九音・詩歌@詩歌藩国様からのご依頼品


水竜は海にいた。
そこは冬だというのに雪が降っておらず、海面に氷が張ることもなく、熱帯魚が元気に泳いでいた。

そこは、南国の海だった。


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白い砂浜に、青い海。輝く太陽。
そこはレンジャー連邦からほど近い、ちいさな無人島だった。
絢爛世界での戦いからの帰り道、突如決まった一日休暇。
藩王いわく、みんながんばったし、たまにはいいよねとのことだった。
島に到着して1時間、みな思い思いに時を過ごしている。
打ち寄せる波音を聞きながら、かな子は嬉しそうに目を細めた。
IBPの仕事でレンジャー連邦へ来たこともあったが、ゆっくりしたことはなかった。
それ以上に、こうして国のみんなが同じ時を、すこやかに過ごしていることが嬉しかった。
かな子は人の幸福をまるで自分のことのように喜ぶことができた。
おまけに今はドラゴンシンパシーの力で愛すべき竜たちの声もまるわかりだったから、もう言うことナシ状態であった。

「おいで、ノーヴェ」

声をかけると一体の水竜が海面からゆっくりと顔を出した。が、すこし遠い。
大きすぎて浜辺まで近よれないのだった。こちらから泳いでむかう。
唇のあたりにつかまって、立ち泳ぎのまま見上げてみた。
風の谷のナウシカになった気分。
大きくてゴツゴツしていて見た目は怖そうなのだが、不思議と恐れる気持ちは湧いてこなかった。
むしろ、かわいい。
例えるならば、出産した友達を訪ねた時に抱かせてもらった赤ん坊に抱く感情に近い。
ただ無性に愛おしい気持ちでいっぱいだった。
かな子はノーヴェを抱きしめた。
体格が違いすぎてはた目にはしがみついているようにしか見えなかったが。
ノーヴェには意外なことに表面から毛のようなものが生えており、ふさふさしていた。
なんだか大型犬を抱きしめているみたいだ。
そのままシンパシーで語りかけてみる。

南の海は暖かいということ。
はじめての戦いのこと。
トレはちゃんと戻ってくること。
こんど背中に乗せてねということ。
今までのこと、これからのこと。

ノーヴェは言葉すくなにあいづちを返すだけだったが、かな子はそれでも満足だった。
心の深いところで繋がっているから。
ノーヴェのからだは温かくて、そのまま眠ってしまいそうだった。

うとうとした気持ちのまま、うっすらと目をあける。
いつの間にか砂浜に戻って寝そべっていたらしい。
「目がさめたかい?」
「っあ、藩王さま?」
そこにいたのは詩歌藩国は藩王、九音・詩歌だった。
どうやらとなりにすわって文庫本を読んでいたらしい。
「ノーヴェが心配していたよ。話し疲れて眠ってしまったと」
「わー、すみません……!」
「いやいや。リラックス出来てるようでなにより」
そう告げてから優しく微笑むと、詩歌は海へと視線をむけた。
地平で交わる空と海。広々とした自然の風景は、ただそれだけで美しい。
「ACEのみなさんも連れて来たかったですね」
「そうだね。個人騎士団の設立費用がもうすこし安ければいいんだけど」
まぁ、次の生活ゲームでなんとかしようと言って詩歌は立ち上がった。
「どこ行くんですか」
「みんなの様子を見に」
ゆっくりと歩きだした詩歌の背中を見ながらかな子はすこしだけ迷って、1番気になっていたことをくちにした。
「あの、藩王さま」
「なにかな?」
「なんで水着を着ないんですか?」

薄手のパーカーを身につけた詩歌は相変わらずの性別不詳だった。
それを聞いて、詩歌はほんとうに困ったように笑いながら、どっちを着ても問題があるからね、とだけ言った。


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かな子と詩歌からはなれること500メートル。
崎戸剣二は砂浜で酒を飲んでいた。より正確にいえば、のまれていた。
グラスをにぎったまま泣き崩れ、さめざめと語り続けている。

