電波っ子那由他と我が隊長石田咲良
登場人物【順不同・敬称略】
久遠寺 那由他:
石田咲良への親愛だけを持ってこの世界に飛び込んだ御存知ナニワの駄猫文族。
今回のゲームのため入国後1ヶ月で28マイル貯め、ほとんど全部咲良につぎ込んだというホントに駄目な猫。
石田咲良を我が隊長と呼ぶが、本人の前では使えないへたれ。
今回もいろいろとやらかす。
どうやらプロフィールに書いてあることは謙遜ではなくホントだったらしい。
守上藤丸:
御存知ナニワの超美人摂政(サターン藩王推奨呼称)、ラブコメブラッド、微笑む摂政などの異名を取る偉い人。
今回は心細いと那由他に懇願されてついてくることに。
本当は挨拶だけして引っ込む予定だったとか。
最後までいろいろと大変な気苦労を掛けたようですいません。
大阪万博:
頂点のレムーリア、ゲームGPO劇中劇のシーパレードマーチに出てくる美形青年。
エロリストの異名を取るだけあって男も女も口説く。
彼の招聘を熱心に指示した守上摂政を気に入っているらしく、度々彼を振り回している。
だがその軽薄な言動と裏腹に繊細で真摯な心根を持つらしく、ナニワ国民も何度も救われている。
今回わかばの癖に天領に乗り込んだ那由他を助けるためだけに出現。
実にかっこよく去っていった。
あんたはん、ほんまにエエ男や・・・。
石田 咲良:
言わずと知れたGPO白のヒーロー。
那由他のあこがれの人である。
ちなみに今回召喚されたのはゲーム版の石田咲良で、あの虚弱な咲良、後のターニとなる谷口やサーラの記憶は持っていない。
冬の青森で幻獣と戦っていることから時間設定も白の章のものらしい。
性格がきつい方、という芝村氏の言葉通り、那由他は1RでKOされることに・・・。
久遠寺 明宗:
那由他の描く物語にのみ現れる。
那由他付きの猫士として、故郷を出奔した那由他を追ってきた。
猫士と名乗ってはいるが、那由他を見守るだけで具体的には何もしないという思うさま怠惰な黒猫。
詳細不承。
2008年1月11日。
前年末に発表された小笠原放棄決定より1ヶ月足らず、場所を移しての小笠原ゲーム、いや、天領ゲームが再開された。
まだ年も明けて間もないこの日、その天領に早速二人のナニワアームズ商藩国民がやってきている。
一人は灰白の髪に色鮮やかな長い布を巻き付けた守上藤丸摂政。
そして一張羅のイェロージャンパーに身を包んだ同国の駆け出し文族、久遠寺 那由他特別飛行士。
ニューワールドに住む者にとって、名前は聞いたことがあっても未だ謎の多い天領。
二人はその中にある春の園といわれる公園区画でぼんやり立っている。
一般には天領には何でもある、とまことしやかに言われているが、春の公園がそのままあるとまでは思ってなかったらしい。
暖かな日差しが降り注ぐ中、花壇に咲き乱れる色とりどりの花の甘い匂い、のどかに鳴き交わす小鳥のさえずり、そんなものが柔らかな風と共に漂ってくる。
鼻がむずむずするな。花粉症が再発しなきゃ良いけど。
「あー・・・いいなぁ。ここー・・・。
昼寝したい・・・」
守上は早くも環境に適応したのか、春の日差しの中でのんびりと言った。
常日頃激務に追われる摂政のこと、こういった場所に来る機会は実は少ない。
一人では心細い、という那由他に懇願されてついてきたのだが、思わぬ休養になりそう、と守上は少しだけ期待していた。
実のところその期待はものの見事に裏切られるのだが。
まあそれも彼の運命ってヤツだろう。
「我が隊長はいずこへおいででしょう・・・」
対照的に落ち着かなそうにクーラーボックス抱えてきょろきょろしているのが那由他。
勢いだけで故郷を飛び出し、ナニワアームズ商藩国に入国してより早1ヶ月、この日のために朝夜の別無く闘争を重ねてきた。
無理もないかも知れなかった。
僕は何時だって一番近くでその様子を見てきたから良く知っている。
そんな二人をみつめる黒い影。
「ふーに」【ありゃまぁ、迷子じゃあるまいしきょろきょろしちゃって】
二人に見付からないよう藪の中に身を潜める黒い毛皮の猫、那由他の相棒である猫士の明宗。
つまりは僕だ。
故郷を飛び出した那由他に続いてナニワに現れ、以来彼女を見守り続けている。
見守るだけで具体的には何もしないことにしてる。
