榊遊@愛鳴之藩国様からのご依頼品


町長ですの?玄乃丈さん



 初めまして。
 私、愛鳴之藩でバトルメードをしております榊遊と申します。
 え、いつもこの格好ですわ。もちろん。
 メイドの衣装は私のフォーマルですもの。
 赤い髪が綺麗、ですか。まあ、ありがとうございます。それに眼鏡がお似合いです、と。
 ふふ、お上手でいらっしゃいますわ。お褒めいただいても紅茶くらいしかお出しできませんわよ。
 どうぞ。熱いのでお気を付けてお召しあがりくださいませ。
 あ、そうでした。今日はご相談に伺ったんでしたわ。
 お聞きくださいませ。あれはそう、え~藩国様との合併が一段落した7月頃、愛鳴之藩でのこと。
 先にお会いした玄乃丈さんにいきなり10年が過ぎたと知らされたあとのでございました。

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 私は待ち合わせ場所へと急いでおりました。
 はい。もちろん玄乃丈さんとの。
 すっかり見違えた合併後の街中。
 賑やかな人通りの向こうから玄乃丈さんがいらっしゃいました。
 頭一つぬきんでた、と申すのでしょうか。人混みに紛れていてもつい目の止まってしまう身のこなし、野性的な銀髪にサングラスが良く映えていらっしゃいました…。
 は、失礼いたしました。
 こほん。
 私、前もって合併についてのことや待ち合わせ場所のことについてはお知らせしておりましたので。
(自分から声をお掛けしようか…でもお伝えしましたしあちらから気付いて欲しいような…)
 斯様に悩んでおりましたの。そうしましたら玄乃丈さんは、私の前を何事もなかったかのように通り過ぎてしまわれました。
「ま、待って下さいませ!」
「ん?ああ?」
 その時の衝撃は、ちょっと言葉に表せませんわ。
 ええ、ちょっぴり涙目になっていたと思います。
「玄乃丈さんに手紙を出しました、榊遊です…」
「ああ!
 懐かしいな。そんな顔だったっけ」
 思わずはっしと裾を掴んでお引き留めした私に、玄乃丈さんはこの仰りよう…。
 こちらに振り向いてくださった玄乃丈さんは苦笑していらっしゃいました。もしかしてわざとしてらっしゃるの?
「その反応は…こ、今度は何年後になっておりますでしょうか?」
「…。
 前あったのがいつだったかな」
「私の認識では5/25で、ぎりぎり二ヶ月になる前なのですが・・・」
「ああ。そうだな。それくらいだ」
 玄乃丈さんはそう仰って笑われましたけれど、私はまたすごい年月のスキップがあったりするのではないかと気が気ではございません。
 それはもう、自慢の犬耳と犬尻尾もしおしお、という有様でございます。
「たまにあうな」
「もっといっぱいお会いしたいのですがマイル稼ぎが上手く出来なくて・・・申し訳ありません。
 な、長い目で見て頂きたく思います」
 たまに…というのがまた追い打ちをかける一言でしたわ。
 こちらの1ターンはあちらの1年。10年が一度に、というのも行きすぎですが、最後にお会いしてから1年、2年と経過していくのですもの。
 その間の経過を思えば胸が詰まる思いでございました。
「いやいや、いいじゃないか。今貧乏…だったよな。
 俺も昔は大変だった。なんかおごるよ」
「えっと…ソレではお言葉に甘えさせていただきます」
 はい。大変でしたわ。
 アパートで餓死寸前で倒れておられたり。お持ちしたおにぎりを私の手ごとお食べになったり。
 それを何だか遠い昔の思い出のように語られる玄乃丈さんを見るのは切ないものですわ…。
 そんな私の胸中を知ってか知らずか、玄乃丈さんは笑って近くにあったレストランへと私をエスコートしてくださいました。
 この笑顔ばかりは昔(といっても私の感覚ではほんの数ヶ月前のことなのですが)と変わらないのです。凍てついた氷原に一筋光が差して煌めくような、暖かくて眩しい微笑み…。
「これは玄乃丈さま」
「彼女に好きなものを」
 玄乃丈さんと入ったレストランはほどほどに品の良く、かといってさほどに格式張った感じでもないお店でした。まだ開店前の準備中だったのでしょうか、テーブルの見回りをしていた店主とおぼしき男性が私達の方へ飛んで参りました。
 何を慌ててらっしゃるのかしら?
 そんな店主の方に対して玄乃丈さんは何でもないように軽く片手を上げると案内も請わずに奥の方のテーブルに着きました。
(…頑張って11マイルといったところ、ですわね)
 店主の方が引いてくださった椅子にかけて、こっそりお財布の中身を確認した私を見とがめて玄乃丈さんはまた快活に笑われました。
 今の玄乃丈さんにはこういった庶民的な反応が懐かしく、好ましいものに思えるようです。
「…(…さま?)…えっと…それでは…」
「味はまあまあだ。
 焼そばがないのが残念だが」
 焼きそば、の一言を聞いて側に控えていらっしゃる店主の方の顔が引きっておられるようにですけれども。
 やはりそれなりに格式のあるお店ではないのかしら。玄乃丈さんへの対応もいやに丁寧ですし。
「…?
 …焼きそばお好きでしたか?」
「昔は大嫌いだったな。
 今はなつかしい」
