和子@リワマヒ国様からのご依頼品
/*照れ方さまざま*/
「海に?」
「ああ」
「わかった。用意しておく」
白い帽子をかぶった男が、低い声で淡々と応じる。ソウイチローはこの無口な男に礼を言うと、すでにこちらを舞っているだろう人を迎えに行く。クリサリスはそれを見送ることもなく海岸に向かった。ボートを借りて、準備をする。
準備は終わり、強い日差しを全身で浴びながら、何も言わずに人を待った。
場所は夏の園。延々と海岸の続くリゾートである。解放されている浜辺の方では観光客が集まり、泳ぐ者や、ジェットスキーを走らせる者などがいる。目が眩むほどの日差しに満ちた砂浜は照り返しで眩しく輝き、そこを歩く人に暑い暑いとぼやかれる。
クリサリスは帽子をかぶり直す。縁のない場所だと思った。
しばらくすると、人がこちらに向かってやってきた。ソウイチローを先頭に、その隣にシコウが。そしてさらにその隣に和子がついてきている。歩き方を見比べて、ソウイチローとシコウに比べて、和子だけ少し緊張の色があると判断する。
ソウイチローが片手を上げた。声をかけてくる。クリサリスはすぐそばで立ち止まった二人に目を向けた。
「お前達か。海にでたいというのは」
「はい、私たちです。今日はよろしくおねがいします」
「今日はよろしくお願いします」
和子とシコウが頭を下げる。クリサリスは軽く頷いた。そのままボートに案内する。ヤガミがボートに飛び乗った。それから振り返り、シコウに手を伸ばす。それに触れてにこにこ笑いながらボートに飛び乗るシコウ。嬉しそうににこにこ笑っている。
続いてクリサリスが軽く飛んでボートに乗った。振り返る。
和子が少し顔を赤くして、じっとシコウ達の方を見ていた。それに気付いたヤガミが、クリサリスに声をかける。クリサリスは和子に手を伸ばした。
「勢い良く飛べ」
黙ったままではあれかと思って、口を開く。ちょっと驚いたように目を大きくする和子。すぐに勢いよく頷いた。
「が、がんばります!」
何度も頷いた後、助走をつけて勢いよく飛んできた。
やり過ぎだ、と内心で思うクリサリス。少し動いて、正面から受け止めた。
「わぷ」
胸に突っ込んできて、ほとんど抱きしめる形で受け止められる。よろめくこともない。しっかりとした体つきのクリサリスは、それに見合った安定感で和子を受け止めると、肩を掴んで起こした。そして操縦席に移動。すっかり顔を赤くして何か言う和子に背中を向ける。
無言で帽子をかぶり直すクリサリス。
そのままボートの運転を始めた。ボートが音を立てて走り始める。最初はゆっくり、徐々に速度を上げていく。波をかき分け、海を削るようにして白い波を左右に広げながら走る。
しばらくして、ソウイチローがわずかに首を傾けた。やや難しい顔。隣で、シコウも苦笑している。
「このままでは一周するだけで終わりそうだぞ」
「んー」
本人はあれで嬉しそうなんですけどねー、と言うシコウ。
元々今回の目的は、和子とクリサリスをあわせることだった。そこで二人が仲介してそれとなくあわせているのだけれど、
「雨もふらないで、いいお天気でよかったです。えへへ」
そういう和子に、クリサリスは無言で操縦している。
何となく和子は楽しそうであるのだが、ソウイチローは難しい顔。
「クリサリスが女を口説いているところは想像もできん」
そもそも普段からして口数が少ないのだ。難しいな、とソウイチローはますます感化替え込む。それにシコウは笑みを浮かべた。
「それは和子さんが口説くから構わないと思いますよ。今は緊張をほぐしてあげる方が先かと」
「そうか」
まあそれならどうにかなるか。ソウイチローは頷いた。
そしてその前では、徐々に緊張をほぐしてきた和子がいろいろと話しかけるようになっていた。彼女は左手に見える島を指さした。もう片方の手で、クリサリスの服の裾を少し引っ張る。
「クリサリスさん、あの島にはどんな動物が住んでいるんですか?」
クリサリスはそちらをちらりと見る。低い声で言った。
「動物はあまりいない。鳥がいる」それから少し考えて、付け加えた。「あとは亀だ」
「海鳥さんですか? 島に住んでいる亀はみたことがないなぁ」
「あとは海トカゲがいる」そこまで言って、クリサリスは続けた。「嫌いじゃないなら見てもいい」
「トカゲも亀も鳥も好きです。みてみたいです!」
満面の笑みを浮かべる和子。クリサリスは口の端をわずかに動かした。笑みを浮かべる。そしてそれが消えるより早く、船を島に向けた。
悪くない気分だった。クリサリスは無言でボートを運転し、島に近づける。そして向こうから近づいてくる群れを見つけると、速度を落とした。慣性に任せて進んでいくボートの上で指を指す。和子が素早くそちらを見る。
海をトカゲが泳いでた。
イグアナだった。それが群れを作り、尻尾を揺らしながらずいぶんな早さで泳いでいる。
おお、と言って目を見開く和子。シコウがぱちぱちと手を叩いた。
