吾妻 勲@星鋼京様からのご依頼品



 雨乞い


 その日、里美は頼まれた。
「里美ちゃん、最近かんかん照りだからねえ」
「ああ、雨乞いですね、分かりました」
 里美は胸を叩いて頷いた。
 里美はとことんいい人である。人がいいのではなく、彼女はいい人の部類であろう。
 いつものように山を登っていく。
 山からはぐるりと父島を見渡せる。そこからなら雨も島全体に行き渡るだろうと里美は思うのである。
 しばらく歩いていた時、声が聞こえた。


「あ、あれ? 里美さーん!!」
 知っている声である。
 里美は降り返った。
 声が近付いてきた。
「はーい」
「! 里美さん! ぼ、僕です! 吾妻です!」
 その声は吾妻のものだった。
 あら、吾妻さん。
 里美は嬉しそうに近付いていった。
「あー。吾妻さん!」
「はー…、こ、こんにちわ…、お久し振りです!」
 心なしか、吾妻は頬が蒸気している気がする。
 今日は本当にかんかん照りだからかなと、里美はそう納得した。
「どうなすったんですか?」
「い、いえ、ちょっと走ったら…息があがっちゃって…はは」
 吾妻はにこにこ笑って答える。


 吾妻は、何と言うかいい人だ。
 いい人で不思議な人だなあと言うのが里美の中の印象である。
「観光、ですか?」
「え、えー…、そ、そうです。久々の休暇が出たもので!」
 吾妻が言うのに里美は頷く。
 本土からはここも遠い。来るのは大変だったんだろうなあと思った。
「たしかに1週間かかりますものね。ホテルとかなら、あっちですよ?」
 里美の言葉に軽く吾妻が首を振る。
「里美さんの姿が見えたんで、ちょっと来てみたんですよ」
「嬉しいです」
 里美はにっこりと笑った。
「目立つのも、好きになれるかもしれませんね」
 里美は自分の目立つ背丈を気にしている。それでも、それで気付いて見つけてくれたのはちょっぴり嬉しかった。
「はは。それにしても、こんな所で何を?」
「それが、久しぶりに頼まれてしまいまして」
「頼まれ事…ですか。よろしかったら、僕にお手伝いをさせて頂けませんか?」
 そう聞いて里美は顔をポンっと真っ赤にする。
「え、いや。でも。ええ?」
 手をパタパタさせる。
 どういう風にすればいいのかが分からないらしい。
「ご遠慮なさらず。休暇も過ぎればヒマでしかありませんから」
 吾妻がにこやかに言うので、里美は余計に困った。
 別に見られて減るものではあるまいが、人にそんなに見せた事はないし、その、恥ずかしい。
 里美はぽっぽと茹った顔に手を当てて吾妻を見た。
 吾妻はにこにこしながら里美を見ていたが、里美の動揺が伝染した。
「あ、いえ。でもあんまり見せられるものでは」
「え、えーと…、ちょ、ちょっとまって下さい? その…何かお恥ずかしい事なんですか?」
 吾妻もぽっぽと顔から湯気を出す。
 里美も顔を赤らめ、もじもじし出す。
「……りです」
 里美はもじもじしながらぽつんと言う。
「…え、あの…すみません…失礼でなければ、もう一度お願いできますか?」
「踊りです……ダンス……」
 吾妻の問いに、里美は搾り出すような声を出して、そう答える。
 吾妻はようやく合点がいったような顔をして、笑った。
「ダンス…。あぁ、ダンスですか!」
「あ、でも全然我流でたいしたことなくて!」
 里美はパタパタと手を振って答えるが、吾妻はにっこりと笑った。
「いや、それは是非拝見したいです。お願い出来ませんか? 出きる事ならご一緒に…な、なんて!」
 吾妻は優しくそう言うと、里美はもじもじしながら、上目遣いで吾妻を見た。
 吾妻はそんな里美を見て、少し照れた。
「いきます?」
「い、良いんですか? それはもう、里美さんがよろしいなら是非!」
 吾妻が嬉しそうに答えると、里美はこくんと頷いた。
 こうして、二人は山を登っていった。


