むつき・萩野・ドラケン@レンジャー連邦様からのご依頼品
コードネーム“燕姫”、のちの「ラスターチカ」の機体資料を眼前にし、カールは口を開く。なるべく彼女の目を見ないように。
彼女が来る前にも、丹念に、丁寧に、何度も何度も目を通した資料。今ならもう、もうそらんじることもできる資料を脳裏に浮かべ……。
そして彼は妻に答えた。
「13%。これはエンジンの信頼性テスト抜きで初飛行で成功する確率だ」
我ながらむごいと知りつつ、カールは淡々と話を続ける。ここは家庭でも、今の自分はテストパイロットで、愛する妻は開発者だ。この機体開発を成功させるために、たとえ話の相手が自分の妻でも、彼ははっきり言い切った。曖昧な言葉で計画を失敗させるつもりは、ない。
その後もカールは、次々と新機体開発へのアドバイスを重ねる。むつきは真剣に、一字一句を漏らさぬよう、メモを取る。
カールがむつきの姿をちらりと見た一瞬、彼女の過去の言葉が、カールの脳内でフラッシュバックする。
“私が側に居ない時は、私が待ってると思って、深追いしないでね”
“待ってるのもう嫌だって言った”
その言葉を今は聞かなかったことにして、カールは感情を表に出さぬよう努めながら、次の言葉を紡ぐ。
「せめて単座にしてくれ。自分だけが乗れるように」
--ああ、彼女は泣くだろうな。だが、愛する妻を、彼女が守りたいと思うものを道連れにはしたくない。死という被害が及ぶなら、それはは俺一人でたくさんだ。
「あなたがそう言うなら、今回出す機体を試験機として単座にします」
むつきは涙をこらえながら、開発者として言葉を続ける。
「ヤガミだけにいい格好はさせられない」
--上辺だけの理由。それでもいい。俺はこの国の一員なんだ。そして俺はパイロットだ。そう自分に言い聞かせる。すまんな、ヤガミ。お前ならこのくらいは見逃してくれるだろう?
「あらら」
涙を見せないようにしながら、むつきは笑ってカールを抱きしめる。つかの間、二人は夫婦に戻る。この時間は長くは続かないと、むつきもわかっていた。だからカールもむつきを抱きしめ返す。
当初の目論見通り、コクピットを複座型にすれば、設計を一からやり直したとしても、機体性能はそれだけ向上するだろう。だが、そうなれば、彼女が共に機体に乗り込むと言い出すことも、カールにはわかっていた。
むつきがカールの頬に手を伸ばす。暖かくて、自分よりも小さな手。今この手が、自分を必死に守ろうとしていることを、カールは感じていた。
「今、あなた達を狙う暗殺者達が潜伏していているし、気をつけてね」
「とはいえ、自分も国民の一員だ。特別扱いは、不要だ」
不要だと言っても、彼女は心配するだろう。見つめ返す瞳の中に、不安の色が広がっているのを、カールは感じる。
「あなたらしいね」
むつきが微笑む。だがどこかぎこちない。今のカールにできるのは、そんな彼女を少しだけ強く抱きしめ返す。ただそれだけだった。
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「メイデイ!メイデイ!暴徒が空港周辺を取り囲んでいます!ミスター・ドラケン!」
機体チェックを行っていたカールの元に、けたたましい警報と同時にCICから放送が入る。……狙いは燕姫か。
「こんな時にか……」
もはや運を天に任せるしかない。このテスト機を、飛ばす前に壊されてたまるか。彼は燕姫のコクピットに乗り込んだ。
初めての機体だが、何もかもが自分にフィットように設計されている。計器類、レーダー、シート、そして操縦桿。コクピットの天蓋が落とされ、計器類が一斉に光を放つ。カールは操縦桿をぐっと握りしめる。
その時。
彼の左手に、自分と同じ指輪をはめた、自分よりはるかに細く白い手がそっと添えられたような気がした。
次の瞬間、エンジンに火が入り、機体が滑走路上で加速を始める。
「飛べよ……この機体には、むつきの、そして多くの人の願いが込められているんだ!」
操縦桿をぐっと引く。機体は機首を上げ、滑るようになめらかに、高度を上げていく。ぐんぐんと加速をつけ、燕姫は舞うように空を飛ぶ。そこから、きりもみ、バレルロール、背面飛行など思いつく限りのバリエーションで、限界まで機体を振り回す。
「この景色、むつきに見せてやりたかったな……」
そう思ったところで、自分が「キャノピーはいらない。単座にしろ」と注文を入れたことを思い出し、苦笑いした。
「むつき。……やっぱりこいつは、複座型にしよう」
彼は左手の指輪に、そう語りかけた。
作品への一言コメント
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- ぎゃー、カールカッコイイデス! こんな風に彼が思ってくれてたら嬉しいなと思います(><) 依頼受けて下さりありがとうございました。 -- むつき・萩野・ドラケン@レンジャー連邦 (2008-11-09 22:55:30)
引渡し日:2008/11/08
最終更新:2008年11月09日 22:55