od@ヲチ藩国様からのご依頼品
odは、ヲチ藩国にある海法の家の前で、小ぶりのみかん箱を抱えて絶句していた。
家自体が傾いており、その上、至る所に酷い落書きや、張り紙がなされていた。
その内の一つに目を留めてみる。罵詈雑言にまみれた、原稿を要求するその内容は、明らかに編集者の手によるもので。
odは、目頭が熱くなるのを堪えて深呼吸を一つし、気を落ち着かせた。
よし、と覚悟を決めるとドアをノックする。
その覚悟が、尊敬する人に会うことへの心構えなのか、それとも他の何かの為なのかは、od自身良く分からなくなってしまっていたけれど。
「ごめんください、ヲチ藩国執政od、ただいま参りました。ご開門ねがいます」
「編集者なら海法はいません」
思わず、足元がふらつく。あまりにばればれの居留守だった。
「編集者ではありません」
取り敢えず、否定の言葉を口にしたのはいいものの、この場合は、編集者かどうかどうやって見分けるのだろうと悩む。だが、そんなodの心のうちとは関係なく、
「おはいりください」
えらく、簡単に招き入れられてしまった。
自分が嘘をついた編集者だったら、どうするのだろう。でも、きっと海法さんのことだから、全てお見通しなのだろう。そう、自分を納得させた。
「ありがとうございます。本日は、お時間を頂きまことにありがとうございます」
中に入りながら頭を下げ、顔を上げると踊りを踊る海法の姿が視界に飛び込んできた。
今日は何回驚けばいい日なのだろうか。
「なんでしょう。odさん」
「……海法さん、その踊りは?」
用件を聞かれ、思わず直ぐ浮かんだばかりの疑問が口をついてしまった。慌てて、本来の用件を話しにかかる。
「はい、せんにお手紙を一通おくらせていただいたのですが」
手紙の事項についての相談に映ろうとして、はた、と思いとどまった。
そして、恐る恐る尋ねる。
「届いておりますでしょうか」
「ええ。みてます。そしてこの踊りは健康増進です」
よかった、と安堵する一方、知りたかった事も教えてもらえた。
「なるほど、結構なことですね」
健康増進の言葉に、うんうんと頷く。
「自分も、体力の衰えを日々感じているところです」
そう言いながら、odは再び海法に視線を戻して、ぎょっとした。
海法は、はぁはぁと息切れしだし、酸欠なのか、目が既に危ない何かを発し始めている。
「……大丈夫ですか、海法さん。負担をかけすぎても」
この踊り、一体どれくらい踊っていたのだろうか。
確かに、さっきから見ているだけでも大分ハードな動きをしているように見える。
そう思いながら、恐る恐る言葉を続けた。
「体にはよくありませんよ」
そして、海法を何か踊りから引き離す事は出来まいか、と考えた所で手土産を抱えていることを思い出す。
「そうそう、申し遅れましたがこちらをおおさめください」
王犬いよのからの感謝の気持ちが込められた、みかん。
やはり国から贈るならばこれだろうという一品である。
「ありがたく」
海法は、ぴたっと踊りをやめ、大切なものを扱うように、みかんのダンボールを恭しく受け取った。鼻歌交じりに戸棚に向かいながら、椅子をodに勧める。
「大変ですねえ。合併」
「まあその、面目次第もございません」
椅子に座りかけながら、恐縮するod。
「いえいえ。一応藩王やってますし。いや僕のことなんですが」
振り向いて、手をひらひらと振りながら、机の所まで歩み寄り、自分も椅子に座った。
今もらったばかりの土産を出すでもなく、お茶を出すでもなく。其の侭、話を聞き続ける。
「狭いながらも楽しい我が家といきたかったところなのですが」
そこで言葉を一旦区切る。やはり、続く言葉は覚悟をしていても、言いづらかった。
「あいにくの力不足にて、合併ということにあいなりました」
挙句、海法にまで迷惑をかけてしまう、と。
ですから、とodは言葉を続けた。
「そう言っていただけると、救われる思いです……」
さして、それを気にせずに、海法は話を進める。
「リソース不足ですか」
ええ、と頷くod。その表情が、曇った。
「主に、人的リソースですね。それも不足というよりは、配分がうまくなされていないのが問題ではないかと反省しています」
改めて、状況を分析しつつ、口を開く。
「そのあたりは、結局華族の体制づくりに帰するところですので……」
やっぱり、我々の責任でしかない、と。
「そうでしたか。うちの国は気付けばほとんど全員が女性で、え、これなんてギャルゲと思ったんですが性別間違えてあんなことやこんなことをべらべらしゃべってて死にたいです。まじで」
一方、海法の返答は、真面目なのだか不真面目なのだか、良く分からない返答が返って来た。
きっと、これも海法さんのことだから、深い意味が込められていたりするのかもしれない、と思いながらなんとも上手い返しが思いつかず、言葉に詰るod。
「……まあその、なんというか。強く生きてください」
結局、そんな言葉が出てきた。しかし、相手はこの解答を御気に召したらしい。
「やってみてください。仲間がいれば俺、強く生きれます」
さぁ、此方の世界へ、と誘う海法。
「いやー……あるいみすでに実践済みというか。と、雑談に流れすぎる前に本題を。この話はまたのちほど」
ごにょごにょと、言葉を濁しつつ、話を元に戻す。
海法はにこっと笑うと、サムズアップした。odもサムズアップで返す。
なんというか、良く分からない空気が辺りを包んでいた。
こほん、と一つ咳払いをして、
「で、本題です」
話を戻す。
「合併ルールは……お読みですよね」
「ええ。まあ。FEGと合併するかかなり迷ったんで」
「合併の際、藩国の基本職業イグドラシル3本×2のうち合併後に3本のこせるのですが」
頷く海法。続けて説明しようとしていたodの言葉が重なった。
「へえ…… 実現してたら、えらい規模の国になってましたね」