それについてはまあ、そのうちに話す機会もあるかも知れない。
今日は那由他が始めて天領ゲームをやるということで、心配というか見物がてら様子を見に来たわけだ。
「なご」【お、きたきた。さて、那由他は上手くご挨拶できるかな?】
一人呟きながら次の観察ポイントへと黒いシャクトリムシのように匍匐移動する僕。
我ながらしなやかなこの動き。
青々とした芝生に覆われた公園の中に通された、石畳の歩道。
その向こうから青い髪の少女が珍しそうにあちこち見回しながら歩いてくる。
青森の第108警護師団第1小隊、通称ヒロイン天国小隊長、石田 咲良。
策源地北海道と本州の分断を図る幻獣の強襲により大打撃を受けた青森防衛諸隊のテコ入れとして学兵の小隊に任官された最新最高性能の
指揮官型成体クローン。
紅い瞳のブルーヘクサ。
別の人生では数々の悲劇に見舞われたヒーロー。
そして那由他が憧れ、心の支えとし、共和国への亡命を決意させ、日々の闘争の原動力となった娘。
遂に間近に捉えたその姿に、那由他は一度ぶるっと身体と尻尾を震わせるとクーラーボックスを抱えてがちがちに緊張したまま歩き出した。
良いだけ緊張してるな。あれは。
「荷物、良かったら持つよ?」
「いえ、これには大事な物が」
何が入っているのか(というか僕は中身を知っているが)、大事そうに大きなクーラーボックスを抱えている那由他に守上が声を掛けるが、那由他は小さく頭を振って前を、咲良だけを見据えている。
足を止めてさえずる小鳥の姿を探しているらしい咲良に、静かに歩み寄る那由他。大丈夫かな~という感じで守上が後に続く。
驚かさないように、丁寧な挨拶を、簡潔に。
自分に言い聞かせながら深呼吸すると、那由他はともすれば震えがちな声を抑えて切り出した。
「初めまして、石田 咲良さん。
おいで頂いてとても嬉しいです。
ナニワアームズ商藩国から参りました文族猫の久遠寺 那由他と申します」
そういって勢いよく頭を下げる那由他。
頭を下げていたので守上があっちゃー、という顔をしていたのについぞ気が付かなかった。
ほんとにあっちゃー、だ。思わず僕も前足で顔を押さえてしまった。
那由他の勢いに仕方なく守上も外交官風に優雅に礼をする。
「守上藤丸です、はじめまして」
「なにその変な所属。
もっと常識で、ものをしゃべって」
小鳥のさえずりがやみ、二人の方に向き直った咲良は腰に手を当てると苛烈で冷然としたな口調でそう言った。
那由他にとっては巨人の一撃のようなその言葉。
一気に心拍数が上がり、尻尾がまるで棒のようになる。
何か答えなくては。
所属、ナニワでは、確か・・・。
それだけが頭の中を駈け巡っている。
いわゆるぐるぐる、ってやつだな。なんのために他人のゲームログを読みあさって予行演習までしたんだか。
「はっ、実際は戦闘員なのですが今は非戦闘時と言うことで主に文章を書いて食べております」
あーあ、言っちゃった。第5世界人の咲良にいきなりそれはないだろ・・・。
直立不動の姿勢で答える那由他に咲良の紅い瞳が不審そうに細められた。
容赦のない詰問は続く。
「どこの部隊の所属?」
「特別飛行隊という呼称の、I=D部隊であります。I=Dは御存知でしょうか?」
咲良は譫言のように意味不明な答えの那由他から目を逸らすと、いきなり暴走を始めた彼女に呆気にとられ傍らでなすすべなく沈黙を続ける守上を見た。
氷点下以下の魂も凍るような目をしている。
だからさ、守上くらいにしときゃいいんだって。ファンなので会いに来たんです、握手してください。とかさぁ。
外野から突っ込む僕の存在など知るよしもなく、不承の部下の失地を回復させるべく、守上は必死で頭を回転させている。
ちら、と見ると那由他はもう完全にフリーズしていてものの役に立ちそうも無い。
守上藤丸、本日も孤立無援。
ほんとうに、彼に同情したくなった。
「あー・・・と。広島駐屯陸軍に所属してます」
「師団は?」
なんとかそう答えた守上に咲良の追及は依然厳しいままだった。
「今は、どうなってるのかな・・・。所属がはっきりしてなくて、部隊」
守上にしたって第5世界の部隊まで詳細に把握しているはずもない。
ましてや広島での戦闘に参加したのは随分と前のことだ。
