試作機デザイン応募作品 

 

 

『ペンギンがWD着て空を飛ぶ時代だ。何が起きても不思議じゃないよな』

2008年3月 るしにゃんでの事件ニュースを見た整備兵の言葉

 

 

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『ゆりかごの調子は如何ですか?スターゲイザー』

「腕が30㎝も上げられないことを除けばすこぶる良好だ。コントロール」

 試作機X086のコックピットでテストパイロット、コールネームスターゲイザーは憮然とした通信をコントロールに返信した。軽作業用宇宙服に近い構造のスーツを身に着けた彼は、HMDを兼ねたヘルメットを高分子ゲルを充填したヘッドレストに半分埋もれさせている。

 傾斜の緩いシートに仰向けに身体を寝そべらせ、頭部は半固定、左右につきだしたフライバイワイヤーの操縦桿の可動範囲と身体の上のわずかな隙間だけが彼の自由になる空間だ。

 その姿はまさしくゆりかごに寝かされた赤ん坊である。

パイロット達から皮肉を込めてゆりかごと通称されるコックピットに窓はない。その名の通り機首後方の中程に完全に埋没しており、パイロットは機載カメラ及びセンサーとコントロールから送られてくるデータを参照して機体を運用する。

 最も、ここまで自動化が進んでくると最早パイロットは予備部品の一部であり、パイロットを乗せなきゃ3割は性能が上がる、というのは整備兵がよく言う質の悪いジョークの一つだ。

 これも機械は人が制御する物、という大儀を守るための苦労である。

 スターゲイザーはコントロールから送られてくるプリフライトチェックデータに滑走路上で鎮座する自機の映像を被せた。

「しかしまあ、何度見ても冗談みたいなシルエットだ」

『国家予算が投入されているんです。無闇なことは言わないでください』

 毎度の遣り取りなのか、管制官はやんわりとパイロットをたしなめるに留まった。

 X086-ペンギン。

 プロダクトネームからして冗談のようなこの機体はまさしくペンギンをモティーフとした実験機である。

 そもそもは恐ろしく燃費のわるいスクラムジェットによる超音速機を自力発進・自力帰還させるというコンセプトに頭を抱えた設計者が、動物ドキュメンタリー番組を見て着想を得たことによる。

  機体上面を電磁波吸収素材の黒、下面を耐熱素材の白でコーティングされた機体は一見ずんぐりとしたリフティングボディにスクラムジェットエンジンと燃料増 加槽を呑み込み、機首側に大きく張り出した可変翼、超音速飛行時に衝撃波を切り裂く鋭い機首と相まって、氷上をお腹で滑るペンギンそのままのシルエットを していた。

「今日の試験飛行が済んだら納品なんだろう?早いとこ済ませて打ち上げとしゃれ込みたいね。

X086、離陸許可を求める」

『離陸を許可します。解っているとは思いますが納入前に機体を壊さないでくださいね。

良い旅を』

コントロールからの言葉に唇を歪ませると、スターゲイザーは暖気の済んだ補機の出力を上げていく。

本機の売りであるスクラムジェットは音速以下の低速度域では作動しない。発進から必要初速を得るまではターボファンエンジンに頼ることになる。

機首後方、ペンギンの肩に大きく取られた吸気口から莫大な空気が取り込まれ、甲高い唸りを上げて後方に二基備えられた補機に吸い込まれていく。

それでも始めはのろのろと、タキシングロードを大きく旋回して滑走路の端に着いた試作機は長大な滑走の殆どを使って重たげに大地から解き放たれた。銀色をした耐熱タイヤを付けた着陸脚が格納される。

 彼の活躍できる空はもっとずっと高い所にある。

 機体を緩くバンクさせ、上向きの螺旋を描きながら高度二万を目指す。目標高度に到達した試作機は可変翼をすぼめて一旦降下、重力を加速に使ってマッハ3に到達後再び上昇を開始した。

 モノトーンのペンギンが星の海へ向けてダイブする。

「目標高度到達まで30。最終加速開始」

『了解。ここから先は帰還まで予めセットされたプログラムによる誘導に切り替わります』

 発信源から離れたのと、空気との摩擦熱でノイズがまじり始めたコントロールの声が途絶えると、音速の壁を越えたゆりかごの中は意外なほどの静けさに満たされた。

 アフターバーナーを炊き込んで更なる加速を得た試作機は重力から解き放たれる場所を目指してひたすらに突進する。マッハ5に到達した時点でメインのスクラムジェットに点火。

