日向美弥@紅葉国様からのご依頼品



/*曲点の寄り*/

「それに、まあ。……一方的にやられているというのは趣味じゃないし、な」
「だな。決まりだ」
「そうだね。じゃあ、そうしようか」
 久珂邸の一室。夜遅くの食堂前にて邂逅するは、腹を空かせた男達。
 もっとも。彼らの目と声に秘めたる物をもしも見ることが出来たのならば、その飢えがただの食事に対する物でないことは一目瞭然だっただろう。
 明かり弱めた薄暗い台所。もしも誰かに見つかっても、ちょっと小腹が空いたのだと言い訳できるシチュエーション。夜半過ぎであろうとも、大の男であれば少しくらい腹に物を入れたくなっても誰も不思議には思わないだろう。
 もっとも、この場にいるうちの二名の連れあいが見たならば、絶対に額面どおりに信じたりはしなかっただろうが。
「……あれ、皆さんどうしたんですか?」
 そこに、眠たそうな少女の声がかかる。亜細亜は寝ぼけ眼をこすりながら現れると、小首をかしげた。それを見て晋太郎がこんばんは、と挨拶する。
「水かな?」
「はい……」
「ほい、どーぞ」
 晋太郎が聞いたときには、光太郎はすでにコップに水を入れている所だった。そして答えが得られたと同時に彼はコップを差し出した。亜細亜はありがとうございますとややぼんやりした声で答えて水を飲んだ。空になった物を受け取って、流しで洗う。
「眠れんか?」日向が聞いた。
「いえ、目が覚めてしまっただけで……」亜細亜はあくびをすると、頭を少し傾ける。「もう寝ます」
「ああ」
「おやすみー」晋太郎が手を振った。
 そして姿が消えたところで、三人は再び向かい合う。表情はすっかり変わっていた。
 かくして続く夜の座談会。
 さて、その後どうなったかというと――。


 最近またぞろ狙撃がひどくなったので、こちらとしても、一つ、逆劇に出ようという話になった。のったのは光太郎、晋太郎、日向の三人。もっとも安全とおぼしきFEGですら危険性が高い以上、降りかかられる前に火の粉を払いたくなるのは仕方のないことだと言えた。
 作戦はこうである。日向がまず、一人で出て、囮になる。そして光太郎と晋太郎が張って、狙撃犯を捕まえる。もしも狙撃犯が光太郎達の方に反応したら日向の方が援軍に駆けつければいいし、同時に三人を襲ってきたり、あるいはあまりに大勢に囲まれそうになったら、誰かの合図で撤退することになっていた。
 単純な作戦だが、さしあたっての危険を片付けるという意味では、まったく無意味というわけでもなかった。もっとも、是空王や姿の見ないことで有名な晋太郎の嫁久珂あゆみ達からは口酸っぱく注意するよう言われていたので、無理をする気は最初から無かった。
 ただしまあ。日向としては、もう少し個人的な理由もあった。今日は日向美弥がくるという話を聞いている。ならば彼女のためにも安全を確保しようとするのは、当然のことではないだろうか?
 そんなわけで、その日、玄ノ丈は一人で道を歩いていた。今日は人型である。最近は狙撃対策として狼の姿をとっていることの多い玄ノ丈であるが、今日は囮ということもあって人型だった。それでも、普通の人間よりはかなり鼻がきく。