これが三千世界に散らばる咲良達とニューワールドにいて多数の世界を知覚できる那由他達の認識のギャップ。
一見全てを見通す神の地平に立っているかのように見えて、その実群盲象を撫でるが如し。
こんな簡単なことも解らない。
ゲーム初心者が最も陥りやすい芝村の罠。
あわれ、その罠に那由他もものの見事に尻尾の先まで嵌り込んでる。
「申し訳ありません。入営して1ヶ月で、色々とおぼつかなくて・・・」
もうだめだ。隊長のこんな視線には耐えられない。
丁寧に謝罪して、ナニワへ逃げ帰ろう。
そして・・・。
那由他が後ろ向きな思考にとらわれかけたその瞬間、まるで魔法のように、救いの手が差し伸べられた。
「105だ。お嬢さん」
「!!」
「あなたは・・・?」
その救いの手は濡れた髪の美形青年の形をしている。
背後から出し抜けに声を掛けられた守上が驚きで顔を引きつらせる。
余りに唐突な出現に咲良も詰問を忘れて目の前の美形に見入っている。
引き締まった長身にラフにスラックスとシャツだけを纏った彼こそがナニワアームズ商藩国の賓客にしてエロリストの異名を持ち、たぐいまれなる個人戦闘力を備えた絢爛舞踏。
23番目のクラスメイト。
その名を大阪万博といった。
彼と守上摂政の因縁(?)の数々については藩国史をひもといてもらうとして、相変わらずなんの予告もなしに現れた大阪は不敵に笑いながら3人の前に歩み寄った。
那由他にウインクする。
なんとまぁ、良いタイミングで現れること。
きっと那由他を新しいオモチャが出来たとか思ってるんだろうな。
「こんにちは・・・」
守上が色々言いたいのを我慢して挨拶する。
那由他は彼と直接会うのはこれが初めてだが、文族の仕事を通して色々と彼のことは聞き及んでいる。
主にアレとかアレとか、アレのことだ。
彼なら絶対に何とかしてくれる。
なんの根拠もないけど、那由他はそう確信した。
「部下が失礼しました」
「失礼致しました」
言いながら実に様になる敬礼。
威風堂々とした高級士官、そういう役回りを演じている大阪に倣って守上も敬礼する。
「我々は105山岳騎兵師団、第一連隊第3大隊所属です」
「ああ・・・・・・二線級部隊の」
大阪のオーラに気圧されるように納得する咲良とこくこくと頷く那由他。
まあなんだ、二人とも素直だな・・・。
那由他の方は大阪が言ってるのは以前サターンが率いた部隊のことだと思ってる。
ちょっと調べればそれが105GEP1311、シュークリームナイト小隊のことだってわかったのに。
「ま、それはお互い様で。
警護師団の方ですね。無理やり呼んですみません。
実は私の部下が、貴方の大ファンでして」
大阪のでまかせもまあ間違ってはいない。
「うん。わたしは最高最新の新型だ」
「ええ。それでですね。ぜひお話なんぞできればと」
「少しの間、お付き合いいただければ嬉しいです」
そう言葉を添えた守上に押し出されて、那由他がよろけるように前に出る。
覚悟を決めた。
「はい。大変失礼かと思いましたが、クリスマスの時にもその・・・マフラーを贈らせていただきました」
顔を真っ赤にして訥々と語る那由他。
あれは酷かったな。
奇襲を掛けるようなスケジュールでほとんどぶっ通しで作業してたっけ。
咲良はあの不格好なマフラーを思い出したらしく、ようやく表情を和らげた。
「ああ。
そうか、そうだったのか、疑ってすまない」
「こちらこそ、舞い上がってしまいまして申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ。失礼致しました」
ぺこりと頭を下げる那由他と守上。
「では、この子たちをお願いします」
にやりと笑うと、それだけ言い残して大阪は来たときと同じように颯爽と去っていった。根本でくくった髪に、青い組紐が揺れた。
何か言いたげに口を開き掛けた守上と感激した面持ちで尻尾を振っている那由他を残して。
大阪はきっと迷宮に戻ったんだろう。
ただこのためだけに、本当にご苦労なことだ。
ナニワに滞在しているといっても形だけで、一度も会ったことのない那由他になんの義理もないだろうに。
「にゃご」【そういうところがなんというか、彼らしいんだけどな】
「ありがとうございましたー!」
(と言うか私も離れた方がいい?)
