月光ほろほろ@たけきの藩国様からのご依頼品


追いかけて宰相府



/*/
 この物語を始める前にちょっとした予習をしよう。
 そんなものが無くても物語を読むのに支障はないが、予め知っておけば多少は話の落ち着きがいい。その程度のものだ。
 登場人物は二人いる。
 一人の名は月光ほろほろ。
 変わった名前だが、多少夢見がちなところと、やや自分の心情に正直な口をもっている以外は至って普通の気の良い青年である。普段は母国で画を描いて暮らしている。
 もう一人の名をBLという。
 ブラックレイディという名の、女性である。かつて第6世界の火星という惑星で火星独立を目指す夜明けの船に密偵として乗り込んでいたことがある。
 もっとも、ほろほろと会うときは専らヨーコを名乗っている。
 解る人には解る。まあ今回の物語には関係のない話だ。
 この二人の間にどのような引力が働いたものか。余人にはいささか窺い知ることの出来ない紆余曲折を経てほろほろはヨーコとの見合いの場に臨んだ。
 その場は極和やかに進み、その後は二人きりで会ってもいる。
 ところが二度目のデートの時、ちょっとした誤謬が元でヨーコはその場から走り去り、以来ほろほろは彼女に連絡を取れないでいる。
 世間一般に良くある失恋話、あるいはその一歩手手前の話ではある。
 果たしてこの物語が良くある結末で終わるのか。今回はそれを物語るとしよう。
 物語は、ほろほろがヨーコの手がかりを求めて宰相府を訪れるところから始まる。
/*/
 白亜の、という形容詞が思わず頭を掠めるその建造物の前でほろほろは汗の浮いた手の平を握りしめた。
 わんわん帝國宰相府藩国宰相府。
 実質的な帝國の要として建造されたその建造物は下手な政庁城よりもよほど豪奢な作りをしている。念のために近くの公衆端末から教えられた番号をコールしてヨーコに繋がらないことを確認すると、ほろほろは正面玄関の脇に設えられた衛士の控え室兼受付へと歩を進めた。
 握りしめた手の平が一層汗ばむのが解る。だがそれも、ヨーコを失うかもしれないという恐れや焦燥に比べれば何ほどのこともなかった。
 受付で簡単な書類にサインし首からパスを提げると重厚な扉が音もなく開いた。想像していたよりあっさりと宰相府内に入れたことにやや拍子抜けしながらほろほろは大扉を潜った。手入れの行き届いた前庭とロータリを眺めながら屋内に入る。
 適度に抑えられた照明に目が慣れるまで少しかかった。
 正面に飾られているのは見事な筆致のぽち王女の肖像。柔らかな笑みを湛えて巨大な額の向こうからほろほろを迎えていた。左右に視線を巡らせれば東西に延びる廊下。
 意を決してここまで来たとはいえ、ほろほろには文字通り右も左も解らない。
 ひとまず右から当たろうか、と踵を返しかけたとき廊下に面した扉から一人の女性が出てきた。携帯端末を手にしたその女性は制服から推し量るにどうやらこの宰相府の住人、秘書官の一人であるらしい。
 秘書官はすぐにほろほろに気付くと首から提げたパスを一瞥してこちらに歩み寄ってきた。決して威圧的にならないよう、穏やかに微笑みを浮かべて会釈する。
「どうされました?」
「初めまして。たけきの藩国所属の月光ほろほろと申します。ヨーコさ…BLさんに面会したくここまで来たのですが、お取次ぎ願えますでしょうか?」
 柔和な表情の秘書官はほろほろがそう切り出すと僅か困惑したように眼鏡を押し上げて口を開いた。
「BLさんは……つとめていませんよ?
 在籍しておりません」
 秘書官の答えを聞いてほろほろは瞬間、唖然とした。そう、ヨーコの手がかりを求めて宰相府を訪れたのは一重に彼女が宰相府に勤務するACEだと思いこんでいたためである。
 自分の勘違いに気付いたほろほろはいささかばつの悪さを感じながら狼狽を振り払うようにかぶりを振った。だからといって手ぶらで帰るわけにはいかない。
 この際藁だろうが何だろうがすがりたい心境だった。
「すみません、自分の勘違いでした。BLさんに面会したいと思っているのですが、連絡方法はご存知でしょうか?」
「えっと…あ、はいわかりました。すぐ調べます」
 事情が分からないなりに真剣そのものといったほろほろの表情から察するところがあったのだろう。その秘書官は逡巡するそぶりを見せたのも束の間、壁に備え付けられた内線を取ってどこかに連絡を取り始めた。
 漏れ聞こえる会話から察するにどうやら相手は別の秘書官らしい。ACEの名簿から近縁者の検索を、という言葉が聞こえた。内線の向こうと遣り取りを続けながら手にしていた端末を開いて色々と打ち込んだりしている。
「お手数をおかけします」
