雷羅 来@よんた藩国さんからのご依頼品
少年を守る男
少年は走った。走りまくった。
特に行くあてもない。急ぐ必要もない。でも何故か走りたかった。
『罰せられないなら罰しにいこうか。法律が無理でも、一発殴りに行くくらいはできるだろ?』
少年に向かって言われた善意ある言葉……。
今までにも表向きは善意を持って接してきた男達はいた。しかし、結局は裏切られ、いつしか信じなくなってきた。
でも、何かが違う、そうあの男は何かが違うと自分の心が訴えていた。下心がないのも分かっている。心配されているのもわかっている。
でも、今までの『飼い主』とはきっと何かが違うのだろう……今までいないと思ってた「いい人」なんだろう。
でも、でも、素直に信じる事はできない……きっと、きっと信じたら、後悔する……。
「なんで逃げるようなことするんか分からんけど、危ないとこにはいくなよー」
唐突に耳に届いたあいつの声にわん太の身体は震え、立ち止まった。
な、なんで?
わん太は周りをキョロキョロと確認し、雷羅がいない事を確認するとその場に座り込んだ。
「……」
逃げた事を避難するわけでもなく、激怒もしない。ただ、純粋にわん太自身を心配している声に……もう、ここにはいれないとわん太は思った。
今までとは違う場所、いつもと同じような悪い奴はいた。でも今まで知らなかった「いい人」がいた。でも、あいつは本当に「いい人」なのだろうか?
確かめたくない……その結論に至ったわん太はこの国を出る決意をし、駅へと向かった。
わん太は駅に忍び込むと、こっそりと貨物室の荷物の影へと身を潜ませた。
「……」
静かにひっそりと呼吸もできるだけゆっくり行う。もし見つかればまた耐えなければならない。耐えるだけならいつもの事であるが、今は、今だけは誰にも会わずに……そして何もしたくなかった。
「……」
隙間からの風に上着の中にうずくまろうとしたわん太はその上着の持主の事を思い出し……そしてなんかなさけなくなった。
「……俺、なんか弱くなった……」
わん太が自分の弱さを感じ、上着のぬくもり、においに上着を捨てたいような捨てたくないようなジレンマを感じている丁度その時であった。
{キキィィーー!!)
激しい音とともに止まる列車。
「……」
何事が起ったのだろうか? 放送がかかっているようであるが、どうもここからだと聞こえにくい。
しばらくすると足音が聞こえてきた。わん太は見つからないようにと、荷物の影に隠れた。しかし、足音はドンドンと近付いてきた。
……今は人に会いたくないな……
人に会った後の事を考えるといつものように嵐が去っていくまで我慢できるのか、何故か今日は自信がなかった。
しかし、そんなわん太の思いもむなしく、足音はわん太の隠れているそのすぐ傍までやって来た。
「無事・・・か?」
今一番聞きたくないもしくは聞きたい声が聞こえてきた。わん太はできるだけ平常に聞こえるようにと意識しつつ答えた。
「別に」
声の持ち主である雷羅はわん太の姿を確認し、そして周りを確認した。
「どっか、怪我とかしとらんか?誰かに連れて来られたんちゃうやろな?」
雷羅のその言葉に半ば呆れつつも少しだけ、そう。ほんの少しだけ嬉しかった。
「とりあえず、異常なし・・?ふう・・・」
周りを確認していた雷羅は溜息をつくと、その場に座り込んだ。
……なんで、他人というか俺の事をそこまで気にするんだろうか? たまたま一緒の国にいて、たまたま会っただけで……それで何も求めない……それこそこれだけしつこいなら何かを俺に求めるハズなのに……。
でも、これだけしつこく追いかけてくるって事は雷羅の目的は他の『飼い主』達と一緒だったんだろうか……そんな風にも思え、でも「いい人」のようにも思え、混乱の末にもう、俺の事はほっておいて欲しいと思い、一言口にした。
「・・・どうだっていいだろ」
一瞬だけ空気が止まったように思った。そして、次の一瞬には大きな音がした。
「あほかーー!」
雷羅の声は大きく、咄嗟に耳を塞いだわん太にもその声はでかく聞こえた。そして雷羅はわん太に抱きついてきた。
ぎゅっとこの後に起こるであろう光景に、やっぱり……と思い、耐えようと身を固くしたわん太はその後に雷羅が何もしてこないことに気づいた。
雷羅はわん太の頭を優しく抱き抱えており、特に何もする様子はなかった。そしてそっと耳元に声が聞こえてきた。
その時になって初めて、わん太は自分がいつのまにか耳から手を離している事に気づいた。
「何かあったら、どうすんや。たのむ、心配させんでくれ。」
わん太に優しく問いかける雷羅。
……違う
「これ以上なんかあったら、僕が自分が許せんようになる。自暴自棄になるのは、僕が死んでからにしてくれ。」
わん太に泣きそうな声で問いかける雷羅。
……違う、違う
「どうだっていいなんて思えない。もう、わん太の事を知ってるから。何か不満あるなら聞くから。突然いなくなったりしないでくれ。・・・たのむ。」
真摯に話す雷羅。
……違う、違う、違う
「・・・・」
「仲間を失うようなことはしたくない。国のみんなは家族みたいなもんだ。家族を失うのだっていやだ。」
……雷羅は自分の知っているどの人とも違う。雷羅は一体何なんだろう? 仲間? 家族?