ボートがさらに島に近づいていく。すると、陸地にいるイグアナが、浜辺でずらっと折り重なっている姿が見えた。遠目に見ると岩のようだ。それがぐてーとひなたぼっこをしている。
「ああやって暖める」
クリサリスが言うと、和子は小さく笑った。
「ふふっ、猫もトカゲもかわらないんですね」
確かに。クリサリスは内心で同意した。そして甲板でひなたぼっこするBALLSを思いだした。あれもそうかもしれないと思う。
「島に上る事はできますか?」
ふいにシコウが言った。ヤガミがクリサリスを見る。
「クリサリス」
「分かった」
頷き、クリサリスは船を走らせる。島をぐるりと回りながら、近づけそうな所を探した。そして大きな岩に近づける。座礁ぎりぎりの距離まで寄せて、止めた。
ソウイチローが飛ぶ。岩に飛びついて、そこから手を伸ばす。拍手する女性陣。
「さ、こい」
「うん」
シコウが飛んだ。抱き留める。ヤガミは一瞬顔をしかめた。体の怪我が痛みを発するが、すぐに表情をつくろった。それに気付いて、少し困った顔をする和子。彼女はクリサリスに顔を寄せると囁いた。
「ヤガミさん、痛そうです。治療できますが、今は二人の好きにさせておいた方がよいで
しょうか」
「奴が好きでやっていることだ」
クリサリスはそれだけ言って黙った。和子は小さく笑って黙る。すると、シコウがソウイチローを誘ってどこかに行こうとする。それを見てクリサリスが和子に尋ねた。
「お前は?」
「ええっと、ではよければ一緒にかめを見にいきませんか?」
それから小声で、
「二人でしたら、ヤガミさんも意地張らないと思うんです」
そう囁く。
クリサリスは沈黙。そうかもしれないと思う。ただ、……いや。
「分かった」
「ありがとうございます!」
飛び跳ねる和子。
ちなみに、これで二人きりになるのは何もソウイチローとシコウだけではないという事にクリサリスも気付いていたが、それに関しては口にしないことにした。喜んでいるところに水を差すこともないという気遣いだった。
気遣いついでに、もう一つ。
クリサリスは和子を抱えた。顔を赤くする和子と共に島にあがり、おろす。その間にシコウはソウイチローに引っ張られていく。ばいばーいと手を振る和子。シコウも同じ風に手を振って、四人は二人ずつに別れた。
クリサリスは黙って歩いていた。隣で和子はにこにこ笑いながらついてきている。あちこちを見て、目を丸くしたり、驚きの声を上げたりと、せわしない。岩場で寝ているアザラシを見ては無茶になって口を開く、大きな陸亀を見ては驚いたようにでかい、と言う。
それに時々相づちをうちながら、クリサリスも歩いた。相変わらずの強い日差し。少し暖まった帽子をかぶり直す。
自分とは対照的な元気さを見せる和子を見る。彼女は亀に近づいていく。のんびりと草を食べている大きな亀に、そっと近づいた。
「近づいて挨拶して、なででも、大丈夫かな?」
「大丈夫だ」
大きな亀の前でしゃがみ込む和子。草を食べながらのんびりと和子を見る亀。
「こんにちは、今日はいい天気ですね。大きくてすごい長生きさんなんですね。さわってもいいですか?」
言った後、和子はにこにこ笑いながら甲羅を撫でた。ざらついた感触にわぁと声を上げる。
それを見ながら、クリサリスは歩き出した。楽しそうなら、それがいい。悪くない気分で歩いていく。
すると、いきなり息を切らして追いかけてきた。
「すいません、亀に夢中で。 何かありましたか?」
誰にもわからないくらいわずかに首をかしげるクリサリス。
「別に」
それだけでは足りないかもしれないと思って、続ける。
「俺の相手はしないでいい」
わずかに沈黙する和子。しばしの間考え込む。
と、意を決したように面を上げた。
「えっと、ごめんなさい。実は今日はあなたとお話がしてみたくて、お願いして、海につれてきてもらったんです」
どきどきしているのか、胸に手を当てたまままっすぐこちらを見て言う。わずかに怯えている雰囲気がある。
拒絶されるのを怖がっているのか。
「亀もトカゲも楽しいですけど、貴方と一緒に居るのが、一番楽しいんです」
それでも言い切ると、彼女は顔を真っ赤にした。揺れそうになる目をじっとこちらに向けている。
「そうか」
クリサリスはそれだけ言った。帽子をかぶり直したい気がする。それを何故かこらえた。
それは、勇気を持って今のことを口にした彼女に対して、あまりに無礼だと思った。
「紅茶とか、お茶菓子とかも用意したのですけど・・・えっと、タイミング失ってだせま
せんでした。えへへへ」
照れたように言う和子に、クリサリスは黙って頷いた。
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いや、正直。
どうしたらいいのか、こちらも途方に暮れていたのだと、後日、のぞき見していたソウイチローに言うことになる。
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引渡し日:2008/09/28
最終更新:2008年09月30日 10:49