多岐川佑華@FEG様からのご依頼品


ありふれた日常



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 藩王が大統領に選出されてより発展著しい光の国、FEG。
 この国に夜は、もう無い。
 巨大な都市空間の至る所で人工の明かりが灯され、24時間休むことなく動き続けている。それは都市という一己の生き物が放つ、紛れもない生存の証だった。
 無数に林立するキロメートル単位の超高層巨大建築物群の一角に公園区画として利用されているビルがあった。
 階数表示は120階。海抜で700メートルにもなる。そんな高度であるにも関わらず、この緑にあふれる空中庭園には水が流れる優しい音が響き、吹く風はまるで春のように暖かく穏やかだった。
 最早、この国がかつて荒涼とした砂漠だった、と言っても冗談にしか聞こえないであろう。

 短い間にすっかり様変わりした母国を複雑な思いで眺めながら、多岐川祐華は公園内に視線を彷徨わせた。
 目当ての人物はすぐに見付かった。灰色の髪を持つ民族が多数を占めるこの国では一際目立つピンク色の髪が風に揺れている。
 小カトー・多岐川。ここよりも遙かに高い空を舞う彼にとっては何ほどのこともないのだろうか、目も眩むような公園区画の縁からぼんやりと眼下に街を見下ろしている風情だった。
「ふえー……。
 ショウ君?」
 小カトーの髪を揺らした風が祐華のスカートと髪を緩く波打たせて吹き抜けていった。軽くスカートの裾と、地毛であるピンクの髪を覆ったウィッグを押さえた祐華は、辺りの様子に簡単の息を漏らしながら小カトーの横に立った。
 服の裾を、ちょん、と引っ張る。
「なに?」
「えっと……まずはごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げた祐華に振り向いた小カトーは少し怪訝そうな表情になった。
「?」
「えーっと……前ウィッグ外した事。もうしません。
 あと、お家買うって言ってたけど、買うの止めました。どうしようってずっとぐるぐる悩んだ結果、買うのを諦めました」
 そう言ってしゅんとしている祐華に、小カトーはなあんだ、という顔になって小さく笑った。ピンク色の髪、というのは彼の一族にとっては反射のようなもので、そのこと自体は祐華を嫌ったりする理由にはならない。
(ただ、いきなりやられるとちょっと心臓に悪いよな、あれ)
 内心で、思わず戦闘機まで駆りだして逃げてしまったこの前の顛末を思い出した小カトーはちょっぴり反省した。
 それはおいておいて、家。以前祐華が小カトーと住む家を買いたい、と言っていたものだ。
「買えばいいのに」
「うちの国、私知らない間に変わりすぎて、怖くなったの……」
「そう?いやまあ、あまり不思議じゃないけど」
「うん、ショウ君はそうかもしれないけど……」
 小カトーはBALLSという莫大な生産力がもたらす巨大建造物があふれた世界の出身である。そういう意味では、今FEGに起きているような発展はある意味見慣れたものなのかもしれない。
 しかし、FEGがほんのちっぽけな砂漠の集落だった頃を知っている祐華にとっては、この急速すぎる変化には戸惑わざるを得ないのだった。
 自分の抱えている不安の正体を上手く言葉に出せずうなだれるていると、小カトーはうん、と一つ頷いた。
「見る?」
「う?」
 何を、と顔を上げた祐華は小カトーの視線の先を目で追った。
 先程まで彼が見下ろしていた街の一角は今も大規模な区画整備が行われているようで、工事現場特有の工事機械の上げる音や資財の組み合わさる音が風に乗ってこの階層まで微かに届いていた。
 祐華が高所からの視野に目を奪われていると、小カトーはにかっという笑顔を浮かべ、その手を引いて公園の出口へと向かった。どうやら実際に工事現場まで出向くつもりらしい。
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(初めて向こうから手を繋いでもらえた……)
 祐華が軽くぽーっとしている間に小カトーは目的の工事現場にたどり着いていた。オレンジと黒のしましまが入ったフェンスを隔てて、そびえ立つ巨大建造物の狭間で大規模な基盤整備が行われている。
 どうやら導電線や通信ケーブルを埋設するための作業坑を作る工事らしいが、驚くのはその明るさである。
 作業灯なのだろうか、街灯に加えて一際光度の高いライトが幾つも点灯して辺りは昼に時間を巻き戻したかのようだった。その光景は工事現場という単語のイメージから離れてきらびやかですらあった。
「おー……」
 感嘆に目を大きく見開いてフェンスの側に歩み寄る祐華。
 彼女の目を引いたのは、真昼のような工事現場よりもそこに働く人々だった。いずれも筋骨逞しい、という表現が正しいのか、かつてはこの国の兵士であったのだろうサイボーグ達である。
