日向美弥@紅葉国さんからのご依頼品

/*ほのかに香る*/

 その喫茶店は小さい。もしも商店街の中にあれば左右に挟まれた店舗に隠れて消えてしまいそうなくらいで、よく言えば慎ましく、悪く言えば存在感がなかった。
 しかし、それも左右にのんびりと続く坂道の途中、少し人気の少なくなった住宅地よりの土地にぽつんと建っていればよく目に突く。日当たりのいい一軒家といったおもむきの喫茶店は、周囲を花壇で囲み、季節にあった鮮やかな色合いの花を並べている。蔦はゆったりと伸びて柵に絡まり、その中で白い小さな花がぽつぽつと絵版に落とした絵の具のように咲いていた。
 その上に、霧のようなシャワーが降りかかる。ホースをつかみ、花壇に水やりしている店員は、それで少しは外の暑さも和らげばと祈った。
 店員の後ろを、白いセーターの男が横切っていく。そのまま冷たいドアノブを掴み、冷房の効いた室内に入っていった。
 からんからんと、ベルの鳴る音だけが外に響いた。


 周囲に競合店がない事もあってか、店の雰囲気はのんびりしている。中途半端な位置にあるので大勢の客は見込めないが、その分、近隣の住民がなじみ客として来るのでそこそこの採算はとれているらしい。そのための余裕が、ある種の暢気さともなって、冷房の効いた空気に漂っている。ここで読書をしていたら、どんな本の虫だって三十分で眠りの園に誘われてしまいそうだ。
 もっとも、大抵の場合、程度を越えた魅力というのは眠気を軽く遮ってしまう。
 日向玄ノ丈は窓際に座っていた。二人分のシートが向かい合った四人掛けの場所である。いつもどおりの黒いスーツ姿で、テーブルにはすでにコーヒーが置かれている。ゆったりともたれるように背もたれによりかかっていた。
 向かいに座っているのは、南国人の女性である。長い金髪を背中に垂らしており、表情はいかにも嬉しそうに笑みを作っている。しかしどこか緊張しているのか、次第に小刻みに肩を揺らしたり、意味もなく姿勢を調えたり、あちこちに目をやったりと落ち着き無いそぶりを見せ始める。
 そんな日向美弥の様子を、玄ノ丈はじっと見ていた。少し笑っている。
「え、ええと…顔、なんかついてます?」
 まるで見当違いなことを言う美弥に、玄ノ丈はなんと言おうか考え、あまり素直でない答えを口にすることにした。
「俺が見ちゃ悪いなら。もう見ない」
「わーん、やです」
 そして看板娘はどこかなと目をやろうとして、すぐに美弥の方に顔を戻した。彼女の顔は、この数秒の間に紅潮している。肩を落とし、少しうつむいた。
「照れ隠しです、ごめんなさい」
 だろうな。内心でつぶやきつつ、玄ノ丈は言った。
「からかって悪かった」
 そして微笑み、元気を取り戻した美弥にコーヒーでもおごろうと口にした。すぐに店員にコーヒーを注文し、それから少しだけ彼女から視線を逸らした。
 奥の席に、白いセータの人物が座っている。
 ……。
 息してないな。
「ん、どうかしました?」
 首をかしげる美弥に、玄ノ丈はメモ帳を取り出し、それを見せた。美弥は嘘ーと言う顔をする。別に腹は立たない。どうにも、疑っていると言うよりは、驚いているといった様子だったからだ。現にこちらに向ける眼差しは……ああ、ぐるぐるしている。
「変なこともあったもんだな」
 玄ノ丈は何事もないかのように言った。
「そうですね」
 話をあわせるも未だ混乱している様子の美弥。なんとなくもっと見ていたい気分になる。
 が、そこから特に話が盛り上がると言う事もなく。彼女の心当たりを聞いて、後で調べることで話は落ち着いた。
「……私もいつもいられたら、いっしょに調べられるのに」
 はぁ、とため息をつく美弥。コーヒーカップを両手でとって一口飲んだ。
 残念そう、というよりも、少し寂しそうな匂い。玄ノ丈は笑った。
 元気がないのは良くない。
 話題を変えるか。
「口説いてるようにきこえるな」
 ぴし、と固まる美弥。効果抜群?
 そのまま炉に投げ込まれた石炭のように顔を真っ赤にする美弥。いささかこわばった口調で言った。
「ええと…口説いてるんです」
「同じやつ2回口説いてどうするんだ」
「わーん、だって言ってしまったんですもん」
 ゆで蛸になる美弥。へにゃへにゃである。玄ノ丈は楽しそうに笑む。
「じゃ、口説かれた」
 言葉に詰まる美弥。「あうう……」と煮えた頭をまさしく表すような声を上げてコーヒーを飲んだ。落ち着けー、落ち着けー自分、うわーん無理ーとなっているだろう心中がよく見えた。
 さて、とどめ。
「愛してる」
 フリーズなのに真っ赤とはこれ不思議。
 機関車なら汽笛を上げていたかもしれないな。そんなやくたいもないことを考えた。
「わ、わたしも…玄ノ丈さんを愛してます」
 全力疾走したわけでも無かろうに、息も絶え絶えな様子で何とか美弥はそう言った。グラスハートはヒビだらけである。クラックの原因は嬉しさと恥ずかしさのダブルショック。
「顔が赤くて周囲にばれそうだな」
「うう…でも、ものすごく幸せです」
「俺もだ」
「わーん、よかった…」
 ……。
 可愛いなぁ。
 と思ってしまった。不意打ちだ。これは自爆か? 玄ノ丈は内心で慌てながら、誤魔化すように――。
 べ。
「あー!」
 玄ノ丈は舌を見せた。驚くほど反応する美弥に、少し驚く。
 どうした、と聞こうとすると彼女は目に涙を浮かべて言った。
「舌見せてた…今の冗談ってことですか?」
「いや? ただ見せただけ」
 まさか本音は言えず。いやまあまるきり嘘というわけでもないのだが。
「にゃああ…」
 がっくりした美弥。そのまま机に突っ伏した。その精神疲労は地球一周旅行なみであろう。その彼女に、今度はテーブルの舌で足をあててみる。こつん、こつん。ぴくりと体を震わせて起き上がり、なんなんだろう、という目でこちらを見てくる。
「え、ええと?」
 いかん、楽しい。
「うう…なんか今日はいじめっこです…」
 しかしやり過ぎたか。彼女はジト目を向けてきた。
「いじめちゃいないぞ?」
「うにゃあ、そうだけど…なんだろう、照れることばかりです」
 また顔を赤くする美弥。玄ノ丈が微笑むと、彼女も釣られて微笑んだ。
「デートでもするか?」
 しまった。反射的に言ってしまった。

 しかしその問いの答えは、想像するまでもなく明解である。

「はい!」

 元気な声は、勿論、喫茶店中に響いている。


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引渡し日:2008/09/04


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最終更新:2008年08月17日 20:27