橘@akiharu国さんからのご依頼品

 Teraと、オリオンアーム――
 ひとつの星に生きる者達と、星団に生きる者達との戦。
 にゃんにゃん共和国という、おなじ国の者達が争ったその戦は星に生きる者達、すなわちTeraの大勝利で終結を迎えた。


 その戦後処理が終わるか終わらないかの頃の事。
 Tera側にゃんにゃん共和国所属のakiharu国に、青年と少女が二人、手を取り合って歩く姿があった。

 時は夕方、宵のうち。
 提灯行列の溢れ出した光が彼と彼女の顔を柔らかく照らし出している最中の事である。

 少女は『かれんちゃん』――正式には【労働一号かれんちゃん】という、その手を引くのは、祭りが行われている当国の所属技族――名を、橘という金髪青年だった。

「ようやくテラ領域も平和に一歩近づいたね。 かれんちゃん達が頑張ってくれたおかげだよ」
「戦勝の基礎は宇宙戦での勝利でしょう。予想外でした」

 首をひとつ縦に振る青年。 少女の冷静かつ的確な言葉とその性格を一つの個性として捕らえているのだろうか、その動きには淀みがない。

「陛下やGENZさん達の綿密な部隊案が功を奏したね。 出撃してたけど、安心して戦えた気がする。 ――沢山の犠牲がでてしまったけど」
「電磁的に閉鎖され、降伏勧告は不可能でした」

 僅かに伏せられた目と共に、多くの死へ黙祷を捧げる橘。
 それを見た彼女の僅かな変化は、彼に見えたのだろうか。

「あなたは、悪く、ありません」
「うん。 それに惑星破壊藩国まで出されては手が抜けなかったしね。 今回みたいに講和ができる相手なのに――そこが、残念だ」

 僅かに泣きそうだが、必死に意志を伝えようとするその顔に、彼は苦笑するかのような表情で微笑む。 ただ、それが哀しみを浮かべていたのは仕方の無い事だろう。

「でも、ありがとう。 ちょっと元気になった」

 その笑みを見て彼女も頷き、早々に話題を切り替えようと今日の行き先について問えば、橘が少し考えたように顎をつまんで目を閉じる。
 伺うようにかれんは、その彼を上目遣いで見つめながら、その答えを待った。

「そうだな、唐突だけどかれんちゃんの好きなものって何かな? できれば、目に見えるものがいいんだけど」

 目に見えるモノと聞いて今度は少女が考え込み、口を開く。
 紫外線ではあるが、自分には見える太陽のバーストフレア光が好きだ、と。

「なんだか凄そうだねえ。皆既日食のときに見えるフレアとはまた違った見え方なの?」
「似ているかもしれません。 でも、それが何か?」

 首を傾げて答えた彼女に、首を何度も縦に振った彼の『金属に彫り物をしたい』、『お店を知らないか?』の言葉。
 少女に搭載された【おだんごアンテナ】が発動したのは、乙女心からだろうか。

「――18号が発見、現在偵察中。 彫金精度とコストパフォーマンス、いずれを優先しますか?」
「毎度の事ながら凄いな、かれんちゃんは。 偵察は――ま、まぁ彫り物屋なら大丈夫だと思うけど、精度優先かな。 手を抜きたくないし。 ただ、見積もりを取ってからにしようか」

 彼がそう告げた合間に、思案するように僅かに閉じられた目が二度程瞬き、軽く首を縦に振る。 検索終了と言う事らしい。

「4件見つけました。 手近なところから巡回できるようにします」
「うん、お願いするよ。 どんな店かな?」

 彼の問う言葉にかれんが歩きながら答えている姿は、仲の良い友人にも、初々しい恋人との逢瀬にも見え、他者が見れば微笑ましいものであった。

/*/

 数分後。
 彼らが居た場所から一番近い、どこかひなびた路地の宝飾店にたどり着くとそのままドアを開ける。

「――いらっしゃいませ」

 色とりどりの、それこそ二百を越える宝石と共に目に入るのは、店主であろう、しかめっ面にも似た風貌の老爺と、挨拶の声を出したその息子と見受けられる中年の男性だった。
 その彼らに、周囲の宝石の美しさに感嘆を上げた橘と、興味が無さそうに佇むかれんは、非常に対象的に映った事だろう。

「かれんちゃんは宝石とか好きなほうなのかい?」
「考えたこともありません」

 素っ気のない言葉に彼は苦笑すると、輝く石の中を見て、一つ摘まみ上げる。 人差し指と親指の中で遊ばせれば、煌めきが淡く強くと自在に変化するのを見て目を眇めた。

「こういうのを見る楽しみというのもあってね。 じっと見つめていると色々なことが考えられる……宝石ではやったことないけど」
「はい」

 判っているのか、判っていないのか。 後者かもしれないが、無表情で小さく首を振った彼女に微笑む橘。

「お客様方、結婚指輪をお探しで?」

 その仲睦まじい様子に、二代目店主――息子の中年男性が結婚指輪を探しているのかと思ったのは、否めない事であろう。
 加工の為に声をかけようとした橘が、それを聞いて足を滑らせる。