 衝撃波のコーンがすぼまるのを感知して可変翼がぴったりとボディに添えられ、尾翼が後方に倒れ込む。

 マッハ12。

低軌道投入。

高すぎて暗い空。そこはもう宇宙の底だ。

「低軌道宇宙で機動戦とは、上の連中も何を考えてるんだかな」

 凄まじいGに翻弄されているはずのスターゲイザーは暢気に呟きながら表示グリッドの荒くなったレーダーを参照した。

 プリセットのメニューによるとこのまま低軌道上に配置されたターゲット撃破後に高度を落とし、大気摩擦で減速しつつ基地に帰還するコースになっている。

 試作機に搭載された武装は二種。

 いずれも機首同軸に固定されたガンポッド二門とレーザー一門。

 この速度域で質量弾にどの程度命中精度が期待できるか計算しかけて辞めたスターゲイザーはウェポンセレクターからレーザーの起動を指示。

 背面に埋設されたレーザーに給電が始まる。

「飛行船から針を落として地上のコインに当てるみたいなもんだが、さて」

 ターゲットの選定、接敵、離脱まで殆どがオートで行われ瞬間的に最大火力をぶつけることになる高々度・超高速戦闘は馬上槍試合に例えられる。

 HMDに投影される軌道図上にターゲットが表示された。攻撃のチャンスは一度きり、スターゲイザーはトリガーに指を添え、その瞬間を静かに待った。

 ターゲット・イン・サイト。

 相対距離、実に3㎞でスターゲイザーはトリガーを引いた。その瞬間、二重砲身のレーザーは初発のガイドレーザーを照射、ターゲットとの間にある小さな粉塵や薄い大気を焼き、間を置かず放たれたメインレーザーが光の速度分の時差でターゲットを貫く。

 試作機の突きだした槍は狙い過たずターゲットとなった古い放送衛星を破壊、軌道を乱した衛星は細かいパーツに分かれながら重力に引かれ摩擦で赤熱しつつ地上へと墜ちていった。

「スターゲイザー星を作る、か。お疲れさん」

流星となった放送衛星に指先だけで二本指の敬礼を送ったスターゲイザーは機体を緩くバンクさせて降下に入った。これから試作機は機体の冷却と減速を兼ねて地球を半周する飛行にはいる。

『お疲れ様でした。どうです?史上初の全領域戦闘機のパイロットになった感想は』

「超高々度・超高速侵攻爆撃機じゃないのか。どちらにしろ、こんなイカれた機のテストはもう願い下げだね。老後は孫と天文観測でもしながら過ごすさ」

『そういえば今回で退官でしたね。教わることはまだありますのに、残念です』

「なに、本職に戻るだけだ。新星を発見したらお前さんの名前を付けてやるよ」

『光栄です。それではパーティの準備をしてお待ちしていますよ』

 再び青い空に戻り、音と光に満ちた地上を見下ろした老兵と生まれたての雛鳥は共に古巣を目指してゆっくりと海原の上を旋回した。

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試作機 X086性能諸元

プロダクトネーム ペンギン

全長 32m

翼長 最大展張時 23m

推進器 主機:スクラムジェット 補機:ターボファンジェット

主兵装 ガンポッド二門 レーザー一門 ミサイル一本

燃料 液体酸素・液体水素混合式

 

【開発初期の機体デザイン】

 

♯機影はほぼ水中を泳ぐ際のペンギンに準じる。詰まるところ科学技術は自然現象の解釈・模倣の手段に過ぎないという一つの証左であり、設計者のかの鳥類へのリスペクトも多分に含まれている。

♯くちばしが機首、肩がインテーク、足部分に補機としてベクタードノズルのターボファンを備え、機体最後部に備えられた尾翼は超音速飛行時後方に倒れ込んで衝撃波から守られる機構。

♯ 元々巨大で鈍重な機体であるため、その飛行過程は専ら力任せにぶっ飛んでいく物になる。揚力の発生源はリフティングボディと可変主翼によるが、高々度では 補機の推力を偏向させることで機動性を辛うじて補償している程度である。ちなみにメインエンジンは補機の間、お尻の辺り。

♯ ずんぐりしたボディの元になっている燃料増加槽には液酸:液水をほぼ2:1(実際にはアフターバーナーでの使用を考え液水多め)で納められている。取り回 しを考えてコックピット後方エンジンの前辺り。魔法瓶のような増加槽内部にはダンパー式の筋交いが数本切ってあり、真円に比べると剛性で劣るリフティング ボディの強度を上げ機体の捩れ等に対応している。

♯全長に対してシャープな印象を与える可変主翼は単純な引き込み式ではなく、アクチュエーターと特殊形状記憶合金を用いて翼断面や翼面積及び取り付け角がある程度変化する機構を持つ。ラムジェット点火時には鳥が翼を畳むように格納される。

♯低軌道上最高速マッハ15が公式記録に記載されているが、燃料の続く限り何処までもいける、と技術者は豪語している。恐らく機体強度限界の前にパイロットが圧死するだろうが。

♯主武装について。以下は機体性能から高速での迎撃が主任務になるであろうという推察に基づく。基本的に機首同軸に固定。

♯ガンポッドは低速度・低高度域で使用。高速で飛来し弾丸をばらまき、あるいはその速度で引き起こされるソニックブーム自体が武器となる。特に海洋上では周辺環境への被害も考慮に入れる必要がある。

♯レーザーは高々度・高速度域で使用。減衰率軽減のため二重砲身という機構を採用しているが、大気圏内ではどうしても減衰するためガンポッドと使い分けを求められる。

♯ 大気圏内でのみの使用となるミサイルは対艦や対施設など大型目標撃破を想定している。爆装すると更に燃費と機動が悪くなるためである。弾種は対地・対空な ど各種あるが、本機と同時に開発された卵型のクラスター爆弾が標準装備としてセットされている。胴体下に爆装すると卵を抱える親鳥そのもの。

 

(文:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国)

(絵:イズナ@ナニワアームズ商藩国)

最終更新:2008年07月21日 00:57