セタ・ロスティフンケフシミ@星鋼京様からのご依頼品



夏の園、とある一軒屋
熱い日差しの中、老人が黙々と庭の花壇の手入れをしていた。
麦藁帽を被り手ぬぐいを巻き、流れ落ちる汗を絶えず拭きながら黙々と。
その庭の中央には卓と2脚の椅子が置かれている。
内一つに黒いドレスを着た少女が腰掛けていた。
光を吸収する黒を纏っていながらも、汗一つもかかずに座る少女。
その様は少女の周りだけ冬なのではないかと思わせるほどだった。

何も語らずただ剪定をしていた老人がふと少女の方を見た。
黒い服であることを見て、心配そうに声をかけた。

「クロ、暑くはないかい」
「はい。大丈夫です」

汗を一つもかいていない様を見て、確かなのだと老人は思った。
発汗機能に異常はないから、実際暑くは無いのだろう。
ドレスにかけた細工が上手く行ったと老人は喜んだ。

しばらくして、老人は喉の渇きを覚えた。
少女はどうだろうと聞いてみる。

「クロ、喉は乾かないかい」
「はい。先程いただきましたから」

やはり汗をかかなければ喉も渇かないのだなと老人は思った。
これでこそ成功と言うものである。老人はまた喜んだ。

剪定を続けているうちに、ふとした疑問が老人の中に沸き起こった。
先の問い掛けとは色が違う、今聞くことではないかもしれない。
でも、聞くことが大事だと思った。
だから老人は少女の方を向いて、聞いた。

「クロ、今幸せかい」
「…………はい」

言い淀むことがなかった娘のその顔は、いつもとあまりにも変わらなすぎて、
それだけが老人の、宰相の胸を痛めた。



『Vor einer Stunde〈一時間前〉』



宰相にはいくつかの趣味がある。
娘のためにI=Dを改造したり、
娘のためにちょいと現場に出向いてみたり、
娘の将来を案じてやきもきしたり、などなど。
娘ばっかりなのは仕様らしい。
娘が関わらないものであれば数少ないが、ガーデニングがある。
何せ宰相府にそびえる四季の庭園はその趣味の産物である。
その関係もあって宰相はいくつかの庭付きの別荘を持っている。
勿論先述の通りガーデニングをするためであるが、
誰にも聞かれたくない話をしたい時や、娘がそのために使う時にも使われる。
今日もそのために宰相は夏の園の別荘に来ていた。もっとも、使うのは娘だったが。

宰相はガーデニングの手を休めて娘を見る。
元は第二王女だったが、今はクロと呼ばれているその娘を。
美しい黒髪にその髪と同じ色の服を纏う、美しい少女。

少女、そう少女なのだ。まだ。

嫁にやるには少々早すぎたかな、と今更ながらに思う。
嫁にやったことは後悔していない。良い所に嫁がせてやれたと思ってさえいる。
しかし、ただもう少しだけ、情緒面の調整をしてやりたかったと思うのだ。
これは、ふと浮かんだあの問いを思いついてしまったから、浮かんだ考えだろう。
本来なら考えもしなかったはずだが、もう考えてしまった。
考えてしまったからには、仮定が浮かんでは消えてゆく。

こうしていれば、もしかしたら先ほどの問にも何か違った答えが返ってきたかも知れない。
こうしていれば、もう少し表情も変わっていたのかも知れない。
こうしていれば…………

「宰相?」

問い掛けを止めた宰相を不思議に思ったのか、クロがその顔を覗き込んできた。
不意をつかれて驚いた訳ではないが、宰相はその動きを止めた。
そして、ゆっくりと頭を振る。

何を馬鹿なことを考えたのだ。
そう思ったのである。

花と同じ、いや美と言うものと同じではないか。
誰が、何の、誰の、どこをどう愛でるか。
それは個々人それぞれに異なっている。
そしてそこに在るものはもう在るものなのだ。
誰にもそれを変えることはできない。出来るのは愛でることだけ。
この子は愛されている。それで十分なのだ。
もう自分が干渉することではない。

「いや、なんでもないよクロ」

まだ不思議そうな顔をしているクロの頭を撫でてやる宰相。
もしかしたら不幸なのでは、と考えるのは自分のする仕事ではあるまい。
そうだと明らかにわかってこの子が助けを求めたりしない限り、自分はもうすることは無い。
出来るとするなれば、自分もこの子を愛でるのみ。
そうと決まれば、やることは一つしかない。

