に含んだまま言葉を返すのはやめて欲しい。公衆の面前でのこういったイチャツキは、ちょっと・・・・・・。
身体を硬直させたまま、いつかは言った。
「もういいですから。大丈夫ですから、自分だって怪我しているでしょうに」
その言葉でようやく口から彼女の指を離してくれた。何だかんだ言ってヤガミは自身を好きでいてくれる女性には弱い。
代わりと言うべきか、問いかけてきた。
「お前は俺のものだ」
また一瞬、会場はざわついた。
「返事は?」
ああ、もうこの人は公衆の面前で。
「そんな、同じものをふたつもみっつももらってもしょうがないと思いますが」
一瞬だけ、総一郎の顔から表情は消えた。
そして、そのまま早足で会場から去って行きそうなのを恥もかき捨てていつかは叫んだ。
「ち、違います! わー、もう最初から貴方のものだといってるんです」
「ち、違います!」の辺りで歩みは止まり。総一郎は早足でUターンして来た。嬉しそうに微笑んでいた。
「よし」
「そのくらい理解してください」
言っている間に総一郎はいつかを抱えた。いわゆるお姫様抱っこ。一部の乙女のロマンである。
「お前は今日から俺の妻だ」
告げると、その状態で。
会場から出て行ってしまった。
どこぞの怪盗が、姫君をさらって逃げてしまうかのように。
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今でもあの時の事は顔から火が出そうな位恥ずかしいし、折角祝いに来てくれたあゆみさんや晋太郎さん達を置いて来てしまったし。もちろん、その時の事は謝りに行きましたよ。総一郎と菓子折りを持って。
分からない事もいっぱいあったし、戸惑う事も今でも色々ありますが。
私は彼と一緒になった事。後悔なんてしていません。
だって、彼は私がいないと駄目だし。私も彼の事愛していますから。
これからもどうぞ、よろしくお願いしますね。私のお婿さん。
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まさか大切な記念日のSSを書かせていただく機会をいただけると思いませんでした。
これからも、松井さんとヤガミに幸多くありますように。お店の店員さん達ももちろん一緒に。
作品への一言コメント
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- あれがとうございましたー> -- 松井@FEG (2009-04-17 23:10:04)
- あまり女性の方にお願いする機会がなく、女性らしい雰囲気の優しいお話をありがとうございました。想像していたよりも甘いものになったので読んでいて段々照れてきてしまいました。素敵なお話にしていただきましてありがとうございました。 -- 松井@FEG (2009-04-17 23:11:49)
引渡し日:2009/04/11
最終更新:2009年04月17日 23:11