島鍋 玖日@鍋の国様からのご依頼品


 ここは鍋の国のとある喫茶店。白い壁、使い込まれた風合いの焦茶色のテーブルは手入れが行き届いてあめ色の光沢がある。カップとソーサーは店主のコレクションなのか、各テーブルごとが違っており、そのどれもが植物や動物の絵が品よく描かれており店主の趣味を伺わせた。
 そんな店内の様子を一通り眺めてから、ヤガミはカップを口元へ運んだ。軽く吹き覚まして紅茶をすすれば、ダージリンの瑞々しい香りに少し頭がすっきりする。先日の出張から帰り、また長すぎる休暇に逆戻りかと思っていた矢先の呼び出しである。呼ばれる時は何か用事がある時だけ、そんな気でいたために今回もそんな事だろうと思っていた。必要な時にだけ呼ばれる…そこで少し頭を振り、馬鹿だなと小さく呟くと、冷静な思考で今日の呼び出し人の名前を思い出す。”島鍋 玖日”その名前から記憶を検索する。自分が滞在する鍋の国の国民で男、吏族、技族であること。正確に思い出されるのはそれくらいだ。

 店内はのんびりとした雰囲気で、客の誰もが寛いでいた。こういう所が喫茶店の良い所だな、と思う。カフェやバーとは少し違う。待ち合わせの時間まで少しある。ヤガミは新聞をとって席に戻り、その誌面に視線を落とした。毎日何かしら事件や出来事があり、新聞に余白がでる事は無い。
 ふと顔を上げると、金髪の少女が店内を見回して佇んでいた。
 金の髪、日に焼けた肌、南国人か。待ち人は男のはずだが、この現れ方はそういう事だろう。
「どうした?」
「えーと、今日はありがとうございます」
 新聞に視線を落としたまま、やはりそうかと無感動に思う。
「気にするな」
「ぜひ、のんびりしてくださいー。お疲れさまでした」
外交慣れしたタイプとも違うし、仕事で来ている風でもない、ごく普通の少女に思えた。少し緊張しているようだ。
「はじめまして?」
「はじめまして、です。よろしくお願いしますね」
 緊張した様子で挨拶する少女に、ヤガミは誌面に視線を落としたまま少し微笑んだ。
 きっとお使いか何かなのだろう、わざわざご苦労な事だ。
「まあ、しがないサラリーマンだ。緊張しないでいい。下心もなしだ」
 少女を安心させるつもりで、そう言った。
「ありがとう。あ、藩王様から伝言預かったんだ。出張のお礼って」
 藩王からの手紙と包みを受け取って、ヤガミは玖日を見た。
 さて、本題は何だ?そう視線で促す。
「? 一年以上連絡なかったが、なにかあったのかな」
「えと、羅玄藩国へ行ってもらったお礼だって」
 玖日は、包みの事を言っていると思ったのか、そう答えが返ってくる。
「ああ。それはわかってる」
「そっか。ぜひ休んでください」
 ヤガミは拍子抜けして、瞬きを繰り返した。
 もしかして、用件はこれだけなのか?
「?」
「忙しかったと思うので。しばらくのんびりできるといいね」
 そう言って微笑む少女に、ヤガミは苦笑じみた笑みを漏らした。
「ま、また次、そうだな。一年後くらいに呼び出されて命がけ、また休め、かな」
「う。出来れば私はまたそのうち会いたいんだけど・・・だめ、かな」
 ほんの少し言葉を詰まらせ玖日の様子に、こいつは嘘がつけないタイプだな、と思う。嘘では無い。だが、またそのうち会いたいという意図が掴めなかった。まあ、時間だけはたっぷりある、そう思った。
「いいとも。どうせ、暇つぶしだ」
「今日みたいにのんびりしてくれるとうれしいな」
 にこにこしながら正面に座って紅茶を飲む少女に目を細める。
「うん。暇つぶしでもうれしいな」
「……」
 暇つぶしでも嬉しい、か。こんな事を言われたのは久しぶりだな。
 ヤガミは少し微笑んで、新聞を折りたたんだ。無造作にテーブルに置いて、紅茶をすする。
「喜んで。俺でよければ」
「ありがとう、すごくうれしい。あなたがいいんだ」
 嬉しそうに笑う玖日につられてか、自然と表情が緩んだ。
 穏やかな日差しが玖日のつややかな金髪で跳ねて、ヤガミは目を細める。
「暇人にもいいことはあるな」
「いいこと?」
「茶飲み友達が年に一人くらいできる」
 首を少し傾げて見つめる玖日に、ヤガミは微笑んだままそう答えた。
「うん、そっか。今日がいいことになるならよかった。ぜひ、またお茶しましょう」
「ああ」
 不思議と穏やかな気持ちなのは、この少女のおかげなのだろうな、と思いながらヤガミはまた紅茶をすすった。
 ただ、何故自分にわざわざ会いに来たのか、それはわからなかった。
「なぜ、ここに?」
「?このお店?」
 邪気なくにこにこと笑う少女を見つめてそう問いかけた。
「俺に会うのは、メッセンジャーとして?」
「ううん、私があなたに会いたかったの。藩王様の伝言のほうがついで・・・かな」
 俺に会いたかった、か。
 少しだけ心がざわついた。その気持ちを自制しながら、彼女を見つめる。
「どうして?か、きいていいか?」
「あなたが好きだから」
 思わず言ってしまったのか、 は、とした様子で照れる少女にヤガミは目を細めた。
 好きだから、なるほど。その言葉に浮ついた気持ちになりかける自分自身に苦笑する。
「へえ。ま、そういうことにしておこうか」
 そう言って、話題を切り替えた。

