コール・ポー@芥辺境藩国様からのご依頼品
じゃーん。1周年です。
海に面した砂漠とオアシスの国、芥辺境藩国。
この藩国の技族である涼はその日、見覚えのある瀟洒な雰囲気の喫茶店の前に立っていた。
前回ここに来たときより暫く、心配事だった謝罪も受け入れて貰え、紆余曲折を経て大人の体も手に入れた。最早恐れるもの無し、当方突撃準備はよろし!なのであった。
が、そこは涼という人物の人となりである。外見が変わっても内面はそうも行かないものらしい。
ドアの前でたっぷり3分、深呼吸と逡巡を繰り返す。尻尾の先に結んだ黄色いジャンパーの切れ端がふりふりと逡巡に合わせて揺れた。
最後にドアのガラスで髪をちょっと直してスカートの裾を引っ張って整えると涼は意を決してドアを押し開いた。
もとい、そーっとドアの影から中をうかがうようにして入店した。
ちりん、とドアベルが小さな音を立て、カウンターでグラスを磨いていたマスターがいらっしゃいというように黙って小さく頷き視線で奥の席を指した。
マスターにぺこりと会釈して示された方を見ると、彼女の思い人がこちらに背を向けて座っているのが見えた。
テーブルに出されたコーヒーを前に何か文庫本を手にして目を通している様子だ。
涼は読書の邪魔にならないように静かに店内を移動するとテーブルに着く彼の斜向かいに立って挨拶をした。
ぺこりと頭を下げると尻尾がぴょこんと立って結びつけられた黄色い切れ端が揺れた。
「こ、こんにちは!ヤガミさん!」
「でかいのだ。どうした?」
「でかいの?
…身体のこと?」
文庫本を傍らの椅子において視線を上げたヤガミは開口一番そう言った。
でかいの?と首を傾げた涼が次いで身体のことか~、と思い至るとヤガミは頷いて向かいの席を勧めた。
「体だ。どうした?」
「えーっと…おっきくなってみました。
て、あれ?前にお会いしたときも、もうおっきかったですよ?」
「覚えてる。それが?」
「わ、忘れてしまわれたのかと思って。
こ、今回も、今後も、おっきいので、どうぞ、よ、よろしくです」
涼はあれー、と心の中で首を傾げてから再びぴょこんとお辞儀した。
ヤガミのどうした、には今日は、という部分が抜けている。緊張でそこまで思い至らない涼は久しぶりに会うのでヤガミが身体のことを忘れてしまったのかと律儀に説明&挨拶をした。
ヤガミにはそういうちょっとずれた涼の言動が可笑しくもあり可愛くてしょうがない。だから半分くらいはわざと解りにくい言い回しを使ったりもするのだ。
知らず口元をわずかに緩ませたヤガミは手の平で再び向かいの席を示した。
「座ってもいい」
「はいー。失礼いたします」
ヤガミの微笑にようやく緊張の解けた涼はにっこりして椅子にかけた。常には難しい顔をしている事が多いヤガミの笑顔はそれだけで嬉しくてふわふわした気分になれるよいものだ。
涼はそう思っていた。
「?」
席に着いたものの、そわそわしてあちこちきょろきょろしている涼を前にヤガミはコーヒーカップを手に怪訝そうな表情になった。
「や、ヤガミさんヤガミさん。け、ケーキはお好きですか?」
「子供向けか?
いいぞ」
やがて涼はヤガミに向き直ると大事な決断であるかのように切り出した。大人な雰囲気の漂う店だけに、ケーキがおいてあるかが気になっていたらしい。
ヤガミは得心したように微笑んで傍らにあったメニューを涼に向けて開いて見せた。プリンアラモードやチョコパフェなどが並んでいるページだ。
こうして大人の涼を前にしていてもやはり子供扱いする癖は中々抜けないらしかった。
「子供向けもかわいいですけど。
普通の、ショートケーキをヤガミさんと一緒に食べたいのです…」
「……」
子供向け~?と笑う涼のリクエストを聞いてヤガミは片手を上げた。何処に控えていたのか長身のウェイターが現れてオーダーを取り一礼して去っていく。
「取り上げたりはしないぞ」
「ひ、ひとつ食べたら満足です。
と、というか!ケーキがただ食べたいんじゃないのですようー」
「企みを、話すのも協力を求める手法だぞ」
「た、たくらみじゃなくて…えと。ジャーン!て感じで言いたかったのです」
たくらみ、というか涼は記念日を祝いたいだけなのだが、どうもヤガミにはその感覚が理解し難いらしい。
少しうつむく涼。尻尾が黄色い切れ端と一緒にへにゃり、となってしまう。
そうしている内に先程のウェイターがケーキをトレーに載せて戻ってきた。赤く色づいたイチゴを載せたショートケーキが二つ。二人の前に並べられた。
「じゃーん。どうぞ」
じゃーん、と言いながら片方の皿を涼の方へ押し出すヤガミ。
「あ、ありがとうなのです。
て、じゃーんの使い方が、ち、ちがうですー!」
やはり用法を間違っているらしい。思わず笑い声を上げた涼を見てヤガミは優しげに微笑んだ。
「え、えとですねえとですね!実は、実はですね!