 きびきびと調べ物をしている秘書官に軽く会釈すると彼女は僅かに微笑んで目礼を返した。微妙な居心地の悪さを感じながら廊下の端に寄って立ったまま調べ物が終わるのを待つことにする。
「しらべてきましたっ」
「ありがとうございますっ!」
 待つこと数分で秘書官は同僚との会話を終えて内線を壁に戻した。語尾が少し弾んでいるのは彼女が人助けを出来たと感じているせいだろうか。ほろほろも見知らぬ自分に対しての親切を感じて勢いよくお辞儀した。
 秘書官が笑みを浮かべて端末の画面を示しながら検索結果を教えてくれる。
「BLさんは1.廃役されてません。2.直接連絡手段はないんですが。間接ならどうにか」
「そうなんですね…分かりました。間接の方法をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「血縁で知恵者さんという人がいます」
 秘書官が端末を操作すると見覚えがある、というより一度会えば決して忘れられないであろう男のバストアップがディスプレイに表示された。知恵者はヨーコ、BLと同じく夜明けの船に乗り込んでいた男である。
 何を考えているか解り難いが、その名の通り銀河で随一ともいわれる知恵を持ち、一名をグレートワイズマンともいうヨーコの実の父親だ。
「はい。一度だけ、お会いしたことがあります。はい…お見合いの時に。
 知恵者さんにお会いすることは可能でしょうか?」
「生活ゲームであれば、10マイルで呼べると思います」
 それなら正に今がそうである。
「分かりました。ありがとうございます」
 思わぬ方面からの手がかりにほろほろは快哉を叫びたくなった。どうやら天の配剤は実在するらしい。
 その場でマイルの追加消費を申請する。手続きを終えた秘書官はにっこり微笑んでほろほろに会釈すると廊下を曲がって歩み去った。彼女にも自分の仕事があるのだろう。
 思えばあの秘書官に出会えたことはほろほろにとって随分な幸運だったと言える。
 そこでふとほろほろは気付いた。申請は済んだものの知恵者と何処で会えばいいのか聞くことを失念していた。先程の秘書官はもう見えなくなっている。
 受付の方で待っていれば向こうから見付けてくれるだろうか。そう判断して再び踵を返しかけた瞬間。
 ほろほろの視線の先、階段が伸びている二階への吹き抜けから当の知恵者が、降ってきた。
 何がしか物理法則を無視した軟着地でエントランスに降り立った知恵者はその場にホバリングしてくるりとほろほろの方に向き直った。
 その余りに奇態な登場にほろほろは束の間硬直し、それから慌てて勢いよくお辞儀した。なんといってもほろほろにとって目の前の奇態な男はヨーコの父である。つまりは将来の舅である。
 徒や疎かにできるものではない。
「ご、ご無沙汰しておりますっ!」
「どうしたね?」
「お忙しいところすみません…。その、BLさんと連絡が取りたくてですね。知恵者さんのお力を借りたく、お呼びしました」
「娘が?」
 後ろ手を組んだ知恵者は常の通りの口調で表情を変えずに先を促した。それだけでもほろほろは見透かされている心地がして手の平に先程とは比較にならない量の発汗を感じていた。
 兎に角、なるべく簡潔かつ正確に現状を伝えようと務める。
「はい…その、自分が原因で、泣かせてしまって。
それから、連絡が取れないのです」
「泣かせた内容次第だな」
 知恵者の応えも至って簡潔だった。内容次第、でどうなるか僅かに上げた右の眉だけで十分に知らしめた。
 ほろほろの背中を汗の滴が伝い落ちる。ここが分水嶺だと報せるように。
「その、知恵者さんには少し話しにくいのですが。ええと、自分はBLさんとお付き合いさせて頂きたいと真剣に考えていまして」
「見合いするくらいだからな」
「はい。そうでした」
 そう。その場には知恵者がいた。だからほろほろにとってはヨーコとの初対面の場は目の前にいるこの未来の舅との初対面の場でもある。
「それで?」
 知恵者の声で幾許か過去に滑り落ちた意識をほろほろは無理矢理現時点に引き戻した。緊張した全身の筋肉を和らげようと手の平を開いて軽く振ってみる。
「それで前回彼女と会ったときに、こう、彼女が目を閉じまして…。
自分はただ驚いてしまって、口づけも、何も、そうです、何も出来なくて」
「それで?」
 知恵者の声は相変わらず平坦だ。どうも当時の状況と結果が結びつかないようだ。
 暴露してしまえば前回のデートにおいて少し良い雰囲気になってヨーコがちょっとした勘違いから口づけを待つそぶりを見せたにもかかわらずほろほろはは咄嗟のことでそれに応えられず、結果勘違いに気付いたヨーコは気恥ずかしさの余りその場から逃走した。ということなのだが。
