小笠原SS 黄金の髪の美しい人
いくらか昔の話になる。
それはまだ、葉崎京夜がただの希望に過ぎなかった頃の話。
世界を救うために送り込まれた、ひとつの異分子であった頃の話。
「この戦いが終わっても、貴女は戦い続けるのですね」
TAGAMIの髪に手を触れて、京夜の介入する義体がそのように訊ねた。無理だということがわかっていても、この言葉を、あるいは感触を――そのままに伝え、感じることができればどれだけいいだろうかと考えながら。
黄金の髪の人は、ゆっくりとひとつだけうなずいた。
迷いのない、ずっとそれが当たり前だったとでも言うような、そんな顔だった。
「私も連れて行って欲しい」
京夜はそう伝えた。
「危険も困難も限りないでしょうが、だからどうした。私は、貴女の力になりたい」
偽りのない、まっすぐな京夜の想いだった。もしも彼女が望むのなら、自分はたとえそれがゲームでなくとも、本当の苦しみや痛みだったとしても、何も恐れることはないのだと。
TAGAMIはその黄金の髪で、表情を隠しただけだった。
沈黙。
――アラートが鳴り響いたのは、そのときだった。
「こんな時に!」
叫ぶ京夜に、TAGAMIはひとつ頷いてみせる。
わかっている――それがこの場所での、自分の役割のはずだ。
揺れる艦内を第二ハンガーデッキまで走る。希望号のフライトチェックを二秒で終え、今は雑念を振り払い、戦うべき海を頭の中に思い描く。
士翼号に搭乗したTAGAMIから、いつものように『よろしくお願いします』と意識化した声が聞こえてきた。
それが彼女の声を聞いた最後のことになる。
その戦闘から、ついに彼女は戻らなかった。
*
光の雪が降っている。
終末の風景の中、再開した黄金の髪の人は、やはり悲しげに微笑んでいた。
京夜は強く手を握り締め、かつてと違い自分の声で、自分の言葉と想いを口にする。
「私が弱かったからだ」
痛みが蘇ってきて、京夜は爪を手のひらに食い込ませることで心の代償とした。
弱かったから。大切な人ひとりすら守れないほどに、弱かったから。
――強くなろうと、決めた。
『あの時の私は恨んではいない』
TAGAMIの思考が伝わってくる。とても暖かく、それでいてやはり悲しげな。ゆっくりとうなずき、微笑み、京夜を見て、
『貴方はここにいる』
京夜はその瞳を見つめ返した。
「ええ、だから、私はここにいる」
自分はあの時から、少しは強くなれただろうか、と京夜は考える。
ただこの人に再会するためだけに、苦労を惜しまず、歯を食いしばってここまで来た。そして再会できた彼女を、自分は今度こそ守れるのか。
その命だけでなく、彼女を悲しませるもの、その全てから。
ひときわ大きな風が吹いた。光の雪が、仄かなる精霊たちが、巻き上がり、空を舞っていく。TAGAMIの髪がなびいて、黄金の軌跡を京夜の網膜に残した。まるで精霊の光を受けたようなその輝き。
決意はその一瞬についた。
「この戦いが終わったら、」
それは、あの時の言葉だ。
あの時、ついに答えを得ることのできなかった――今はもう残滓としてたゆたっているだけの、後悔にも似た、烙印のようなその記憶。
言葉にとどめを刺してしまわなかったのは、きっと、この瞬間のためであるはずだ。
京夜は息を吸い込む。言わなければならない。言うんだ。もう一度、
言え。
「貴女についていってもいいですか?」
……その時の彼女の表情を、京夜ははっきりと覚えている。
今までになく嬉しそうで、今までになく悲しそうな、どこか、ありえないものを夢見ている幼い少女のような。
そんな瞳で京夜を見つめて、彼女は答えた。
『もし本当に、そんなことが、出来れば』
*
出来るはずだ、と京夜はそう思う。
根拠などなかった。けれど――
あの時、できないと決めていたのなら、今ここに自分はいないはずだから。
だから、自分はあの黄金の髪の美しい人のためなら、なんでも出来るはずだった。
根拠などなく。
ただ想いのみがあり。
それが自分をここまで押し上げたのならば、きっと、これからも。
おそらくはそれが――想いを口にすることの価値であるはずだ。
黄金の髪の美しい人――了
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最終更新:2007年10月11日 11:35