蒼のあおひと@海法よけ藩国様からのご依頼品


/*開店休業中*/


 宰相府の一角、秘書官の執務室の一角から少し離れたところに小さな部屋がある。もともと空き部屋だったそこは、しかし時が経つにつれコンロ、調理用具各種、小型冷蔵庫と物品が増えていき、今や立派な調理室となっていた。
 秘書官の中には、時折、仕事の合間を縫ってお菓子作りに精を出す者がいる。いやしごとしなさいよという者は、いない。そうですねーと頷かれつつも、結局そのやりとりをした時間だけ仕事復帰が遅れることになるからだ。
 つまり、作業を途中でほっぽり出すことはないのである。この点まじめと評価すべきなのかどうか、実に難しい。

 さて。本日調理室にいるのは蒼のあおひとと瀬戸口高之である。
 ちょっと待て。組み合わせ間違ってね? と、この光景を見た多くの通りすがりは思っている。蒼のあおひとと言えばかの有名な蒼の忠孝の奥様であり、一方瀬戸口高之は瀬戸口まつりの旦那である。
「で、何を作るんだっけ?」
 エプロン着用済み。すっかり調理モードに移行した瀬戸口があおひとに聞いた。
「はい。実はくずまんじゅうを」
 前にも作ったのだけれど、火傷したり、いろいろ手際が悪くて大変だった。そこで今回、同僚にと飲み込んで今回は特別講師をお借りしたのだった。
「OK。ところでそれって、バレンタインプレゼント?」
 あおひとは苦笑して首をかしげた。バレンタインはもうすでに過ぎている。そしてそのときはチョコを渡したのだ。美味しそうに食べてくれた忠孝を思い出して顔を赤らめるあおひと。
「いえ。実はくずまんじゅうを、バレンタインに渡そうと思っていたんですけどね。でもやっぱりバレンタインだと思って」
「なるほど。で、今日のこれは?」
「趣味です」
「ははは」
 隊長も幸せ者だ。瀬戸口は内心でそう思って笑った。あおひとは恥ずかしそうにますます顔を赤くする。
「さて。じゃあ、一回目は作り方を教える。二回目は見てる。それでいいんだな?」
「それと、試作品はお持ち帰りで」
「ののみが喜びそうだ」瀬戸口は微笑んだ。
「あれ。奥さんには?」小首をかしげるあおひと。
「当然、俺が一人で作ったものをプレゼントする。特別なレシピがあるんだ」
「わぁー。き、聞いてもいいですか?」
「おまえさんはもう持ってると思うがね」
「え?」
 きょとんとするあおひとの前で、のんびりと準備を始めていく瀬戸口。あおひとも慌てて手伝い始めた。とりあえず湯を沸かしておこうと、鍋にお湯を入れておく。
「なぁに、簡単なことだ。その隠し味は、愛情というやつだからな」
 うわー、と内心で照れるあおひと。なんとも言えなかった。


 さて。今日の忠孝は留守番である。自宅で赤子の世話をしており、子供達が眠っている間は、時々やってくる近所の人たちと雑談し、お茶を飲んで過ごしている。もとより夫婦そろって不在になることもあるこの家は、だから近所づきあいがとても良かった。
 先ほども三限隣に住む妙に健脚な好々爺とお茶を片手に将棋をうっていた所である。結果はこちらの圧勝だったが、彼の御老はなかなか機嫌良さそうにさっていった。今度は囲碁をやろう、と言っていた。
「囲碁、ですか。ルールを勉強しておかないといけませんね」
 ずずっとお茶を飲む。湯飲みの底に当てた手を放し、のんびりと机に指を這わせた。子供達が寝てしまったので、なんとなく、手持ちぶさただ。時計を見ればもう夕方。しばらくすればあおひとが帰ってくる。
 食事の準備でもしようか。と言っても、今日はそばの予定である。特にすることは多くない。とりあえずお湯でも作っておけばそれで準備万端。あとは奥さんが天ぷらとサラダを買ってくるのを待つばかりである。今日はイモ天あるかな、イモ天、と少しワクワクする忠孝。
 そして時間を見計らって夕食の準備を始めると、あおひとが帰ってきた。ただいまーといいながら家に入ったとき、忠孝はちょうどそばを水切りしているところだった。
「わ。いいタイミングですね!」あおひとはぱちっと目を見開いた。
「そろそろかな、と思ってました」
「わぁー」
 感心しながらあおひとはテーブルにポテトサラダと天ぷらを並べていた。どちらも近所の店で作っているもので、すっかり常連になっているあおひとは作りたてをもらうことに成功していた。行く時間をあらかじめ教えておくと、ちょうどできたて熱々の天ぷらと、野菜が均一に混ざったサラダをもらえるのだ。
 そして忠孝がテーブルにそばと茶碗、そして自作したつゆを持っていく。と、あおひとは何故か冷蔵庫に向かっていくのに彼は気付いた。
「どうしたんですか?」
「えへへ。秘密です」
「秘密、ですか」
 気になりますね。と思ったが、口にせず、何でしょうねといいながら考えた。あおひとは少し顔を赤くしながら、さ、ご飯を食べましょうと忠孝の背を押して椅子に座らせた。
「いただきます」
「いただきます」
 そして食事を始める。食事時の会話は様々だ。今日は仕事で何をしたというものから、近所の野良猫が子供を作っていたというもの。秘書官をやっているため、あおひとの情報網は広い。話題には事欠かなかった。
 食事が終わると、あおひとは機嫌良さそうにキッチンに向かっていく。そこで茶を入れ、夕食後の一時を過ごすというのが最近の習慣であった。ただ、今日はお茶だけではなかった。入れ立ての緑茶を並べた後、冷蔵庫に入れていた包みを取り出したのだ。
「なんですか?」
「これです」
 そして小さなパックを開くと、そこにはくずまんじゅうが詰められていた。半透明の、弾力のありそうな生地。中にはこしあん。いくつかのくずまんじゅうには、生地の部分に何か混ざっていた。
「前に言っていたくずまんじゅうです」
「ああ。……美味しそうですね」
「食べてくれます?」
「勿論。喜んで。――ああ」
 忠孝はくすりと笑った。小首をかしげるあおひと。
「いや。幸せだな、と思いました」
「……私も、です」すこし目をうらませるあおひと。
「一緒に食べましょうか」
「そ、そうですね」
 二人は同時にくずまんじゅうを手に取った。そしてそれぞれ口にいれる。
「美味しいです」
「……すごく幸せです」
「ええ。僕も」
 忠孝は頷きながらもう一つくずまんじゅうをとった。

 のんびりと過ごす。夕暮れの、ある一時である。


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引渡し日:2008/07/12


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最終更新:2008年07月12日 18:12