乃亜・クラウ・オコーネル@ナニワアームズ商藩国様からのご依頼品


緑の風の公園で




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 乃亜Ⅰ型は恋をしている。
 お相手はハリー・オコーネル。
 第6世界人。
 外見年齢40代。
 元太陽系総軍大尉。
 夜明けの船RBパイロット。
 長身に銅貨の色の髪と鍛え上げられた肉体を持つ偉丈夫であり、年輪を魅力に変えられる希有な男であり、騎士の魂を持つ戦士であった。

 かつてわたしが追っていたこの書き出しで始まるハリーさんことオコーネル氏とお姉様こと乃亜Ⅰ型嬢の物語は、内戦で燃え上がったナニワを舞台にめでたしめでたしで幕を閉じた。
 だから、これから語られるのは、ヘイリー・オコーネルと名を変えた騎士と。
 乃亜・クラウ・オコーネルと名を変えた姫君の新しい物語。

 それでは今日も語り始めよう。
 めでたしめでたしで始まる、この物語を綴るために。

ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他の手記より抜粋



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 にゃんにゃん共和国領、FEG。
 長らくうち続く動乱もここまでは押し寄せていなかった。道を行く人の顔は明るく、美しい緑に彩られた公園は木々が涼しげな影を作っている。
 本来母国ナニワアームズと同じ砂漠の只中にあったFEGは緑化が進められて今の姿に生まれ変わった。
 是空藩王という傑出した人物の徳目の元、国民は平和を享受している。
 余りに違う母国との差に乃亜はやや憂鬱な物を感じながら身に着けていた砂よけのフードを下ろした。
 元々は身分を隠すために用意したものだがこの国では必要ない。加えて濃厚な緑のせいか少々蒸し暑さを感じてもいた。
 束の間西の方を思ってから乃亜は公園内に思い人の姿を探した。
 少し離れたベンチに姿勢良く掛けた軍人が一人静かに本を読んでいる。乃亜は知らず相好を崩すとベンチに駆け寄った。
「ハリー、さん!」
 青を基調とした総軍の制服を纏った軍人、ハリーは乃亜を認めると本を閉じて立ち上がると微笑みを浮かべた。
 初めて会った頃の巌の如き容貌からすれば信じられないほどの変化。
「…まだ、痛む、だろうか…?」
「いや、貴方に会えないほどではない」
 ハリーは見上げる乃亜に静かに答えてかぶりを振った。言外に怪我を押してでも乃亜には会いに来ると言っていた。安心したように乃亜が微笑み返す。
 それは乃亜を救い出すときに負ったもの。あの凄惨なナニワ内戦の最中、狙撃手に撃たれた乃亜をハリーは身を挺して救い出した。
 満身創痍の二世の誓い。それが二人の新たな始まり。
「ええと、…抱きついても?」
 遠慮がちな乃亜のお願いにハリーは大きく腕を広げて応える。乃亜は腕を伸ばして身を任せた。
 見た目よりも逞しい感触。それから温もり。
「ハリーさんがいなくて、寂しかった。逢ってもらえて、嬉しい」
「自分もだ」
 優しく答えてハリーは微笑んだ。乃亜が驚いたように顔を上げて、笑った。
「怒っているのではないかと、…思ってた」
「なぜ?」
「勝手に、いろいろ独りで決めて、わがままばかり押し付けて、…… 私は、ハリーさんを 何重にも縛り付けてる。
 たくさん助けてもらったのに、ごめんなさいも、ありがとうも、ちゃんと言えてない」
「そういうものだ」
「…いつも、来てくれて、嬉しかった。 
たくさん、ありがとう…」
 想いを込めて背中に回した腕に力を込めるとハリーは微笑んで乃亜の髪に触れた。
「いや。あまり役に立たなくて、すまない」
「そんなことはない。 私は いつも、 すごく、心強かった。
 少しくらい泣いても、座り込まずに済んでる」
 乃亜は腕を離して明るく笑った。
「…立っていて、辛くないか?」
「幸いに。だが、どこかに座ろう」
「うん!」
 ハリーはそう言って先程まで掛けていたベンチに乃亜を誘った。立派な樹が優しく涼しい影を作っている。
 元のように姿勢良くベンチに収まったハリーの隣に腰掛け乃亜は小さく息をついた。ようやく存在を思い出したように背負っていた荷物を降ろす。
「あ、 あのな、ええと、…少し、甘いものも持って来てみた。一緒に、如何だろうか。
 無理はまったく、しないで、いい。…甘そうだし」
 かつて、初めてハリーと会ったときに真心を込めて作ったお弁当が食べて貰えなかったことを思い出し、乃亜は少し小さくなってハリーを見上げた。
「了解した。あまり食べることは、できそうもないが。喜んで」
「ありがとう!」
 そんな杞憂を吹き飛ばすようにハリーは微笑んで答えた。ぱっと顔を輝かせてお茶の用意を始める乃亜。携帯式ポットから紅茶を紙コップに注ぎ、小さなショートケーキと一緒にハリーに手渡す。
「自分もうれしい」
「…アイストティにするべきだった。許してくれ、Handsome」
 乃亜は真顔でそう言った。もちろんのこと100%本気である。
 ハリーは頷いてから盛大に照れた。つられたように乃亜も耳まで真っ赤になってしまう。
 二人はお互いの照れた顔を隠すようにして暫し無言でケーキをつついた。やがてケーキを食べ終えたハリーは意を決した表情で乃亜に向き直ると厳かに言った。
「自分も、貴方を好いている」
 ハリーの方からこうストレートに好意を表すのは珍しい。乃亜は嬉しそうに微笑んでその精悍な顔を見上げた。
「私はとてもすごく、あなたが好きだ。
あなたと居られて、幸せ、だ」
「……」
 眼差しに真心を込めた乃亜の言葉にハリーは一瞬相好を崩しかけ、次に常のような真面目な顔を作ろうとして、結局微笑んだ。
 どうもこういう場面での笑顔に物慣れない風ではあったが、彼はもう愁眉を寄せた鉄の朴念仁ではなかった。
 乃亜がその頑な巌のような心を溶かしたのだ。ゆっくりと時間をかけて、暖かく、時には熱く、日差しのように。
「…あ、 その、………名前を勝手に変えたのは…ごめんなさい…」
「説明は聞いていた。問題ない」
