花陵@詩歌藩国様からのご依頼品


 月と星が輝く夜空と砂漠。

 ここにあるものはそれだけ。時折、吹き渡る風の立てる砂埃と、砂漠に生きるものたちのかすかな生活音のみ。すなわち、静寂と言っていいだろう。

 静かな夜。そんな時はふと、記憶の底に眠る大事に宝箱にしまった時間の一部が、意識野へと浮上することがある。

 彼は星空が好きだった。星は何時でも輝いていた。例え、雲に隠れようとも星は輝いていたのだ。どんなに絶望的な闇の中でも、星は何時だって燦然とその存在を誇示していた。

くたびれた整備テントの上から見る星空。一度は見失ってしまったけど。それでも取り戻したあの日々。

 彼は夜が好きだった。今も昔も。その時に夜空を共に楽しむものが一夜限りの友であったり、フランス人形めいた少女であったり、いかつい男であったり、または誰も居なかったりしたが。それでも、彼は今でも星空を愛していた。

 だから、彼にとって誰かと星空を見上げることは。

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 砂交じりの風が吹き渡る、茫漠とした砂の土地。見渡す限り、あるのは砂の描く地平のみ。命あるものは少なく、ただただ砂ばかりがその存在を見せ付ける。かつては森であったかもしれないその土地も、今は見る影も無い。(※1)そこはまるで世界の最隅のよう。ゆえに人々はその場所を果ての砂漠と呼ぶ。

 赤と黒の混在する空に地平は染まり、片方の赤は黒によって天より駆逐されようとしている。砂漠の落日はすなわち灼熱から極寒へと替るサインであり、人の生存が許される僅かな時間と言える。砂漠が砂漠である限り、生命への拒絶は厳然として存在するのだ。

 「おおー!」

 そんな昼と夜が別れを惜しむように互い移し変える中、生き生きとした声が上がる。生命が乏しき地に上がる、元気に溢れた声。その声は「花陵」という少女がもたらしたものであった。

 砂漠には似つかわしくない白い髪と美しい肌。幼く見えるが整った外見。(※2)そこに詩人が居たならば、砂漠に現れた白い妖精をなんと表現するだろうか。

 だが、妖精以外にこの砂漠に居る生命体、眼鏡を掛けた義体の男「ヤガミ」はそれよりも星を見ることを優先するかのように空から目を離さない。彼にとっての優先事項が「花陵<星空」なのか。それとも、ただの照れ隠しなのか。それは核の炎でもスペシウムバズーカでも壊しきれない黒ぶちの眼鏡に覆われ、窺う事はできない。(※3)彼にとって本心を隠すことは息を吸うかのように日常的に行うことであったから。

 「こんにちは、ヤガミー。」
 「ああ」

 ヤガミはちらりと花陵を眼鏡と瞳に写し、元の姿勢に戻る。簡潔極まりない返事だが、その声音にはどことなく優しげな響きがある。

 「私、星を見るの好き。」
 「たまにはこういうところもいいかなと思ってな」
 「うん。いいよね。私、月蝕が好きでねー。」
 「残念ながら今日は普通の満月だがな」

 月蝕という言葉にヤガミはふと、空に浮かぶ黒い月を思い出す。………月蝕からあの世界を思い出すとはな。なんとはなしに皮肉っぽい口調で返してしまう。

 「満月の黄色も好き。」

 そんなことは意にも介さぬように返された言葉に、ヤガミは胸に温かいものを感じる。そして思い出す。彼女のようであった日々に見たまあるい月。縁日での屋台で両親が忙しい時に神社の境内から眺めた満月。縁日の喧騒の中でも、祭りの後の寂しさの中でもひっそりと輝いていたあの月を。

 呼び覚まされた記憶は笑みをもたらし、それは彼女にも伝播する。語り合う二人の間に緊張は無く、心の距離の近さを感じさせる。空に浮かぶは丸い月。星々の煌めきを従え、音無き声で地上に歌いかける淑女。二人を見るは彼女らだけである。

 世界は静寂に満ち、砂漠を吹き渡る風だけが時折、耳に刺激を与え行く。二人は空を見上げ、緩やかに流れる時間に身を任せる。

 「何を考えてるの?」
 「何も。たまにはこう言う日があってもいいだろう」
 「そうね。私は、けっこういつもバタバタしてるからなー。」
 「そうなのか?」

 普段の自分を思い出し、苦笑する花陵。こんなにも穏やかに、ただ時の流れに身を任せるのは何時以来のことだろう。これもヤガミと一緒な所為だろうか。そんな花陵を穏やかな視線で見つつ、ヤガミは花陵に対して抱いていた印象との齟齬を感じつつ、先を催促する。

