蒼のあおひと@海法よけ藩国さんからのご依頼品


おかーさんは偉大です

~父なる忠孝、妻に登頂不能の頂きを垣間見る~


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 12月某日。海法よけ藩国。
 大樹よけキングにほど近い閑静な住宅街にある小料理屋『蒼孝』。
 すっかり店じまいを済ませ明かりを落とした店先で、両腕にわが子を抱えた忠孝はへなへなと膝からその場に崩れ落ちた。
 店先に迎えた二人連れに駆け寄った店主あおひとの手へと赤い髪の少女から幼子が受け渡される。その子をひしと抱きしめるあおひとに微笑んで赤い髪の少女はかたわらに控えていた青年を伴ってよけ藩を後にした。
 余りに長いようで短かったらしい別離の時間を経ての、家族の再会の瞬間だった。
「翡翠ーーーーー!!!!!」
 あおひとは声を上げながら腕の中のわが子を思いきり抱きしめた。昼に友人、というよりちょっと可哀相な知人が来店、というより闖入してひとしきりどたばたした挙げ句翡翠が行方不明になった、その夜のことである。
 わが子が迷子になれば親として心配なのはもちろんだが、翡翠に関してはただの迷子ではすまない。文字通り、目の前から消えてしまったのだから。
「わーーーーーーーーーんっ!!馬鹿ーーー!!
 もうすっごいすっごいすっごいすっごい心配したんですからねーっ!」
 身も世もなく声を上げて泣きながら翡翠を抱きしめるあおひとに、しがみつくようにして抱きついていた翡翠も嗚咽を漏らす。
 忠孝に抱えられた三つ子ちゃんのうち二人、ひなぎくと柘榴もしゃくり上げ始めた。
「う、うぁ、ご、ごめんなさい…!」
「よかった…ああ、寿命がへりましたよ」
 夫婦揃って店先の道路にへたり込む格好でめいめい三つ子ちゃん達をあやす二人。あらためて翡翠の身に異常がないことを確かめ、ぐすぐすとすすりあげながらあおひとは翡翠を抱き上げた。
「もう……ほんとに…すっごい心配したんですから…」
 何時間、あるいは何十時間ぶりにか、母の温もりと優しい声にふれて笑顔を見せる翡翠。自分の身に起きたこと、その間に両親がした心配のことなぞついぞ知らないような、無邪気な笑顔だった。
「柘榴とひなぎくも、こっちにおいで?」
 あおひとの呼びかけにわっとばかりに二人も駆け寄る。忠孝は漸く立ち上がるとあおひとにしがみつく三つ子ちゃん達を見てこちらも何時間かぶりの笑みを浮かべた。
 ああ、やっとあるべき姿に戻った、と。
「…」
「…よかった」
 心からそうつぶやいて忠孝の笑みに笑顔を返したあおひとは三つ子ちゃんを腕の中に収めると表情を改めて中央の柘榴と額を合わせた。
「えっと、今日はみんなに聞いて欲しいお話があるんです。聞いてくれますか?」
 不思議そうに母を見上げる三つ子ちゃん達。
「ちょっと長くなるかもしれませんけれど…分からない事があったら、すぐに聞いてくださいね?」
 理解の度合いを測るようにあおひとが一人ずつ視線を合わせると三つ子ちゃん達はそれぞれあおひとに抱きつくことでそれを示した。
「えっとね、みんなの力は、すごくすごく素晴らしいものです。でも力っていうのは、いいこともあるけれど、悪い事もあるんですね。
 例えば翡翠のどこかへ飛べる力っていうのは、実は、とても危ない力なんです。分かりますか?」
 あおひとが一度言葉を切って翡翠を見た瞬間、翡翠は消えた。
 思わず肺から絞り出すような声にならない大量の息をついて辺りを見回すあおひと。
 しかし、やはりどこにもその姿は無く、忠孝が再び膝から崩れ落ちた。目尻に涙が浮かんでいるのが眼鏡越しにでも解る。
 やっと訪れた再会の最中のことだったからその衝撃は計り知れない。
「ま…また…?」
「忠孝さん、倒れてる場合じゃないです。
 で、でも…私も、泣いちゃいそうです…うーーーーーー」
 夫を励ましながらも柘榴をだきしめて涙を浮かべるあおひとを柘榴は小さな眉を寄せた難しい顔で見上げた。
 と、消えた時と同じように唐突に翡翠が元に場所に現れた。
「もう…どっかいっちゃやだ…」
 ほっとしたというよりは何もかも虚脱したような感覚に捕らわれているあおひとをその名の通りの綺麗な瞳で見上げている。
「翡翠…もういっちゃやだ。どっかいっちゃやだ…。翡翠、おかーさんのそばにいてくれませんか?
 時間跳躍したら危険だとか、そういうのよりも、翡翠がどっかいっちゃうのが、嫌です」
 初めは何かちがった?という不思議そうな顔だった翡翠も抱きしめられる腕に込められた力と母の涙に漸く事態を把握したらしかった。大きな目にみるみる涙が溜まり、やがて声を上げて大泣きしながら何度も頷く。
「うん、えらいね、ありがとう」
 揃ってわんわん泣きながらも翡翠の背中を撫でてあやしているあおひとを見て、忠孝は上げかけていた手を力無く降ろした。
 忠孝は父として、子供達に対しては心を鬼にしてでも理解させなくてはいけない大事なことがあるのをよく理解していた。
 だがそれもどうやら今回は行使するときではないらしい。
「えっとね、ひなぎくもね。
 未来を知りすぎたらとかそんなのより、変な人に目をつけられて、利用されたり、危険な目にあったりするのが、やです」
 翡翠の例を間近で見ていたせいか、あおひとに抱き寄せられてこころなしか神妙にその言葉を受け止めているように見えるひなぎく。
「未来を知っちゃえるのはすごいけれど、それでひなぎくが危ない目にあったらって思ったら、もう駄目です。
 おかーさん泣いちゃうし、ごはん食べれなくなるし、夜は寝れないし…倒れます。
 柘榴もです。
 柘榴の力もすごいけれど、その力が暴走したらとか、考えるとすごい怖いです。
