風野緋璃@天領様からのご依頼品


『契約』~其は結ばれる心の証~

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 ≪大盟約≫ 古き盟約とも呼ばれるそれは、シオネアラダが「守るため」についた嘘。

一つ、種族自決。
一つ、互尊共和。
一つ、神族平等。
一つ、英雄特例。

例外は二つ。
一つ、助けるのに種族は関係ない。
一つ、愛は全てを超える。

優しく、強く、暖かい。
でも本当は、一人の女の子がただ、恋をしたことから始まる嘘。
それでも、人々、神々はこれに同意した。
それは、何にでもあるただ暖かいだけのものだったから。
暖かいだけの心の証だったから。

 そしてその暖かさは、目をつぶればすぐそばにあることを、一人の恋する少女から教わったから。

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 切り出された時の木の匂いがほのかに漂う。
質素だが気品があって、微かに森が感じられるような、少しくすぐったい香り。
目を瞑って深呼吸すれば、木の葉の擦れる音とそこから洩れる光がイメージされるだろう。

もちろんそこは、山の中でも森の中でもなく、愛しあう男女がこれから住むために新しく立てられた家である。
その日、訪れる人がいれば、ついこの間まで引越しのために荷物を入れたダンボールや中身を取り出され用済みになったダンボールの束が、そこらじゅうに山積みになっていたとは、到底思わなかっただろう。
引越しで持ち出された荷物が、家にきちんと収まっている様は、片付けた本人の特徴がよく表れている。
家具や内装もけして派手さはないが、家主の趣味のよさが伺えるいい造りの家だということは、玄関に入っただけで分かる。

 長身の男が片付いた周囲をぐるんと見渡している。
新しい家の匂いに出迎えられたこの家の主人は、これから住むことになる場所の玄関に突っ立っていた。
隣には、白いがきらきらと光る銀の長い髪が印象的な女性が、同じようにこれから住むことになる新しい家の匂いに出迎えられている。
荷物の片付けは二人でやったのだが、片付けている最中では感じられなかった「家」という特別な空間の雰囲気に、少し戸惑っている。
妙な雰囲気に言葉少なになっていた二人だったが、女性の方が先に少しばかりの静寂を破った。

「思ったより早く片付いたね。」
「そうか?」
「ま、まだFEGとかに荷物残ってるしなぁ。」

とりあえず家の感想をと思ったのだが、引越しの作業に手を取られすぎていたので、家そのものの感想が出てこない。
口から出てきたのは、二人がお互いの仕事の合間を見繕って、苦労しながらも手分けして荷物をやっつけるのにかかった時間のことだったのだが、
それも相手の返事からするに、それほど印象には残っていない部分の話であり、それに対する返事もまた、そんなに感情がこもってる訳でもなかった。
つまりは、お互いに何を言えばいいのか分からなかったのである。
しかし、このままずっと何ともなしに玄関に居るのも、これからずっと暮らす家なのに変な話である。

「一段落着いたところで、とりあえずお茶でもする?」
「ああ。」

 くるっと振り向いて長い髪を揺らしながら、背の高い我が夫の顔を見上げつつ、ゆっくりと家の中に入る。
それにつられるように、男は大股でゆっくりと周りを見渡しながら、家の中へと入っていく。
慣れない場のせいなのか、それとも単に気のせいなのか分からないが、二人の間を微妙な空気が流れ、無言という「場」が嫌に意識される。

「2Fの和室がいいかな。お茶請けとか持っていくから先に上がっててー。」
「ああ。」

そんな「場」を破るように、少し大げさに女性がパタパタとキッチンに移動し、それを確かめた後、男も言われた2Fの和室へと向かった。
生活という家に相応しい音を取り戻して、新しい家の匂いは、少しだけ気にならなくなった。

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 新居祝いで貰った一口サイズの月餅やどら焼きなどを、一通りお茶請けとして出してきた後、すぐ2Fへ向かった。
もちろんお茶請けセットを持っているので、手が塞がったまま2Fの和室の前で立ち往生になる。
男は先にドアの前で待っていてくれていたが、待ってる姿が何となくおかしかった。
男に「開けて?」と少し笑いながら話しかけると、微笑みながらエスコートするようにガチャっとドアを開けた。
その微笑みに応えるように、にっこりと笑いながら、「さんきゅ。」と声をかけて、和室の中へと入る。

畳の独特な匂いも真新しくて、どこか懐かしいものを感じながら、男は腰をおろす。
女性は先にお茶請けセットを置いた後、和室においてあるお茶セットに向かい合い、どのお茶にするか指をぐるぐるさせている。
茶葉はよほどのお茶好きでない限り、これらの使い分けなど出来ないだろうと思われるほど、種類が豊富だった。
しかも、茶器もそれぞれの茶葉に合わせて使い分けられるように、それなりの数が並んでいる。