 何というか恥ずかしい。
 流石に実の父親には打ち明けられまい。多くの行間を呑み込んだ挙げ句、ほろほろはやはり簡潔にこう結ぶに留めた。
「そうしたら彼女は泣いて、走り去ってしまいました」
「……。
なるほど。協力しよう」
 ほろほろの説明よりは呑み込まれた行間の方をより多く知恵者は読み取ったらしかった。暫し沈黙して虚空に視線をやるとおもむろに懐から黒電話を取り出した。
 どう見てもワイヤレス対応ではなさそうな古風な電話機のダイアルを回すこともなく知恵者は電話の向こうの人物と言葉を交わす。
「ほ、本当ですか!!ありがとうございます!」
 ほろほろは知恵者の言葉に感極まって駆け寄り手を取ろうとして直前で思い留まった。電話中で両手が塞がっている知恵者の邪魔になるのでは、というのと今更ながらに手の平の発汗量を思い出したからであった。
「あー。陽子。そなたの想い人が鼻水たらしてさがしている。
おいで」
 知恵者はほろほろにも聞かせるように電話の向こうに優しげに声をかけると右目を瞑って見せた。
 ウインクのつもりだったかもしれない。
 手の平にハンカチを握りしめて待機していたほろほろは顔を輝かせた。
『それはいけるって事ですかお義父さん!』
 雄弁に目顔でほろほろが語るのを受けて知恵者は深く頷いた。カールコードの付いた受話器を耳から離してほろほろに差し出す。
「かわるかね?」
「お願いします」
 震えがちな手で受話器を受け取り耳に当てる。この電話線の向こうに彼の想い人が存在する。ほろほろは唇を湿らせて擦れた声で一声を放つ。
「よ、ヨーコさん…?」
 受話器はここ最近聞き慣れた断線を報せる信号音を実に無機質に聴覚神経へと届けた。
 ほろほろが膝から崩れ落ちかけ、辛うじて受話器を電話機に戻す。チン、という軽快なベルの音も今の彼には届いているまい。
 涙と鼻水で彩られた蒼白な顔で知恵者を仰ぎ見る。一縷の望みは、残されているのか。
「ち、知恵者さん、電話切れていたんですが、BLさんはこちらに向かっているのですか?」
「おそらくな」  
 請け負うように知恵者は微笑んでほろほろを見下ろした。
「孫が見れそうだ」
「そ、それは…期待してもいいということですか…!
 お、お義父さんと…お呼びしても」
 再びほろほろの顔に歓喜が灯る。握りしめていたハンカチで盛大に鼻をかんだ。そうしたところで余り代わり映えはしなかったのだけれども。
「…呼ぶ前にキスの一つでも」
 知恵者がくるりと旋回して虚空に視線を投げると、宰相府の廊下に響き渡る靴音がこちらへと近付いてくるのがはっきりと聞こえた。
 それは愛しい人の元へ駆ける息せき切った響き。
 長く悲しい夜は終わりと夜明けを告げる騒々しい足音だ。
今廊下の角を曲がって太陽が姿を現した。
 こちらも涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして。
「ヨーコさん…ヨーコさんヨーコさん!」
 ほろほろは床を蹴って立ち上がると掛け替えのない太陽を迎えて走った。
 手を取って何事か言葉を交わして。
 それから二人はゆっくりと唇を重ねた。
 騒々しく幕が下り。再び静寂が宰相府に戻ると、知恵者は娘と娘婿にもう一度微笑みを投げ。
 何処へともなく姿を消した。
 どうやらこの物語は、めでたしめでたしで終われるらしかった。
/*/


拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他


作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

  • 正に自分の生活ゲームを完全版にした出来…ありがとうございました!照れながら読ませていただきましたw感謝しますw -- 月光ほろほろ (2008-11-25 00:01:54)
  • ちょっとほろほろさんをいじりすぎたかと反省したりであります(汗 わたしの依頼を受けていただいた上にご指名いただき誠にありがとうございました。こういうお話は書いていて楽しいものです。どうぞ末永くヨーコさんとお幸せに。太陽と月の関係そのままなお二人の行く末を影ながら応援いたします。 -- 久遠寺 那由他 (2008-11-26 01:39:12)
名前:
コメント:



製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1678;id=UP_ita


引渡し日:


counter: -
yesterday: -
最終更新:2008年11月26日 01:39