川原雅@FEG様からのご依頼品



/*今日の食卓*/

 ぱたぱたと床を駆けていく、無数の猫の絨毯爆撃。
 うにゃーと走っていく猫の群れ。廊下を走っていく姿を、床に座って眺めている。すると、いつの間にか、周りは猫に取り囲まれていて、近くで丸くなっているたくさんの姿に身動きがとれなくなっていた。
 ちゃっかり膝の上を占領している、一匹の猫がいる。白い毛色に、茶色のぶちが一つ。オーレという名前の雄猫は、川原の手のひらに撫でられてなんとも心地よさそうに眼を細めていた。
 猫がどたばたと走る音に、ふと、チャイムの音が混じった。川原は面を上げると、腰を上げた。オーレが膝から降りて、猫の山を越えて着地。川原も猫の山を半ば飛び越えるようにして廊下に出た。
「はーい」
 ぱたぱたと歩いていき、玄関に向かう。オーレがすぐ横をついてきて、二人共に玄関口で立ち止まった。
 玄関を開ける。千葉が立っていた。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔します。あ、これ、お菓子です」
 紙袋を持ち上げる。川原は目を丸くした。
「わ、ありがとう!」
「いえいえ。エビ煎餅です。猫も、食べれると思います」
「わー、嬉しい。良かったね、オーレ」
 オーレが川原を見上げた。にゃあ、と鳴いた。
 千葉は微笑んでから、それにしても、と辺りを見回した。そこら中を駆け回る猫、猫、猫。まるで川のようだと思っている間に、その足下をするりとすり抜けていく別の猫。
「あ、どうぞ上がって。今お茶いれるね……うん?」
「猫、多くないですか?」
 猫屋敷、と人は呼ぶ。近所の噂によれば、その家に住み着く猫は百匹はくだらないとの話である。千葉も噂には聞いていたが、やはり、見ると聞くでは大違いである。
 何というか。これが、圧倒される、という物だろうか……。
「多いね。滋賀さんが連れて来た猫がだいぶまじってると思うけど」
 川原はのんびりと説明した。そうか、あの人が。千葉は何となく頷いた。
「……おじゃまします」
 猫を踏まないように気をつける――必要はあまりなかった。千葉が脚を上げると、するりと猫が避けていく。躾けられている、というよりは、単に、自分の都合のいいように歩いているだけのような気がした。
「あ」
 と、不意に川原が振り向いた。少し心配そうな顔をしている。
「もしかして動物苦手とかある? 聞いておけば良かったね」
「いえ」千葉は少し微笑んだ。「猫は大丈夫」
 そう、とほっとしたようにする川原。千葉は彼女の後ろについて、居間に向かった。
 居間にも猫がたくさんいる。窓から差し込む光の中に、猫だまりが出来ていた。なんとも柔らかそうな光景から少し視線を逸らしてみると、今度は、キャットタワーを勢いよく駆け上がる猫たちの姿がそこにある。
「本格的だね」
 ちょうど、ぶちが穴をくぐり、棒をつたって頂上についた所だった。
 千葉の声は半分呆れていたが、頷きつつ、川原は言った。
「あんまりたくさんいるから、いれてみたんだけど。でも見てて楽しいよ」
「なるほど」
 千葉は苦笑した。それから猫から目を逸らし、彼女を見た。川原はエビ煎餅を机に置き、キッチンにお茶を入れに行く。
 どことなく。楽しそうに見える背中に、声を掛ける。
「家だと喋り方、変わってる」
「え、そうかなー」
 お茶を持ってきて、正座崩しで床に座った。千葉もそばに座った。お茶を受け取る。
「ああ、でも宰相府だとなんとなく仕事用になってるかも」
 いいながら川原はエビ煎餅を手にした。
 途端、たくさん猫が集まってきた。川原、というよりも、その手の平を見上げて、にゃあにゃあ鳴いている。他にも、膝に乗って腕に手を伸ばしたり、台に上ってまっすぐ手を見つめていたり。
「このお兄さんが持ってきてくれたのよー」
 いいながら手を下ろし、順番にわけようとした途端、猫たちが迫ってきた。一斉に手のひらに顔を寄せて、指まで食べてしまいそうな勢いではぐはぐ食べている。川原は笑みを浮かべながら、いまかいまかと待っていたオーレの方を向いた。
「はいこれはオーレの分」
 オーレは嬉しそうにエビ煎餅を食べ始めた。
「みんなすっごく気に入ったみたい。ありがとう」
「もっと一杯買ってくればよかったですね」
 そう言って、千葉は頭を掻いた。少し考える。
「もっと一杯、かってくればよかったね」
 ちょっと照れながら、言い直した。
「でもこんなにいると思わないよね、普通」
「うん。想像の枠外だった。驚いた」
 普通の反応。まあ、いいか。ちょっと残念に思いつつも、千葉は台の上にいる太った猫と目をあわせた。
「おまえ、さっき川原さんにもらってたろ?」
「ふとっちょさん、食い意地はってる」
 くすくす笑う川原の声を聞きながら、千葉は、それでまあいいかと思って、エビ煎餅を少し渡した。猫は満足そうにはぐはぐ食べている。
「あ、人間が食べてない。昇さんもどうぞ」
 煎餅を手渡す。千葉は受け取りながら、二人して食べた。濃厚なエビの味がする。
「値段分にはいけるな」
「うん、美味しい。気に入るはずね」
 千葉は微笑んだ。
 と、千葉に向かって猫たちが整列した。二十匹並んで敬礼する。
「感謝されてる」
 笑みを浮かべながら言うと、茶色い雄猫、シェンナを戦闘に猫たちは二列縦隊で昼寝に向かっていった。尻尾を揺らしながら立ち去っていく後ろ姿、それを眺めつつ、川原がつぶやいた。
「うわー訓練されてる……」
「この屋敷の警護ですにゃ」
 オーレが言った。少し自慢げ。
「面白い芸だね」千葉は小さく頷く。
「私も知らなかった。広いしけっこういろんな人が猫の世話で出入りしてるのは知ってたけど」
「猫も色んなのがいるみたいだね」
「うん……訓練したら猫士になるのかな。ああいう子達が」
 オーレが頷いた。
「シェンナと猫達に、警備いつもありがとうって言わないとね。あとで」
 オーレは敬礼した。川原はえらいえらい、といいながらオーレを撫でた。眼を細めて、耳を揺らすオーレ。「オーレも警備してるよねー賢いから」と言って喉の下を撫でると、ごろごろ言って首を伸ばした。
「昇さんも撫でてあげて」
 千葉は微笑んだ。嬉しそうにしているオーレと川原に近づいていった。横に並んで、そっと撫でてみる。
 オーレはひっくり返ってばんざい。体がのびきっていた。
「ふふふー、おなかみせちゃって」
 堪えきれずに、千葉は笑った。なんですかーと、やや恥ずかしそうにいう川原に、幸せそうだなあ、と千葉は答えた。

