矢上麗華@土場藩国様からのご依頼品



/*遠い音*/

 音は遠くからもよく響く。
 重ねた手をつたって響く鼓動の音。わずかな暖かさ。
 服を伝ってしみてきた涙は日差しのかけらのように熱く、
 自然と、抱きしめたまま、気づけばずいぶんな時間が過ぎていた。
 爽一郎は自分から離れようとはしなかった。たぶん離れたら寂しがるだろうと彼は確信していた。
 それに、今日は調子がいいみたいだし……。
 そう思っていると、麗華が少し離れた。泣き止んだものの目は赤く腫れている。その目を、彼女はまぶしそうに細めた。
 サナトリウムの自室は、夕暮れが入り込んでまぶしかった。オレンジの光に、切り絵のような黒い影。陰影がはっきりとついた景色の中で、ベッドに座っていた二人の表情は黒い影に隠されていた。
「少しのどが渇かない?」
 麗華が聞く。爽一郎は頷いて立ち上がる。
「何か買ってこようか?」
「ううん、そこにあるから」
 爽一郎は部屋の冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出す。棚からプラスチックのコップを取り出し、渡してあげた。麗華はゆっくりとそれを飲むと、ベッド脇のテーブルにコップをおいた。
「うーん。なんか、退院が待ち遠しい」
「まあ、すぐにできるさ。慌てなくても俺は逃げない」
「うん」
 笑みが深まる。爽一郎は微かに笑ってから、自分も一口だけジュースを飲んだ。冷蔵庫にしまう。
「それよりも、無理はするなよ?」
「うん。心配させるような事はしたくないから……」
「ゆっくり治せ。ずっといてやる」
「それが一番、うれしいな」
 二人して笑う。爽一郎はゆっくりと近づいていき、隣に座る。
 そっと手を伸ばして、髪に触れた。
 が、麗華の顔は少しかげる。
「ごめんね。……その、やっぱり」
「いや、寂しがらせるほどじゃない。……いやまあ、病気なんだ。気にしないでもいい」
「うん。でも」
 髪をなでる手が止まる。爽一郎はもう片方の手をそっと伸ばした。
 麗華の唇で止まる。
「でもは、なし、だ」
「…………」
「頬が赤いな」
「う、うれしくて」
「そうか。……そうだな、結婚したらどこか旅行にでも行くか?」
「え?」
「どこでもいいぞ。好きなところは?」
 少し考える麗華。それから顔をさらに赤くした。
 ジェミニ越しに伝わる緊張。
 それと、気恥ずかしさ。
「一緒にいられれば、そこが一番いい」

 顔の赤さは夕焼けに隠れる。
 けれど、伝わる物はとても多くて。

 音は遠く。伝わる空気は緩やかで。
 花開く前のつぼみを思わせる、その部屋は気恥ずかしさに満ちていた。



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最終更新:2009年02月18日 13:38