「私だってね、アイドレスで色々やってみたかったんですよ。みんなみたいに生活ゲームだってやってみたかった」
「ははぁ、なるほど。崎戸さんは生活ゲームがやりたかったんですねー」
となりにいたのは詩歌藩のアイドルナース9歳児こと豊国ミルメーク少年だった。
手には子供らしくオレンジジュースのペットボトル。
しかし落ち着き払ったその様子は、崎戸とは大違いである。
まぁ、アイドレスで見た目と中身が一致する人物は控えめにいっても多くない。
「だいたい生活ゲームに43マイルってなんなの。高いよ、高すぎるよ! 噂の秘宝館でSS書いても4マイルでしょ?11回分じゃん。もうね、ドンダケーって叫びたいくらいだよ!」
「はいはい、大変ですねー。それより崎戸さんそれ以上のんだらダメですよ。3杯目は致死量でしょ」
ぐでぐでになった崎戸を豊国がいなす。
崎戸が飲み始めてからずっとであるから、かれこれ2時間以上はそんなやり取りを続けていた。
「ま、そもそも登録してないし書いたことないけどさ……でも、一回くらい会ってみたかったなぁ」
「ほほー、それはまた誰にです?」

この時、9歳児は平静をよそおいつつ思った。
誰だ、いったい誰が好きなんだ、と。
この人物、見た目は子供でも中身は乙女である。
恋の話には興味津々なのだった。

「実は……」

やはり身近なところで詩歌藩王か。サンタコスでもうしんぼうたまらんくなったのだろうか。
いや、もしかしたらロジャーかもしれない。
あのスーツ姿で魅せるクールな笑顔ににころっとイッてしまったのかも。
いやいや、よく考えてみたらボラーという可能性もありうる。
強いし、絶技で核とか撃てるし。
などというかたよった予想が豊国の中の人の脳内シナプスを神速で駆け巡った。
が、もちろん予想はすべてはずれた。
「実は……ふみ子さんとか、いいなぁと」
「……へ、へぇ~。それはまた、なんというか、珍しいですね」
予想の斜め右上の返答が返ってきた。
あまりにも予想から掛け離れていたため、うまい返事ができなかった。
その後、崎戸が酔い潰れるまで、ミルメークはふみ子のどこがいいのかをさりげなく聞き出すことに専念したのだった。


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花陵と経は砂浜にいた。
水着のままで、二人並んで寝そべっている。
すぐそばにはソットウォーチェ・クワットロ。
なぜか浜辺に打ち上げられたクジラのように、体の半分ほどが地上に露出していた。
よくよく見れば2人+1匹で川の字になっていることに気がつく者もいるかもしれない。
「あったかーいー」
「ですねー」
「太陽きもちいーいー」
「そですねー」
「よし、裏側も焼こうー」
ここで2人+1匹はあおむけからうつぶせへとフォームチェンジをはたした。
「あったかーいー」
「ですねー」
「きもちいーいー」
「そですねー」
「……」
「……?」
「……Zzz」
「かりょーさん、寝ちゃいましたかー?」
「……Zzz」
「……」
「……Zzz」
「……Zzz」
「……Zzz」

その後、二人はこんがり小麦色の肌を手に入れたのだった。


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駒地は絵を描いていた。海を泳ぐ水竜の絵を。
木の幹に背中をあずけ、体育座りの姿勢でスケッチブックを支える。
一体どこに持ち込んでいたのか、それとも常に携帯しているのか、絵を描く道具はバッチリ用意されていた。
木陰で光をさえぎりながら、思うままに筆を走らせる。

絵を描くのは、楽しい。
自分にしかできないものを創り上げていくこの感覚。
なにかを表現しようという気持ち。
世に名作を残していった芸術家たちはみなこのような心情だったのだろうか。
もしそうだとしたら、彼らはきっと描くだけで満足だったろう。
二度と同じ色を生み出せぬ絵の具の混合とそのかがやき。
一筆に込められたあふれんばかりの情熱。
これほどの興奮を味わえる娯楽は、ほかにない。

