八守時緒@鍋の国様からのご依頼品


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ヤガミはどこか、誇らしく歩いていた。
カツカツと、高い靴音をたて、堂々と。
そう、夜明けを告げる、騒々しい足音のように。
隣を歩く時緒に、かすかに歌声が聴こえる。
歌に耳をすます時緒。
それは、華やかな戦いの歌だった。
“我はこれにて剣を持ち、百万の悲しみを駆け抜ける”
それを聴いて、時緒は微笑んだ。
ヤガミは歌うのをやめ、時緒に、
「なぜ笑っているんだ?」
と笑いながら言った。
時緒も微笑んだまま、
「別に。笑いたいから」
「いい話だ」
一言いってヤガミは少し笑った。
時緒は、ヤガミを見ながら、ゆっくりと言った。
「そうだね。私、不思議と落ち着いてるの」
「……それは良かった」
時緒のヤガミは、こういうときはなぜなんだとは、聞いてこない。
それは、その胸にある、謙虚さからくるのかもしれなかった。
そして時緒は、なぜと聞かれないことを受け止められる、そんな女だった。
「うん。やらなければいけない事は沢山あるけど。取りあえずは」
言って、そのことに、笑った。
ヤガミは、
「落ち着かないよりは落ち着いていたほうがいい」
とだけ言い、あくまで理由など聞かない。
時緒は、自分の心に正直に話す。
「うん。私にはそんなに沢山を一度に考えられないってわかったもの」
「考えることが出来ても、手は2本だ」
ヤガミは初めて、時緒を見て微笑んだ。
「俺はそういうことにしている」
「できる事をすればいいんだね」
ヤガミを見返しながら時緒は頷いた。
ヤガミは、時緒を縛らない、自由な風であることが、好きな様であった。
「やらないでもいい」
そしてヤガミは眼鏡をそっと指で押し、
「そんなことはお前の自由だ」
と、突き放しているようで、大切にしているようなことを、言った。
時緒は、そんなヤガミが思うように、自由を使う風の様だった。
「私はやりたい事しかしないの」
それを聞いてヤガミは、
「いい話だな。うらやましい。俺もはやくそうなりたい。とりあえずはそうだな。全ての食べ物からピーマンを抜くところからだな」
と言って、舌見せてた。結構長い。
時緒は、自分が自由であることを、望んでいる。
が、ままならないこともあると、
「自発的にはね。へー、ピーマン嫌いなんだ…」
そう言って、ピーマン嫌いと言って舌を出すヤガミを興味深げに見て、
「同じだね」
と、自由を望むヤガミに笑いかけた。
「あんまり生真面目に生きるのも面白くない」
ヤガミは、面白そうに、楽しそうに言った。
冗談めかしながら、ヤガミは良く分かっていそうであった。
時緒は、
「それ私の事?」
と、不安をのぞかせる。
面白くない?
嫌われた?
「なんで俺がお前のことを話さなきゃいけないんだ?」
ヤガミはだが、不思議そうにそう言った。
「私の事真面目だって言ったから気にしただけだよ」
どうやら嫌われた訳ではないらしい。
安心してちょっとだけ、むくれる時緒。
ヤガミは、
「隣にいるのに」
と言ってくすくす笑った。
時緒は、その笑い方に、
「別に真面目にしてるとか、そんなつもりないの。…って、そうですね」
と言って何か負けた気がしたが、そのことは言わなかった。
ヤガミは笑う。
「あんまり気にするな。お前はお前。俺の言うことなんか、都合のいいところだけ拾えばいい……ふっ、さわりたいがそれができないのが残念だな」
「うん。…触るのは苦手なの」
時緒はそう言われて、少女特有のことを言った。
ヤガミはそのことを気にもとめる風もなく、上機嫌に歌って歩いていた。
そろそろ外だ。
そして、ヤガミは、外からさしこむ明かりに、笑った。
「分る分る」
ヤガミの隣で一緒に歩きながら、そう言われてちょっと泣きそうになる時緒。
女心である。
ヤガミは、
「俺も良く、他人のぬいぐるみを触って怒られる」
そう言って時緒が泣きそうなのを無視したが、少しだけ早く歩いた。
時緒は思う。
なんで泣きそうになっちゃうんだろう。
「そっか」
時緒から、ヤガミの顔が見えなくなった。
ヤガミと時緒の間にわずかな距離ができる。
時緒は、自分が思うように泣くよりもヤガミの顔が見れない方が、嫌だった。
あわてて追いつく。
だが角度的にヤガミの顔は見えない。
ヤガミはそんな時緒が泣きそうなのを、なぐさめない。
ただ、泣くのを見ないようにした。
その誇りが、傷つかないように。
時緒はヤガミの顔が見えなのが嫌で、ヤガミの服の端を掴んだ。
「どうした?」
しかし。
こういうときにヤガミの声はひどく優しい。
だから、いけないんだろう。
この男は。
時緒は、優しい声を聞いて、あーとかうーとか唸る。
