黒霧@星鋼京様からの依頼より


「タイトル:真夏に舞う白雪」

 真っ白な毛並みが太陽の光を浴び、夏の日差しの輝きを受けた毛並みがとても美しかった。

 その名前-ホワイトスノーという名がぴったりの、それは雪のように美しい白さを見せる、とても美しい猫だった。

 このホワイトスノーには、最近とても気に入った人がいる。
 剣ではなくペンを持つ青年だった。

 初めて会ったときから、雰囲気が好きだった。

「にゃー」

 鈴のような声で鳴くホワイトスノーは、柔らかく微笑む青年をとても気に入っていた。
 常に自分に目線を合わせてくれる青年に「なー」と鳴くホワイトスノー。
 尻尾を揺らし、青年を見上げるホワイトスノー。彼はそれをみやるとゆっくりかがんできた。

「久しぶりにあえて嬉しいです、ホワイトスノー」

 そう柔らかい声でホワイトスノーに語りかけながら、優しく撫でてくる大きな手に、ホワイトスノーは自ら頭を寄せてくる。
 自然、ごろごろと喉が鳴る。

「さて。もしあなたが良ければ、一緒に散歩をしませんか?」

 青年がそう言ってきたのを契機に、ホワイトスノーは歩き出した。
 ホワイトスノーは後ろに青年がついてきている気配を感じながら、歩いていった。

 /*/

 初めて会ったときは、自分の一番好きな人に合わせたかった。
 だから、細い細い道を行き、垣根を潜って、あの別荘へと向かった。

 そう、セキュリティーシステムを掻い潜り、少女の元へと青年を連れて行った。
 自分の気に入った人が、大好きな少女を何かしら癒してくれると信じて。

 そしてホワイトスノーは今日も青年をあるとこへ案内する。

 心を溶かして欲しい人の元へ。

 /*/

「にゃぁー」

 透き通る鈴のような声を綺麗に響かせ、ホワイトスノーは今日も細い道を歩いた。
 後ろについてくる気配を感じながら、少し離れたと感じたら、少しペースを落としながら。
 尻尾に気配を感じ取らせながら、青年を案内した。

 気付くと、一人と一匹は観光地から外れた、ひなびた漁村に着いていた。

 ホワイトスノーは青年の気配を感じるのは忘れず、ととと、と船着場へと歩んでいく。
 ここでは、漁師がカヌーに乗り、魚を獲っているようだ。
 船着場には、獲ったばかりの魚が上がっている。

 青年はホワイトスノーが、この魚目当てでここへきたのかと思っていたが、どうやら違っていたようだ。

「なー」

 小さく鳴きながら老人に近付くホワイトスノー。その姿を確認した老人もまた、微笑んでいた。

 しかし、それは一瞬の微笑みだった。
 青年の姿をみやるなり、その微笑みは消え、険しい顔でになってしまった。

(…ぇと…あれ?)

 青年は、老人の変貌に一瞬戸惑うが、気を取り直してあいさつをした。

「こんにちは」
「観光客か?」
「ええ。彼女に案内してもらっているんです」

 柔らかく笑みをみせながら、青年はホワイトスノーが自分をここまで案内してきたことを言った。

「ここは、観光客とはかかわりのない場所だ。帰れ」

 青年は、老人のよそ者を寄せ付けない雰囲気に気圧されながらも、ホワイトスノーの様子を感じつつ、静かに謝った。

「それは申し訳ない。もしかして、お仕事の邪魔をしてしまいましたか?」

 心配そうに眉根をよせる。どうしようか、と悩んでもいるようだ。
 それでも、ホワイトスノーの行動を尊重したい青年は、その彼女の様子を伺い見る。
 ホワイトスノーは目を細めて、老人を見ていた。

「仕事は朝だけだ」

 老人は目線すら合わせようとせず、ただ言い放つ。

「帰れ、ここには何もない。金も、愛想もな」

 ホワイトスノーの柔らかで自由な雰囲気と、老人のあからさまな拒絶に挟まれた青年は、ただ素直に謝った。
 別に、老人に何か悪意を働かせようとか、そんなことすら考えもおよんでいないが、何か少し、責められてる気がした。

「もし、僕がなにか失礼な真似を働いていたのなら、謝ります。申し訳ありません」
「悪いことはしてない。ただここが”よくない場所”なだけだ。帰れ」

 頭を下げ、ただ素直に謝罪を言う青年を直視せず、老人は立ち上がると青年に背を向けカヌーへと歩いていった。

 寡黙な老人に、もう一度頭を下げた青年は、その目線をホワイトスノーの方を向けた。
 その青年の表情は、かなり困惑気味だ。

「なぁー」

 くぁーと口を開け、青年に聞こえるか聞こえないか、くらいの声を上げたホワイトスノーは、静かに歩き出した。
 てとてとと軽快に歩くホワイトスノー。青年がついて行ているのを感じると、いつものペースで歩いた。


