多岐川佑華@FEGさんからのご依頼品


お守りは聞いてた

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「あれ?」
 FEG軍宿舎の個室にて。
 小カトー・多岐川が演習に赴く際の荷物の準備をしていた時だった。
 一応数日泊まりだと言うので着替えを出していたら、タンスの引き出し奥に何か引っかかっていたのだ。
 このタンス壊れてるんじゃなかったんか、何か閉める度引っかかる感じしてたんだよなぁ良かった良かった。
 と、そこまで大袈裟ではないが。似た感じの事を思って小カトーは、引き出しの奥に手を突っ込んで「何か」を引っ張り出した。

 そして、冒頭の一言である。

「お守り?」
 引き出しの奥も放っておいたら埃が溜まるものらしい。多少灰色の綿っぽいものが付いてるのを軽くはたきながら、手の平サイズのそれを凝視した。
 FEGには、神社は存在しない。そもそも小カトーが先日まで暮らしていた絢爛世界は既に神の信仰が遠い昔の出来事になった場所だから神を奉るという風習自体なくなっているし。まあ、行こうと思えば足を伸ばせば・・・・・・・・・。

「・・・・・・あ」

 ふと、すぐ泣いてすぐ笑う自分の彼女を頭に思い浮かべた。ついこないだ、自分と同じピンクの髪に遺伝子が拒否反応起こして逃げ出して。泣かしてしまった彼女。

「そういや、俺記憶喪失だって言われてたっけ・・・・・・・・・」

 特に困る事がないからそう告げられた事をあまり気にはしていなかったのだが。
 もし、この品が自分の失った時間の中に存在したものだとしたら。

 小カトーは珍しく眉間に皺を寄せて一瞬だけ考え込んだが。
軽く首を振ってから、演習に持って行く鞄にそのお守りを括りつけた。
 戻って来た時間はもう戻らないし、なくなってしまったものはもう帰って来ない。
 肝心なのは、これの送り主が何を思って自分に手渡したか、それだけだと思う。
 また、例の彼女の事を思いながら。小カトーは荷物の準備を再開した。

 これから語るのは、そのお守りが見てきた小カトーのなくした記憶の断片。
 小カトー・タキガワが小カトー・多岐川になる前の。
 そして、このお守りを贈った主・多岐川佑華がまだ金村佑華だった頃のお話。


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 私は、『彼』の服と一緒に一室の戸棚に仕舞われていた。
 そこから、『彼』と『彼女』の会話を。ずっと聞いていた。

 私を『彼』に手渡した『彼女』はにこにこ笑うくせによく泣く人間で。私を『彼』に渡した当日に撃たれた『彼』を見舞いに来て、また泣いて、笑っていた。

「お願い、まだ消えないで」

 ほら、また泣きそうな声。

「あん?」

 対して『彼』は、優しい声。

「大丈夫だって」
「今、貴方がぶれて見えたから。焦った。泣かないって決めたのになあ。ショウ君の前だといつも泣いてる気がする」

 全くだ。
人間か生き物だったら深く頷いていた所だが、生憎私は手足も振る首もない無機物だ。
 盗み聞きに罪悪感も持たず、会話に意識を傾ける。

「泣いてないよ?」

 ああ、それにしても『彼』も何故こんなに鈍いのだろうか。いや、わざとなのか? 焦らしプレイとかいう類の行為なのか?

「どうだろう? いつも貴方すぐいなくなっちゃうじゃない」
「それが?」

 だーかーら。

「貴方いなくなっちゃって、私いつも後で泣いてる。嫌な奴だねえ。今貴方が怪我してるのに安心してるんだから。また消えちゃうんじゃって不安にならなくて済むから。逢いたい時にすぐに逢えない訳じゃないから」
「……離れてても友達は友達さ」*

 あー、この男は!! 私に手足か頭か尻尾があればそれでど突き倒してやると言うのに。
 どう聞いていても『彼女』はアンタに惚れているだろうが。照れに負けてストレートに「好き」と言えてないだけだろうが。何で簡単に「友達」なんて言えるんだ。

 私が憤慨する中、戸棚の向こうではまだ話は続いていた。

「友達で、いいの?」

 やはり『彼女』もその言葉に納得できなかったらしい。そりゃ、女は好きな男に「友達」と言われれば傷付いても仕方ないだろう。まあ、無機物の私に性別なんてないようなモンだから強くは言えないが。

「どういう意味?」

 その言葉から数秒も満たないうちに、僅かに沈黙が部屋を通り過ぎた。

「……こういう意味で」

 どういう意味か、見えないお守りにはサッパリ分からないのだが。人間同士には理解できる行為が行われたのだろう。

「かあちゃんみたいなことするなあ」
「お母さんじゃなくってぇ」

 その言葉の後、ギシギシ、とベッドが揺れる音が聞こえた。

「あのな……。だから……」
「何でよけるのよー」

 だから、見えてないコチラには話が見えないのだが。首を傾げたいが、やはり無機物にはできない行動だ。
 まあ、また『彼』が『彼女』を泣かせたのは、『彼女』の声色から感じ取る事はできたのだが。
 全く。これだから(以下略)。

