瀬戸口まつり@ヲチ藩国様からのご依頼品
プロポーズと秋の空
「初めて来る場所…」
天領宰相府藩国、秋の園。
宰相府に再現された春夏秋冬の一画、他のエリアに比べてもどこか和風な佇まいを見せるここは地下環境にあることを感じさせないほど、高く澄んだ空をもっていた。
秋の一日に相応しい穏やかな日差しの降り注ぐ中、まつりは恋人の姿を求めて少し背伸びして遠くを眺める眼をした。
スカートの裾がふわり、長い髪と一緒に秋風にゆれる。それが元通り落ち着く前にまつりの背後から優しく腕が回された。
「手伝ったんだろ?
ここの造営」
「え?いいえ?」
間近から悪戯っぽい響きの落ち着いた声が耳をくすぐる。
例え戦場の轟音の中でも聞き違えるはずのないその声。『お耳の恋人』瀬戸口 高之がその声と腕の主だった。
まつりは突然現れた恋人に少しどぎまぎとしながらなんとか答えを返す。高之を間近に感じられのは嬉しいのだがちょっと心臓に悪い。
「えーと…造営の手配…のお手伝い?」
「?」
「なにかわからないことがあったら聞いてくださいな」
「聞きたいことは特にないな」
先程より近くに感じる吐息と囁き。まつりが首をひねってその顔を視界に納めようとするとその唇に軽くキスをされた。
「んー…不意打ち…」
小径を行き交う観光客が二人に冷やかすような視線を投げかけていく。だが、二人ともお互いから離れる気は皆無なようだった。
まつりは視線に頬を染めながらも前に回された高之の腕に手を添えたままじっとその体温と匂いを感じていた。
「えと…少し人の少ない方へ行きません?」
「そうだな」
「はい」
どのくらいそうしていたのか、高之はまつりの身体に回していた腕をするりと解くと代わりに手を取って歩き出した。
見上げる横顔は喜色満面といった感じで足取りは軽やか。自然とまつりの顔にも笑みが浮かんだ。
「怪我なんかはなさってないみたいですね。よかった」
「俺が?」
意外そうな調子で言ってまつりの方に顔を向ける高之。
「ええ。大規模な戦闘があったと聞いたから。
誰がどこで怪我をしていてもおかしくないって」
「ん。ま半分くらいとんだな」
「うー……でも貴方が無事でよかった…」
安堵と愛情を込めてまつりは繋いでいた高之の腕にぎゅっと抱きついた。高之は朗らかに笑っている。
「えへへ。高之さんは秋がお好きなんですか?」
「ここは日本風でな。
団子、茶屋」
高之は団子のところに力を込めて目を輝かせた。どうやらここを選んだ理由の一はそれらしかった。
普段は飄々として軽薄そうに振る舞うのが常の彼だけに、こんな風に無邪気なところを見せてくれるのが嬉しい。まつりは腕を抱いたままくすくすと笑い声を上げた。
「お団子?」
「嫌いか?」
「いいえ。そんなことないですよ。食べに行きましょうか」
しかし高之は悪戯っぽく笑うと人目を気にしないで良さそうな位置にあるベンチを見付けてまつりを誘った。
「団子よりまつりだ」
まつり→団子→紅葉。彼の中の優先順位はこうだったらしい。頬を染めてうつむくまつり。
「なんか…言葉が出なくなっちゃった」
まつりは高之の隣にかけるとその身体に腕を回してもたれかかった。さっきまでよりずっと強く感じるその匂い、眼差し、それから温もり。
高之は微笑んで、壊れ物に触れるようにそっと、大事そうにまつりを抱きしめた。
(顔を上げたらキスしてくれるかしら?)
触れる腕がもどかしい。もっと彼を感じていたい。
まつりが微かな期待におののきながら瞳を閉じて顔を上げると高之は心の声を聞き取ったようにその唇に優しくキスをした。
「高之さん…大好き……」
「俺も、愛している」
蕩けるような幸福感に頭の芯が痺れそうで。高之の声はまるで夢の中に響くかのようだった。
だがその夢見心地も高之が発した次の言葉で一気に吹き飛んでしまった。
「そうだ。
就職した」
「わ!
おめでとうございます…って変ですね、なんていうんだろう。
よかった!かしら」
先程とは別種の喜びで。
「ああ。秘書官って奴だ」
「~~~~~!」
さらりと言った高之の顔を見上げて声にならない驚きの表情で固まるまつり。
言うまでもなくこの場合の秘書官とはシロ宰相の下庶務一般から戦闘までを取り仕切る部署である。
「…えっと。宰相府?」
「ああ」
「(なんて言おう…)あの、つまり。
同じ職場、ですよね?」
恐る恐る確認するかのように問いかけるまつりに高之は至って明朗な笑顔で答えた。
つまりはそういうことであった。
「いやか?」
「びっくりした……いいえ。
えっとね……制服似合うだろうなってこっそり思ってました」
両腕で抱きついて喜びを表すと高之は嬉しそうにキスで返した。
「ま、精々がんばって金ためるよ」
「嬉しい…わたし顔が真っ赤でしょう?」
朱に染まった頬に手を当ててまつりはにっこり微笑んだ。
職場が同じになれば共有する時間は飛躍的に増える。勿論仕事だから言葉を交わしたりする暇はそうないにしても、彼と同じ空気を感じられるという予感だけでまつりはうっとりとした。
「秘書官は忙しいから。すぐですね。
それって騎士団というのとは違うんですよね?