 そして、すぐ側にある家へと、我が物顔で入っていくホワイトスノー。
 そのまま家の中に歩いていった。

(あらー)

 目線を家と、老人の背中とを何度かさ迷わせた後、青年は少し情けない声で、老人の背中へ向けて言った。

「あの、すみません、ホワイトスノー……先ほどの猫があなたの家に入ってしまったみたいなのですが、追いかけてもよろしいでしょうか?」

 この老人が家主であるか否かは不明だったが、多分あの老人の家じゃないか。家主が居るのに不法侵入はしたくない、と考えた青年は、老人に自分の声が気付かれるようになるまで近づいて話しかけた。

 ゆっくり振り向く老人はただ渋い顔をしていた。

「盗まれるようなものはなにもない。勝手にしろ」
「ありがとうございます」

 家主の許可を得た青年は静かに家に上がった。



 青年が老人に家へ上がる許可を得ていた頃。

 ホワイトスノーの、老人の家をくまなく見回っていた。
 薄暗い家の中、クーラーはないが、とても涼しかった。
 勝手知ったるや、その足取りは迷いなく。いつものコースを歩く。

 食事はしているのか、病気はしていない、不養生はしていないだろうか。
 ホワイトスノーはその美しい身体をわずかな光で輝かせ、鼻を利かせて歩き回った。

 薬の匂いもなく、台所からは自炊しているだろう、料理の残り香を感じ、居間もいつもの通りだった。
 縁側から小さな小さな庭を見る。

「にゃぁー」

 リンと美しく響く鳴き声を一声上げると満足し、青年を確認すると、また外に出た。
 同じくホワイトスノーを見付けた青年は、近付きそっとささやいた。
 彼の胸には、先ほど居間で見掛けた一つの写真が残っている…

「ここには良く来るんですか?」
「なぁー」

 青年に答えたのかは解らない声をあげたホワイトスノー。
 老人がこしかけていた椅子の上でまるまって目をつぶった。ゆっくり尻尾ふっている。

 そんなホワイトスノーを見ていると、老人がこちらへとやってきた。
 おもったより体格がよくて驚く。
 ゆったりした動きで戻ってきた老人は猫を見た後、そのとなりにある家に入る階段に腰掛けた。


 少しだけ、静かな時間が流れる。
 ほんの少し、空気が和らいだ頃、青年は老人に、部屋に飾っていた写真の少女のことを聞いた。

 それは、先日ホワイトスノーにつれられていった、別荘の少女にとても似ていた。
 青年の胸ポケットにある、高価な万年筆をくれた少女に…

 難しい顔をしてはいたが、青年の話に付き合う老人。
 無愛想ながらも、話してくれる。
 そうしてそっと、空を見ると老人は呟いた。

「わしは漁師で、あの子は孫だ。ずっと前に死んだ」
「そうですか……手を合わせるところはありますか? もしよければ……」
「……死んだら海に還る」
「そうですか……」

 物静かに海を一瞬見詰め、そしてほんの一瞬ホワイトスノーを見る老人。
 青年は、老人からそう聞くと海に向かって手を合わせていた。

 そんな青年になにもいわず、老人は家の中へ入っていった。
 青年は老人の背中を見送ると、ホワイトスノーへと目を移した。まだ丸まっているかと思っていたホワイトスノーは少しのびーをして「にゃー」と鳴いた。
 青年はそんなホワイトスノーを見て、少し心が落ち着いたのか、少し笑うと彼女の背中を優しく撫でた。
 自然、ホワイトスノーが喉を鳴らす。とても機嫌がいいようだ。

 そんなホワイトスノーに微笑みかけ、心和んでいる一人と一匹の鼻に美味しそうな匂いが飛び込んできた。

 うまそう、と感想を述べる前に老人が青年とホワイトスノーの元へと戻ってきた。
 憮然な表情はそのままに、しかしかけてきた言葉は優しいものだった。

「昼飯は食べたか」
「いいえ。僕も、ホワイトスノーも」
「追い返す前にまずい飯くらいはくわせてやる。魚しかないが」
「ありがとうございます。魚は好きです」

 最初、きょとんと答えた青年も、老人の傍らに微かにある柔らかい雰囲気を感じたのか、表情を綻ばせるとホワイトスノーと共に家へと入っていったのだった。



 気付くと、青年とホワイトスノーは夢中になって、食卓に上げられた魚を食べていた。
 特にホワイトスノーの機嫌がいい。

(やっぱり、猫だなー)