 そして、その臭いを嗅ぐのと銃声が響いたのは、ほとんど同時のことだった。

 銃弾が肩をかすめていく。ちりちりとした臭いを嗅ぎながら玄ノ丈はとっさにバックステップ。壁を右手に背を低くして一気に走り始めた。銃声は連続。隠す気のない大きな音を立てているのは余裕の現れだとでもいうのだろうか。
 玄ノ丈はしかし、全ての弾を避けながら銃声と火薬の臭いから狙撃手の方へと駆けていく。これなら光太郎や晋太郎に迷惑をかけずに片がつくかもしれない。わずかに口を広げ、笑みを浮かべる。
 路地を駆け抜け、壁を蹴って窓を割り建物へ。そして屋内を一気に抜けて屋上の階段へ。扉は蹴飛ばした。轟音と共に吹き飛んでいく扉が、その向こうにいた誰かを叩き飛ばしていく。
 一気に追い詰めようと走り出して、瞬間、頭上に嫌な予感を感じた。反射的に横に飛ぶ。すると、寸前までいた場所に穴が空いた。
 見上げることなく、玄ノ丈は稲妻を呼び出して頭上に叩きつける。眩しい輝きがあたりを覆った。
「ぐおっ!」
 その時だった。玄ノ丈は胸に衝撃を感じて吹き飛んだ。くそっ。扉で潰した方か。
「莫迦、おっさん。一人で何やってんだ!」
 そして聞き慣れた声。光太郎が勢いよく隣の建物から飛び降りてくると、もう一人の狙撃手の銃を蹴飛ばした。すぐさま逃げようと姿を翻す狙撃手。怪しい仮面をつけた姿は実に俊敏で、光太郎はぎりぎりて捕まえ損ねた。
「くそっ」
「追いかけて」数秒遅れて晋太郎が現れた。彼は右手をふるって、稲妻に倒れた狙撃手を風を使って押さえ込んだ。「こっちはおさえておく」
「わかった、兄貴。くそっ、もうあんな所に。まてよこの野郎!」
 叫びながら光太郎は再び跳躍。玄ノ丈は追いかけようとして、晋太郎に手を向けられた。
「ここまでです。あとは僕たちで」
「しかし」
「大丈夫ですよ。それより、この事を連絡してください」晋太郎は淡々と言った。それからちりと胸に目を向けて「そっちは大丈夫ですか?」
「ああ……執事様々、だな」
 玄ノ丈は笑い、とんとんと己の穴の空いた胸を叩いた。硬い音がかえってくるのは、何かを仕込んでいる証拠である。
「一応見てもらってきてください。それと、あなたを探している人が来たようですよ」
「わかった」
 玄ノ丈は口癖のようにやれやれと、少し笑みを浮かべた。今からでは時間は少ない。が、まあ。会って一言話すくらいはできるだろう。


 残念ながら、胸の様子を見てもらう前に、家のそばにいた狙撃手をたたきのめすことになった。
「やれやれ」
 彼は首を振ると、遅れてやってきたミュンヒハウゼンと共に狙撃手を縛り、家に向かっていった。そこにはカガチと一緒にいる亜細亜と、そして日向美弥がいた。
 彼女はこちらに気付くとぱっと面を上げ、目を大きくしたまま近づいてきた。顔は蒼白だ。大きく見開いた目で、落ち着きなくこちらを見ている。が、泣きそうな風ではない。
(ふむ――少し怒っている、のか?)
「あの、体は……?」
 心配そうな声に、玄ノ丈は少し考えてから、冗談でも言うことにした。
「胸に穴開いてるね」
「て、え?」おどおどする美弥。
 あまりたちが良くなかったか。日向は恥ずかしいのを隠したくなりつつ、なんと挨拶しようか考えて、普通に声をかけることにした。
「よう」
「よ、ようじゃなくって……」
「交換いたしましょうか」
 ミュンヒハウゼンが玄ノ丈の胸を見て言った。玄ノ丈は頷きながら、いったいなにがどうなって、と混乱している美弥の前で一枚の板を取り出した。上の方に、銃弾が食い込んだ跡がある。弾は落とすかはじくかしてしまったらしい。
 美弥はがっくりと肩を落とした。
「びっくりしたんだから……」
「演技が下手だった。逃げられた」
 もう少し上手くやれてれば、捕まえられたんだが。玄ノ丈は頭を掻く。これでは空回りもいいところだ。
 こんどこそ。
「よし。んじゃ、いってくるか。んじゃ」
「ちょーっとまった!」
「どうした?」
 歩き出そうとした玄ノ丈は、慌てて呼び止めてきた美弥に振り返った。彼女は怒っているような、心配しているような、どちらも混ざったような表情をしている。
「またさっきみたいのを追いかけて?」
「ああ」
「狙撃手自体は、一般市民に仮面みたいな媒体を使ってるだけらしいから、増え続けてしまうと思う」
「ああ」
 歩き始める玄ノ丈。美弥はいささかむっとしながら追いかけた。
「まってってば!」
「まだなにか?」
 振り返った隙に、美弥が腕を掴んできた。きつく握っているので、痛い。玄ノ丈はそれを表情に表さなかった。
「大変だろうけど、私は短い時間しかいられないから…がんばって」
 日向は微笑んだ。美弥は小さく息を吸って、わずかに顔を赤くして続ける。
「あと、おまじない」
 頬にキス。顔が離れていくのを惜しく感じながら、玄ノ丈はのぞき込むように瞳を見つめて言った。
「そう言うときは唇のほうがいいんじゃないか?」
 かっと顔が赤くなる美弥。それから何秒もうろたえた後、唇をすぐに重ねた。
「よくできました」
 日向は笑った。美弥は胸を押さえて真っ赤になった顔を隠すようにうつむいている。彼女はぼそぼそと、言った。
「無事でいてね、こちらでも手がかりおいかけるから」
「ああ。じゃな」
「それじゃ」

 これから、もうひとがんばりしましょうか。
 次はもっと長く会えるように。それが報酬なら、充分すぎる。



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最終更新:2008年06月28日 17:04