そして、自分に正直になることにする。
「ヤガミ、手を繋いでもいい?」
「触るのも触られるのも、嫌いなんじゃないのか?」
ヤガミは時緒に、手を差し出した。
「貸す。噛み跡だけはつけるな。後は自由だ」
時緒は、ただ自分に正直になろうと、思った。
「うん。好きじゃない。触ってみたいと思ったから」
そしてそっと手を伸ばしながら、
「噛み付きませんよー…」
と言ってヤガミの手をとった。
ヤガミの手は乾いている。
大きい。
汗もかいてないから、緊張もしてないのだろう。
時緒は、それがちょっと嫌だった。
ヤガミの顔を見上げる。
まったく緊張してないように見えた。
いまいましいくらいに。
時緒は、少し考え、その不敵にさえ見える様子を、笑うことにした。
ヤガミは、その笑顔に、
「普通の手だぞ。残念ながら」
時緒はそれを聞いてさらに笑い、
「別に珍しそうな手だから繋いだわけじゃないよ」
そして手にこもった力を抜いた。
「ありがと。もう大丈夫」
手を、離す。
ヤガミは、笑った。
「喜ぶべきか、時間が短かったのを悲しむべきか、手を繋ぐといってくれたんだから無神経に手を繋いで歩けばよかったのか、それが問題だ」
深刻ともどうとでもとれる調子で、言った。
手のひらに残るぬくもりを感じながら、時緒は、
「別に嫌じゃなかったよ。でも手を繋いでると自由に動けないから」
と言って笑った。
「真面目に答えないでいいぞ。悩むのも楽しみだ」
ヤガミは少しだけ笑った。
時緒は明るく笑い、
「そっか。そういうものなのかー…」
と納得しかけ、
「強がりだ」
とヤガミが言ったせいでさらにちょっと笑った。
つまり……。
時緒は手を伸ばす。
「まだ大丈夫かなあ。時間になったら言って」
そう言ってヤガミの手をとってにぎにぎした。
ヤガミは5秒きっかりで、照れた。
顔が紅い。
そして、繋いでいない方の手で、顔を隠す様に一度、眼鏡を押した。
「どこか負けた気がするな」
時緒は、紅くなったヤガミを、初めてみた。
「そう?」
楽しそうに笑う時緒。
じっとヤガミを見ている。
「もう見せない。可能な限り見せない」
ヤガミは、その実、恋愛にうとく、そして負けず嫌いだ。
「こういうのは……」
しかし、顔を紅くして言うのでは、何の効果もない。
「えー。可愛いのに…」
時緒は、顔を紅くしたヤガミを、ずっと見ていられたらなあと、思った。
「?」
何か言いよどんでいるヤガミを、さらに見る。
しかしヤガミはそれ以上言わず、
「お前はかわいいと言われるの、好きか?」
と時緒に問いかけた。
時緒は、ああそうかと思いながら、
「好きじゃない。…ごめんね、つい言っちゃった」
ヤガミは、笑った。
「かわいい」
「正直すぎたかー…って、何ですか。それは仕返しなんですか」
時緒は、ヤガミにかわいいと言われ、頬が紅くなるのを感じる。
いやだ、恥ずかしいし、それにそれに……。
「これで、おあいこだ」
ヤガミは、
「当然だ。俺は負けるのが大嫌いだ。本音が8割だが、それだけじゃない」
その実、時緒をかわいいと、思っている。
仕返しとは、体のいい口実だった。
時緒は笑った。
「2割は?」
そう聞き返されてヤガミは、
「なかなかいい笑顔だ」
49秒考えた結果として、そう言った。
何度も言うがこの男、その実恋愛下手である。
ごまかすのが凄く、下手だった。
笑う時緒。
「ありがと」
「なんの礼だ。勝った時にそういうのは、すごい嫌味だぞ。知らないかもしれないが」
いつの間にか、ヤガミの手が汗ばんでいた。
顔見れば紅いから当然かもしれないが。
「私が言いたかっただけ。今でも好きだよ」
時緒は、柔らかい微笑みを浮かべた。
ヤガミは照れて、時緒から背を向ける。
しかし手は、自分から離そうとは、しなかった。
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以上です。
とてもいい雰囲気のログでしたので、それを壊さないよう頑張りました。
お気に召さないようでしたらスライディング土下座とともに、書き直しもさせていただきますので、いつでもお声おかけください。
この度はありがとうございました。


作品への一言コメント

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  • ぎゃああ。恥ずか死…(ぱたり) 素敵に書いていただいてありがとうございます! -- 八守時緒@鍋の国 (2009-03-04 20:12:16)
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最終更新:2009年03月04日 20:12