 良い香りのお茶、ケーキを食べて幸せそうに笑う少女、穏やかな時間は心地よく過ぎていった。



―数日後

 ヤガミは馴染みになった喫茶店の、いつもの席に座って新聞を広げていた。誌面に視線を落としながら、運ばれてきた紅茶のカップを口元へ運ぶ。
 さわやかなダージリンの香りに、玖日の笑顔が思い出されて、自然と口元が綻んだ。
 あなたが好きだから、か…。 何を期待しているんだ俺は。
 また会える日を心待ちにしている自分に気付いて、少し苦笑すると紅茶をすすった。





~おまけ~

猫士の噂リターンズ!

トラ
鍋の国の猫士。お調子者でウワサ話が大好物。おませさん。
ブチ
鍋の国の猫士。しっかりもののおねーさん。でもちょっと天然。
タマ
鍋の国の猫士。臆病で甘えん坊。昼寝大好き。


トラ「にゃー!大変にゃーーー!」
トラが慌てた様子で駆けてきたので、丁度休憩中だったブチとタマはびっくりして顔を見合わせました。
タマ「ね、ねうー…ほっ」
あやうくミルクを零しそうになってわたわたとキャッチするタマ。
ブチ「どうしたネウ?慌しいネウー」
トラ「それどこじゃないにゃ!玖日おにーさんも女の子になっちゃったのにゃー!」
またまたびっくりして目を真ん丸にするブチとタマ。
タマ「玖日おにーさんがおねーさんに…見たいねうー」
にやりと笑うトラ。
トラ「ふふり。じゃーん!ちゃんと写真入手してきたにゃー!感謝するにゃー!」
誇らしげにトラが掲げた写真に注目するブチとタマ。
タマ「わー。綺麗なおにーさんが綺麗なおねーさんになったねう」
ちょっと頬を赤らめるタマ。なかなかのセクシーおねーさんである。
ブチ「びっくりネウー。神秘ネウー。…ん?一緒にいる男は誰ネウ?」
じーと写真を見つめる猫達。
少し恥かしそうに笑う玖日おねーさん。
その向かい側に座る背広姿の男の後ろ姿が写真の端っこに写っていたのだ。
ちょっとだけ眼鏡も見える。
じー…。
ブチ「これ、ヤガミっぽくないかネウ?」
タマ「ヤガミっぽいねうー」
トラ「正解にゃー。相手はヤガミ(サラリーマン)にゃー」
ブチ「ヤガミ(サラリーマン)も隅におけないネウー」

キャッキャッとウワサ話に華をさかせる猫士達。
今日も鍋の国は平和です。






作品への一言コメント

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  • お忙しい中依頼を受けていただきありがとうございます。猫士の噂話にほのぼのとさせていただきました。本文のヤガミよりの視点からの語り口も素敵です。ありがとうございましたー。 -- 島鍋 玖日@鍋の国 (2008-09-23 21:02:52)
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最終更新:2008年09月23日 21:02