だが、今の駒地にはそれ以上に己を突き動かす衝動があった。
描いた絵を森晴華に見てほしい。
そして話がしたい。絵を描いたその時になにがあったのか。どこでなにをしていたのか。
たとえば今回の場合なら、南の島なんてはじめて行ったけどやっぱり暑かったとか、ヤシの実はけっこうずっしりした重さだったとか、サンゴ礁がとてもキレイだったとか、そういったことを。
そんな話をしたとき、彼女はどんな顔をするだろう。どんなことを思うのだろう。
考えれば考えるほど、駒地の筆は進むのだった。

ふと視線を感じて顔を上げると、そこにはソットヴォーチェ・チンクエがこう、ずーんとたたずんでいた。
ドラゴンシンパシーの効果だろうか、駒地がなにをしているのか興味があって近づいてきたことがおぼろげに感じとれた。

「あなたを描いていたのよ。ほら」

スケッチブックをくるりとひっくり返して見せてみる。
カメラのレンズがめまぐるしくピント合わせに動いていた。

「ほしいの?」

チカッと照明が一回光った。YESの合図だ。
そっか、と言いながらスケッチブックをめくる。

「ちょっと待ってね。もう一枚描くから」

水竜の美人さんはどう描けばいいんだろうと一瞬悩んだが、がんばって描くことにした。


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海はいい。特に水着をつけた女性はすばらしい。
鈴藤は心の底からそう思った。まったくもってハラショーだ。
オペラグラスを握り締め、喜びをかみしめる。

花陵さんの水着はワンピースタイプですかそうですか。
さすがわかっていらっしゃる。
かな子女史は意外と大胆な……いや、大好きです。
経さんのはなんだろう、チャイナ風ツーピース?
パレオの切れ目がスバラシイ。
駒地さんはセパレーt……ってあれ、なんだろう誰かに似てるな。
誰だっけ、魔女の宅●便に出てくる絵描きの人。名前忘れた。

そんな失礼きわまりない感想を抱きつつ、鈴藤は砂浜から遠くにある木々の間へ身を隠し、女性陣の様子をうかがっていたのだった。
もう立派な変態である。
わざわざ遠くからうかがわんでも近くで一緒に遊べばいいじゃんと思うのだが、それができないへたれチキンで……あれ、なんだろう目から汗が。

まぁそんなことはどうでもいい。
あとには詩歌藩の二大巨頭、イタリア系美人のアルティニとましょーのおんな星月典子が残っているのだ。
二人の水着姿を拝まんことには死んでも死にきれんとばかりに鼻息も荒く二人を捜し歩く。

そんな時、砂浜に座り込んだ竜宮を発見した。
むこうの都合も考えず、さっそく本日の戦果を語る。

「竜宮さん見ました!?もううちの女性陣サイコーッスよスバラシイですよ!かな子さんとか花陵さんとか経さんとか!なんで海に来ただけで外見の値が5割り増しなんだろう……ってなにやってんですか?」

「トレの修理。できるだけのことはしてあげたいから」

絢爛世界へ向かう途中、偵察部隊との戦闘で水竜のうち一機が破壊されていた。
名前をトレという。イタリア語で三番目という意味だ。
そのトレに搭乗していたのが竜宮だった。

「竜宮さん……」

よく見れば周囲にはトレの残骸が積み上げられていた。
鈴藤は、おのれを恥じるようにうつむいて言った。

「竜宮さんって、そんなシリアスキャラでしたっけ?」

俺の記憶ではギャグキャラだった気が、との言葉に竜宮は眉をよせてくちを開くか迷ったが、そのまま修理を続行することにした。
バカの相手をしたところでなんの意味もないことは、よくわかっていた。


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須藤 鑑正は、のんびりと茶などしばいていた。
もちろん一人ではない。
となりには彼女が一緒である。

