久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国様からのご依頼品



 時期の外れたバースデイ

 その日の青森は、例年通り雪がちらついていた。
 その青森のとある平屋に訪問客が訪れたのは、そんな日の事。

「石田 咲良さんのお宅はこちらでよろしいでしょうか~」

 軽くドアを叩く音に、谷口は気付き眉をひそめた。
 すぐ側で咲良は熱心に図書館から持って来た絵本を読みふけっている。ちなみにまだパジャマ。

「隊長、客人のようですが」
「通してもいい。共生派の疑いがある場合、対処はお前に任せる」
「了解しました」

 絵本から目を離さない咲良に苦笑しながら、谷口は玄関に向かい戸を引いた。
 しかし、さらりと酷い言葉が出てしまうのは如何なものだろうか。戦争以外の事に関してはが真っ白な少女が哀れに感じられたが、余計な事を考えて客人を待たせるのもどうかと思うので今は置いておこう。そこらは、また自分か航が教えればいい。

「なんだなんだ」

 勢い余って大きく音を立てて玄関を開くと、目を疑った。

「こんにちは。わたしは久遠寺那由他と申します。石田咲良さんはご在宅でしょうか?」

 客人らしい自分より年上の女性はぺこりと挨拶した。一瞬ひどく目を見開いた気がするが、まあいい。
 髪が灰色なのは。恐らく異国の血が流れているのだろう。隊にもそういう人間がいる。歳が自分達より上だが、まあやはり隊の最年長者の事を考えれば。

「んー。ああ。分かった。貴方の官姓名、所属は?」
「現在は無官です」
「あー。隊長とは、どんな関係で」
「幾度かお会いして、お茶などご一緒しました。空先生にもお会いしたことがありますよ。あなたは?」
「なるほど。友人ですか。自分は彼女の部下です。どうぞ、こちらへ」

 久遠寺と名乗った女性はぺこりと会釈をしてから谷口に続いて玄関をくぐった。
 喋った感じ、どこか抜けている感じはあるが。まあ、軍人のふりをした民間人、ではなさそうだ。第一民間人がそうするメリットが見当たらない。
しかし、やたら深く被った帽子が気になった。菅原辺りなら髪形が崩れると形さえ格好がつけば浅めに被りそうだが。そういうのは気にしない女性なのだろうか。

「室内では帽子をとるものです」

 だが、もし見せられない『何か』があるとしたら。

「ああ、これは失礼しました」

 胸元のホルダーの重みを感じつつ彼女が帽子を取る様子を見た。
 そこから現れたのは。耳。髪の色と同じ、寒さのせいかピクピク震える猫のものだった。
 弾は事前に詰め込んである。思いながらホルダーから鉄の塊を抜き、構えた。

「…? なにか」
「共生派か…」

 頭に第五世代という言葉がよぎった。人類でありながら、幻獣の元に行ってしまった裏切り者。戦場ではまだ見た事はないが、自分達と異なる姿をしていると聞いている。あくまで噂だが。
 女は射抜く視線から目を逸らさずきっぱりと言った。

「違います。信じろと言っても」
「続けろ。お前の命の瀬戸際だ」

 言葉を遮られたのが悔しいのか、久遠寺の視線は自分同様鋭くなる。

「無理なのは承知しています。ですからわたしが危険だと判断したのならば。その時はわたしを撃ちなさい。ただ、その前にわたしはあの方を誕生日を祝いに来ただけです。 この掛け替えのない日を血で汚そうというのですか?あなたは」

 想定外の言葉だったが、谷口もまだ銃を下ろさず言葉を放った。
「隊長の製造年月日は一月半前だ。嘘を言うなら、内容を考えろ」

 その言葉に女は反発するかのようにますます眉を吊り上げ。谷口も負けじと静かに視線を逸らさず。
 ぎりぎりの刹那を砕いたのは無邪気な声だった。

「あー久遠寺だぁ」
 石田咲良隊長だった。ちなみにまだパジャマ。

「我が隊長!」
 久遠寺は、今までの厳しい表情を一気に緩ませた。いや、脱力したと言うべきか。谷口も同様、銃を黙ってホルダーに戻した。
 咲良はペタペタこちらに向かって来ると、彼女の頭の耳を引っ張った。そして、谷口に向かって笑って言った。

「谷口、見て! 変わった耳!」
「こんにちは。って強くしたらダメですよ~」
「はぁ。いやまあ、そうですな」

 ちょっと涙目で久遠寺は抗議するが、咲良はお構いなしだ。しかし、この2人を見ていると、久遠寺の言い分はもしかしたら間違っていないのかもしれない。いくら生後一月半でも戦闘に関する知識は植え付けられているはずだから全く知らない人間に気安く心を許したりはしないはずだ。

「尻尾は?」
「ありますよ。でも強くしたらダメですからね。こちらのかたはわたしを共生派だと思われたらしくて。 人と違う態をしていると面倒なのですね」
 何とこの女、尻尾まであるのか。女は苦笑いしながらジャンパーからふかふかとしたそれを取り出すと、咲良は嬉しそうに強く引っ張った。
「谷口! 手伝え!」
「いたいたいたい、いたいっです~」
「処刑ですか」