「さて、まだ時間はあるが、どうだね、花の手入れをしてみないかな?」
「……いつも見ていて、興味がありました」
「それはよかった。ではこちらにおいで」

まぁ、この後フシミが不甲斐なければ喝を入れるくらいは許されるだろう。
クロに鋏を持たせつつ、宰相はそう思った。
そして時計を見る。

フシミが来るまで、あと1時間。
少しはこの老人も楽しんでもいいだろう。

「さぁ、その枝を切ってごらん」


やはり喝を入れることになるまで、後3時間



/*/


<おまけという名の本編>


俺の名はセタ・ロスティフンケ・フシミ。藩王だ。
気軽にフシミとかフシミさんとかと呼んでもらっていい。セタは皇帝思い出すから×。
まぁ、何が言いたいかって言うと、王様な訳ですよ。一応ね。
王様ですよ王様。えらいわけですよ。大分。
まぁ、王様ですから、関係ないかもしれないけど王様ですから、大人ですよ。
あ、そうそう。妻もいるんですよ。結婚できる大人なわけですよ。
うん、えらい大人だってことが言いたいんだ。長くってすまない。

いや、誰に言っているわけじゃないけどね。
第三者にでも言わないとこの状況を整理できないと思ったのさ。
何がっていうのは、まぁ、話が進めばわかるだろう。

で、今日は妻に会いに来て、久々に語らいを楽しんでた。
まぁ、最近ちょっと凹み気味だから少しは駄目なところを見せたかもしれない。
見せたかもしれないけど、もうクロに怒られてるようなもんだったわけですよ。
妻にそんなところ見せるのがあかんかったのかもしれんけどね。
まぁ、俺は特に悪いことはしてないと理解して欲しい。うん。

なのに、なのにですよ

「さて、なんで座らされてるか分かるかね?」
「は、はい」

何故マジ説教モードですかお養父様。



『Eine Stunde spater〈一時間後〉』



あ、なんか雰囲気でお養父様って言っちゃったよ。違うのに。
いや、っていうか、2○才にもなって正座とか、恥ずかしいんですけど……

「聞いているのかね?」
「はいっ!」

反射的にピシっと伸びる背筋。
ヤバイヤバイ。ってそんなにやばいことしたか?俺。
妻はまだ泣かせてないです。泣かせてないですよ宰相。
あれか、なんか不遇に見えたのか。
いや、見えるだろうけどっていうかそれならもう自分で猛反してますよ。
妻に、しかも年下の妻に怒られるって結構堪えますよ。
……ええと、こんだけ考えてるんだから何か言ってください宰相。
沈黙がアホみたいに痛いです。
足も痛いです。

……まぁ、通じないですよねー。


―――10分後


「…………」
「…………」

沈黙続行中。
正座してるだけってすごい汗かくんだね。お兄さんいいこと知ったなぁ。
じゃねぇよ。何この拷問。死ぬ。俺死ぬ。
これが根源力死ってやつか?いや、普通に俺今根源力低いからちょっとの制限で死ぬんですが。
さ、宰相っまさかそれはかけてないですよね?
……まぁ、死んで無いからそれはないだろう。うん。


―――『さらに』20分後


「…………」
「…………」

俺新しい発見した!
これ多分テレパスで会話しろっていうテレパス送られてんだよ!
間違いないね。うん、俺天才。
で、テレパス受信できないからわかんねーってオチだよ。
5分番組っぽくて非常にいい落ちじゃないか。
それに気付くのに30分かかるってバカだなぁ俺。HAHAHA

「…………」
「…………」

すみません調子こきました。許してください。


―――『さらに』30分後


えー、計一時間経過したっぽいです。
足はもう感覚が無い。ちょ、これ立てない。
しかも滅多にしないすごいピシってした姿勢だから背中がっ背中がつる。
でも崩せない。
宰相の顔が微笑んではいるるものの、目が笑ってないから。
怖いんです宰相。メッチャ怖いんです。
緊張と恐怖とで背中は冷や汗でぐっしょりだ。
いやしかし、しみじみと今クロがいなくてよかったと思う。
ついでだからこの状況について話そう。

一時間正座してはいるが、外にいるわけではない。
宰相の用意してくれた家に入って食事をして、お茶をしていたのだ。
で、まったりと幸せを噛み締めていたら

『クロ、ちょっとセタ君を借りていくよ』

と宰相に別室に連れて行かれ、茶室みたいなところに座らされ、冒頭の宰相のセリフに戻ると。
つまりクロはまだ居間でお茶をしている(予定)なのである。
何があったのかとか見に来ないあたり、大事な話なのだろうと思われてるのだろう。
というか、先ほどクロに相談したことについてレクチャーされてると思われてるのだろう。
そういった事情を鑑みて、今更ながらにして思う。
あんなことクロに言うんじゃなかった……っ!
そうしていたら今頃遅いなーと思ったクロが様子を見に来てくれていた(はず)だ。

