松井@FEGさんからのご依頼品



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 コンサートの開始まであと少し。
 ステージの裏で、猫士達はそわそわとしていた。みんなタキシードを着込んでいて、楽器を持っていたり、発声練習しようとしたり、ネクタイ曲がっているーとささやいたり。とにかく落ち着かない。
 いやまあ。僕たちが落ち着いた事なんてないけど。
「……来てない?」
「そんなに気になるなら、自分で確かめたらどうだ」
 僕の問いかけに、うのは苦笑気味に返す。それから首を横に振った。やっぱり会場にふよは来ていないらしい。
 ……怒らせてしまった。ああもう大失敗だ。本当はこんなつもりじゃなかったのに。
 がっくりと肩を落としていると、わずかに体を押された。ていがからかうような目を向けてくる。
「今からそんなんじゃあ良いコンサートができないわよ?」
「にゃー……」
「まあ落ち込む気持ちもわかるけど」苦笑するてい。「慣れない事だったんだから仕方ないわよ」
「うー」
「時間だぞ」
 ていが言う。みんなはすでに配置についている。
 もうやるしかない。僕は頷いた。

 みんなが並んで少しして、ステージを隠していた幕が左右にスライドしていった。正面に広がる、観客席。席はほとんど人で埋まっていて、じっとこちらに視線を注いでいる。二階席にも人がいた。
 どくん、と心臓が鳴った。
 どきどきしてくる。緊張で倒れそうだと思った。
 そして気づいた。……正面の、一番奥のドアが少し開いたことに。

 そこから入ってきたのは、見間違えようのない白い猫。

 その瞬間。ぱっ、とステージが照らし出された。
 さあ、始まりだ。
 僕たちは演奏を始める事にする。
 まず最初は、威風堂々から――。


/4
 さて、その翌日の昼頃。いつもの公園。
 草地にしばらく寝そべっていると、柔らかな日差しに照らされて背中がぽかぽかしてきた。草地は暖かなベッドみたいで、昼寝をするには最適だ。適度な風が吹き、新鮮な空気は心地よい。
 騒がしさは遠く、かといって寂しいほどでもない。適度な賑やかさが公園を包んでいる。
 その一角。日差しのよく当たるただの草地で、私も、ちよも、うのも、ていも一緒にごろんと寝そべった。
 でも、隣のちよが全然寝息を立てないので、私も今日は寝ないことにした。
 いや、正直なことを言えば、私だって寝られなかった。

 目を瞑れば思い出す。昨日の演奏はまだ耳に残っている――。

「でもやっぱり、ずるいと思う」
「え?」
 心の中だけでのつぶやきのつもりだったのに、いつの間にか口にしていたらしい。ちよはぴくりと耳を揺らすとこちらを見た。
 その目は不安に揺れていた。
「その、やっぱり、怒って、……る?」
 私はちよを見て、今度こそ呆れてため息をついた。にゃー。
「怒ってたら私は今頃ここにいないと思うなぁ……」
「ご、ごめん。今度から」
「その前に」私はちよの言葉を封じた。「なんで今回私に黙ってたの? ……本気で飽きっぽいからだとか考えていたなら、今度こそ怒るけど」
「ち、違うよ」
 でしょうね。だって、私たちはみんな知っている。ちよは嘘が苦手だって。ちよだってそう認めるくらい苦手だって。
 だから。あんな風にあたふたして説明された言い訳が真実だなんて思ってない。
「ほんとはさ。ふよが最近退屈みたいだったから……」
「そう?」
「うん。退屈で退屈で、ちょっと苛々してるみたいだった。いつもよりちょっと乱暴だったし。すぐ叩いたり」
 ……そうかもしれない。
「だからさ、思ったんだ。たまにはふよをびっくりさせてみようって。そうすれば少しは楽しくなるんじゃないかって」
「だから黙ってた、と」
「うん。驚かせたくて」
 まあ確かに。いきなりあんな風にコンサートに招かれたら、きっと驚いただろう。
 けど。
「でもやっぱり、仲間はずれはあんまり嬉しくないなぁ。特に、あんな面白そうな事をするとなればね」
 やっぱり自分が全面的に悪いなんていえないから、わざとそんな言葉になってしまう。
 まあ本当に、仲間はずれが腹が立ったというのもあるけど。
 でも、だからって、怒ったのは悪いと思ってるし。
「ま。今回の事は水に流すけど」
 私はすこし笑う。こちらをまだ不安そうに見ているちよの額に、こつん、と額をぶつけた。
 ちよの目が丸くなる。
「今度は私も一緒にやりたい」
「……うん!」
 笑顔になるちよ。私も少し笑って、今度こそ昼寝をしようと目を瞑った。
 そうすれば、昨日のあの演奏が聞こえてくる。
 今度は私もあそこに加われると思うと、思わず笑みがこぼれてくる。
 今日は良い夢が見られそう。そんなほのかな予感を抱いて、私はいつも通りの昼寝をする。