 国内外の急激な情勢変化で一度は職を失ったという彼等だが、どうやらその肉体的資質を活かせる職場を得たようだった。
 威勢の良い声を上げて長い鉄骨を担いだサイボーグ作業員が行くかと思えばコンクリートを満載したカートを引き回すサイボーグ作業員もいる。
 額に汗して、という表現が正しいのかよく解らないが、とにかく彼等は充実した仕事に熱中しているようであった。
「すごいねえ……」
 祐華は工事現場とそこに働く人々、そして見上げても果てのないビルをぼんやりと見て呟いた。高所から見下ろすだけでは決して目の当たりに出来ない光景だったろう。
「毎日休まずにすごい数の人が働いてるんだ。
 そりゃ、ビルばっかりになるよ。別にヘンじゃない」
「何か、ずっと国の悪い所ばっかり聞いてて、ここでいっぱい人働いてるって気付かなかった。
 私馬鹿だなあ。働いてる人達の事、考えてなかった」
 フェンスから身体を離して向き直った祐華に、小カトーは少し微笑んだ。
 彼が言いたいのは正にこういう事だったのだ、と今ならよく解る。
祐華にとっては得体の知れないような急速な発展に見えても、それは何もないところから不意に生えてきたわけではない。
 その発展の影には、こんな風に働き続けるたくさんの人の努力と、この国に対する夢や希望のようなものが隠れているのだと。
「ありがとう。見せてくれて。
ただね……」
「ただ?」
 小カトーに笑みを返した祐華は、後ろ手を組んでちょっと顔をうつむかせた。小カトーが続きを促す。
「お家買うのどうしようどうしようって悩んで、お家買うお金、戦闘機作るのに回しちゃったの……」
 再びしゅんとした祐華の告白を聞いて、小カトーは盛大にずっこけた。
 極端から極端へというか、家の代わりに戦闘機、というのはちょっと突飛だったかもしれない。
「ショウ君に相談してから決めようって思ってたけど、時間あんまりなかったの。
 ごめんなさい……」
「いやいいんじゃない。
 戦闘機かー」
 思わず祐華が涙目になると、小カトーのフォローは早かった。そういえば以前にも彼女が小カトーのために戦闘機を買おうとしていたのに、先に自分で買ってしまっていた、ということがあった。
 彼女の、小カトーが駆ることになる機体への思い入れは家と同じくらい強いのかもしれない。
 そう思うと、小カトーは早くもまだ見ぬ愛機と宙を翔る様を思い描いていた。この一族、大体がそんな感じの、生まれついてのパイロットなのだった。
「うん。宇宙戦用の。
あのね、ショウ君に名前つけてほしいなあって思ってるの」
「ユーカ?」
 即答だった。
 祐華にとって今日会いに来た目的の半分くらいはこの機体に関する相談だったのだが。
 どうやら彼にとってはユーカ、つまり祐華を彼が呼ぶときの名前、それが一番自然だったようだ。
「本当にそれで作っていいの?」
「うん」
 思わず笑い出してしまった祐華に小カトーは今度も満面の笑みですぐに頷いた。
「うん分かった。頑張る。
 ユーカかあ……」
 繰り返して今更ながらに照れてきた祐華に、小カトーはやはりちょっと赤くなった頬をかいて頷いた。
「うん」
 何気ないその仕草に胸の奥がぎゅっとなる。湧き上がる愛おしさと、それからずっと抱え込んでいた寂しさや、その他諸々の感情が綯い交ぜになって祐華を衝き動かした。
 具体的に祐華は小カトーにきつく抱きついた。小カトーは一瞬驚いた表情になったが祐華をしっかり抱き留める。
 その肩口に顔を埋めて祐華が囁く。
「今日会えて、本当によかった。
最近私、本当に駄目駄目だったから。ずうっと浮かんで沈んで浮かんで沈んでだったから。
 ショウ君に元気もらった。
 ありがとう」
「なんかあった?」
「うん……」
 抱きつくというよりはしがみつくような力の入り方に小カトーは多くを聞かずに察した。言葉を返す代わりに優しく祐華の髪を撫でる。
 ウィッグ越しとはいえ、小カトーの手が優しく触れる感触がすると、胸が熱くなるのと反比例して波立っていた気持ちが少しずつ凪いでいくのが分かる。
 喉の奥の方につかえていた言葉がするすると解れていった。
「自分勝手だなあって思ってたの。別に人傷つけたい訳じゃないのに自分の主張ばっかして、相手の事全然考えない奴だなあって、ずっと自己嫌悪してたの」
「おれだってそうだよ」
「ショウ君も」
 小カトーの声は穏やかだった。髪を撫でられながら顔を上げると小カトーは優しく微笑んでいる。笑みを返しながら彼がしてくれたようにその髪を撫でる。
「さ、どっしよっか」
「……キスしていいですか?
できればショウ君からしてほしいです」
 それは多分、これからどこか遊びにでも、という意味だったのだろうけれども。祐華が思い切って切り出すと、小カトーは気の毒なくらい顔を赤らめてうなずいた。