 とても嬉しそうに魚を平らげ、喉を鳴らすホワイトスノー。
 その食べた跡はとても綺麗で、上手に食べていた。

 食事が済み、毛繕いも済ませたホワイトスノー。まだ喉を鳴らし、尻尾を機嫌よく揺らしていた。
 青年はそんなホワイトスノーを見て、静かに声を掛けた。

「さて。ホワイトスノー。ちょっとつきあってくれますか?」
「なぁー」

 笑顔が見える、そんな声で青年に答えたホワイトスノーは、青年と寄り添い家へと入っていった。
 「失礼します」と挨拶をし、先ほど見た写真の前へと向かう青年。
 少女の写真の前に、自前の鈴を置き、そして静かに手を合わせた。

 この地方の礼儀は知らない。だから自分の礼儀を尽くす。
 思いは一つなのだと、言い聞かせるかのように。
 そうして手を合わせ終えた青年は老人へ向かいなおすと「よければ、この鈴を置かせてくれませんか?」とお願いした。
 背を向けたままの老人からは「勝手にしろ」と言い放ちながらも、優しい声が漏れた。


 静かに老人に、この少女に伝えたいことはないか、と聞いたが昔のことだ、と言われ目を伏せる青年。

「……昔は、あの写真の方と魚を一緒に食べたのですか?」
「ああ」
「そうですか」

 二人の男は、違う思いのまま、少女の写真を見つめていた。

 ホワイトスノーは、とても厚い氷が、ほんの少しずつ解けていくのを感じ、静かに二人を見つめた。

「お魚、とても美味しかったです」

 青年が再度、お礼を述べた。
 ホワイトスノーが好きな雰囲気が流れてきて、とても機嫌が良くなる。

「これで失礼します。ありがとうございました」
「にゃー」

 そういって最後の礼をすると、青年とホワイトスノーは老人の家を出て行ったのだった。
 出て行く間際。
 ホワイトスノーが振り向くと、老人は写真を見つめていた。
 それは、久しい風景だった。


 ホワイトスノーは優しい風を呼び込むかのように「にゃー」と鳴くと、青年の後を着いていった。

 そこに一陣に優しい風が吹いた。
 ホワイトスノーの毛を、青年の頬を優しく撫でる風だった。



 道へ出ると一人の少女と出会う。
 褐色の肌に綺麗な黒髪を揺らしてやってくる少女と青年は少し会話を交わし、そして別れた後一人と一匹はバス停でバスを待っていた。

「今日は素敵な散歩、ありがとうございました」

 唐突に青年はそう言うと、ホワイトスノーの柔らかい身体を撫でた。
 とても嬉しそうに「にゃー」と答える彼女に、青年はポケットからリボンとアクセサリーを出した。

「それで、ひとつお礼をしたいのですが、もらってくれますか?」

 目線をホワイトスノーに合わせ、彼女の目の前に差し出されたそれは、薄い青のリボンと真鍮で出来たアクセサリーだった。
 キューブと鈴でワンセットになっているものだ。
 鈴は先ほど、少女へ渡してきた。その片割れのキューブに薄い青リボンを通し、ホワイロスノーの首へと結わく。

 輝く白の毛並みに、その薄青のリボンはとても綺麗に映えていた。
 青年からのプレゼントに、とても喜ぶホワイトスノー。喉をごろごろ鳴らしている。
 余程気に入ったのか、目を細め、喉を鳴らし、尻尾を振ってみせる。

 ご機嫌なホワイトスノーへ、青年は小さな紙に万年室で何事か書くと、ホワイトスノーに託した。

「これを、アリエスに届けてほしいんだ。お願い」

 にこにこと笑う代わりにホワイトスノーはその尻尾を振って答えた。
 そうして、一人と一匹の時間を過ごしていると、バスがやってきた。

「乗る?」

 そういって青年は自分の肩を示した。
 ホワイトスノーはとても嬉しそうに軽やかに飛び乗った。
 その様を見てにこりと笑うと、バスに乗り一人と一匹はこの漁村をさったのだった。


 /*/


 ホワイトスノーには、とても気に入っている青年がいる。
 彼は剣ではなく、ペンを持って戦う。

 彼自身は気付いていないかもしれないが、ホワイトスノーは、青年の人の心の氷を溶かしていく、柔らかな日差しのような雰囲気が大好きだった。

 そして今日も、彼女は美しい毛並みを輝かせ、青年と共に行く。

 首元には綺麗に輝く、青いリボンでくくられた真鍮のキューブを揺らして。

【終わり】


作品への一言コメント

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  • わぁ。素敵なSSありがとうございます。――こういう風にみられているのかと思うと結構恥ずかしいモノですね(笑) -- 黒霧@星鋼京 (2008-09-28 23:40:25)
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最終更新:2008年09月28日 23:40