 まわりに迷惑がかかっちゃうかもとか、そんなのより、柘榴の心と体が心配です」
 柘榴だけは抱き寄せられてもぼんやりとした様子だった。あおひとの顔を見上げてにまーっと笑う。こう見えてどうやら三つ子ちゃん達の中でも一番あおひとの心を汲んでいるのは柘榴らしい。
 だからそれは母を励まして安心させてくれる優しい笑顔だった。
「世界がどうとか、そんなのより、あなたたちが大事です。力を使って危険な目にあいそうになったり、巻き込まれたりするほうがずーっとずーっと心配です」
 あおひとは一度三つ子ちゃん達を放すと順々にその顔を見つめた。
「翡翠も、柘榴も、ひなぎくも、力を使わないでって言ってるんじゃないんです。でも。なるべく、自分の意思で、力を使わないでいる事は、できますか?」
 未だ途切れない涙を浮かべたその目を見つめ返して三つ子ちゃんは一斉に頷く。それが自分達の備えた力の大きさや危険よりも母の願いを理解したしるし。
 やっぱりわかってもらえた。家族が揃ったらこれだけは言って聞かせようと翡翠を探し続けながら決めていたことを伝えて、あおひとは今度こそ心から安堵した。
 にっこりと笑みを浮かべ三つ子ちゃんの頭を順々に撫でてあげる。
「うん、みんなありがとうございます。
 どうしても使う必要があるときは、忠孝さんや私とかに、相談してくださいね。相談して、みんなで考えましょう?
 あと、ひなぎく。未来が見えちゃって、それを黙っている事が出来ないときは、おにーちゃんや忠孝さんや、私に話していいですからね」
 あおひとに頭を撫でられて心地よさそうに笑いながらひなぎくはもう一度頷いた。
「おかーさんは、とてもいい息子と娘をもったと思います。
 えへへ、大好き」
「母は偉大だな…。
 おかあさんをなかせないようにね」
 三つ子ちゃん達をだきしめてほおずりするあおひとを前にして忠孝は息を一つついてそう言うのが精々だった。
 それに対する三つ子ちゃん達の反応といえば。
 あおひとにだきついたままちらりと振り向いて一瞥しただけであったという。
「忠孝さんも、私を泣かさないでくださいね?」
 子供達をだきしめてあおひとがいずらっぽく笑って見上げると、三度忠孝が崩れ落ちるところだった。
「って、ちょー!!!」
「あ、いや、がっかりしただけです」
 薄々解っていたとはいえ、やはりかなり堪えるものらしい。思わず駆け寄ったあおひとに言葉とは裏腹に随分がっかりした様子で忠孝は応えた。
「…もう、驚かせないでくださいー!!
 うーんと…じゃあこうしましょう。みんなこっちにおいでー」
 それなら、とあおひとは忠孝の腕に収まって背中を預けると自らの腕の中には三つ子ちゃん達を抱き寄せる。
「母は、偉大なんです」
 そう言ってくすくす笑いながら振り向いて小さく顎に口づける妻を見る忠孝の目には、やっぱり涙が浮いていた。
 それはなんだか登頂不能・前人未踏の高峰を見るような目であった。半ば諦めの息と共につぶやく。
「まあ、いいんですけどね」
「忠孝さんに愛されて、翡翠と柘榴とひなぎくに好かれて、すごい幸せです。
 子供たちの分も、私がいっぱい忠孝さんにかまって、愛してあげますから」
「…がんばります」
 三つ子ちゃんのほっぺたをぷくぷくぷにぷにしながら言うあおひとに対して忠孝はやはりそう言うのが精一杯だった。
 偉大なる母の前に最早完敗の体である。
「…えーと。しょんぼりしてたりする忠孝さんも、普段のかっこいい忠孝さんと一味違ってすごい愛しいと思っている私がいたり…。
 どうしましょう。ここにきて、さらに好きになっちゃってます」
「なんだか逆効果の気も」
「私には効果抜群ですよ?大好きです」
 ちょっといじけたようにぼやく忠孝にもう一度振り向いて今度は唇に小さく口づけるあおひと。
 にっこりと笑う腕の中の妻とその腕の中にいる三つ子ちゃん達と。
 そっくりの笑顔で自分を見上げている家族を前にして、忠孝は表情に困った末、結局微笑むことにした。
 きっとどんな家庭でもこういう風に大変な事件や本当に何でもない時間を共有して家族になっていくのだろう。
「えへへー…」
 照れたように笑って背中を預けてくる温もりと生きている重み。それらをこの上なく愛おしく思いながら、忠孝は決意を新たに闘志の炎を胸中に再燃させていた。
(負けてはいられませんね。いつか娘や息子達が『将来パパのお嫁さんになる』とか、『一番尊敬している人はお父さん』とか言って泣かせてくれる日までは!)
 眼鏡を底光りさせる忠孝であった。
 がんばれおとーさん。
 道は長く、険しそうであるのだけれど。
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拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他


作品への一言コメント

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  • 毎度お待たせして申し訳ありませんでした。本当に翡翠ちゃんが無事で良かった~=□○_ -- 久遠寺 那由他 (2009-01-10 02:53:44)
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製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1777;id=UP_ita


引渡し日:2009/01/10


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最終更新:2009年01月10日 22:10