夜國涼華@海法よけ藩国様からのご依頼品
玖珂晋太郎。
いつでも泰然自若としていて、シンタロ校でも成績のトップをひた走る美形。人当たりもよく、いつも周囲に人が集まる春の日差しのような存在。
だが、それだけではない何かを感じる。俺にとって、それはとても興味深い・・・。
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「お前には判らんのか! あれは絶っっっっ対に、玖珂様に何かがあったのだ!!!」
「知るか、阿呆」
目の前で唾を飛ばしつつ、大演説をする阿呆が一人。人が優雅に・・・まぁ、庶民の食べ物であるハンバーガーであっても、高貴なる俺様に食べられていれば、傍からは優雅な食事に見えることであろう。
それを汚す目の前の阿呆。「最近、あの小娘の姿が見えないと思っていたのに」とかなんとか言っている阿呆を半眼で見やる。
それはともかく、学生生活の楽しみの大部分を占めるとも言える昼食を邪魔する目の前の阿呆を殴っても誰も文句言わんよな。うん、俺がそう思うのだ。皆も納得しようというもの。
ノーモーションで掌打。勿論、フライドポテトの脂が付いた方で。
「・・・何をする」
肘でガードされたので、本気で打つ為に口の中の咀嚼物を飲み込み、改めて同じ方の手でもう一撃。回避される。ちっ、警戒されていては中々当たるものではないか。制服肘部に脂を付けてやっただけでよしとしよう。
「・・・黙って撃たれて10M程飛ばされるのが、幼馴染としての正しき態度だと思うのだが。なってないな、天心よ」
「幼馴染なら、友の悩みを聞いてくれて当然ではないのか?」
「では、今日より貴様とは幼馴染ではない。人の食事を邪魔しおってからに。まったく、玖珂様、玖珂様、と耳にたこが出来るわ」
「玖珂様の素晴らしさが判らん、お前の方がおかしいのだ! それに玖珂様より食事の方が上か!」
目の前の男、鳥栖天心。幼馴染の腐れ縁であるが、正直どうにかして欲しい。思い込んだら一直線で、頼りがいのある兄貴として後輩には慕われていようだが、好意の押し付けには辟易する。
確かにこいつが心酔するのも判らないではない魅力があやつ、玖珂・・・まぁ、玖珂晋太郎にはある。だが、それを他人に押し付けるな、まったく・・・。
「では訊くが、素晴らしさが判らぬと何か問題があるのか?」
「素晴らしい人を素晴らしいと思えんとは、人として悲しいものだぞ?」
・・・人を憐れむ様な視線で見るな。
「・・・判った」
「ようやく玖珂様の素晴らしさが判ったのか?」
「貴様が傍に居ると食事が不味くなるのがよく判った!」
最後の咀嚼物を嚥下し、指に付いたポテトフライの脂をペロリと舐めつつ左足を軸に下段回し蹴り。今回は綺麗に天心の足を刈り取る。
「幼馴染のよしみで片付けは頼んだ」
背中から地面とお付き合いしつつある天心に、ハンバーガーや手拭などを纏めて入れた紙袋を投げつつ、立ち去る。
「玖珂・・・晋太郎か」
まったく気にならない存在でもない。何か様子がおかしいなら、探ってみるのも面白いかもしれない。その時はごくごく軽い気持ちであった。
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それより数日。玖珂晋太郎を観察してみたが・・・。
「まったく、これっぽっちも違いが判らんなぁ」
寝転びながら、赤く染まり始めた空に呟いてみるが意味は無い。だが、青春を現す様なこのシュチュエーション、素晴らしい。見下ろす先にはシンタロ校や寮が色づいている。
ああ、俺様素敵。玖珂晋太郎の違いなんてどうでもいい、というか天心の阿呆レベルじゃないと判らんのじゃないか? ならば、判らぬ方が幸せだな。これにて終了、終了。
「まったく、いつの間にか俺も玖珂病にでも掛かってしまったのやも知れぬな」
「僕がどうかしたかい?」
半身を起こし、見やった先には当の本人が小春日和そのものといった風で立っていた。盗み聞きとは良くない趣味だ。
「ああ、天心の阿呆が玖珂様がおかしい、おかしいと騒ぎ立てるのでな。最近のおぬしを観察しておったが、正直どこが今までと違うのかさっぱり判らぬ」
「ああ、だから最近よく目が合うんだね。 なるほど」
「勝手にじろじろ見ていた非礼は侘びよう。すまなんだ」
「いえいえ。しかし、鳥栖君も心配性だなぁ。僕には特に変わった事は無いけれども」
いつも通り、にこにこと受け答えをする玖珂。本人を前にしても、特に以前との差異は感じられない。いつも通りの優しい、しかしどこか人を踏み込ませない遠さを感じる。不動なるこの男を揺るがせてみたい。興味が鎌首をもたげてゆく。