よくわからないけど」
「俺は第二騎士団だから、お前さんと同じだ。
もっとキスしても?」
「そっかぁ…はい。
たくさん」
恥ずかしげに頬を染めて一度うつむき、瞳を閉じて心持ち顔を仰向かせるまつり。高之は待ちわびていたように薔薇色に染まった唇についばむような優しいキスをした。
二度。三度。
唇を離して視線を絡ませ、もう一度瞳を閉じて情熱的に長いキスを。
頭の芯が痺れて靄がかかったような陶酔感。閉じていた瞳を開けば歓喜を頬の辺りに刻んだ高之もまつりと同じくらい顔を紅潮させていた。
「…は、心臓がどきどきして…息が苦し…」
恋人と同じどきどきを共有する幸せ。まつりは熱を持った頬をまるで猫がするように高之の首筋にすり寄せた。
高之はまつりをだきしめて応える。
「あやまらないが、心配はしている」
真意を伝えようとするように抱き締める腕が力強さを増す。
「謝らないでいいのよ。
愛してます。私も」
高之はまつりの髪に顔を埋めたまま頷いた。
「うふふ。どうしよう。
嬉しすぎて涙がでそう」
「泣くなよ。
俺でよければ、結婚しないか」
高之はまつりの肩に手を置いて唐突にそう言った。
まつりははっとしたように顔を上げてまじまじと高之の目を見詰めた。顔は相変わらず赤いまま、飾り気のない言葉である分真摯さが伝わってくる。
まつりは突き抜けるような喜びを感じながら言葉を舌に乗せた。答えはきっともうずっと前から決まっていたのだけれども。
「は、はい。
貴方がよければ。も、もらってください」
「ああ。
しまった。いい台詞が浮かばないな」
「キスして」
『愛の伝道師瀬戸口』と謳われた彼も心から愛する人の前では形無し。盛大に照れた上にどこか焦っている風ですらある高之にまつりはくすり、と笑みをもらしてそう言った。
百の美辞麗句より今は一度のキスで確かな愛を。
高之は瞳を閉じたまつりの頬に手を添えると大事そうに、長いキスをした。
「…はぁ。
た、高之さん」
「?」
「あのね、ののみさんはどうするの?」
「養女」
高之の返答は簡潔だった。これもずっと前から決めていたことなのだろう。
「わかりました」
「いやか?」
「違うの、ちょっと心配だったから。
どうするのかなって思ってたの。
急に話をそらしてごめんなさい」
「いや。
ありがとう」
高之は嬉しそうに微笑んでまつりの髪を撫でた。きっと彼女がこう言ってくれることも信じていたのだろう。
まつりも頬を紅潮させたままにこにこと嬉しそう。今や彼女は、心から愛する人々と家族になったのだ。
「嬉しい…」
この喜びを表現するには言葉では足りない。寄り添って腕にしがみついたまつりを見て高之は頬をかいている。
「?変なこと言いました?」
「ああいや。
いやらしい気分になっただけで」
「も、もう」
「いや、だから頬をな」
まつりに軽く肩を叩かれた高之は少しばつが悪そうに再び頬に手をやった。彼も一世一代の告白をクリアして少しばかり調子が狂っているのかも知れなかった。
「わ、私もいやじゃないけど。
今ここでは無理です」
「あー。うん」
わざとすねたような声を上げてぷい、と明後日の方を見たまつりは、そのままこてんと高之の肩に頭をもたれさせた。
高之はまつりの肩に手を回してぎゅっと抱き寄せると心から幸せそうな笑みを浮かべて空を見上げた。
いつの間にか茜色に染まった空は何処まで高く澄んで見えて。
茜色に映える鮮やかな筋雲に見下ろす小さなベンチで、二人は何時までも寄り添って温もりを分け合った。
作品への一言コメント
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- ど、どうでしょうか~。一生一度のプロポーズと言うことで力の限り書いてみたのですが…。ご依頼いただきありがとうございました_(_^_)_ -- 久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 (2008-08-26 00:24:21)
- (照々) うっとり度とロマンス度当社比160%という感じですー らぶらぶに仕上げてくださってありがとうございました。読み返すたびに一人でによによしそうです(*ノノ) -- 瀬戸口まつり@ヲチ藩国 (2008-08-27 22:26:52)
引渡し日:
最終更新:2008年08月27日 22:26