経@詩歌藩国様からのご依頼品



 小さな約束


 岩崎はふうと息を吐いた。
 息が白い。
 久々に感じる、皮膚をピリピリ刺すような冷気。
 ずっと南国にいたからなあと岩崎がぼんやり思っていたら、息を切らせて走ってくる人影があった。
 約束していた相手だった。


「わあ、ええっとすいません! コートとか取ってきます!!」
 約束の相手……経は岩崎の顔を見た途端慌てて回れ右をしそうになったので、岩崎は苦笑して「やー。夏だけど、涼しいねえ」と言って手を振った。
「あ、いいよいいよ。最近南国にいたから、忘れていただけさ。すぐ慣れるよ」
 岩崎がそう言うと経は「ほんとに大丈夫ですか?」と尚も心配そうに顔を覗き込んできた。
 岩崎は笑う。
「実は僕ぁ、青森の生まれなんだよ」
「えーと、はい。寒いところなんですね」
 岩崎の言葉に経はキョトンとして首を捻っている。
 ああ、そう言えばアイドレスの世界は自分の世界と逆で、北の方が暑くて南の方が寒いんだっけ。
 岩崎は笑った。どうもややこしくていけないな。
「あー。そだね。うん。ごめん」
「いえ、寒いところもあるとおもいます。山あいとか!」
 経はやっぱり分かっていないようだが納得してくれたらしい。
 素直なのはいいなあ。岩崎は素直にそう思ったが、今は黙っておく事にした。
「ははは。いいさ。で、えーとなんだっけ」
「あの、いまFVBでエクウスとジャスパーと、それとターニさんがいるぽいのですが」
 ああ。
 岩崎は納得した。
 今FVBは国民がゾンビ化して大変な事になっていると言うのは岩崎の耳にも届いていた。
「ああ。うん。もちろん知ってるよ?」
「なんとか助けになりたいのです。死なない範囲ですけど……」
 経は小さい声で「すいません……。ボクはよわっちいので」と付け足しながらそう言った。
「一応知り合いで強いのには頼んだので、大丈夫とは思うんだけどねえ」
「それなら良かったです。他にもACEの皆さんがいるみたいなので」
 そう言いながら経はゴソゴソと何かを取り出した。
 取り出したのはコロンとした石のついたペンダントである。
 経は頬を赤くして笑った。
「それでもお守りだけは作りました!」
 自分は弱い弱いと言っていながら頑張ったんだな。
 岩崎はそれを微笑ましく思って思わず笑みが零れた。
「そうだね。ありがとう。いまつけても?」
「はい、受け取ってくれてありがとう……」
 経の手から受け取って、首にかけてみる。
 ストンとした重さが心地よかった。
 経はそれを見て顔を赤くしたり隠したりしている。
「まあまあ似合うと思うけど?」
「うん、すてきです。あ、あのそうなんといったらいいか」
「男の人にアクセサリーを渡したのは初めてで、その」と言いながら、ポッポと湯気が出そうに喜んでいる経を素直に「可愛いなあ」と思ったが、それは口に出さないで置く事にした。
 好意は思って大事にするものであって、口に出すものではないと思ったから。
「嬉しいよ。お礼はキスで?」
「えええ――!!」
 経は今にもひっくり返りそうな顔をしたので「冗談が過ぎたな」と少し反省した。
「冗談だよ? ごめんね。お礼は、また今度」
「えっと、無事で過ごしてくれるならそれでいいです」
 経は手をパタパタさせてそう答える。
「それが一番難しいんだけどねえ」とは、意地悪になるので言わないでおく事にした。
「岩崎君が幸せそうなの見ていると、ボクも嬉しくなります」
「それは良かった。幸い僕はいつもしあわせなんだ」
「えへへ。それならよかったです。嬉しいです」
 素直だなあ。
 岩崎は思わず頬を赤くして照れた。
 話を変えよう。
「どこかいきますか?」
 岩崎の声にポッポと湯気出して照れていた経の顔が素に戻った。
「えっと、サファイアラグーンで散歩とかしたいです。水辺がすきなんです」
「いいとも。じゃ、いこっか?」
「はいッ」
 経は「案内しますね」と岩崎の手を取ろうとしてためらって手を隠した。
 別に手を繋いでも構わないのに、と思ったが口に出すのも無粋なので黙っておく事にした。
 経が嬉しそうなのが嬉しい。今は彼女が好きなようにしようと、岩崎はそう思う事にした。