ヤガミさんとはじめて会ってから、今日で1年なのです。ぴったり!」
「……それとケーキに何の関係が?」
じゃーん。高らかに宣言する涼。
涼にとっては大切な記念日なのだが、ヤガミには今一つピンと来ないようだった。至極真面目に今日の日付と目の前のケーキを比較検討している。
「あ、あとは。自分の誕生日がもうすぐ、なのも、おまけで…」
あれ~、と涼が尻すぼみに小さく付け加えるとそれなら、とヤガミは微笑んだ。
今まで涼が目にした中でも一番に優しく。
「そうか。じゃあ、祝わないとな」
格段にグレードアップしたヤガミの微笑に頬を染めて言葉につまる涼。
これはずるい。ずるすぎる。記念日を二人で祝うのが良いのに、これでは涼ばかりが嬉しさの限界突破である。
「あ、あ、ありがとうですー!」
「ハッピバースデー。
俺ぐらいは喜んでやる」
「は、はい!はい!
おめでとう、ありがとうですー!!」
ヤガミはひそかにひどいことを言っているのだが涼はぱっと顔を輝かせて喜色満面。尻尾と黄色い切れ端も元気にぱたぱたとしていた。
そんな涼をヤガミは微笑みを浮かべて眺めていた。
「ヤガミさんに喜んでもらえたら一番嬉しいです!
す、すきなひとが喜ぶのはいいですー!」
「そりゃよかった」
「あ。おめでとうをしたので、ケーキ食べましょう、です!」
「いいとも。
いくつ食べてもいいんだぞ?」
「はい、いただきますー!
ひ、ひとつでじゅうぶんです。……そ、それとも。ふ、太ったほうがいいですか」
「気にするな。そういうのは」
ヤガミはコーヒーカップを手にして笑っている。涼もつられて笑ったが、内心はちょっと複雑だった。
それに気付いたのか、ヤガミは怪訝そうな表情になってコーヒーカップをおいた。
「?」
「き、気にしますー。
ヤガミさんが、その、そういう人が好きかもしれないじゃないですか!」
「俺が好きなやつは、俺を好きな女だな」
ヤガミの答えは簡潔だった。
あれ、でも前にはサーラとお見合いしようとしていたような。別のヤガミだがナイスバディ好みという噂も聞かれる。
「……や、ヤガミさんのことを好きな女性ですか?
…え、えと。わ、わたくし!ヤガミさん、す、き!です…。
どうやって伝えたらいいのか、よくわからなくて…。毎回単調で、アレですが…ですが……」
「ま、今日だけは素直にうけといてやろうか」
ヤガミは面白そうな笑みを浮かべて言った。涼の必死の告白、今日は成功。
なのだが。
「ふ、ふお。な、なんで今日だけですか?」
「誕生日にはいいことがあってもいい」
「う。
誕生日以外に言ったら、だめですか?」
「どうしようかな」
誕生日限定らしい。
ヤガミはそう言っていつもの意地の悪そうな微笑みを浮かべて試すように涼を見ている。
「な、悩まずどうぞです!
素直に!ずっと素直でいてくださいいい…」
テーブルに身を乗り出し顔を真っ赤にして涼が力説するとヤガミの微笑みが愁いを帯びたものに変わった。
「大人はなかなか大変なんだ」
「大変?どんな風に、ですか?」
「恋をするのに、勇気がいる」
「……はい。
ほかには?」
「……うまいケーキじゃないか」
言外にお前は子供だ、と言われている気がして涼は勢いを失った。最後の問いに答えず、ケーキを口に運んでヤガミははぐらかすようにそれだけ言った。
言わなくてはいけないこと、言いたいこと。様々な言葉がぐるぐると涼の頭を駈け巡る。
「………。
勇気は、わたしからあげられない?」
ヤガミはケーキを食べていた手を止めて涼をじっと見た。
お前が?
そう言いたそうな視線。砂時計の砂粒が落ちていくのを見ているようなわずかな間。視線を絡めたまま時間が過ぎていく。
湯気が出そうな頭で涼が取った選択。
思い切りテーブルの上に身を乗り出すとヤガミの唇に付いたクリームを自分の唇で拭い去った。
それは掠めるような危ういキス。
ヤガミは初めびっくりして目を見開き、それから眼鏡の奥から涼を睨み付けて、効果無しと悟ると最後に諦めたように目を閉じた。
間近で見る涼の顔が余りに必死で可笑しかったから。
それが愛おしく感じられてしまったからだった。
(ま、今日だけは素直に受けといてやる。
ハッピーバースデー)
ヤガミは心の奥で小さく囁くと唇を重ねたまま涼の髪を撫でた。
会話の途絶えたことを察したマスターがカウンターから出てドアに下げられた札をひっくり返す。
『OPEN』から『RESERVED』へ。
再びカウンターへ戻ったマスターは二人に背を向ける格好で黙々とグラスを磨くのだった。
作品への一言コメント
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- 終始お涼さんがかわいらしくてによによしながら書かせていただきました。良い誕生日でよろしゅうこざいましたね~ヾ(o・ω・)ノ -- 久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 (2008-09-28 01:15:38)
- SS制作ありがとうございました!久遠寺さんの作品はすごく柔らかな文章で、拝見するたび心がホンワカといたしますv 「どうした?」の辺り、久遠寺さんの作品拝見するまで、素で気付きませんでした…(恥 また機会がございましたら宜しくお願い致します>< -- コール・ポー@芥辺境藩国 (2008-09-29 14:55:47)
引渡し日:2008/
最終更新:2008年09月29日 14:55