 父島をぐるりと見渡せるそこは、天気もかんかん照りで、太陽が近いように感じた。
 肌をじりじりと焼いていくように日差しが強い。
「ここ、ですけど」
 里美と吾妻はそこに立っている。
「…うわぁ…良い景色ですね! ここで、ダンスをなさるんですか?」
「はい。あの……ほんとに見て…?」
 里美はおずおずと尋ねた。
「ええ…あの、里美さんがお嫌でなければ…ですけど」
 吾妻の答えに里美はふっと微笑んだ後、表情を消した。

 空を見上げる。
 遠く遠く高い空を。
 その空を抱き上げるかのように、両手を伸ばした。
 歌が始まった。
 里美の声量は豊かだ。その豊かな声に、森が震えた。
 里美は歌を歌いながら足踏みをする。
 どんどん、ぱ。どんどん、ぱ。
 森はざわめき、鳥の鳴き声が響く。
 彼女の足踏みに答えるかのように音がこだまする。その音は何万倍もの規模で。

 吾妻はその様に見惚れていた。
 里美は髪を振り乱し、頭を振る。
 彼女の揺れるリズムに合わせ、大地が震える。
 彼女は、まるで父島の中心にいるように、吾妻には感じられた。
 ふいに叫び声が聞こえた。
 里美である。
 彼女の叫び声は地面を震わし、その震動は吾妻の腹にも伝わってくる。
 彼女の汗が散る。
 その様はさしずめ巫女が儀式を行うようで美しい。

 ふいに空が曇り出してきた。
「…空が…」
 吾妻が空を見上げるのと同時に、里美は両手を広げた。
「もう一度だ」
 里美は見える範囲のもの全てにそう言った。
 里美の歌う歌の曲調が変わった。
 力強い歌声から、優しい歌声に。
 里美は吾妻を見た。切なそうに。
「…! 里美さん!」
 吾妻は里美に近付きたかったが、これは儀式なのだろう。彼女の近くに近付く事はできない。
 里美はなおも空に向かい歌を捧げた。
 吾妻は思わず、彼女の歌に合わせて歌を歌い始めた。

 ぽつり

 額に落ちて来た水滴に、吾妻は思わず空を見上げた。
 天からの贈り物。空から恵みの雨が父島全土に降り注いでいた。
 里美は一仕事終えたような顔で微笑んだ。
「…里美さん…?」
 吾妻は微笑む里美の元に駆け出していた。
 濡れた髪を頬に貼りつけ、里美は笑っている。
「ありがとうございました……本当にてつだってくれて」
 彼女は、かすれた声でそう言いながら、倒れた。


「里美さんは優しいなあ」
 吾妻は里美を背負って山を下りた。
 大柄な彼女を背負うのは楽じゃないが、彼女の仕事を見ていたのだから彼女を背負う位安いものだと思った。
 彼女の歌が、今でも自分の中に残っている。
 あれだけ歌って踊って、雨を降らせるのか。
 自分のためじゃなく、誰かのために踊る彼女。
 また一つ、彼女の一面を知った吾妻。
 吾妻は雨に打たれながら、彼女の歌った歌を口ずさみ、歩いていった。




作品への一言コメント

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  • うぁー、ありがとうございますー!な、何だかもう照れ笑いが止まりませんっw 里美さんの可愛らしさを引き出して頂いて、ありがとうございましたっ! -- 吾妻 勲@星鋼京 (2008-08-18 23:48:20)
  • 書かせていただきありがとうございました。里美ちゃんがとても可愛いログでしたので吾妻さんとの伸展を楽しみにしています -- 多岐川佑華@FEG (2008-08-19 13:19:07)
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最終更新:2008年08月19日 13:19