猫野和錆@天領様からのご依頼品


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 ことことと、小さな炬燵を挟んだ2人の間で、まるで時計のように規則的な音が部屋に響いていた。炬燵の上に乗せられたコンロのさらに上で、揺れる火にかけられた鍋がその音を奏でている。
 それに合わせ、ほのかに青みのかかったこんぶ出汁の中で食材たちが踊る。様々な具の中で、何本もまとめられたえのきが揉まれるように揺れ、その奥では、まだ赤みの残るよく練られた肉団子が汁の中を転がっている。鍋の端では、白い豆腐が広い範囲を我が物顔で占領しながら、柔らかそうにプルプルと震えていた。
 よく火の通った昆布が、ワンルームの中に食欲を誘う香りを漂わせていた。

「月子さんは、すごい、いや……がんばってきたんだね」
「何を?」
「ううん。なにか人がすごいなあ、と思ったときは、がんばってきたんだね、っていうことにしてるんだ、俺」

 山々と盛られたご飯の山を崩しながら料理が凄くおいしいと言う彼の賛辞に、月子はきょとんとして口に運んでいた箸をおいた。
 凄いといわれるが、これぐらいは普通だと彼女は思っている。最低限、上には上がいるものだ。
 しかし、褒められて悪い気がする人なんてそうそういない。月子はお礼の代わりに笑顔を向けながら、思い出したように立ち上がって部屋の隅へ向かった。
 このままではカーテンやカーペットに鍋の匂いが染み付いてしまう。彼女は部屋の換気扇を回してから、足下にちょこんと座っていたぬいぐるみを抱き上げて炬燵の空いている辺に足を入れて座らせてやる。

「お、やあ。シマちゃん」

 そのぬいぐるみに、プレゼントしてくれた張本人である彼は箸を持ったままの手を上げて「よっ」と、少年のような挨拶をかけた。
 声をかけられた大きなネコリスのぬいぐるみは、くりっと小奇麗な身体を傾ける。まるで返事をしているようにも見えた。

「うん。元気だよねー」

 言いながら、月子はさわり心地のいいその頭を撫でた。
 聖なる夜に総出で鍋を囲む。傍から見れば、親子のような風景だ。子どもがぬいぐるみであるということはこの際置いておく。

「いつもふたりでたべているけど、今日いないのもかわいそうかなって」
「月子さんと一緒にいたら、そりゃあ元気だよね」

 一匹増えて3人になった食卓を見渡し、なんだか懐かしくなって月子は微笑んだ。そもそも、誰かと会話のキャッチボールをしながら食事をするということも久しぶりだ。

「いいな、シマちゃんはいつも月子さんとご飯が食べられて」
「どうかなあ」

 微笑み返しながら、月子はぬいぐるみを羨ましがる彼と笑いあう。これではどちらが子どもなのかわからなかった。それどころかもしかすると、一番落ち着いているシマちゃんが年長者だったりするのかもしれない。

「愚痴とかきいて、辟易してないといいんだけど」

 寡黙で聞き上手なシマちゃんは彼女にとって丁度言い話し相手だ。答えが返ってこないということがわかっているからこそ、自分というものを見直すことが出来ていいという場合もある。思い返せば、人には言えないようなことばかり言っていた気がするのが問題だが。
 思わず恥ずかしくなって身を捩らせたとき、足先が反対側にいる彼に触れ、それが一気に加速する。誤魔化すように、月子は視線をシマちゃんへと向けた。

「幸せそうな顔してるもの」

 指先で遊びながら、彼は月子の視線を追い、黙して語らぬダンディなぬいぐるみのポーカーフェイスを見ながら言った。
 ぬいぐるみに表情なんてものはひとつしかないのだが、確かに彼の言うように、湯気の向こうに見えるつぶらな瞳と小さな口は、優しく微笑みかけているようにも見えた。

「月子さんもっと沢山頼ってくれたらいいのにな、と思ってるよ。シマちゃんも」

 そんなことを言われると、今以上に頼ってしまいそうだ。月子は箸を持った手を唇に当てて微笑む。一緒になって、彼と、シマちゃんが微笑んだ。

「そうね。一番の親友かな」
「シマちゃんは月子さんのこと大好きだもんな」

 言いながら、彼は月子の親友の背中を押して、短い足を炬燵の中に入れてやる。
 視界の届かない空間で絡み合う2人の足先に、3人目の足が触れた。足を伸ばして座るのはあまり行儀のいいことではないと思うが、今日は聖夜だ。神様だって許してくれるだろう。
 ざらざらと触り心地のいい生地の足を横に感じながら、2人は素足の指で押したり引いたり、絡ませたりを馬鹿のように繰り返す。

 そんなことをしながら、3人の夜は深けていく。しかし、聖なる夜はまだ始まったばかりだ。

「変なワサビーム」

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最終更新:2009年04月04日 22:42