風野緋璃@天領様からのご依頼品



「そうだな、この前の電話ちょっと気にしてるかもしれない。
 結婚式の話とかするより、お仕事に頭がいっちゃう自分がちょっと嫌」

 いつもと違う気がする。
 キスをして首に抱きついた私に向けられた、ラファエロのその指摘に間違いはなかったと思う。
 だから私が答えた言葉は上記のままで。
「……まあ、嫌ならやらなきゃいいだけだ」
「……そだね」
 私は頷いてラファエロを抱きしめた。
 けれど、この答えが守られないことも、少なからず嘘であることも、たぶん二人とも分かっていた。



 宰相府藩国、居住区。
 その中を更に四つに分けた内のひとつ、学術区の一角に私とラファエロの家がある。
 白く塗り立てられた壁に、緩やかな赤の屋根。
 大きな木に寄り添うように建てられた、私たちの世界で言うなら地中海風となるその家は、私自身が間取りを手がけたこともあって、とても気に入っていた。
 そして、あの日、私とラファエロがいた場所へ、ごろんと横になってみる。
 誰もいない家。音のない場所。
 風が通ることもなく、人工的な建築物の匂いが、少し鼻についた。
 ふと寝返りを打ってみれば、なんのメッセージも抱えていないペンギンロボットが一匹、所在なさそうに佇んでいた。
 申し訳程度に、私の手が伸びる。「おいで」とも言えずに。
 もちろん、距離は埋まらない。
「……嫌ならやらなきゃいいのにね」
 呟いて立ち上がると、私は奪うようにしてペンギンロボットを抱えて、壁にもたれて座り込んだ。
 こつん、とペンギンロボットに額をぶつけてみる。
 ペンギンロボットは可愛くて逃げなくて文句も言わなくて、私が望む限りはここにいてくれるけれど、冷たくて固くて、やっぱり寂しい。

『でも目の前の誰かが泣いていたら、それを守りたいともいますし、それが私のお仕事なんです』

 ほんの少し前にあったできごとが、反芻される。
 失った命を追いかけて、必死で坂を下った時のこと。神と対峙して、言い放った時のことを。
 そう、宰相府内の狭くて散らかった、私らしいともいえる執務室から離れたって、私の仕事は変わらないのだ。
 私の仕事は私を追いかけてくるし、私もきっと、私の仕事を追いかけている。
 私の旦那様は、私にとって最高の相棒で、だから私は彼と応酬する。
 時にラファエロのことを充分に考えられず、仕事ばかりに目がいって、彼をして疲れさせて愛想を尽かされることがあっても。
 私は、それでも、やりたいこととやらなければならないことが一致している、幸せな状態なんだろう。
 でも。と思う。
 私はペンギンロボットを抱きしめる腕に力を込めた。
 ペンギンロボットは可愛くて逃げなくて文句も言わなくて、私が望む限りはここにいてくれるけれど、熱が奪われるように冷たくて、ただ冷たくて涙が出た。

「……いたのか」
 よく知った、何の変哲もない低い声に、私ははっとして顔を上げた。
 そして、よく知った何の変哲もない顔に、私はそっぽを向いた。
 拗ねるような素振りで、ペンギンロボットで顔が上手く隠れるように。
「いたらいけない? ……おかえりなさい」
「そうは言っていない」
 ラファエロが少し笑ったのが分かった。
「ただいま。
 窓が締め切られて、鍵もかかっていたからな。いないと思った」
 私は袖口で、ほんの少し目を擦る。
「悪かった」
「ううん、私もごめん」
「また何かあったのか」
 私が目を見開くより早く、ラファエロが私の頭をぽんぽんと叩いた。
「またでかけるの?」
 帽子も取ることもせず。立ったまま私を適当に構うラファエロに、私は答える変わりにほんの少し拗ねた口調で訊ね返した。
「ああ。必要な物を取りに戻っただけだ」
「そか」
 私たちは時に、私情よりも優先されることがある。
 それさえも、私情といえば私情なのだけれど。
「いってらっしゃ――」
 言いかけた私の頭が、ぐいとあげられる。
 抱えたペンギンロボットの上に、飾りっ気のない小さな紙包みが置かれた。
「行ってくる。次は植物園だ。忘れるな」
 ほんの少し微笑んで、それから振り返りもせずラファエロは部屋を出て行こうとする。
 私は慌てて気を取り直して、その後ろ姿に思いっきり言った。
「忘れてませんっ!」
 そして、ラファエロの姿が見えなくなってからしばらく。
 どこか呆然としてラファエロのいた場所を見ていた私は、ようやく気を取り直すと、ラファエロの残した紙包みをまじまじと見つめた。
 茶色の紙封筒のように、その包みは本当に味も素っ気もないものだった。封も、ただの透明なセロハンが無造作に貼り付けてあって。
 けれど、私は反して、丁寧に封を開けた。
 袋を傾けると、さらさらと小さな音と共に中身が手のひらに滑り落ちてきた。
 小さなペンギンの、キーホルダー。
 それは私がいつもラファエロにねだる物とは違って、ペンギンの着たコートにくるまった子猫が、背伸びをしてペンギンの頬にキスをしているものだった。
 私は笑って、そうして嬉しすぎたのか笑いすぎたのか、少し目が霞んでいた。



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最終更新:2008年10月15日 01:51