 少し緊張した面持ちで、瞳を閉じて待つ祐華と唇を重ねる小カトー。温かい気持ちが全身を満たして、震えが来るほどに幸せを感じる祐華。今は何処よりもこの腕の中にいたい気分だった。
 それは時間としてはごく僅かなことだったのかもしれない。
「うん、元気出た。本当にありがとう」
 満ち足りた気持ちで小カトーから身体を離すと、その顔からは憂いが拭い去られ、明るい笑みが宿っていた。
 ちなみに二人とも忘れているようだが天下の往来、それも傍らではサイボーグ作業員が立ち働いているのである。もっとも、冷やかしなどが飛んでこないところを見ると作業員達も作業に集中しているのか。
 どちらにしても今此処が二人だけの空間になったような、ありふれた魔法は続いている。
「あ、国の人からの伝言忘れてた。
 うちの国の防空よろしくお願いしますだって」
「うん」
「頑張ろうねー」
 にこやかに告げる祐華に小カトーは嬉しそうに笑って頷いた。実は祐華には宇宙戦闘派遣の話もあったのだが、小カトーと一緒に防空戦闘に備えたいから、と嘆願した結果である。
 そのことを知ってか知らずか、頼られることが単純に嬉しいのかもしれないが小カトーは生き生きとした笑顔で祐華を見つめた。
 決意を新たに、どちらからともなく手を取り合う二人。
 と、唐突に場違いな重低音が辺りに響き渡った。
 一拍おいて身体全体を震わせるような衝撃が突き抜けていく。工事現場のフェンスがかたかたと小さく音を立てる。
 サイボーグ作業員達が工事の手を止めて音の聞こえて来た方を見上げていた。
 それはロケットエンジンに点火した宇宙機を、離れた管制室から見ているときと似たような感覚だった。それから、軌道レーザーが地上目標に着弾したときにも。
「え?」
「お。夜明けだ」
「出撃?」
 もしかして、突発的な戦闘が始まったのだろうか。
 先だっての爆破事件の記憶が生々しい祐華が不安そうな視線を投げると、傍らに立つ小カトーはちがうちがう、と小さく首を振ってにかっと笑うと空の一点を示した。
「太陽だよ。見てみな」
「うん」
 二人で揃って同じ方向を見上げると暗幕のような星のない夜空を背景に、様々な光源でライトアップされた一際巨大な塔がそびえていた。
 見つめる内にやがてその頂きに柔らかく光が灯り、それは見る間に光量を増し、工事現場に灯っていた作業灯が消灯されていく。
照らし出された肌が温もりすら感じるその光は、それまで闇を駆逐していた燈火達を圧して燦然と輝きだした。
 それと同時に見上げていた空が暁の緋から深い青へと無限の階調を経て染まっていった。 
 夜を真昼に変え、FEGの栄光を文字通り輝かせる人工太陽の塔、その点火の瞬間だった。
「うわー……」
「いつでも宇宙に帰れそうだぜ」
 手をかざして塔を見上げる祐華と眼を細めて祐華を見ている小カトー。二人は手を握り合ったまま、いつまでも地上に生まれた太陽に照らされ続けていた。

 …アイドレスにはもう伝説の域に達している一つのルールがある。
 かつてはアースリングを為し、根源種族に故郷の星を追われてニューワールドに根付いた藩国船は、人口に比例してその規模を増し、擁する民が一億を超えた暁には故郷の宇宙へと帰還するという。
 大統領の政治力を背景に莫大な経済力と生産力を発揮し始めた FEGはこの伝説を現実の物とする最初の例になるのかもしれない。
 この国に夜は、もう無い。
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拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他



作品への一言コメント

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  • FEGの発展ぶりに興味がそれてやや甘さ控えめになってしまいました。申し訳ありません=□○_それでもマジパンのやうさ…。=□_。。。。● -- 久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 (2008-12-17 20:12:58)
  • おー、書いて下さりありがとうございますw うちの国できた最初からいる人間からしてみればあまりの変貌に唖然としていましたが、小カトーは変わった場所からもいい所を拾えるいいこだなあと思いました。 -- 多岐川佑華@FEG (2008-12-17 20:47:37)
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製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1733;id=UP_ita

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最終更新:2008年12月17日 20:47