乃亜・クラウ・オコーネル@ナニワアームズ商藩国様からのご依頼品


海上を滑る様に進む機体がある。最小限の波飛沫を立て、海を割って走る流星号という名の機体だ。その機体操作は見るものが見れば、圧倒される技量を示している。

 静かに、優雅に、波への乗り上げすら舞うように進み行く。進むという行為を楽しむかのように。ただそれだけの光景に、多くの人は感嘆の息を漏らすであろう。

 だが、それを操縦しているハリー・オコーネルをよく知る者なら、首を傾げるであろう。ハリー・オコーネルの操縦にしては無駄がある、と。

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 「休暇は如何でしたか、ハリー・オコーネル」

 名残惜しむかのようにいつもよりもゆっくりと着艦し、一息を吐いたハリーにモニターからの呼びかけがある。実直さとそれを表すような外見を持つ少女、ベステモーナ・ローレン。彼女はモニター越しにこちらの表情を伺うように見つめてくる。

 その仕草に違和感を感じるが、大したことではないだろうと気にしないことにする。ハリーにとって女性は神秘のベールに包まれた存在であり、未だ理解できない存在であった。

 「よい気分転換になった。実に清清しい気分だ」

 「それは良かった。ところで帰投次第、ネリが整備したいと言っていたので、急かす様で申し訳ないが降りてくれないか?」

 「今日の整備補助当番は君か?」

 「ええ」

 「なら、今日は代わろう。よいだろう?」

 「いや、しかしそれでは・・・」

 「少し食べ過ぎてな。体を動かしたい気分なのだ」

 そう言うハリーの口調に、ベスは石の男とは思えない柔らかさを見出す。脳裏に浮かぶは灰色の髪の硬い喋り方をする少女の面影。それに向かい、ベスはおめでとうの言葉を送る。

 「そうでしたか。では、今回はお願いします」

 「すまんな、無理を言って」

 「いえ、では」

 敬礼を鋭く決め、ベスは踵を返し歩き去る。その姿を一瞬だけ目に映し、ハリーは機体に向き合う。子を労わる親の様に、稼動部分の磨耗が酷い部品の交換や油さしを行っていくハリー。その動きには幾度と無く積み重ねた先に生まれる、熟練の動作があった。

 宇宙、海、そして流星号になってからは陸とRBと共に過ごしてきた長い日々。それが彼の機体への愛情を育ててきた。共に戦場を駆け抜ける相棒に対し、ハリーは愛情を惜しまない。

 RBとは戦場でのみ必要とされる兵器。ネリという名整備士が居る夜明けの船において、機体を弄りすぎることは却って機体能力の低下に繋がる。だがそれでもハリーは自機への整備を、夜明けの船でも行い続ける。

 それは彼にとって、自分が歩んできた道のりに対する肯定を示す態度でもある。戦いに明け暮れ、共に過ごす仲間は自分より先に逝く過酷な日々。しかし、今日と言う日にその道のりが間違いではなかったことを彼は確信した。

 姫、と呼ぶと難しい顔をするあの少女。こちらの一挙一動にころころと表情を変え、朴念仁な自分では理解に苦しむ女性。特殊な事情を持ち、乗り込んでくる夜明けの船の女性陣に囲まれているハリーにとって乃亜1型という少女は日常を感じさせる人であった。

 ハリーは思う。己は軍人らしい軍人であろうとしていた。人が理想とする軍人の鑑。正義の盾にして民衆を護る牙であろうと。

 だが、戦いは何時までも続き、不正はなくならず。迷いが無いかと問われれば、即座に首肯できるほどの強い思いが微かにゆらぎを見せていた。脳裏に今も残る戦場に消えた部下たちへの想いがそれを後押ししていたのは間違いない。

 それはやがて、己自身への歪んだ評価にも繋がり行く。自分が不幸を呼び込んでいるのではないか。自分には幸せになる資格が無いのではないか。ハリーは世を悲しむ。そして、人もまた彼から発せられる悲しみに泣き顔を見ることになる。

 「 雨奇晴好 、だ。」

 しかし、彼女は言った。雨も佳し、晴れも好し。すべては心持次第であると。ハリーの選んだ道は過酷ではあったけれども、己で選んだ道であると。乃亜の言葉はハリーにとって、己への肯定に他ならなかった。

