好きなものは好きだから(小笠原ゲーム 柱空歌とアララ・クランより) ―高原鋼一郎さんに捧ぐ―


キノウツンに籍を置く高原鋼一郎は、今、人生で何度目かのピンチに陥っていた。
まあ、鼻血を出しそうになっているくらいでピンチとか言うなという話もある。

だがしかし。

それが、最愛の女性(ひと)の前であるというのなら、また少し話は変わってくるわけで。
とはいっても、最愛の女性(ひと)だからこそ、こんな状態になりかけているともいえるわけで。

第一ラウンドは、アララの水着を見た瞬間から始まった。

どこかでゴングが鳴る幻聴が聞こえる。

カーン…!

岩陰でオイルを塗っていたアララが、彼の前に姿を現したとき、高原はちょうどパラソルとデッキチェアを用意し終えたところだった。
目に入ったのは、一見地味なワンピース。

おや、意外だ。

と誰もが思ったのを覆されたのは、アララが彼らに背を向けてチェアに腰掛けようとしたそのときだった。

「わー」
「ぐはー」

柱空歌と船橋はやや顔を赤らめながら、その大胆な水着姿に感心するばかりだ。
一方の高原はといえば、いち早く我に返って

「あ、お疲れ様です。椅子準備しときました」

とか言ってみたものの。
その手はしっかり鼻を押さえている。
いつ赤い何かが出てもおかしくない状態だ。
しかし、高原。この時点ではなんとかこらえている。

「あら、ありがと高原くん」
「いえいえ」

にっこり、とアララ、駄目押し。
高原の口の中に、気のせいか鉄の味が広がっていた。
必死で自らの首を連打する高原。

そんな必死の努力を嘲笑うかのように、アララは妖艶な動きで高原の顎のラインをゆっくりとなぞった。
嬉しそうな笑みが、間近で浮かべられる。

高原はとどめをさされた。
いきなりダッシュで岩陰に消える高原を、誰も気にしていなかったが…
それはそれで何か、物悲しいものがある。


これまでの戦績
高原鋼一郎 0勝1敗


第二ラウンドは、その直後から開始される。

高原が戻ってくると、アララはデッキチェアで悩ましげに脚を組んでいた。
みなが彼女を見ているのもおかまいなしに…というよりは見ているからこそ、のような気がしなくもない。
とにかく、その場の全員の視線を受けながら、アララは脚を組みなおした。

「デッキチェアもう一台出さないと」

とか言いつつ、高原の目はアララの美しいおみ足に釘付けだ。
アララ、先制攻撃でテクニカルポイント。
さすがである。

「(震えるな俺のハート、燃え尽きるんじゃねえ)」

高原、心の叫び。
なんというか、がんばれ。と言いたくなる気がする。

柱と船橋が青春したりなんか妙な感じになったりしている横で、静かな攻防は続いている。

「えーとアララ…さんは何か飲みます? つまみは青春してる二人の姿くらいですが」
「あ、お酒ない?」
「ビールとワインとあと簡単なカクテルくらいでしたら」

さすが小笠原旅行社社長・高原鋼一郎。
こういう準備は抜かりないのである。
高原、テクニカルポイントか。

「カクテルを。柑橘系の。キスみたいな味がするの」
「へい。少々お待ちください」

ここでアララが攻撃をしかけた。
しかし、ここはさらりと流す高原。
手際よく果物を出して果汁を絞り、あっという間にカクテルをしあげた。

「お待たせしました。スクリュードライバーです」

差し出されたグラスを受け取って、アララはしきりに納得しながらぽつりとつぶやく。

「へぇ、ふぅん」

こくりと口を付けて味を確かめるようにこういった。

「これが高原くんのキスの味かぁ」
「ぐは、そう来ますか」

高原はダメージを受けた。

「(うわー酔いたい)」

もう飲むしかないとばかりにビールを開けて飲みだした。
しかし、あまり強くないのでちびちび飲んでいるのがあるいみ可愛い。
アララはそんな高原の様子をじーっと見ており、高原は見られているのと酔っ払ってきたのとで顔をたこのように赤く染めていた。
アララは、その様子を見て上機嫌になると、くいっとカクテルを飲み干した。
勝利の美酒である。


これまでの戦績
高原鋼一郎 0勝2敗?