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 サファイアラグーンは詩歌藩国が最近作った温泉施設であった。
 この所どの国も金銭難に陥っていたから娯楽施設建設は必然であった。
 まあそんな裏事情はさておき、北国で温泉に入ると言うのは乙なものであり、ここもそれなりに人が入っていた。
 経に案内され、岩崎は水着をレンタルした。
 経と待ち合わせしていたら、経はワンピース型の水着を借りて出てきた。
 岩崎は何となく見てはいけないものを見たような気がした。
 経はそんな岩崎をキョトンと見ている。
「なんだか妙な気分だね」
「そうですか? 中は暖かいですよー」
 そうではなくて。
「ああ、いや、うん。そだね」
 水着と言うものは罪なものである。
 例えどんな柄やオプションがついていても、体のラインは露骨に出る。
 それを知ってか知らずか、経は嬉しそうに岩崎の横に寄ってきた。
「ええと、いきなりですが! ボクは岩崎君大好きなのですが、男の人に慣れてないので、こう、徐々に仲良くなりたいです」
 無防備だ。
 岩崎はそう思ったがいつもの笑顔で誤魔化した。
「うん。まあ、同じこと考えてた。大丈夫」
 経はそんな岩崎の反応にもう一度キョトンとした顔をした。
 ボク、岩崎君に何か失礼な事したっけか。
 彼が目線を合わせてくれないのが気になったが、横に行っても避けるようにはしないので、多分大丈夫なのだろうと思う事にした。
「ありがとうです。なんかいろいろごめんなさい。でも、がんばります! なにかはよくわかりませんが」


 そう言いながらも、二人はお湯に浸かった。
 外の寒さとは打って変わって、お湯は温かい。
 体の芯までほっこりとしてくる。
「湯加減はどうだい?」
 岩崎はようやく経と目線を合わせた。
 お湯に浸かってしまえば体のラインは見えない。
 経は嬉しそうに岩崎を見た。
「はい、気持ちいいです。息苦しくないですし」
「うん。そうだ、帰りに温泉卵を買って帰ろう」
 岩崎は立ち上がり、岩の上に腰掛けた。
 足だけはお湯に浸かっている。温まった体を湯気で少し冷ましている。
「いいんですか? わーい、ありがとうございます。その場で食べる人用のカップもあるんですよー」
 経は嬉しそうにぱしゃぱしゃと岩崎の下に寄っていった。
「へえ。というか、ほんとに温泉地だね?」
「えーと、他の藩国の温泉地って行ったことはないですけど、こんなかんじでしょうか」
 経も立ち上がって岩崎の腰掛けている岩に座った。
 岩は小さく、岩崎とはくっついている感じになった。
「あ、いや、うん。そうかも」
 そう言えばアイドレスではあまり旅をしてないかもな。岩崎はそう思った。
「旅をするのって楽しそうです」
「そうだね。僕も遊牧民族らしく旅してみようかな」
「そうしたら旅の話を聞かせてくださいね」
 経は振り返って言った。
 背中越しにしゃべるのは、互いの体温が伝わって心地いい。
 岩崎も振り返ると、微笑んだ。
「もちろんさ」


 お守りをもらったお礼がしたかったけど、生憎水着にはポケットがなかった。
「帰るときにね」
 そのお礼の話は、また後日。




作品への一言コメント

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  • ありがとうございます。岩崎君が紳士です!萌えました。 あと、自分の挙動不審なところが可愛く書かれていて、照れました。ありがとうございましたー!! -- 経@詩歌藩国 (2008-09-23 23:29:43)
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最終更新:2008年09月23日 23:29