「さて、どうしよっかな。日本茶、紅茶、青茶と白茶と花茶もあるけど、なんか希望ある?」
「妙に全部集めたがる。」

笑いながらそう言うと、「青茶を。」とオーダーする。
飲む方もこれらの違いを分かりながらオーダーしているので、結局お互いよほどのお茶好きなのであった。
ちなみに、青茶は烏龍茶とも呼ばれており、茶葉を発酵途中で加熱して半発酵状態にしたものである。
この茶葉で淹れられたお茶の色は「黒っぽい藍色」をしており、決して真っ青なお茶が出てくる訳ではない。
オーダーに「はーい。」と答えつつ、青茶の缶の中から黄金桂を選んで戻り、隣で手際よくお茶を入れ始める。
一煎目を急須にいれ、飲みを温めて茶葉を開かせるためにすぐ湯飲みに注ぎ、注いだ湯はすぐに棄てる。

「好きなんだもん。ちなみに、黒茶は私が苦手なのでパスです。日本茶と紅茶は基本的な種類しか置いてないよ。」

その手際のよさと会話の内容とが、本当にその人らしさで溢れていて、男は少し笑った。
二煎目の蒸らしで少し手持ち無沙汰になり、何となくふらっと男に寄りかかる。
そのままちょっと顔を上げると、何となく方に手を置こうかどうか迷っているのが伺えたので、少し体重を預けてみる。
男は崩れないように抱きとめ、きょとんとした顔で笑う女性に毒気を抜かれたのか、優しく微笑んだ。
その瞬間を狙っていたのか、隙が出来た瞬間に軽く唇にキスをされた。
笑いながら、強く抱きしめ返す。

「中々話題がないな。」
「私が喋ると、どうも機械の話とか戦いの話とか、そんなのばっかりなんだもん。のんびり出来ない。」

してやったり顔で明るく笑いながら、肩に感じる手と顔にくっついてる胸の温かさで、相手の存在を体で感じる。
存在をもっと直に感じようと、預けてあった体重を少し戻しながら、改めて向き直ってギュッと抱きしめる。

「いいでしょ?別に言葉がなくても。」
「俺もそうだな。・・・・・・。」

抱き合う形のまま沈黙が少し続く。
しばらく身を任せて、男の存在を十分に感じた後、だばっと離れてお茶の状態を見る。
湯飲みに出されたお茶の色は少し濃い目の黒藍になっていた。

「あっ。やっちゃったー。蒸らしすぎ。・・・とほほ。」
「淹れなおすね。」
「ははは。気づかなかった。」

さくっと淹れる所まで一通りやった後、湯飲みをそれぞれの前に置いた。
二人は入れたお茶に口をつけないまま、また寄り添いあって、つかの間の沈黙を過ごした。

「・・・・・・気づかないまま甘えてる方がいいのかなーって、思う時もあるんだけどね。」
「つい気になっちゃって。」

銀色の長い髪を触れられて気持ちよさそうに目を閉じると、額に柔らかい唇の感触を感じた。
素早く目を開けて唇を重ね返すと、男は「どうした?」と言わんばかりに笑っている。
ただ寄り添って相手に体を預けているだけなのに、何とも言えない幸福感が胸の奥に宿るのを感じる。
この暖かい気持ちが伝わるんじゃないかと、もう一度ぺとっとくっついた。

「何か幸せ。」
「・・・・・・。」

寄り添われてキスするかどうか迷っている相手の目を見て、少しいたずらっぽく笑った後、キスを待って目を閉じた。
顔は見えないけれども、きっと苦笑してるんだろうなと思いながら、-その予想は当たっているのだが-、柔らかい温もりを感じた。
目を開けると、何とも言えない笑顔で男が笑っている。

「線引きが難しいな。」

いつキスをしていいものかと、という言葉をあえて省略して話す。
タイミングの取り方は男と女では違うものである。
相手が好きという欲求の出処は同じであるのだろうが、それを相手に伝えるタイミングは、中々難しいものがある。
小首をかしげてながら、特に気にしていない風でいる女性の前髪を払いつつ、またその仕草が可愛いと思った。
「なんでもない」と上機嫌そうに言うと、少し冷め気味のお茶を一口、口に含んだ。

「タイミングはうーん・・・。気にしない。」

と笑いながら、同じ様につられて自分の淹れたお茶に手を出す。
一口飲んで、ふーっと落ち着くと、男の方を振り返りその勢いで続きを話す。

「公私の使い分けは難しいがっ。」
「はははは。」
「もー、笑わなくてもいいじゃんかっ。FEGにして秘書官って言うのも、ちょっとは複雑なのよ?」
「好きで選んだことだけどね。」

ふふっと笑いながら、おかわりのお茶を二人分淹れなおす。
確かにFEGというにゃんにゃん共和国の一大国家に所属しながら、わんわん帝國宰相の秘書を勤めるのは、その矛盾ゆえに苦労が絶えない。
実際に、共和国から帝國で猫の人間が捕虜としてこき使われているという報道がされそうになったこともあったり、
逆に、帝國から共和国のスパイが宰相府に潜り込んでいるという報告がされそうになったりと、両国間で何かと火種になるところではある。
しかし、そういうときに限って宰相は、「よく似ているようですなぁ。はっはっは。」と尻尾も掴ませない様な態度でひらりひらりとかわすのではあるが。
この家もにゃんにゃん共和国のFEGではなく、わんわん帝國の宰相府に建てられているのだが、建築に関しては、宰相の息のかかった業者が使われている。
だが、男は割と自由に共和国、帝國を行き来しているために、所属によって両国間のわだかまりを感じたことはなかった。