しかし、勝負というものは最後までわからない。
先が見えないから面白い。
先人の偉大な言葉である。

「おーい。とりあえずここにお茶とジュース置いとくから後で飲んどけー」

船橋と柱にそう声をかけて、戻ってきた瞬間。

高原は、なんともいえない視線を感じてアララを見上げた。

「あ、コップ空ですね。お代わり何か作りましょう、か……?」
「……え。なに?」

ぐいっと空のグラスをもう一度飲み干そうとして、ちっと舌打ち。

「あによ。あんだっていってんの、よー」

アララの目は、もうとっくに据わっていた。

「いえ、飲み物が空なんで何か新しいのいりますか?」
「お水ー」

高原がなんとか平常心を保って聞けば、間髪いれずにそんな答えが返ってきた。
こうなった酔っ払いは、ある意味駄々っ子と変わらない。

「なによ、どうせ私をバカにしてんでしょ。へ。しってるわよ」
「はいはい。少し待ってくださいね」
「どうせオデットに男横取りされてますよ。勝ったのは一回だけよ、クランのみそっかすですよ」
「あーもー!」

いらだたしげにアララが髪をかきあげる。

「いいじゃないすか。少なくとも俺はアララさんのとこにいますよ」

そんな高原のフォローなんて少しも聞こえていないのだろう。
少しブルーはいりながら、ぶつぶつ何かを呟き続けている。

「どーせ負け犬ですよ。胸に栄養とられすぎましたー」

アララが唐突に、高原の首に腕をまわした。
そのまま額を高原の額にくっつける。

「ななななんすか」
「う……」

あ。とおもったときには、すでに何もかもが遅かった。


※しばらくお待ちください※


怒涛の展開の末、決着は着いた。
高原、TKOである意味逆転勝ちである。

カンカンカンカーン。

I'm winner!

などと喜んではいられないが。

「……ごめん」

あれから20分ほどののち、アララはうつむきながらそう謝った。
酔いはほとんど醒めたようである。

「いいですよ。それより大丈夫ですか」

高原としては酒に弱いなんていう意外な、そんなところも可愛いなとかおもうくらいの勢いだったが、実際こんな事態を引き起こしてしまったアララとしてはたまらない。

「自分が嫌になった。ほんとうに駄目ね」

そんなところが好きなんだ、とはさすがに口に出して言えず、高原はただアララを見つめていた。

「大丈夫ですよ。はい。私もあんまりうまくいかないけど……なんとかなってるし…」
「酒飲んでリバースくらい気にせんでも」

柱と船橋もそれぞれに慰めの言葉をかけるが、そこはやはりアララ。
慰められるだなんてプライドが許さない。

「あんたなんかになぐさめられたくないわよ。この壮絶駄目人間」

柱が、がーんとなってよろける。

「そ、そこまで言わないでも」
「いや、まあ気にすんな。酒飲んだ人の言うことなんか」
「うるさい!」

船橋の言葉にアララが思わず叫ぶ。

「あのな、お酒はほどほどにしなよ。楽しめなくなるような酒なら…」

船橋にそこまで言われたところで、アララはその腹に蹴りを決めていた。

なんなのよなんなのよ。
そんなことあんたに言われなくたってわかってるのよ。

といったところか。
正論はときとして非常に心にぐさりと来るものなのである。

気がついたときには、アララはその場から消えていた。

いたたまれなくなって逃げたしたのだ。

ただし、テレポートで。

焦ったのは高原である。
このまま放っておくことなどできるわけがなく、彼は迷わず最終手段をとった。
すなわち。

「船橋、全力で俺をぶん殴れ、そして一分して起きなかったら起こしてくれ」

なんと男らしい方法なのか。
そして、高原は予知夢を見ることに成功する。
アララは、水の上の奇妙な岩の上で一人いじけているようだった。

そうか。あそこだ。

高原には心当たりがあった。

「おーい。そろそろ起きないと遅刻だぞー」
「ふぉう!」

船橋に起こされて、目が覚める。
その次の瞬間には、高原は泳ぎだしていた。
限界をも超えそうな、すさまじい速度である。

愛の力なのだろう。


「…よ、ようやく見つけました…」

そこに辿りついた時、アララは膝を抱えて座っていた。
高原は、諭すように言葉をつむぐ。

「あのですね、蹴っ飛ばしたり怒ったりしたのはちゃんと謝れば皆いいです。あと悲しかったら俺が聞き相手になりますから」

そっとアララに近づく。
アララはこちらを見ようともしていない。

「だから、あんまし自分で自分を傷つけんでください」

聞きたくない、とでも言うように、耳を塞いでいるアララは、まるで子供のようだった。
高原は、「むー」とちょっと考えたが、それでもいいかとアララを抱きしめた。
そんな子供っぽいところも含めて、自分は彼女が好きなのである。

「聞きたくなくても言い続けますよ!」

それが、アララにちゃんと届いたのかはわからない。
けれど、こちらを向かないアララの耳は、夕陽のせいではなく微かに赤らんでいるようにも見えたのだった。


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最終更新:2007年09月25日 21:08