(いてください!)
大阪をの去った方を少しの間眺めて、守上と那由他は小声で短い遣り取りをした。
守上としてはこの辺りで退散して公園でのんびりしたかったのか、それとも大阪の後を追って少しでも話がしたかったか。
しかし未だに不安な那由他は守上の袖をしっかり掴んで放さなかった。
こっそり溜息をついて落ち着いて話せそうな場所を探す守上。
「山岳騎兵は、いつも動いて大変だろう。その点警護部隊は動けないで困ってる」
「私などは、じっとしているより動いている方が性にあってますので、何とかやっています」
「わたしはまだ新米なので実感はないのですが、先輩方をみると大変そうです」
うん、と頷く咲良の機嫌が直ったのを感じて那由他は緊張しつつも大分まともな会話になっている。
うんうん、ここまで来るのに大分かかったなぁ。
「そっかー。我々は雪でほとんど部隊を動かせないんだ」
「ええ。東北の雪深さはわたしも身にしみています。
あの、何処かお座りになりませんか?」
「あ、うん」
故郷の冬を思い出して苦笑する那由他に短く答えて咲良は周囲を見た。
二人に対する態度が不審者から親しくない部下に対するものくらいには軟化している感じ。
辺りには暖かい日差しを浴びて三々五々芝生に腰掛ける人たちが見える。
噂に聞く天領民というものなのか、那由他達と同じくゲームに来ているプレイヤーなのか、ちょっと見た限りでは判別できない。
結局すぐ近くの芝生の上を見定めると、那由他が唐草模様のハンカチを広げた。
ナニワを出る時にちりかみと一緒にイズナに持たされたやつだな。
咲良は小さく笑って、芝生に座った。
那由他の大仰な仕草がおかしかったのか、春の日差しが嬉しかったのか、どっちだろう。
ううむ、こっからだとよく見えないな。
咲良に続いて守上と那由他も腰を下ろした。
ここだけ見ると、学生ののどかな昼休みみたいなんだけど。
「芝生の上も、いいですね」
「うん。こういうのははじめてだ」
ああ、確かに。
咲良は冬生まれでまだ春を経験していない。
緑の芝生自体始めてなんじゃないかな。
「わたしも久しぶりです。ちょっとちくちくしますね。
ところで、石田隊長は甘いものはお好きでしょうか」
もう安心かな?守上はそう思ったらしく、芝生の上に寝転がって大きく伸びた。
なんというか、いつもすまないねえ。
那由他のは生耳に尻尾出しっぱだからな。そりゃちくちくもするだろうさ。
まずそこから不審だ。
「甘いものは・・・・・・ま、まあまあ・・・・・・?」
本当はもっとうち解けてから、と決めてたらしいけど、今回は色々手間取って時間がない。
お土産を開くタイミングを伺う質問に、咲良は嘘をついた。
多分、甘いもの全般に大好きなはずだ。
「あ、それはよかったです。
本日はお土産を用意させていただきました。
宜しければお召し上がり下さい」
そう言いながらクーラーボックスを開く那由他。
大きなクーラーボックスから取り出されたそいつを見て、咲良の目が点になってる。
さすがに予想外だったらしい。
「・・・どうやって作ったの・・・」
守上も呆れている。
そりゃそうだ。
これに驚かないのは噂に聞く帝国宰相くらいなもんだろう。
「それは摂政閣下にもヒミツです。味は保証いたしますよ」
食べていただけるかなぁ。
そういう感じで上目遣いに様子をうかがう那由他に、咲良の目がちょっと輝いているように見えるな。
「なんかもう、食べれるかどうか分からないけど。
うん。食べてみたいかも」