 実を言うと、谷口は久遠寺を殺す気は当に失せていた。これはまんま、親しいもの同士のじゃれ合いにしか見えなかった。まあ、ノリとはずみの言葉だ。
 しかし咲良は笑顔で言う。

「違う! ひっぱってるんだ」
「いたそうですが」
「それがどうしたの?」

 その言葉に、谷口も久遠寺もほぼ同時にまったく同じ表情になり。

「我が隊長、めっ!」

久遠寺から放たれた言葉で谷口は確信した。彼女は間違いなく敵ではない。むしろ、自分とある意味で同士の人間だ。
そう思うやいな、

「失礼、隊長こちらに」

 谷口は咲良を連れ、一旦奥に引っ込んだ。咲良はふかふかな尻尾から手を離されて少々不服そうな顔をしていたが、無視した。


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「隊長。先程の女性は隊長のご友人だと伺いましたが、間違いありませんね?」
「何回かお茶とケーキを食べた仲をそう言うのならそうだ」
「その女性は、隊長に何か無礼を働いた事は?」
「たまにこちらの理解できない発言を行ってはいたが、軍規を犯す事はやってはいない」
「………隊長、相手が敵意を持っていない場合。つまり味方の場合は普通痛がるような事はしないものです」

 その言葉に大きく目を見開く咲良に、谷口は頭を抱えた。
 彼女を製造したラボを恨んだ。何故彼女に戦争以外の一般常識を教えなかったのか。


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「初めて知った。味方にいたいことをしてはならない。軍法には書いてなかった」
「その通りです。友軍を攻撃する軍はありませんでしょう?」
「うん。でもそれは痛いのとは違う」

 脱力した久遠寺に、ちょっとだけ同情した。
 年頃の少女の姿をした子供には一般的な常識が通用しない。それが困ると言うか、そういう無邪気な部分が愛おしいと言うか。

「攻撃されれば痛いものです。さあ、今日はお約束の通りケーキをお持ちしましたよ」
「いらない。今日は航と遊ぶんだ」

 きっぱりとした拒絶に、谷口は口を開けた。久遠寺に至っては目に涙を浮かべていた。一礼して見せないようにはしていたが、ちらりと見えてしまった。

「…そう、ですか…。はは、またわたしの…」

 間違いない。今度来た時は自身の愛用の胃薬を分けて譲渡しよう。

「失礼。隊長、こちらに」
「またか?」
「またです」

 そしてまた、咲良を連れて奥に引っ込んだ。


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 まあ、何はともあれ。ささやかな誕生会が始まった。
 どうやら本当に約束はしていたようである。やはり日数が少々おかしいとは思うのだが………。おそらく久遠寺もまた、隊長と同じく戦争の被害者なのだ。あの姿も多分。追及はやめる事にした。
 久遠寺はバースデーケーキを用意した箱から取り出し、テーブルに広げた。
 真っ白なクリームがふんだんに使われた、なかなか洒落た構造のケーキである。生憎谷口は甘いものが苦手だが。

「はぁ…すごいもんですな」
「結構練習したんですよ~」
「努力をするのは当然だ」
 口ではそう言いつつも咲良も綺麗で美味しそうなケーキに目を輝かせていた。

 序盤コチラの誤解も相まってとんでもない状況になってしまったが。
 彼女が笑って楽しそうにしているとこちらの心も温かくなるのが感じられた。
 咲良に振り回され、泣かされたこの女性もまた、同じ事を感じているのだろう。
 誕生日の歌を歌う久遠寺を見ながら、谷口は妙に親近感を抱いていた。最も誤解とはいえ序盤で銃を向けてしまったから関係の修復は難しそうだが。
 久遠寺は歌いながらケーキに蝋燭を挿し火をともした。

「お誕生日おめでとうございます!我が隊長。あとはお願いを込めて火を吹き消すんですよ」
「人類の勝利を。死ね幻獣」
 思わずずっこけ掛けてしまった。久遠寺も目を見開いている。
 そんな2人にはお構いなく、咲良は言われた通りにふうっと蝋燭を吹き消した。

「それでいつ勝つの?」
「この場合のお願いは、誰かに託すものではありません。わたし達が頑張って、そうなるように。誓いを新たにして次の1年を生きる。そういう意味なのだとわたしは思っています」
「久遠寺は谷口みたいだ」

 その一言の後、久遠寺と目が合った。疲れたような、でもその感じが楽しいような。苦笑を浮かべて。
 お互い、苦労しますな。
 その言葉を込めて、谷口もまた笑みを浮かべ

「説教が多くて疲れる」

 そう言う咲良にまた説教を返した。



作品への一言コメント

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  • やはり谷口の同類っぽいですか。えふふふ…or2^今回もめんどくさい依頼を受けていただきありがとうございました。ヽ(´ー`)ノ強く生きようと思います~ -- 久遠寺 那由他 (2008-10-31 23:44:44)
  • 悪いのは久遠寺さんでも咲良ちゃんでもなくラボの人だと思います。あの子に一般常識教えなかったから。咲良ちゃんとのご進展お祈りしています。 -- 芹沢琴@FEG (2008-11-01 13:44:45)
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ご発注元:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
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最終更新:2008年11月01日 13:44