 「そう、そう。この間も、ボンダンス踊ってはしゃいでたの!」
 「盆踊りか? そりゃ気が早いな」

 盆踊りといえば、8月である。ヤガミの常識からするとおかしなことこの上ないが、このNWの藩国はそれぞれ独自の祭りを開催している。ボンダンスというのも、その一つなのであろう、と納得しようとする。だが、それも次の一言で崩されることとなる。

 「あのねー。詩歌藩国民は全員で、だったのだよ! お尻に、痣とか出来ちゃって!」
 「………祭りか」

 全員で、というのはそういう国民性だと考えればいい。だが、盆踊りで尻に痣とはどういうことだ。ヤガミは想像しようとするが、脳細胞の拒絶に遭い断念する。代わりとばかりに眉間に皺を寄せる。

 「なんだそりゃ」
 「あ。これこれ!」

 話の飛ぶ子だ、と内心で微笑みつつ、花陵の指先を見る。つままれた指輪には暗い為にはっきりとは判らないが、蛇らしきものが意匠され、不思議な雰囲気を発している。以前、小笠原で会った時に蛇で一悶着あったので、対策として作ったのだろうか

 「蛇だな」
 「ふ、ふふー。いいでしょ!これ、作ったのよー。函ゲームをしてね。」
 「へえ。 ま、今度明るいところでよく見せてもらおうか」

 なんとなく話しを合わせることもできるであろうに、暗くてちゃんと見えないゆえにやんわりと断るヤガミ。そこに彼の誠実さがある。

 「あのね。これ、ヤガミ貰ってくれないかな? そのつもりで、作ったの。」
 「分かった。貰っておこうか」

 こちらの様子を恐々と伺うように見る彼女に、快諾の笑顔を送る。

 「よかった! 耐久が上がるのよ! これで、少し安心だよ!」
 「おいおい。 さすがに危ないものは食べないぞ」

 ………耐久か。そう言えば、以前にもえらく心配されたことがあった。あの時は花陵以外の二人にも心配されたことから考えれば、自分は一般的に虚弱体質と見なされているのだろうか。心中、なんだかなーとは思いつつ、花陵の照れた笑顔を見ているとどうでも良くなってくる。彼女が心配してくれているのは本心なのだろう。それはつまり、喜ぶべきことであり。口元がゆるい曲線を描いて行く。冗談の一つでも言わないと、照れくさくてたまらない心境だった。

 「知ってる。私も、拾い食いはしないようにしてる。 でも、ほら怪我すると痛いし!」

 冗談をまともに取られ、ついつい笑ってしまう。改めて目の前の彼女に純粋さに、笑みを深くする。彼女の裏表の無さが、ひどく心地よい。

 「そうだな」
 「でも、道のつつじの蜜はこの間、ちょっと吸ってみた。甘かったよ! ちょうど、今、咲いてるのよ。」
 「危ないんじゃないか?種類によっては」
 「へ?だめなのあるのだっけ?」
 「毒性持つのがあるな」
 「あるのか…知らなかった…」

 驚いて唖然とする花陵を落ち着かせるように、頭を優しく数度叩く。同じことをして子供扱いするな、と怒る者も居たが彼女は特になんとも思わぬようだ。そのことを嬉しく思う。ヤガミには自分は女性の扱いが下手だ、という思い込みがあった。


 「今度から、気をつけますー。 何だかなー。毒もったのがあるとは、ほんと知らなかった。」
 「どんなつつじにも毒はあるが、レンゲツツジが一番だな。羊とかだところりと死ぬ」
 「こ、ころり…」

 先と同じように青くなる花陵。見ていて興味が尽きないという風情でヤガミは彼女を見ながら笑い続ける。毒と言っても量次第であり、また量加減さえ間違えねば薬にもなる場合もある。

 「他も、山で取ったのを勝手に食べた時が… 木苺とか…」
 「ま、少しくらいだ。死にはしないさ。あの花の蜜をコップ一杯集めてあおるとあぶないが」
 「あ!今、ピンピンしてるから、大丈夫だったのだね!」

 耐えられないとばかりに、身を折ってヤガミは爆笑する。彼女の表情がころころ変わる様がおかしくてたまらない。

 「なによー。でも、可笑しいか。 や。見ると、美味しそうだから。ついね!」
 「そりゃそうだな。まあ、ヘビイチゴや木苺くらいなら大丈夫だろう」
 「へびイチゴは、美味しくないから食べないー。」
 「まあ、知識があるならいいんじゃないか?」
 「あと取って食べたのは、むかごくらいだから、大丈夫よね。 あのねー。その、むかごの色と模様が、たぬきの顔みたいで面白かった!」
 「ははは。 居酒屋でたべたなあ」

