蒼のあおひと@海法よけ藩国様からのご依頼品


家族思いのおとーさん



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 2008年9月。悪童同盟。
 この頃蒼家の面々は母国海法よけ藩国のうち続く争乱を避け、あおひとの友人である奥羽りんく邸に身を寄せていた。
 怒濤のように連鎖していく憎悪と戦乱の渦中にあってもこの一家は変わらぬ平穏を保って見えた。それは言うまでもなく夫妻仲の良さに起因するものだが、子供達の存在もまた大きな要因であることは彼女を知るものならば周知のことであった。
 そんなわけで当面の居を移してなお、りんく邸のリビングにはいつものように暖かな雰囲気と夫婦の会話が満ちている。
「な、なんだか…ありがたいやら申し訳ないやら…」
「ええ。参りましたね…」
 リビングの床で思い思いに遊ぶ三つ子ちゃん達+猫一匹を眺めながら、夫婦はちょっと物憂げにそう漏らした。
 家主であるりんくは買い出しに出掛け、今はりんくの夫である恭兵が見張りに付いていた。居場所を変えたくらいでは安心出来ないのが今回の敵のいやらしさである。
 それはつい先日りんく邸に避難してきたときに思い知らされていた。
「せめて、お料理とか家事は手伝おうと思うんですっ」
 ふん!と息を吐いて両の拳を握りしめ決意表明するあおひと。
「国がどうなっているかも気になりますけれどね…でもそれ以上に、 忠孝さんや子供たちが無事でいてくれて、凄く安心した自分がいます。
 いつも、私たちを守ってくれてありがとうございます。翡翠も、柘榴も、ひなぎくも」
 なにやら気合いを入れたあおひとの様子に遊びの手を止めた三つ子ちゃん達を順番になでなでする。
 おかーさんの暖かな手の感触に笑顔を見せる三つ子ちゃん達を見て忠孝は緊張させていた頬を緩めた。
 これはいい。どんなに厳しい現実を突きつけられていても瞬間的に癒される。
「そうですね。本音を言えば、私もそうです。
…本音ばかりでは社会も成り立ちませんが」
「建前って、色々必要ですよね…でも、忠孝さんの前で建前とか、使いたくないです」
 静かに告げてあおひとが隣に座った忠孝の肩に頭を預けると忠孝はあおひとの肩を抱いて頷いた。
 忠孝に肩を抱かれているのを見てうらやましく思ったのか、緑色の瞳でおかーさんを見上げて翡翠が立ち上がった。まだおぼつかない足取りでよちよちあおひとの元まで歩み寄るとしっかりと抱きつく。
「翡翠が一番ですねー。柘榴とひなぎくもこっちにおいで」
 一気に相好を崩してぎゅっと翡翠を抱きしめあおひとが呼びかけると、柘榴とひなぎくの二人も競うようにしてはいはいで寄ってきた。無事に腕の中へゴールした二人を迎え、三人まとめて抱きしめる。
 三人分の可愛らしい歓声が上がると、リビングの入り口にもたれて周囲に気を配っていた恭兵が微笑みを浮かべて身体を起こした。
「あぁ、もう、可愛いなぁ…おかーさんは貴方たちに癒されっぱなしですよ?」
 言いながら三つ子ちゃん達に代わる代わるほおずりするあおひとが視線で感謝を伝えると、どういたしまして、というように軽く手をかざす答礼をして恭兵はリビングを離れた。蒼家の団欒を邪魔しないよう、見回りにでも行くのだろう。
「戻る計画を立てないといけません」
 忠孝は微笑みを浮かべたまま恭兵を見送ったあと、静かに、しかし断固とした意思を感じさせる口調で言った。
 無論、ただよけ藩の自宅に戻るだけなら両家を繋ぐリンクゲートを潜るだけでいい。忠孝が言うのは根本原因の排除を含む帰還計画である。
「そうですね、いつまでもご厄介になるわけにもいきませんし。
戻るには、今の騒動がおさまらないと、ですよね…」
 三つ子ちゃん達をだっこしたままむー、と考え始めるあおひとを見て忠孝は再び微笑を誘われた。
「?」
「……いえ。なんでも」
「その無言の間が気になりますー!」
 きょとんとして夫の顔を見詰めたあおひとに、忠孝は笑って誤魔化そうとして、結局失敗した。彼の奥さんがぎゅーっと抱きついたからである。
「まあ、がんばろうと思いました。
家族のために」
 顔を赤らめ、眼鏡を押し上げながら白状する忠孝。内心でこれはどんな拷問より自白に効くな、と密かに呟いたりしている。
「あんまり役に立たない奥さんでごめんなさ…えっと、ありがとうございます」
「貴方がいてくれるだけでいいんですよ」
「でも」
「はい?」
 言い差した言葉を訂正したあおひとに、忠孝は顔を上げて妻の顔を見つめ続きを待った。いつも通りの柔らかな頬のラインが意思を湛えて引き締まっている。
「私たちを守るために、忠孝さんが傷ついていいわけじゃないですよ?
