黒霧@星鋼京様からの依頼より
夏の園、海辺の村で
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空は晴天、気温は真夏日。
その下、真っ白な猫は尻尾を揺らしながらすたすたと歩いていた。途中ジャンプして、塀の上を歩いている。
黒霧は多少早足でその猫の後を付いて行く。
何というか、ただ尻尾を揺らして歩いているだけなのにどことなく品がある。やはりペルシャ猫という高級品種だからだろうか? ………いや、単に周囲に話したらそうじゃないか? と言われたからそう思っただけで実際どうなのか分からないのだが。
まるで貴婦人がしゃんと背筋を伸ばして歩いているような感じだなぁ。
なんて事を考えて暑さを紛らわせながら、タオルハンカチで汗を拭きつつ。黒霧はホワイトスノー――真っ白な猫――の後を付いて行った。
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ホワイトスノーと散歩をしようと思ったのは、1人の少女の事を思ったからである。
たった1度しか会っていないし、お互いよく知った仲だという訳でもない。
だが、自分に紅茶をご馳走してくれて万年筆をくれた。
もう会えない、そう彼女は言っていたけれど。
彼女と自分を引き合わせてくれたのは、1匹の真っ白な猫だった。
この猫が何を思い、あちこち歩くのかは分からない。この猫が人の言葉を解すのかも分からないのだし。
でも。もしかしたら、と思うのだ。
この真っ白な猫が再びあの少女。アリエスと引き合わせてくれるのではないか、と。
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徐々に、辺りにいた人足の数は減っていき、すぐ側を走っていた車の走る音も聞こえなくなった。
代わりに濃く、強くなっていく独特の潮の匂い。慣れない人間には「生臭い」と感じてしまう特有の匂いが。
観光地でも感じるもの以外に、何かこう。ごちゃごちゃ別の匂いも混ざっているような。
ふと辺りを見渡すと、観光エリアとは大分外れていた。どうやら漁村に迷い込んだ、いやホワイトスノーに招待されたようだ。
華やか、とは正直言えず。繁栄から取り残され、賑やかな大通りとは違う時間を生きている。そんな印象の場所だった。
ホワイトスノーは足取り軽く船着場まで歩いて行ってしまい、黒霧は慌てて追いかけた。
ここはカヌーで魚を捕るらしく、たくさんのカヌーが並び。魚があちこちに揚がっていた。流石は常夏の場所、魚も温暖な地特有の色鮮やかなものが多かった。
丁度船着場では老人が1人、何やら作業をやっていたのだが。ホワイトスノーを見るとちょっと笑った。老人とは言えど漁師、体格はかなりいいものであった。
「こんにちは」
黒霧はホワイトスノーに追いつき、老人を見ると微笑んで挨拶した。
が、老人は険しそうな顔を作った。さっきホワイトスノーを見た時は笑っていたのに、その時の優しげな姿は隠れてしまった。
「観光客か?」
「ええ。彼女に案内してもらっているんです」
「ふん。ここは、観光客とはかかわりのない場所だ。帰れ」
「それは申し訳ない。もしかして、お仕事の邪魔をしてしまいましたか?」
心から思った事を口にしたのだが、イマイチ伝わっていない。いや、分かっているのかもしれないが無視されているのかもしれない。
「仕事は朝だけだ。帰れ、ここには何もない。金も、愛想もな」
老人の姿勢が柔らかくならないのを黒霧は悲しく思った。
「さっき、微笑みましたね。もし、僕がなにか失礼な真似を働いていたのなら、誤ります。申し訳ありません」
黒霧がぺこりと頭を下げるのに老人は目を一瞬下げ、また元に戻した。
「悪いことはしてない。ただここが”よくない場所”なだけだ。帰れ」
老人は立ち上がって、歩いていった。そして、何隻か並んでいるカヌーの調子を見るらしく、そこらに腰をかけた。
やっぱり言葉は伝わっているけれど、拒絶されている。老人にも何か色々あるのだろうが、それが黒霧にはやっぱり悲しく思え、白い猫の方に顔を向けると。
ホワイトスノーはやはり貴婦人のような雰囲気を保ったまま。すたすたと歩き出した。どういう訳か、先ほど老人が座っていた後ろの家に入ってしまった。
黒霧はちょっと考え、老人に許可をもらうとホワイトスノーを追いかけて老人の家に上がらせてもらった。
暗く、クーラーもないのに何故か涼しいその家で。
黒霧は思わぬ再会を果たした。
「………アリエス?」
老人の家の中で一際異彩を放つ、妙に立派な写真立ての中。
いつか会った時より少々幼い少女が。勝気で元気そうな様子で写っていた。
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あれから老人から昼食をご馳走していただき、また別の少女と顔見知りになり。街に戻るバスに揺られている。タイヤが地面にこすれるたびガタガタ激しい揺れが来るが、これも旅の醍醐味かもしれない。
黒霧は先ほどの不思議な体験をぼんやり思い出しながら、少女からもらった万年筆を見つめていた。
後で老人から、写真の少女について簡潔な解答をいただいた。
老人は漁師で、あの少女は孫で。孫に当たる少女は随分前に亡くなったそうだ。
しかも、後で出会ったアイラブルーという16歳の少女いわく、亡くなったのはアイラブルーが生まれる随分前だというから訳が分からない。
「じゃあ、あの子はおじいさんのお孫さんのそっくりさん? それとも………?」
黒霧は呟きながら、肩に乗っている白い猫の背中を撫でた。
この小さな白い貴婦人は、果たしてこのささやかな謎の真相を知っているのだろうか。もしくは、また一緒に出かけた時に真相に近づける場所に案内してもらえるのだろうか。
「そうだ、手紙を書いてみたらいいんじゃないかな」
届くかどうか分からない手紙の文面を考えていると。バスから開け放たれた窓から潮の匂いがする風が吹いてきて白い貴婦人は目を細めながら小さく鳴いた。
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最終更新:2008年07月15日 01:06