 炒って塩をさっと振り掛けたむかごが脳裏をよぎる。酒のつまみに丁度よいあのお手軽感は堪らない。

 「むかごは、美味しいよねー。」
 「ああ。 ヘビイチゴはそうだな。ジャムにしてたな。ああ、あと酒につけてた」」
 「居酒屋かー。今度、行こうか?」
 「そうだな」

 首肯し、快諾する。呑むのが好きな彼にとっては、願ったりかなったりとも言える希望だ。

 「もっとも俺は安酒専門だぞ?」
 「いいよー。いいお酒は、私も飲みなれてないって!」

 再度笑いあう二人。砂漠に響くは二人の楽しそうな笑い声。

「ふ、ふふ。楽しみー。」
「変な奴だな」

 ヤガミとの約束を取り付け、花陵は本当に嬉しそうに笑う。その笑顔はあどけなく見えるも、可愛らしく映る。

 約束。それは未来に向けての確定した楽しみが増えることである。どことなく、花陵の気持ちに引きづられるようにヤガミの態度も心なしか優しさを帯びている。


 「だって、ヤガミと一緒だよ? 楽しみだってー!」
 「ははは」
 「ね。ヤガミも楽しみでしょ?」
 「どうかな?」

 花陵のはしゃぎ様が伝播したかのように、ヤガミのテンションも上がる。子供のように、花陵をからかう。だが、それも一瞬のこと。

 「ま、そうだな。楽しみだ」

 照れ隠しなのか、花陵と視線を合わせずにひどく優しく言う。好意を持つ人と呑むことが楽しくない筈が無い。ましてや、かつて火星の海で共に戦い抜きまた再会した彼女となら、言わずもがなである。

 「よーし!行ったら、一杯のーむーぞー。 って、言っても、すーぐ眠たくなるんだよなー。」
 「ははは」
 「大分、前よりは、飲めるようにはなったのだけど、ね。」
 「ま、自分のペースで飲めばいいさ」

 楽しむ為に呑むのだから、無理はしない。ヤガミは当然の如くに言う。

 「焼酎の40度越えるのも、飲めるのだよ。 すごく、香りがよくってー。」

 呑み話が盛り上がり、胸を張る花陵を見てヤガミは今日何度目かの違和感を感じる。

 「今日ははしゃいでるな。何かいいことでも?」
 「ヤガミと、会ってるでしょー。だからだよ。 なかなか、会えないからー。ついつい、ね。」
 「そうか」
 「うん。楽しいから、ついついねー。」

 ………前からそうだったっけ・・・。最初の二回は他にも人が居たので、素では無い為、あまり参考にはならない。そうなるとハイキングの時か、と思考する。

 「うん? ハイキングの時は、歌がでちゃったり、ね!」
 「そう言えばそうだったか」

 難しそうな顔をするヤガミを見上げ、花陵は笑う。ヤガミと会えることの嬉しさが伝わるように、精一杯の笑顔を彼に向ける。それに応えるかのように得心の行ったヤガミが笑みを返す。

「よし、じゃあ居酒屋だ」
「はい!」

 一時の微妙な空気を振り払うように、元気な声が砂漠に響く。居酒屋で一緒に飲むという約束と楽しく過ごした今日と言う日。当初の目標である指輪の譲渡も果たし、花陵は幸せ一杯であった。

 見上げる夜空は星と月が今も二人を見下ろし。その輝きは二人を祝福するかのようで。

 花陵はもう一度、自分にできる最高の笑顔をヤガミに贈ることにした。

※1・・・http://www25.atwiki.jp/is_sevenspiral/pages/318.html参照。西国の砂漠もかつては森に覆われた土地であったらしい。宰相府藩国は西国である。
※2・・・北国人の要点
※3・・・http://www.alfasystem.net/novel/etc/return/19-3.htm 元は田辺の掛けていた眼鏡である。



お世話になっております。依頼いただきました品をお持ち致しました。
よろしくお願い致します。


作品への一言コメント

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  • 刻生・F・悠也さんへ。もう。もう。もう。ヤガミがログよりも、2割増しくらいやさしくって、うわ~。うわ~。です!でもって、「危ないものは食べないぞ」は、冗談だったのか!!と、今更ながら思ったり(笑)すてきなSSを書いてくださって、ありがとうございました! -- 花陵@詩歌藩国 (2008-09-09 00:01:46)
  • 喜んで頂けて幸いです。少しでも、元気が出たようであれば書いた甲斐がありました。ヤガミが2割ましで優しく感じるのはまぁ・・・ヤガミは不器用ですからということで。(彼、女性相手にはかなり気を遣っていると思います) -- 刻生・F・悠也 (2008-09-14 22:09:48)
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最終更新:2008年09月14日 22:09