「まだわかってないだろ。あれも、これも、みんな。どうして俺がここにいるのか、歴史はどうなるのかって」

 そう言えば、私が『彼』の元に来た時も、これで揉めていたと思う。………正直、言っている事の意味があまり分からないのだが。

「考えるもん!! 考えてるけど分からないんだもん!! 歴史でもし私と貴方が何もなかったら、このまんま何もないまんまでお別れなの?」

『彼女』の叫ぶ声は、涙のせいで枯れて聞こえた。

「わめくなよ。折角おいしいプリンなのに」
「私、もう嫌だ。歴史に貴方取られるなんて、もう嫌だ」

 その言葉の後、小さく『彼女』は何かを言ったが、私の所からは声は届かなかった。
 要は、『彼』は今より未来の人間だから『彼女』と結ばれる事でその後の歴史を変わる事を恐れている………という事なのか。

「そんなむちゃくちゃな………」

 それは、私もそう思う。

「歴史は歴史、お前はお前だよ」

 そう言ったら彼女はこう返した。猫の癖に、さながら犬のようにがるるる…と。

「じゃあ私と歴史どっちが大事なのよ」
「どこの世界に歴史と女比べる奴がいるんだよ」
「だって貴方歴史がどうの、世界がどうのって、私正面から見てくれた事ないじゃない」

 歴史と人を比べるのは、そもそも単位が違うから別物だという『彼』の言い分も分かるが。
 それらのせいで自身の思慕の念を受け入れてもらえないと嘆く『彼女』の気持ちも理解できた。
 嗚呼、気持ちと現状が上手くいかないのが世の常か。

 などと私が色々物思いにふけっていたら、またドサドサとベッドが軋む音が聞こえた。
 だから、見えないから分からないんだってば。

「おまえほんとにキス好きだな」
「だって口だったらどんなにしゃべっても貴方逃げるじゃない。どうすればいいのか分かんなかったんだもん」

 ツッコミを入れている側からまた、すんすん『彼女』のすすり泣く声が響いて聞こえた。

「だから泣くなって」
「貴方からキスしてくれたら泣くのやめる」

 泣きながらも意外とちゃっかりしてるなぁ。
 そう思っている側で、今度は軽く肌の触れ合う音がひそやかに聞こえた。

「口にはー?」

 不満なのか『彼女』よ。

「まだはやい」
「何でよー」
「ものには順番があるの」
「順番?」
「うん」

 しかし、2人のやり取りは大分先ほど『彼女』がぐずって泣き出した時を思えば大分柔らかい雰囲気になった。とは思う。

「まずは歴史の問題をどうにかしてー。次に世界をどうにかして、そのあと告白して、そのあとかなあ。いやデートもあるか」

 指折り数えるような『彼』の声に対する『彼女』の声は弾んで聞こえた。

「デート……デートしてくれるの?」

 泣いたカラスが何とか、だ。ぱあっと輝いた笑顔の『彼女』の様子が脳裏にありありと浮かんだ。いや、私は無機物だから脳味噌なんぞないのだが。

「退院したら、デートしてくれる?」

 そして、小さく「その時に一緒に考える? これからの事」と言葉を付け加えた。

「歴史どうにかしたら」

 ここから先は、まあよくある若い恋人同士のイチャイチャなのでそっとしておく事にした。
『彼』自身というよりも、『彼』自身の運命のせいで多分2人の前途は多難かもしれないが。
 できれば若き2人に幸多からん事を。

 祈ってから、私は布でできているから人でも生物でもないけど無機物でもない事に気がついた。


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「フフンフンフン、フンフンフンフーンフフーフーン♪」
 歌いながらも目は真剣に。
多岐川佑華は自身の設計戦闘機第2弾・ユーカのコックピット内で内臓コンピューターの調整を行っていた。対宇宙戦用に作られたこれが今回の戦いで使用されるかどうかはまだ分からないが、念には念だ。
 基本的作業を済ませ、一息ついてから。ポケットからそれを取り出した。

「これ、ショウ君が乗るかは分からないけど………」

 多分、私が渡したやつはバレンタイン戦役ん時になくなってるだろうしなぁ。
なんて思いながら、多岐川はそれをコックピットの画面の邪魔にならない場所に括りつけるとコックピットを飛び出して行った。

『健康祈願』

 そう書かれたお守りが風もないのにふわりと揺れた。

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ちなみに、作中に登場したお守りはコチラhttp://idressnikki.blog117.fc2.com/blog-entry-109.html
のログに登場したものと同じ品でございます。




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最終更新:2008年12月20日 00:38