「わからないよ」
わん太の言葉に雷羅はそっと離れるとわん太の顔を見た。
「わからないって、なにが?」
雷羅の言葉、目には今まで知らなかった……いい人……とはまた違う何かがあるような気がした。
でも、雷羅の言いたい事はわからない……。わからない、わからない……。
「俺、家族なんかもったことない」
雷羅は俺とは違う……。
「そうか。唐突やけど、僕のこと、嫌いか?」
まっすぐ見てくる雷羅の目線は何か眩しくて、何か懐かしい……。
「別に」
「そっか。少なくとも嫌いじゃないんやな。」
何でここまで俺にかまうんだろう? 何かを求めるわけでもなく、何をするわけでもなく……。
他人なのに、この前会ったばかりなのにどうして俺の事を……。
「ならどうだ、ままごとみたいになるけど、僕の弟にでもなるか?」
雷羅は何で俺をかまう?
わからない、わかりたくない。わからない、わかりたくない。
わかりたくない、わからない。わかりたくない、わからない。
「いらない」
怖い、何かが怖い……そんなわん太の心が否定の言葉を口にしていた。
「うわ、はっきりと」
雷羅は笑いながらもどこか寂しそうであった。しかし、わん太はそんな事に気づける余裕もなかた。
もう、ダメだ……。わん太には何がダメなのかはわからなかったが、強く、そう、強くそう思った。
「ま、それは冗談として。」
ここは居たくない。今までとは違う何かが……居心地が悪くて、今までのわん太自身の生き方が否定されるような気がして……。
「最初に連れて行った、新領民のご老人覚えてるか?」
もう、この国にはいられない。
わん太は雷羅の言葉も耳に入らずにそのままこの国ではないどこか遠い所に行こうと思い、電車を降りた。そして線路の向こうへと行こうとして、雷羅に止められた。
「なんで・・・どこに向かってるかわかってんのか?」
雷羅の言葉には真剣さとわん太を心配する心があった。
「遠いところ」
「間違ってはないが・・・相当危険だってこと、わかってるか?」
「はっきり言う。命を落とす可能性が高い。」
雷羅の心配する声。雷羅の真剣な目。雷羅の……。
もう、何もかもがわからない。でもこの国にはもういたくない、雷羅はわからない、わかりたくない。
「しにたい」
「しなせない。」
わん太の言葉を真っ向から返しつつもどこか優しい……。そう、雷羅は優しいのだ。でもなんで?
「・・・・・」
わん太は雷羅の顔を見ている事ができず、下を向いた。それは今まで知らなかった言葉。
優しい……言葉としては知っていても実際に本当に優しい人はいなかった……。
雷羅は俺を心配して優しくしようとする……。でも、他人は関係ないはずなのに……。
俺を利用するヤツはいた。俺も利用する必要があったから今まで利用してきた。
でも、雷羅は利用するわけでもなく、俺に何かを強要するわけでもない……。
どうして? どうしてそんな事ができるの?
なんで? なんでそんな事ができるの?
わからない。それになんでかまう?