 そんな彼女を心から護りたいと思う。彼にできることは長年の戦場暮らしで身についたものばかりで。それを少し、寂しく感じる。

 「おや、これまた珍しいものが見られたね」

 掛かった声に反応し、顔を上げた先にはさっぱりしたショートカットの女性、ネリ・オマルが居る。その顔にはいたずらを思いついた子供のような表情が浮かんでいる。

 「珍しい? 何だろうか」

 「鼻の下が伸びてるってこと」

 ハリーは驚きに目を丸くする。自分が? 鼻の下を?

 その様子を見たネリは腹を抱えて笑い出す。それでハリーは自分が担がれたことに思い至る。この女性は時々人をからかおうとするので、性質が悪い。

 「人をからかうのは関心しない」

 「いやー、だって女性をまったく寄せ付けないあのハリー・オコーネルが、ひどく優しい顔をしてるからさ。かまを掛けたくもなるでしょ」

 「別に彼女と私はそういう関係では…」

 「彼女! 別に男とか女とは言ってないけど? 彼女というとこの間、妖精号に乗ってたあの子か。なるほどなるほど」

 「彼女に迷惑が掛かる。そういう邪推は止めて貰いたい」

 「そうかな? アタイが見たところ、ホの字だと思うけどね」

 いたずらっぽく笑うネリに対し、ハリーの泣き顔は更に深まる。そのハリーの顔を見て、ネリの顔に影が差す。

 「でもさ、大事にしてあげてよ。できれば、気持ちに応えてあげて欲しい。中途半端はね、辛いんだ」

 「ネリ…?」

 暗く沈んだ声は彼女の持つ何かを垣間見えさせる。苦手だ、とハリーは思う。女性とは不可思議極まりないと。

 「さーて、お仕事お仕事。みっちりと手伝ってもらうからね?」

 「…承知した」

 不自然な明るさを発するネリの言動に戸惑いつつも、ハリーは頷く。

 整備をしながらも、彼の心を占めるのは乃亜のこと。今はまだ彼女の気持ちに自分は向き合うことはできない。だが、何時なら向き合えると言うのか。向き合ったとしても自分が彼女を幸せにできるはずが無い以上、答えは出ている。それならば・・・。

 海の底、鯨を思わせる船の中で。今、一人の男がただ願う。

 どうか、どうか彼女が幸せになれますように。

 不幸にさせるとわかっているのに、彼女とまた会いたいと願う自分を浅ましいと思いつつ。 

 to be Next Meeting………


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 最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。自分の中では絢爛の二大軍人と言うとドランジとハリーでして、動のドランジと静のハリーという印象があります。(ノギさんは軍人よりも将軍。軍人は現場の人というイメージです)

 今回、ハリーが内心でゲーム中に考えていたことを中心にしつつ、次のゲームとの橋渡しができればいいな、と書いていました。その為、ラストがしっとり目になってしまい、読後感が重めになっております。

 ちなみに自分の中でこの一つ前のゲームで乃亜さんを影から見ていた夜明けの船の女性陣は、その話題で持ちきりであったという妄想があります。ネリがハリーにああいうことを言うのは、そういう下地があったからだと理解していただけると幸いです。例え出てこなくても、夜明けの船の中のゲームは誰かに見られているのです!・・・きっと。

 それでは今回は指名していただき、ありがとうございました。 

作品への一言コメント

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  • 素敵な作品を、ありがとうございましたー! ここ暫らくの内戦やらで、色々と考えさせられたりしてて、この作品を読ませて頂いて ハリーさんをもっともっと、たくさん喜なせたいな、とか 笑ってもらえるようなことをしたいな、とか 改めて思いました。 そして。 夜明けの船では確かに 話題になってそう で す ・・!(汗)(戦闘でも艦長命令でもないのに何度もRBが出れば、通常でも何事かと覗きに来ますよね・汗)個人的にネリとベスの出演は とても嬉しかったです。楽しく読ませていただきました! ありがとうございました。 -- 乃亜・クラウ・オコーネル (2008-07-07 00:18:05)
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最終更新:2008年07月07日 00:18