まぁ、そのために来たんだし、説教あるとか予測できないし、仕方ないっちゃ仕方ないか。
……よーし、考えは尽きたし、宰相が動かないのであればこちらから動こう。

「宰相、申し訳ありませんが、」
「何かね?」
「先ほどは座っている理由を分かる、と言ったものの、実のところ心当たりがありません。
 これだけ長い間座っていてもその理由が見つかりません」

一時間も正座して逆に肝が据わったのか、自分でも驚くほど滑らかに口は動いた。
普通ならもっと早く聞かなければならないことである。
この状況において相手の激怒を誘うセリフ第一位に輝くこと間違いないだろう。
しかし分からないのは事実である。検討はなんとなくついてはいるが、それだけだ。
まずはそこを明らかにせねばならない。

「……それを今聞くことこそが、とは思わないかね?」
「……思います」

しかして、俺の決意は宰相の重い一言で粉砕されたのだった。
重い、重いですよ宰相。
あまりの重さに思わず頭も垂れそうになる。

「……クロを不幸せにしているとは、思いたくも無いが」

ビクッと身体が反応する。
下がりそうだった頭も反射的に上がる……かと思ったが重いので下がったままだ。
や、やっぱりそこですか……

「……どうだね?」
「…………自分が不甲斐ないせいで、拗ねさせてしまったのではないかとは思います」

ふー、言葉を出すだけでもこの労力、寿命が縮まるな。
っと、い、いかん!ここで切ったら間違いなくそれが不幸だなと言われてしまう!
言葉は切ってはいけない。動け、俺の脳、俺の口っ!

「ですが、いつも妻を幸せにと、そう思っています」
「そう思いながら、クロのことを愛しています」
「その結果が不幸せに繋がってしまったのであれば、それを変えるために全力を尽くします」
「私に言えることは、それだけしかありません」

言い切った、言い切ったぞ。
沈黙が重くて重くて重すぎて、宰相の目をまともには見られないけど、言い切った。
これが俺の本心である。もうこれ以外に無い。
これが認められなかったら、どうしようもないくらいのものを出した。
宰相、これで、認めてください……

「……分かっていればよい」

ふっと、今まで感じていた圧力のことごとくが軽くなった。
宰相の声も心なしか、というか実際に柔和なものに聞こえた。
軽くなった圧力に従って顔も上がる。
そこにはいつもどおりの微笑を浮かべた宰相が居た。

「あ、あの……」
「何、少し気合が足りないようだからね。お灸の代わりにはなっただろう」
「は、ははは、ははははは……」

さ、宰相も人が悪い。今までずーっと、試していたのだ。
……いや、試されるようなことをした自分の方がこの場合悪いのだろう。
だからこれは、もうこんなことをしなくてもいいように気合入れろよコノヤローとのメッセージなのだ。
大いに意訳しているが、多分間違いない。

……多分。

「さてと、そろそろ戻らないとクロも心配するだろうね」
「は、はい」

確かにその通り。なんだかんだ言ってももう1時間たってしまっているのだ。
まぁ、とは言ってもこの足じゃしばらくは立つことすらままならない。
すぐにというわけには……って、あれ?宰相、立てるんですか?

「それじゃあ先に戻っているから、ゆっくり来るといい」

そう言って宰相は『ニヤリと笑って』そそくさと出て行った。
ま、まさか、いや、あの笑みは間違いない。
は、謀ったな!謀ったな宰相ー!

そう叫ぶことも出来ず、追おうとして伸ばした手も空を掴むばかり。
そして足は、感覚がないくせにちゃっかりと電流が走っていた。
宰相ははじめっから、これを目論んでいたのだってイテェっ!

あー、く、クロ……助けてー!

叫ぶわけにもいかないその心の叫びは、俺の中でむなしく響いた。
そして、足には無限に電流が走り続けた……あ、ヤベ少し動くと、ギャー!


結局、感覚が戻ってクロのところに戻れるようになったのは、それから1時間後のことであった……




作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

名前:
コメント:


ご発注元:セタ・ロスティフンケフシミ@星鋼京様
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=1011&type=949&space=15&no=



引渡し日:


counter: -
yesterday: -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年09月01日 10:21