「そのあだ名はやめてってば」
そうそう、ここまで来て摂政閣下はないだろ。
テンション爆超の那由他にはもう聞こえてないみたいだけど。
集中したら周りが見えなくなる。
こういう子なんだよ。那由他っていうのは。
「ありがとうございます!石田隊長、どうぞ。摂政閣下も」
ほらまた言った。
実に嬉しそうに尻尾と耳をぱたぱたさせてそいつ、生クリームとカラメルとチェリーで飾られた2㎏の巨大プリンアラモード。
正式名称:久遠寺流広域殲滅用質量兵器【黄色い奇跡】を切り分ける那由他。
つまりどんな空腹なやつもこれ1個で満腹、甘い幸せに浸られるからケンカも起きないっていう。
命名したのは僕じゃないぞ。なんでも那由他は子どもの頃こういうのばっかり喰ってたらしい。
こういうのをおやつに出すとは随分ワイルドな母親だよな?
那由他は小さく切り分けたつもりらしいが、皿の上でぷるんと震えたそいつは、切ってもでかかった・・・。
「ありがとう」
自分の分の皿を受け取って心なし顔を引きつらせる守上。
そういえば、2、3日前に那由他が『摂政閣下は甘いものなら幾らでもいける口ですか?』とか聞いてただろう?
気をつけた方が良いぞ、守上。
那由他は冗談に見えて本気なときと、真顔で嘘をつくとき両方ある。
今回のは、両方。
バカと冗談がてんこ盛りだ。
「これ、どんなお店にあるの?」
しげしげとプリンをみつめて不思議そうに問う咲良。
カラメルの黒、生クリームの白、チェリーの赤。
沢山の牛乳と卵で作られたほの黄色いプリン。
甘いバニラの匂い。
育ち盛りの女の子を誘う究極の物体がそこにある。
「いえ、わたしの手作りです。
卵と牛乳、あとは少しのゼラチンだけです」
「こっそり、がんばってましたよ」
守上は那由他がこっそり、何かしているのは感づいていたらしい。
元々隠す気はない上に連日談話室に籠もってあーでもない、こーでもないしててバレない方がおかしいんだが。
「作れるんだ!」
がーん。
目の前の巨大なプリンと那由他を見比べて驚愕する咲良。
「ですよねぇ。どうやって作るんだか・・・」
それはレポートに纏めてあるからそっちを見てよ。
作り方さえ解れば意外に簡単だ。
あとは根性とバカが少々あればOKだな。
「食べ切れない分はお持ち帰りいただいて、是非隊の皆さんにも。
・・・え、ええ。本当は焼きプリンが美味しいのですが。
流石にこのサイズですので・・・」
那由他もちょっとやりすぎたかな?とか思い始めている。
まぁ、普通の家庭でこんな物は出て来ないよな。
「工場でできるんじゃないんだ・・・なんかこわい」
「工場で作られる物もありますが、わたしは食べていただきたいものは手作りしたかったのです。
気持ち悪い、でしょうか…」
若干ヒキ気味の咲良に那由他はしょんぼり。
「さすがに量産しても元手が取れないんじゃないでしょうか・・・」
ちなみに材料費は2にゃんにゃんいってないぞ、守上。
無菌無塵の工場生まれの咲良にとって、ハンドメイドのプリンなんて想像の埒外らしい。
これは咲良に限らず、今時の子供に共通することなのかも知れないけどね。
綺麗に包装されて型に収まった規格品に比べれば、那由他の作ったコイツは正体不明の怪物みたいなもんだろう。
大きさは抜きにしても、な。
「とにかく一口食べてみていただけませんか。素材は選んだつもりです」
もしかして触れてはいけない領域?とか、咲良の生い立ちを知っている那由他は大あわてだ。