 猫たちが草地で眠っている。
 日向の暖かさに包まれて、すやすやと。

 当たり前のその一幕を、日常と言った。


/おまけ
 喫茶店いつか、本日は営業中です。
 私がコーヒーを持っていくと、ボックス席を占領していた奥様が面を上げました。
「コーヒーになりますー」
「はい、ありがどう」
 にこりと笑うと、松井いつかさんはペンを置きました。テーブルにおかれたコーヒーを取って、一口飲む。私はなんとなくマスタが聞き耳を立てている気がしました。
「美味しい」
「きっと喜びますー」
 にこにこ笑いながらその場に立つ。ちょっと気になる物がある。
「……何か興味があるの?」
「えっと、その手紙は何かなって」
 私の視線の先には一通の手紙があります。けれどそこには文字は書かれていなくて、イラストが描かれていました。
「昨日ですね、猫士達のコンサートを見に行ったんですよ」
「わぁ、デートですねー! 楽しかったですかー?」
 ぱたぱた。尻尾が揺れる。いつかさんは少し顔を赤くしつつ頷きました。
「良かったですねー」
「ありがとう」
「そのイラストはじゃあ、コンサートの?」
「はい。そのときの様子です。送ったら喜ぶかなぁって」
 私はそのイラストを見ました。明るいステージに並んだ猫士達が楽器を演奏している、そんな光景。
 ……きっと、あの子の友達なんだろうなぁと思うと、なんだか嬉しくなってきました。
「興味ある?」
「はい!」
 実はとっても気になります。だってあのときは、結局、入る前に松井夫婦を見つけてしまって、こりゃ邪魔できないですよと帰ってきたのですから。あの猫士だけは、帰りは友達に送ってもらえるからと言われたのであそこに置いてきたけれど。
 わくわくしているのが伝わったんだと思います。いつかさんはこくこくと頷きました。
「じゃあ、そこに座って。あ、その前に好きな物を注文してね。土産話がたくさんあるから」
「わぁー」
 それは是非聞きたい。私はいそいそと戻って、いつの間にかケーキとコーヒーを用意していた総一郎さんにお礼を言いつつ、また席に戻っていきました。そして私は気づかなかったけれど、総一郎さんは静かに席を立って、店のドアに札をかけました。準備中。
「コンサート、どうでした?」私はすぐさま聞きました。
「猫達がとっても可愛かったんですよ。演奏に合わせて尻尾が揺れて……」
 ――聞きながら、少し思いました。
 ほら、除け者なんかじゃない。不満に思う事なんて何も無いって。
 だから――。
 私は、この日常が、大好きです。


作品への一言コメント

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  • 二時間の内容のお好きなほうを、とお願いしたにもかかわらず、実質的にどちらの内容もカバーされているのがおどろきです。 -- 松井@FEG (2009-03-22 11:38:46)
  • 猫士たちの猫らしいしぐさの描写とか、猫らしい中にもそれぞれ個性があるキャラクターで、モカちゃんや部長の犬っぽいのんびりした感じとかが読んでいてすごくまったりとしていて癒されました。作中のFEGの描写なども生き生きとしていて明るく、こんな風に描いてもらえる国にいることがすごくうれしくなってしまう一作でした。ちょうど藩国作業の途中に拝読していたので、これからもがんばろう、と元気をいただきました。読み応えのある素敵なお話をありがとうございました。 -- 松井@FEG (2009-03-22 11:39:14)
  •  このたびはご依頼いただきありがとうございました。ログの方は背景設定にして、ほぼ自作のストーリィにしてみました。国の様子や、猫士達の雰囲気、日常という物に向けたわずかなひなたにとどまっていただけたのなら幸いです。 -- 黒霧@涼州藩国 (2009-03-24 23:59:53)
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引渡し日:2009/3/22


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最終更新:2009年03月24日 23:59