「そういうものか。そんなことは考えたこともなかった。」
「みんなが気にしなければいいのにね。猫とか犬とかなんて。」

その言い方に寂しさを感じたような気がした男は、横から顔を覗き込んで表情を伺った。
「心配させたかな?」とお互いか感じたらしく、ぱっちりと目があった。

「嫌な事でも?」
「ないよー。今の私は幸せ一杯です。」
「そうか。」

気まずくならないように精一杯おどけたように笑ってみる。
こんな時、この女性(ヒト)は感情を正直に言葉に出す方だと、寄り添ってきた長さから分かっていた。
悩みも疑問も、そのままストレートに聞いてくれるところが、自分にはいいらしいとも思っていた。
それは、次の言葉で証明された。

「国内への影響とかはちょっと考えちゃうけどね。一時期は藩王代理してた私が国外に家を持つこととか。」
「でも後悔はしてないし、悩んでもいない。」

手持ち無沙汰になっている彼女の手を男は見つめている。
女性もそれに気づいて、自分の手に視線を落として、男に笑いかける。

「シオネのことを忘れているのだな。」
「きっとそうだね。私もよく知らない。・・・聞いてもいい?」

男はそっと手の甲に口づけした。
女性はくすぐったそうにして笑うが、どこか嬉しそうでもあった。

「そんなに難しい話ではない。あの人が全てに法を設けたとき。」
「種族・・・・・・当時はまだ国がない・・・・・・は不干渉とした。例外は二つ。」

女性は何処かで聞いたことのある文言を思い出していた。
-ヒーローズサモン-
ただそれは、男が思い出しているそれでは、なかった。
だから、男は悲しそうな影を落とした。
女性は盟約条項を思い出しながら、例外を答えてみる。

「列王の指輪を持つ者の請願。シオネアラダが号令をかけたとき、だっけ。」
「・・・・・・。」

男の悲しそうな微笑を見た女性は、シオネという女性を思い出しているから悲しくなったのだと思った。
だから、もっと近くによって男をぎゅっと抱きしめて、自分の存在を感じて欲しかった。
しかし本当は、女性がシオネを忘れていたことに、男は悲しさを感じたのだった。
銀色の髪を頬に感じながら少し寂しそうに抱きしめ返して、呟く。

「例外は二つ。一つ、他種族を助けることをシオネは禁じていなかった。自分がよくやっていたからな。」
「もう一つは愛に関することだ。これについては種族関係無だ。だから猫は、人の家の中にいる。」
「昔の話だ。皆が忘れても仕方がない。」

男が少し遠い目をしたような気がした。
自分以外の誰かを思い出しているその目を見ると、自分にしてあげられることがないのが悔しかった。

「みんな、思い出せればいいのにね。」
「違うか。思い出せるようにすればいいのか。」

自分でもあんまりフォローにはなってないと思った。
でも、自分を含めて、その気持ちを思い出せるようになれば、男は遠い目をしなくてすむ。
そう思った。

「・・・・・・シオネ自身が種族違いの恋をしていた。リンなのにな。」
「リンはリン同士で結ばれるのが通例、だっけ・・・・・・?」

女性は、先日の友人の結婚式を思い出していた。
真っ白な結婚式。
リンの歌で祝福された結婚式に、そんな話を聞いた気がする。

「・・・・・・そうだ。」

「そうだ。」と男が言った瞬間、心配そうに笑って抱きしめようと思った。
シオネという女性のことで、たぶん何にも出来なかった自分を責めているんだろうと思って。
大丈夫だよと、自分が居るから、と言いたかった。
しかし、その次の言葉で違うと分かった。

「・・・・・・。昔の話だ。白にして黄金は死んだ。」

寄り添って抱き合っていた体勢から少し距離を置いて正座になった。
背筋を伸ばし、改まって男と向かい合った。
男は急にどうしたのかと、女性の意図が分からずにきょとんとなった。

「風野緋璃は風野緋璃のままに、ラファエロと共に歩みます。この心のある限り。」

緋璃はラファエロの顔を真っ直ぐ見つめた。
曇りのない緋璃の瞳が、ラファエロの瞳に重なる。
ラファエロはリンではあるが、愛にはそんなことは関係ない。
それは立った今、緋璃が、会ったこともない大昔に、恋をした女の子から教わった大切なことだった。
ラファエロは今までのどんな時でも見せなかった優しい微笑みで緋璃を見つめ返した。
緋璃の顎を指で上げると、優しいキスをした。
緋璃はギュッと抱きついて、もう一度、確かめるようにキスを重ねる。
その耳元で、答えが返ってきた。

「・・・・・・許す。」

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其は契約である。
其は心の証である。

故に誓わん、汝と共に歩むことを。


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あの結婚式の前にこんなことがあったとはです。(笑)
甘いながらも、神聖な感じが出せれてれば幸いです!!
ご依頼、ありがとうございました!



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最終更新:2008年09月17日 18:22