 彼等異世界からの客人は名を変えることでその運命の軛から解き放たれ、この世界で新しい運命を授かる。ヘイリー、クラウ、とはそれぞれゲール語の隠された意味を持つ。こうあるように、と乃亜が願いを込めて選んだ言葉であった。
 ハリーはそんなことは、と鷹揚に頷いてまた微笑んだ。先程よりは上手に笑えたようだった。
 彼にとっては乃亜と共にあることが重要なのであって、その為の通過儀礼なら呼び名が変わるくらいはなんということもないようだった。
「ありがとう。…本当は、ハリーさんと相談したかったのだけど」
 ハリーが新たな運命を選び取ったのが内戦中のナニワであったことから解るように当時はとてもそのような余裕はなかったのだから仕方ない。
 気にかけていたことが一つ解消されたことに安心すると乃亜は微笑んでハリーの顔に手を伸ばした。
「顔についているだろうか」
「いや?」
 クリームでも付いているかとあちこちを手で触ったりしているのが少しおかしくて、乃亜は笑って延ばしかけた手を少し彷徨わせた。
「?」
 怪訝そうにハリーが見詰めると、乃亜は意を決して伸ばした手をその頬に添え、耳元で小さく囁いた。ハリーにだけ聞こえる声で。
「Mo Ghra geal(輝くわたしのあなた)、…ヘイリー。
………呼んでみたかっただけだ」
 再び言ってしまってから照れて、ぱっと離れる乃亜。それは紛れもなく愛の言葉、なのだが。
「王族にでもなった気分だ。ありがとう」
「王族?」
「その表現は、王族に使う。元々は」
「なるほど、そうだったのか。…私はものを知らないな。
 白い、とか、輝く、とか…なるほど、よく見かける表現のはずだ」
 よく解らずに用いてしまったか、と恥ずかしそうにしている乃亜を見てハリーは快活に笑った。
 ハリーはまだまだ、この辺の機微に疎いのだった。知らず教え子に対する教師のような口調になっている。
「アルビオンなのだ。アイルランドも」(※アルビオン:ブリテンの古い呼び名。「白い国」、の意)
「ハリーさんは、何でも詳しい」
「いや、たまたま遠い故郷がそうなだけで。
 海からみると、土地が白く見える。岸壁が、白く、朝になれば輝く」
「ゲールの子は、夜明けを待つ…?」(※「ゲールの子等は夜明けを待つ」:アイルランド国歌)
「大地の解放を願ってる」
 ハリーの話は解り易く、面白かった。もし平和な母国で教鞭を執ったなら彼はきっと良い教師になるだろう。
 乃亜は束の間子供達に囲まれ歴史について語る姿を夢想し、その顔を見上げて微笑んだ。 
「とても、綺麗だ」
 だがハリーは言葉を切って少しだけ厳しい表情に戻った。その歌に秘められた歴史については語らないことにしたのだった。
「…難しいことが、たくさんある。でも…」
 乃亜は語られなくても知っていた。かつてアイルランドが支配、抑圧されてきた歴史を。気遣うように手を重ねると想いが伝わったのか、ハリーは紅茶を口にして表情を和ませた。
 重ねられた手をそっと握り返す。
「おいしいな」
「良かった」
「ああ」
 ハリーは短く答えると乃亜の顔にじっと視線を注いだ。物言いたげなような、何かを待つような。
「………何を言って良いかは、判らない。でも、あなたが今、ここに居てくれて、あなたがいろいろなことを思う人で、私は、嬉しい。
……少しも上手く言えないけれど」
「いや、そうではなく」
「?」
 乃亜はアイルランドの歴史について話しているつもりだったが。不思議そうに見上げるとハリーは目を逸らした。
 心なし落ち着かない様子だ。
「いや、失礼した。すまない」
「如何した?」
 紅茶のおかわりかな?とか乃亜は考えたがさにあらず、ハリーは若干焦った様子でかぶりを振るとぽつりともらした。
「自分はみだらなようだ」
 今度こそ乃亜にも解った。どうやら機微に疎いのはハリーだけではなかったらしい。乃亜はくすりと笑うと顔を近づけた。
「甘えてよいか?」
「…もちろん」
 ハリーは自分の迂闊さに少し恥じ入っているようだったが観念したように目を閉じた。その唇に軽く口づける乃亜。
 ハリーはそれだけで気の毒なほどに照れた。
「またあえるといいが」
「もちろんだ、また、会いたい。会いに来る」
 乃亜が力強く請け合うとハリーも嬉しそうに頷き返した。
 別れの時が近い。ハリーを見詰める瞳が切なさを映して揺らいだ。想いが大きくなって喉につかえるよう。
「そんな顔を、しないでくれ」
 ハリーは気遣うように乃亜を抱き寄せてからすぐに身体を離した。
「いや、あの、……抱きしめてくれると、すごく、うれしい」
「いや、先ほどの感じからして、こう」
 またも困ったようにかぶりを振って頬をかくハリー。
「へ、へんなかおしてただろうか、というか、ハリーさんの前にでると、上手くしゃべれなくて」 
「自分が悪い男のような気がしていた」
「それは ありえない」
 乃亜はその言葉を証明するかのように笑って自分からハリーを抱き締めた。
「貴方が思うより、自分はひどい、と思う」
「ひどいのは、私のほう、だ」
「?」
 ハリーは怪訝そうだが構わず首に腕を回して唇を寄せる。この際言葉よりも実力行使だ。
「何を言えば良いか、判らない。」
 そう囁いて瞳を閉じるとハリーは一瞬迷い、乃亜に優しく口付けた。彼にしては珍しい夢を見るような囁き。
「ずっと、こうしたかった」
「………うん」
 乃亜からお返しの口付け。公園を行き交う人が、遠巻きに微笑ましげな視線を投げていくが乃亜にはもうハリーしか目に入っていない。
 ハリーはそれらの視線から守るように乃亜に砂よけマントのフードを被せながら口付け、抱き締める腕に少し力を加えた。
「すごく、すごく幸せすぎて、如何しよう…」
「好きだ。愛している」
 そこにいるのはもう泣き顔ハリーと呼ばれた鉄の朴念仁ではなく。
「私も、だ。ハリーさんが、誰より、何より、大好き」
 ただ手を引かれて庇護されるだけの姫君ではない。
「ああ」
囁きながらもう一度、抱擁と口付けを交わす。
 長い長い旅路を経てここでようやく、二人は素直に気持ちを通わせることが出来るようになった。
 短い逢瀬が濃密な思いで満たされていく。
 鮮やかな緑と青い空が二人を祝福するように輝いていた。