/*/

 のんびりしているうちに、すっかり日が暮れてしまっていた。日だまりをすっかり占領していた猫たちも、ほとんどが家の中に引き上げてしまい、そこかしこで固まって、やっぱりはしゃいだり、あるいは眠っていたりと、勝手気ままな様子を見せている。
「さて。じゃあ今日はそろそろ」
 日暮れに赤く濡れた部屋で千葉は立ち上がった。川原も、膝で丸くなっているオーレをそっとおろしてから立ち上がり、隣を歩いていく。
「うん。遅くまで引き留めちゃったね」
「次は、もっとエビ煎餅を持ってくるよ」
「楽しみにしてる」
 話ながら玄関に到着。靴を履き、外に出る千葉。
「それじゃあ、これで」
「うん。またね」
「うん。それじゃあ……」
 そう言って、歩き出そうとする千葉。
 その脚が、不意に止まった。振り返る。
「忘れ物?」
「いや、そうじゃない」
 それから千葉は少し考えるようにしてから、少し、笑みを浮かべた。
「今から時間あるかな?」
「え? あるけど。どうしたの?」
「いいところを知ってるんだ。ああつまり、食事だけど。一緒にどう?」
「え?」
 目を丸くする川原。千葉はじっと川原を見ている。
「うん。わかった」ややあって、川原は頷いた。
「案内するよ」
「あ、でも大丈夫? 臭わないかな……」
「大丈夫」千葉は少し笑った。「じゃ、行こう」
 手を延ばす。手を取る。二人はゆっくりと、夕暮れの街に出て行った。



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引渡し日:2008/11/6


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最終更新:2008年10月31日 22:24