「焼きそばは嫌だといって倒れていらっしゃいましたね。
 お部屋にお弁当を持って行ったりいたしました」
 顔を引きつらせておられる店主の方にランチを、と簡単にオーダーして玄乃丈さんと思い出話をいたしました。
 テーブルを挟んで差し向かいに姿良く座っておられる玄乃丈さんは時間をスキップする前とちっとも変わらないように見えて、それでもこういった席に場慣れした雰囲気を醸し出しておられました。
 もう、戻れないのですわね。あの頃には。
 オーダーに反してフルコースの前菜が運ばれてきますと、玄乃丈さんはワイングラスを掲げて微笑まれました。
「うるわしい貧乏生活に。
 いつかはあんたもそう思うさ」
「今はもう『良い思い出』…ですか?」
 少し寂しいものを感じて私がそう言いますと玄乃丈さんはやっぱり遠くのものを懐かしむような優しい微笑みを浮かべられました。
「ああ」
「私にとっては懐かしむほど遠いものではないですよ?」
「相変わらずわかそうだもんな。いい話じゃないか」
「理由が判らないと不安が大きいですけれど…」
「それもそうか」
 わたしがひとまずお料理に手を付けている間、玄乃丈さんは黙ってワインを飲んでおられました。
 正直に申し上げて、フルコースを前にナプキンを着けた玄乃丈さんが優雅にワインを飲んでいる光景なんて想像できませんでしたのに。
 テイスティングする姿も堂に入ったものですわ。
「ふむ…」
「この前も10年間の事をお聞きしましたけれどお仕事、上手く行っておられるのですか?」
「まあまあだな。探偵だった時もある」
「え?
 辞めてしまわれたのですか?」
「ん。ああ」
「どうしてかは・・・聞いてもよろしいでしょうか?」
 これには大変驚きました。玄乃丈さんといえばH&K探偵社のハードボイルド探偵、というのが共通認識ですもの。
 日々カップ焼きそばを糧に貧しくても正義を貫いてこられた玄乃丈さんが何故…。
「いやまあ、事務所は光太郎に全部やったし、事業も成功したし。
 小さいながらも町長だしな」
「町長さん…ですか?」
 これもまた随分と予想外なお答えでございました。そう言われてみれば、なるほど先程からの店主の方の対応も頷けるというものですわ。
「まったく似合ってないよな。
 このデザートはなかなかだ」
「えっと…似合っているかなどは10年間のことを存じ上げませんので何とも言いがたいのですが…探偵さんを辞めておられたのが意外です…。
 今もまだお願い出来ましたら自動人形のパーツ探しの続きをお願いしたかったのですけれど…」
 今や町長さんですものね。きっと何かお願いするのも大変なのですわ。
 再び財布を見てしょんぼり漏らした私に玄乃丈さんは微笑んで快活に頷かれました。
「いいぞ?
 調査しよう」
「よろしいのですか?」
「昔取った杵柄だ」
 そう言って微笑みながら立ち上がった玄乃丈さんは何故だかとても嬉しそうで、もしかしたら以前のような、正義を追求して奔走していた日々を思い出されたのかもしれません。
 でしたら私もとても嬉しいのですけれども。
「ま、そっちはせいぜい若作りの秘訣でも、調べるんだな」
「ありがとうございます!
 自動人形さんが元通り動けると嬉しいです」
 私が快諾いただいたことに思わず感激して会釈をしている間に玄乃丈さんは颯爽と支払いを済ませてお店を出て行くところでした。
「…?」
 若作り、と今更ながらにきょとんとした私にもう一度微笑みを投げて通りに歩み出られた玄乃丈さんの後ろ姿は、やはりあの頃と変わらない、広くて頼もしい背中をしておいででしたわ。
 知らず、私も微笑みを浮かべていたようでございました。
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 という次第でしたの。
 つきましては、若作りの秘訣について何か御存知ではないでしょうか。
 はい?
 ええ。
 これがご相談したい内容でございます。
 なにとぞよしなに。
 次に玄乃丈さんとお会いするまでにしっかりとした答えを用意しなくては、いけませんものね。
 ふふふ。


拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他




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  • 設定と過去ログを合わせて拝読しまして、『メイドさん口調』がすり込まれた結果、こんな感じで随分フリーダムに書かせていただきました。ど…どうでしょうか~? -- 久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 (2008-12-09 22:33:44)
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製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
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最終更新:2008年12月09日 22:33