 忠孝さんが傷つくと、悲しいです。泣いちゃいます。守ってもらえたとしても、それじゃ駄目なんです」
 あおひとはそこまで言うと一度目を閉じ、努力して頬の緊張を解くと目を開いて忠孝に笑顔を送った。
「だから、無茶はしないでください。怪我するなとか言いませんから…どうか、お体には気をつけて」
「ええ。死なない程度にがんばります。
 今がチャンスですし」
 忠孝はあおひとに笑顔を返すと力強く頷いた。が。
「も、もうちょっとマイルドに…大怪我しない程度、とかにしておいていただけると、私がものすごく安心します…」
 あおひとが若干笑顔を引きつらせて念を押す。暫し思案して、忠孝は戦略達成目標を死なない程度から大怪我までならぎりぎり可、と大幅に上方修正した。
 何故なら今の彼の司令官は彼の奥さんなのだから。
「では、大怪我しない程度で」
「はい」
 あおひとの希望に添うことに是非もない。忠孝は訂正してあおひとに軽く口づけた。あおひとも嬉しそうに笑って口づけを返す。
「あ、でも、今ってチャンスなんですか?色んなとこでテロが起きていると聞いてますけれど…。
 たくさん行動しているということは、相手のしっぽがつかみやすいからでしょうか?」
「第七世界人よりわるそうなのがいますからね。あれを倒して立場を改善したいところです」
 あおひとが再びむーっ、と考え込み始めると忠孝は三つ子ちゃんをあやしながら説明を始めた。
 最近では第7世界人の評判は悪くなる一方だ。長く彼等と付き合い、あおひとを妻とした忠孝などは極少数派になる。
 みにつまされる事柄の幾つを思い出して苦笑するあおひと。
「あ、あははー…色々と耳が痛いですが。
 でも、akiharu国さんでは人気なんですよねぇ…」
「あそこは滅びますよ」
「え、えー!!そ、それってやっぱり、ISSさんとこと争ってたりとかだからなんでしょうかっ?!
 あの人の味方?してるから、そのうちNW全土vsakiharu国さんになりそうだとかうわさされてましたが…」
「まあ、どういう意味があれ、あそこの国は前からクーリンガン系の被害でてませんからね。あやしいとみられていました。
 まあ、あそこが根城でしょう」
「国民さんが洗脳されて、味方についているって可能性はないでしょうか?
 akiharu国さんからはカマキリさんや岩崎さんが戦いに赴いてくれていらっしゃいますし…」
「どうでしょうね。どうあれ、洗脳でもやることはおなじですよ」
「あぅ…。
な、なんだか、大変なことになってますよ…」
 あおひとが肩を落として三つ子ちゃん達にほおずりすると忠孝はふ、と息を吐いて再び頬を緩めた。
「まあ、普通に考えれば犯罪者です。引き渡してくれれば。問題はないですよ」
「そうですね…引き渡してくれないと、大変なことになりそうですが…」
「洗脳されていたら、まあ、強制捜査。出来なければ戦闘でしょう」
「戦闘は、なるべくなら回避したいですね…双方に被害が出るのは避けたいです。
 …うぅ、弱気ですね」
「そうですね…」
 忠孝もそれには同意だった。akiharu国民とISSを始めとするNWの勢力がつぶし合えば結局得をするのはクーリンガン1人、ということになりかねない。もっとも、クーリンガンが本当に単独犯であるのか、何を最終的な目標としているのか、それは今以て解っていないことだった。
 推測は幾つも出ているがどれも決定的ではない。
 思考が硬直しそうな気配を感じ忠孝は三つ子ちゃん達を見て微笑みを浮かべるとまとめて抱き上げた。
「本当にそうです」
「あー、ずるいですー。私もだっこしてほしいのにー」
 あおひとが唇を尖らせ拗ねたように訴えると忠孝は片方の腕に三つ子ちゃん達を抱え、残る腕であおひとを抱き寄せた。温もりと柔らかさが伝わってくると自然に笑顔が浮ぶ。
 笑える間はまだまだいけますね、忠孝は心の中で呟いた。
「えへへ、みんなでぎゅー、ですー。
 柘榴も、ぎゅー」
 家族だっこされながら柘榴にほおずりするあおひとだったが、常ならば笑い声を上げてぺたぺたおかーさんの頬にタッチでお返ししてくる柘榴が今に限って隣に抱かれたひなぎくを見つめてじっとしていた。
 前にも一度こんな事があったような気がする。あおひとがひなぎくに視線を移すとひなぎくはかわいい眉をきゅっと寄せて難しい顔をしていた。何だか考え事をしているときの忠孝に似ている。
「…ひなぎく、どうしたんですか?」
 ひなぎくは忠孝の腕の中から小さな紅葉のような手の平を一杯に広げてあおひとの方に手を伸ばした。
 あおひとが腕を差し伸べて抱き上げると、ひなぎくの見ているものがあおひとにも流れ込んできた。