視線を玖珂から、眼下に向ける。緑の先に続く風景は真紅に染まりつつある馴染みの寮や校舎へ続き行く。玖珂も自然と無言になり、同じものを見つめる。
見ているものは同じ風景。しかし、同じ風景を見ていながらも、その心象風景には違う像を結ぶ。俺と玖珂の間を吹きぬける風ははたまた、意識の断崖を象徴するかのようである。
「ここにはよく来るのか?」
「そうだね、時々」
紡ぐ疑問は白々しい問い掛け。俺は知っている。玖珂がここに頻繁に来ていることを。そして、その理由すらも。
「やはり、あの娘が居ないので寂しいのか?」
その一言で、玖珂の纏う空気に些細な変化が生まれる。相手との遣り取り、向けられる感情。幼い頃から否が応にも身に付けざるを得なかったそういったものを感知するセンサーが警告を発する。今なら、まだ引き返せると。だが・・・。
「夜國晋太郎」
視線の先、夜國の双眸から目が離せない。吸い寄せられ、彼と一体化してしまうのではないのかと思ってしまうぐらいに、目の前の夜國のことしか考えられない。白痴の様にただただ、彼を見つめる。
「・・・戸籍か。参ったな、学校では玖珂で通すつもりだったのだけれども」
どれだけの時間が過ぎたのか。気付けば、夕闇が迫る中でそう漏らす夜國の姿があった。戸籍・・・、夜國の事実を知った大本。つまり・・・。
「今のが魔法か」
「そうだよ。君が権力という力を使って、こちらに踏み込んだんだ。僕が君の頭の中に踏み込んでも、文句無いだろう?」
「それもそうだな」
こちらの答えに一瞬驚きの表情を浮かべる夜國。何かおかしいことを言っただろうか。
「いや、てっきり怒り出すものだと思っていたからね」
「己の持つ力を十全に活かすのは、当然のことだろう。それに今回、先に仕掛けたのはこちらだ」
「君も変わり者だね」
可笑しそうに笑い出す夜國を見て、微妙な心持となる。シンタロ校は貴族のおぼっちゃんの多い男子校ゆえ、親の権力を振りかざす馬鹿と見られていた訳だ。確かに、調べごとをするのに利用はしたので、文句は言えぬのだが。
「変わり者であることを否定はせぬが、おぬしもそうであろうよ」
「そうだね。僕もそれは否定できないな」
「なるほど。その鉄壁の笑顔の奥に辿り着くには、あの娘ぐらいの元気が無ければならぬというものか。得心が行った」
脳裏に浮かぶは、壁を必死の形相で走り抜ける娘の姿。鬼気迫る、とはまさにあのような表情を言うのだろう。
「自分に好意を持つ人を無碍には出来ないからね。押し切られた、と言う感じかな」
「判るな、その感覚は。好かれると言うのは悪い気分ではない」
「意識し始めて、気付いたらと言う感じだね」
そういう夜國の笑顔は普段よりも、血が通ったものに見えた気がした。いかん、俺も天心の病気が感染したか。
「そ、そういえば、あの娘の姿を最近目にせぬな」
「・・・何か、大変らしいとは聞いているのだけどもね」
途端に声のトーンが沈む夜國。まずい、地雷そのものであった。そもそも、ここがあの娘との思い出の場所であろうからこそ、夜國はここに来た筈である。情報を売ってくれた生徒Cの証言を信じるのであれば、だが。
「また、会いに来るだろ、多分」
「・・・そうだね」
小さい身体に沢山のエネルギーが詰まってなければ、壁走りや天心の邪魔をかいくぐることもできないだろう。だから、あの娘はきっと夜國に会いに来るだろう。それを夜國は待ち続けるであろうから。
目前の稜線には欠けた月が昇り始めている。俺は娘に心中で詫びつつ、しばし夜國と過ごす時間を楽しむことにした。
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前にも月夜のゲームがありましたので、変化球を狙って外から見た晋太郎をテーマに書いてみました。
ちなみに「俺」ですが、鳥栖天心の幼馴染、ゴーイングマイウェイ、そこそこ有名貴族の息子以外は特に設定していません。
最後にオリジナル要素が多く、読みづらいとは思いますが少しでも楽しんでいただけたのであれば、幸いです。また、どこかでお会い致しましょう。それでは。
作品への一言コメント
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- 素敵なSSをありがとうございました!オリジナル要素を盛り込んでいただき、楽しく読ませていただきました!普通生活ゲームのプレイなどでは見ることがない部分を描いていただき嬉しかったです。ありがとうございました1 -- 夜國涼華@海法よけ藩国 (2009-02-27 23:07:00)
引渡し日:
最終更新:2009年02月27日 23:07