雷羅のいるこの国は居心地が悪くて、そして心配されるというのが今までのわん太の価値観と違い過ぎて……とても、そうとても……。
「俺、こういうの嫌いだ」
わん太の口から出てきた言葉は今のこの状況が、利用したり利用するのではなく、このよくわからない状況がわからなくて、そして怖くて嫌だと思ったのである。
わん太の言葉を否定も肯定もせず、ただ雷羅はわん太の次の言葉を待った。
「・・・・」
居心地が悪いと感じていたわん太は続きの言葉を語ることもなく、ここではないどこかへ行こうと歩き出そうとし、雷羅に再び止められた。
「いかせない。」
「僕は自殺を認めない。」
雷羅の言葉は「認めない」という否定の言葉だったが、その中につまっている思いはわん太自身を肯定していた。
「自殺なんかしない」
「死にたいって言って危ないとこに行くのは、自殺だ。」
なんでこんなに俺にかまうんだろう……
「・・・別のところに行く。いいだろ。それで」
「この国が嫌いか?」
「別に」
今までいた所とも何も変わらない……そう思ってた。でも、雷羅がいた……。
「ひとつ聞く。まっすぐにこの国を見たことはあるのか?」
「この国の姿を、生きる人を。」
「俺をおしたおしたやつらのことだろ」
「顔なんか見たら殺されるよ」
なんとなく、そう、なんとなくふてくされたわん太は唐突に目の前に顔を出してきた雷羅から咄嗟に目をそらした。
雷羅はわん太の目線から外れないように身体を動かし、わん太に顔を見せてきた。
真正面に来た雷羅の真面目な顔にわん太は目線から外れるように下を向いた。
しかし、雷羅はめげずに下からわん太をのぞき込んだ。
「まっすぐ、人の目を見て話をする。離れるのは、嫌いになってからでも遅くないだろ? まぁ、僕は嫌われたくらいで世話焼かなくならないと思うから、そこは理解しとけよ。」
雷羅は優しく笑った。そんな笑顔も、真正面から何もせずただ、見てくるヤツもわん太は知らなかった。
それに今まで嫌いになっても世話を焼くといったヤツも知らないし、いなかった。
「・・・」
雷羅の目はどこか吸い込まれるような眼であり、遠い昔、どこかで見たような眼であった。
「わん太は、僕が守る。」
「約束する。」
なぜ? 何も求めないで、何もしないで、何も……俺を心配して、俺をかまう?
いい人だから? 金持ちだから?
今まで優しい言葉と笑顔を俺に向けるヤツは見返りを求めていた。でも雷羅は求めない……。
「・・・・なんで!」
わん太は悲しいような嬉しいような気持ちで今まで思っていた事を口にした。
何度逃げても追いかけてくるのは飼い主だったやつらや俺を利用しようとしているヤツラだけだったはずなのに……。
雷羅の考えがわからない。わからない。わからない……でも、でも……。
「・・・前にも言ったような気もするが、理由なんているか?」
「そうしたいと思った。それだけだよ。」
駄目だ。そんな言葉は信じられない。信じたくない。夢とかそういったものはないに決まっている。あったらいけないんだ!
わん太は勢いよく走った。逃げた。恐れから逃げるように、太陽の光から逃げるように。今までよりも強く、激しく走ったつもりであった。
しかし、実際にはあっさりと雷羅に捕まった。どこか、そう、どこか捕まえて欲しいと思う心がわん太にあったのかもしれない。
その気持ちが足を鈍らせていたのだ。
「鬼ごっこはもっと安全なところでやるもんだと思うが・・・はぁはぁ」
「この世界のどこかに、ただ君の幸せだけを願うものがいたっていいじゃないか。」
「・・・うけうりだけどな。」
「そんなの信じられないよ」
そんな夢のような事があるわけない。そんな夢のような事……。
「これを言ったのはすごい人だったと聞いてる。僕はこの言葉を信じてる。」
信じられるわけない。今までがそうだったのにこれからも幸せなんてこないに決まっている。
「今すぐ信じろとは言わない。だが、疑うだけじゃ、幸せにもなれないと思うぞ。」
わん太は雷羅の真剣な目と言葉にそっと目をそらした。信じると後が怖い……そう、怖いんだ。
でも、でも……わん太は雷羅から目をそらしつつも、一つの決意をしたのであった。
作品への一言コメント
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引渡し日:2009/01/30
最終更新:2009年01月04日 20:00