「え、いや、あの、そーいうのはまだです! 残念ながら!」
「おっと、これは失礼を。 では、修理ですか?」

 頭を掻いた二代目に多分に苦笑いを浮かべると、恩寵の時計を取り出して、彫り物にする太陽フレアのデザインを打ち合わせようと店主に手渡す。

 その地金などを確認して店長曰く、金の象嵌が一番だろう、と。

「銀に相性のいい金属って金になるのでしょうか?」
「手間はかかりますが。 この時計の地金は銀なので、銀を彫った上に、金で象嵌をかける事になります。 金はピンクゴールドもありますが、如何致しましょうか?」

 僅かに吟味した後、見た目的にはピンクゴールドが良いだろうと、首を縦に振る橘。 ――そこで高そうだが、と零したのを店長は聞き逃さなかった。

「いやいや、ピンクゴールド自体は素材として400にゃんにゃん程度ですな。 では、御預かりします」

 余談だが、このピンクゴールドの別名はローズゴールドと言う。 つまりはバラ色の金。 さらに蛇足で、ピンク色の薔薇の花言葉は「愛を持つ」。
 ――二代目店主(中年)、この別名を知っていたのだとしたら、ある意味確信犯であろう。
 と、まあ、閑話休題はさておき。

 その話に、裏側で準備を始める老店主を見ながら、二代目店主と橘のやり取りを見て疑問に思ったのだろうか、首を小さく傾げたかれんは橘の服の裾を少し引っ張った。

「あの……何をするのですか?」
「ああ、エンブレムをつけようと思ってるんだ。 この時計に」

 少女が振り向いた青年に問う合間。
 老爺が時計を加工する金属音が響いたかと思えば、丁寧な手つきで彼らの目の前に内蓋に彫りこまれた太陽フレアの恩寵の時計が差し出された。

 周囲の光に照らされたピンクゴールドが淡い赤に輝き、太陽光の下ならば本物のフレアを思い起こさせるであろう。
 銀白によく映える紅金のコントラストもまた美しく、そこに施された彫金の技も確かな技術と経験に裏打ちされたものである。

 僅かな時間で彫金されたとは思えぬその完成度は非常に高く、技族の橘から見ても美術的要素を兼ねた美しいものであった。

「なんと……! 素晴らしい技です、ご主人。 感動しました。 物作る者として感涙を止められません」

 感嘆の息を零しながら、目を細める橘と、まだ状況がよく呑み込めずに首をかしげるかれん。

「お客さん。 こりゃ、戦勝記念のやつでしょう?」
「――久しぶりに、手が震えましたわぃ」

 軽く全体を柔らかい布で磨かれた後、再度手渡された時計に目を眇める、二代目の店主と、双眸を潤ませて手を拭う老いた店主が共に笑う。

「ああ、そうですね。 私も嬉しくて、この子――時計にも、特別なものをと」

 目を緩ませて、橘は己の時計を見る。
 恩寵の時計――teraを護り切った者に送られる戦勝の懐中時計は、磨かれて金属特有のつるりとした白い光を、静かに放っていた。

「こちらの御代は結構です。 ――ありがとう、teraを護ってくれて」
「ええ?! そんな、悪いです! 僕なんてホント何もできなくて……でも、守りきれたって実感が沸きました。 もっと頑張ります!」

 そうして、頭を下げた店主達に、慌てて両手と首を横に振って答え、丁寧に頭を下げる橘の目に、僅かに滲んだ涙が光り輝く。

 自分が護り切ったモノは、民と故郷だと言う事を、彼が改めて噛み締めた瞬間であった。

/*/

 ――宝石店を出た彼が涙を拭って振り向けば、難しそうな顔で首を傾げる少女の姿がそこにあった。

「ありがとう、店長……皆、感謝してくれてるんだね、かれんちゃん」
「不思議な、現象でした」

 理解不能という風情で、呟く少女に青年が苦笑する。 彼女は冷静沈着でありすぎるが故に、感情を理解する事が少しだけ、難しいのかもしれない。

「きっと、店長さんたちの感謝の印なんだよ」
「なるほど。 記録しておきます」

 納得がいったように首を縦に振るかれんに、橘が受け取ったままの時計を軽く握り締めて、一瞬だけ空を見上げると、照れくさそうに彼女の真っ正面を向いた。

「――というわけで、はい。 僕からの感謝の印と、まぁこれからもヨロシクという思いをこめて、プレゼント」

 そうして受け取った時計を彼女の首にかければ、小さな金属音と共に、僅かに驚いたような瞳の目線が、下へと向かう。

「ええと、その、かれんちゃん。 内臓時計あるだろうけど――外部に時計があるのもいいと思うよ、うん」

 照れくさそうに頬を掻き言い訳のように言葉を濁しながら、目線を泳がせる彼に、彼女が驚いた顔は見えたのか、見えなかったのか。

「わかりました。 個体識別用符号として登録します。 私は、かれん13号です」
「うん、ありがとう。 そうか、これでいつでも君(No.13)と認識が可能なんだな……」

 感慨を深くしてまなじりを下げた彼のその姿に、彼女の――かれんの表情がほどけ、ゆっくりと眉が緩む。

「ありがとうございます、ミスター橘。 あなたに感謝を」

 ゆっくりと上げられた頬が、僅かなりともえくぼを作りあげ。

「いや……こっちこそ、ありがとう。 これからもよろしく」

 その向けられた微笑みに満面の笑顔を返して、青年は少女の手をそっと握り締めると、一歩を踏み出す。
 ――それが、少女の胸の《太陽の時計》が、青年と少女との時を刻み出した瞬間だった。

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引渡し日:2008/09/08


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最終更新:2008年09月08日 21:25