アルティニ 皆高。ゆえあって須藤宅に居候中の女の子。
二人は穏やかな顔で空と海とを眺めている。
紅茶をひとくちすすった須藤のカップがからになった。
すぐにアルティニがつぎ足す。
「ありがとう」
「はい」
たがいに気負いも照れもなく、ごく自然な動作であった。
おそらくは家でも同じようなものなのだろう。
恋人同士というよりは、むしろ家族同士の気安さがあった。
二人が知り合ってすでに2年になる。
毎日顔をあわせていることを考えれば、当然かもしれなかった。
筆者的にはこう、水着のアルティニをはじめて見て須藤がうろたえる様子とか、あらティナちゃん意外と着痩せするタイプねとか書いてみたかったのだが。
「せっかくだし、泳ぎにいかないのかい?」
「あきまささんが泳ぐなら一緒に行くです」
「いや、僕はここで待ってるから」
「じゃあ、私もここにいます」
そう、とつぶやいて須藤は黙った。
須藤としては、アルティニが楽しく海を満喫してくれればいいと考えていた。
それを見守る自分の姿が容易に想像できる。あくまで保護者思考の須藤だった。
どうやって説得しようかと須藤が頭を悩ませていると、アルティニが言った。
「あきまささんのとなりがいいです」
「ティナ……」
なんだかうれしくなって、それ以上考えるのがばかばかしくなった。
そうだね、とだけ言って、須藤は景色を眺める作業に戻ることにした。


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星月典子は真っ暗な部屋の中にいた。
パソコンのディスプレイだけがぼんやりと光をはなっている。
そんな中で星月はひたすらにキーボードを叩き、護民官作業の報告書を作っていた。
リアル仕事の影響で案件がたまっている。
メッセンジャーは切ったままだった。立ち上げると仕事が降ってくるので逃げていた。
なんだか頭がくらくらする。ついでにまぶたが重い。最後に仮眠をとったのはいつだったか。
ふいにキーボードを打つ手がぴたりと止まる。
作業を進める前に確認すべきことが出来てしまった。
さんざん迷ってメッセンジャーを立ち上げる。
やはりメッセージがたまっていた。一気に20個ほどの窓が開かれる。
愛用のマックが1分ほど固まった。
泣きそうになりながらひとつずつ対応していく。
その間にも窓は増えていく。
「ううぅ、もうやーだー……」
「そうか、いやか」
声がして上を見上げると、「ごみんかんちょう」と書かれたたすきをかけた知恵者がいた。なぜかすっげー嬉しそうだった。
「そんなに嫌いならもっとやろう」
そう知恵者がつぶやくと、人間大ほどもある文字が大量に降ってきた。
よく見れば案件456とか722とか書いてある。
星月はその文字の山に押し潰された。悪夢としか言いようがなかった。


もちろん、夢の中の話である。


現実には、星月は水竜の背の上にいた。
ビーチチェアで横になり、南国気分を全開で満喫しているうちに眠ってしまったのだった。
「かんにんしてつかーさい……かんにんしてつかーさい……」
「ここまで予想通りの寝言もめずらしいなぁ」
イモムシのように丸まった星月を見下ろしていたのは、様子を見にきていた九音・詩歌だった。
さて、どうしたもんかと腕を組む詩歌の視界の端に、飲みかけのビールが置かれていた。



カロン、という涼やかな音色に星月は目をさました。
なんだかひどい夢を見たような気がする。
ぐーっと背筋を伸ばす。
ふと気がつくと、テーブルの上に見慣れないものが置かれていた。
そこには飲みかけのビールのかわりに、トロピカルジュースがあった。
透き通ったブルーの液体に赤いサクランボがのっている。
グラスの下にはメモが一枚。
ゆっくり休んでくださいね、とだけ書かれていた。
いったい誰が、と思ったが、それよりのどの渇きが強い。
ジュースをひとくちだけ口にふくむ。
それは、とても甘い味がした。


作品への一言コメント

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  • これは大作。いい休暇です。 -- 九音・詩歌@詩歌藩国 (2008-12-29 20:57:02)
  • 背中でバカンスを一足先に再現してみました。ご指名ありがとうございました。 -- 鈴藤 瑞樹@詩歌藩国 (2008-12-29 23:58:34)
  • もーうー。鈴藤さんってばー!これ読んで、 -- 花陵@詩歌藩国 (2008-12-30 20:09:27)
  • (切れました!)背中でバカンスへの期待が、いっそう膨らみましたー。 -- 花陵@詩歌藩国 (2008-12-30 20:11:28)
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引渡し日:2008/12/29


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最終更新:2008年12月30日 20:11