FEGと海法よけ藩国、共和国の二大巨頭の合併。そんな場面を想像し、思わず、圧倒された。は、と我に返り、話を戻す。
「あ、すみません。残せるのですが」
「ええ」
一つずつ、既に頭の中に整理されている話題を、一つずつ、引き出してくる。
海法の前だと思うと、緊張の為か、なかなか引き出しがあけづらい。
「合併先の悪童同盟さんの意向としては、独自兵器がでてる整備士の枝はのこしたいと」
いったん、言葉を区切る。
「それは、自分らも同意見です。自分が今着てる整備士アイドレスと、ほぼ上位互換ですし、テスパイまでついてますし」
「はい」
海法が、しっかりと聞いてくれている事に安堵し、其の侭言葉を続ける。やはり、この人には、緊張はするものの、安心して相談できる。
「あと、やはり帝國に移籍はされましたけども猫はやめたくないと」
「猫妖精の枝のこしたいそうなのですが…… 余談ですけど、この猫の枝うちの犬の枝に限りなくそっくりだったりします」
「で、うちは何残したいかというのも国内で意見まとめてみまして」
「ええ」
そして海法は、結論を読んだかのように、続けて呟いた。
「犬、と」
「はい」
odは、やはり、この人は凄い人だ、と嬉しくなりながら頷く。
「犬と、歩兵と、あと工兵ですね」
「帝國で工兵って、いまのとこうちだけなんですよ」
でも、消さなくてはいけないかもしれない、と。
「ACE出国関連の質疑確定にともなって、ずいぶん迷いはしたのですが……」
色々なものを失って、合併する事に、本当に意味はあるのか、と。
「越境聯合の根拠も、帝國ではうちとたけきのさん-FEGさんラインくらいですし」
「ええ」
海法は、無駄に言葉を挟まず、頷く。それが、odには心地よかった。
自分の意見を思うが侭に口に出せる安心感があった。
「最終的には、やはり犬やめたくないねというところに落ち着いた次第です」
「なるほど」
「合併後は、聯合結べなくなるかと思います。いろいろご助言頂きましたが、こういった次第で、まことに申し訳ありませんでした」
そして、話を聞いてくださって有難う御座いました、と。
「いえいえ。丁寧にありがとうございました」
微笑む海法。odも少し、表情が緩んだ。
「聯合は解消とはいえ、縁あらばなにとぞ、今後ともよろしくお願いします」
odは深々と、万感の思いを込めて頭を下げる。
「思えばお世話になったおかげで、色々面白いものも見れました。こちらこそありがとうございます」
同じく、頭を下げる、海法。面白いもの、というフレーズに引っかかったodが、疑問を投げる。
「小笠原、ですか?」
口を開いてから、この海法さん相手に小笠原の話題は禁句だったかも、と思いなおし、やばい、という表情になる。
しかし、
「いえ。世界の危機を」
彼の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
「世界の危機……」
それを、面白いものと、言ってしまえるのか。思わず言葉に詰る。
そこでふと、『世界』という単語に思い立って、かねてからの疑問を口に出した。
「そうだ、海法さん。前から訊いてみたいと思ってたんです」
間を置いて、恐る恐ると切り出す。
「そちらは、第何世界ですか?」
「はい」
「ああ……情報規制対象であれば、申し訳ありません。失礼しました」
若干、テンポの遅れた海法の返答に、また不味い事を聞いてしまったかと焦るod。
「僕の世界ですか?」
「はい、そうです」
だが、それは彼の杞憂だったようで、海法は聞き返してくる。
odの返答に頷くと、海法は言葉を続けた。
「ここは第一世界ですよ。他に世界があるかどうか、最近自信がありません」
海法が自信が無いと言う。その重みを感じながら、成る程、と頷くod。
「こちらも第1世界といわれてます。」
そして少しでも参考になれば、と情報を付け加えた。
「ありがとうございました」
海法は、深々と頭を下げるodをみて、今までに無く、真面目な顔を作る。
「……odさん」
「はい。」
その表情に、姿勢を正すod。だが、続く言葉は直ぐには返ってこない。
「なんでしょう……」
不安になったodが、先を促すと、海法は少し考えた挙句、口を開いた。
「もしも本当に困ることがあれば、ユウタを頼ってください」
「ユウタくんを?」
何故、彼なのだろうか。
「……わかりました。心にとどめておきます」
しかし、海法さんの言う事ならばきっと大切なことだ、と頷く。
何時だって、彼は自分に重大な事を示してくれている、そんな風にodは思っている。
odにとって海法という男は、子供の頃から世話になっている教師のような存在だった。
「……さようなら、odさん、いつかはあなたの旅が、有意義に終わることを」
海法は頷いてから、俯いて言葉の意味を考えているodに向かって言葉を投げかけた。
それは、まるで今生の別れの際に言うような口ぶりで。
「?」
「な、なんですか。」
そして、odが顔を上げたとき。
目の前の空間はもう空っぽで。
彼の愛すべき師、海法は、何時ものような突然さで、ログアウトしていた。
作品への一言コメント
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- odです。完成から引渡しまで、かなり間が空かれたようで……まずは、おつかれさまでした。くわえて、あのある意味カオスな内容を、よくぞここまでまとめてくださったと思います。ありがとうございました。 #特に冒頭のやりとりのアレっぷりは、その、すみません……<「編集者なら海法はいません」「編集者ではありません」 「おはいりください」 「ありがとうございます」 -- od (2008-10-17 23:55:43)
引渡し日:2008/10/17
最終更新:2008年10月17日 23:55