 山間の荒れ果てた集落。戦いに傷つき汚れた異形の人々。野戦病院とおぼしきテントの前に列を作る。そこで立ち働く医師は白いサマーセーターを着て濃いアイシャドウを引いている。医師がにこやかに何かを語りかけながら異形の戦士達を治療していく。
 あおひとに流れ込んでくる映像はそこで途切れた。
「これは…えっと…。
カマキリさんをあの人が治療してる…場所は、どこなんだろう」
「?」
 ひなぎくを抱いたまま目をきつく閉じ硬直してぽつりぽつりと漏らすあおひとを忠孝は気遣わしげに見守っていた。ことこの分野に関しては忠孝は並の人間でしかない。
 特徴的な地形と植生からあおひとは今見たのがakiharu国のものだと直感した。
「ひなぎく、ありがとうございます」
 今見たものをなるべく正確に記憶するとあおひとは目を開いてひなぎくの頭を優しくなでて微笑んだ。ひなぎくがにまーっと笑顔を返す。
「えーと、ひなぎくが見てくれた映像を、私が受け取っていた感じです」
「なるほど……。
どんな?」
「それによると、あの人がカマキリさんをたくさん治療してたんです…akiharu国で」
「そのとき洗脳か…それとも。
 恩に着たのならやっかいですね」
「そうですね…自分たちの意思で匿っているとなると、引渡しは望めそうもありません…。
 もしカマキリさんが洗脳されてたら、同士討ちって可能性もありますし…」
「困った敵だ。悪いことだけしていればいいのに…」
「会う人によっては、とても仲良く話してらしたりとかしてらっしゃるそうですしね…」
 夫婦は三つ子ちゃん達を代わる代わる高い高いさせながら言い合った。子供をあやしながら国際情勢について話し合うのはNW広しといえどもこの夫婦くらいなものである。
「考えが読めません」
「読めないから、こんなにてこずっているんだと思います。単純な悪なら簡単なんですけれどね…」
「いいこといいますね。
 つまりは、読めればいいのか」
 あおひとが嘆息混じりに苦笑して漏らすと忠孝は少し考えるそぶりを見せた。クーリンガンが暗躍を続ける意図。まさしくそれはISSを始めとして各国が一番欲している情報である。
 それさえ解れば予め対策を練ることも容易になる。
「読む方法なんてあるんですか?」
「ありませんね。こまりました」
 忠孝は顔を上げ一瞬だけひなぎくの方を見て、視線を逸らしながらそう言った。
「………あ、あははー…。
 こ、困りました、ね」
「……」
 あおひとは気付かなかったふりをしてぎこちなく笑おうとして、失敗した。
 束の間の沈黙。
「無茶は、させなくないです…」
「何のための戦いか、分かりませんしね」
「この子達を守りたいのに、危険にさらしてちゃ本末転倒ですよね…厄介な敵です」
 苦笑して三つ子ちゃん達をぎゅっと抱きしめるあおひとを見ながら忠孝は自責の念に駆られていた。
 敵の思惑を知るために我が子を危険にさらす。それでは滑稽なほどに本末転倒だ。忠孝が戦うのはこの掛け替えのないものを守るためなのだから。
『よろしい。不利な戦況結構。僕はそれを覆して勝利を収めて見せましょう』
 忠孝は胸中に静かな青い炎を燃え上がらせると決意をこめて家族を抱きしめた。
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拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他





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  • 冗長な〆切りを頂いたにもかかわらず、更に長々とお持たせして申し訳ありませんでした=□○_全面降伏のポォズ ラストで忠孝さん本気モード、という感じに書いてみましたが、いまやISSで戦車隊を率いられるとか…。どうかご無事に戻られますよう、僭越ながら祈念しております(-人-) -- 久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 (2008-10-23 01:32:33)
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製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1582;id=UP_ita


引渡し日:2008/10/21


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最終更新:2008年10月23日 01:33