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おまけ『やはり致死量の砂糖でした』
「…ぶっはー」
 最後のコロンを打ってわたしは端末に顔を突っ伏した。
 ああ、毎度の事ながら甘ログというのは…。
「うにゃー、もう『ログより甘さ割り増しです』とかクレームが付いても知るもんかぁ~。元のログがそもそも甘いんじゃよ~」
 端末の上をごろらごろらしながら一瞬恥ずか死するお姉様の姿が脳裏に浮かんだが、この際無視することにする。
 うん。これはわたし流のバースデープレゼントなのだ。
「お誕生日おめでとうございます」
 この頃に丁度誕生日を迎えた彼女は、今頃は何処の空の下でハリーさんと逢っているだろうか。
 少しだけ異国の草原を歩む騎士と姫君を思ってから、わたしは出来上がったばかりの原稿を持って談話室を出た。
 そう、物語はまだ始まったばかりで。
 幾多の愛の軌跡と試練が綴られるのを待っているのだから。

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拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他





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  • 依頼をお受け下さり、ありがとうございました。(そして、お疲れ様でした・・笑。)なゆたさんの予想通り、破壊力倍増なこのSSで 藩国チャットでまるっと13分は倒れてました・・!(測るな)素敵なバースデープレゼントを、ありがとうございましたー!! -- 乃亜・C・O (2008-08-10 00:24:34)
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ご発注元:乃亜・クラウ・オコーネル@ナニワアームズ商藩国様
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=934&type=842&space=15&no=

製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=1351;id=UP_ita

引渡し日:2008/08/05


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最終更新:2008年08月10日 00:24