那由他にはとにかくひとさじ、それだけ食べて貰えば美味しいのを解って貰う自信があった。
なんせ、冷たい雪に手を真っ赤にして冷やしてたからな。
僕もボウルに残ってたのを少し貰って嘗めたけど、これはマジで美味い。
4時間かけて作った那由他のプリン、食べてあげてよ。
いつの間にか僕も傍観者であることを止めて祈るような気持ちになってた。
いかんいかん。
咲良は左手にプリン、右手にスプーンを持ったまま紅い瞳でじっと守上と那由他を観察してる。
「?」
(摂政閣下~さきにたべてみてくださいよぅ)
咲良の視線に怪訝そうな守上の横腹をこっそり那由他が肘でつつくのとそれに守上が思い至るのと同時だった。
要するに、毒味してプリンが美味しいことを証明してみせれば良いんだ。
那由他が先に手を付けなかったのは目上から先に食べさせる習慣からだよ。
案外こういう場では古風なとこも出る。
「お先にいただきます」
役回りに思い至ると守上の頭の回転は早い。
那由他が望む通り、にっこり笑うとプリンを口にした。
実は余り甘いものが好きじゃないらしいけど。
「わたしもいただきます~」
「いい甘さだねー」
「プリンは幸せの味がしますね」
なんだかCMみたいな二人の遣り取り。
守上は良いけど、那由他、顔の端が引きつってるぞ。
普段から笑う訓練をしてない罰が当たったな。
二人の反応に、とりあえず危険な成分は混入されてないと判断したか、咲良もやっと一口プリンを口に運んだ。
「おいしい」
信じられない、といった口調。
ま、見た目があれだから大味そうだけど。
実は卵と牛乳も選りすぐりの高級品だ。
黄身だけ取り出すのが上手く行かなくて、倍の卵を無駄にしてたっけ。
白身過多のスクランブルエッグを処理したのは主に僕だ。
咲良に掛ける情熱の100分の1でも向けてくれればもう少し僕の食生活も改善されるんだがなあ。
「本当ですか!宜しければ、たくさんありますから!」
「うんっ」
破顔して頷く咲良にもう嬉しくてしかたない。
実に、単純だ。
もふもふした尻尾をばたばたさせてプリンを取り分ける那由他。
あーあー、いくら何でもそんなには喰えんだろ。
「よかったぁ~・・・・・・」
おかわりを美味しそうに食べている咲良の様子にへなへなと脱力する那由他。
「よかったね」
「ありがとうごさいます」
こっそり守上が耳打ちすると目をうるうるさせた那由他が小さく答えた。
良かったな。ついさっきは一瞬、引退も考えたもんな。
大きなプリンを手に咲良は嬉しそう。
咲良、プリンは美味しいかい?そいつは見た目ちょっとアレだが那由他の真心が山ほど入った魔法のお菓子だよ。
つられて那由他もにこにこ嬉しそうだ。
ここに来て初めてみせる本当の笑顔。
これだけでもニューワールドくんだりまで来た甲斐があったってもんだ。
「あ、でも本当にこの量3人は多いと思うので持って帰られませんか?」
「はい。宜しければ隊の皆様にも」
その様子を微笑ましそうに見守っていた守上が切り出した。
うん、流石に摂政は心配りも一線級だねぇ。
(隊の皆さんも喜んでくれるかな)
那由他はちょっと心配そうだけど大丈夫、咲良は部下に食べさせようと思ってる。
そうして食べて貰えば解って貰えるって。
「じゃあ、貰おうかな。ありがとう」
その言葉を受けてそつなく持って帰れるようにクーラーボックスにプリンを詰め直す守上。
いやいや、頭が下がるねぇ。
那由他に代わってお礼を言うよ。
そんな守上にも気付いていない、当の那由他はにっこり笑って大きなクーラーボックスを咲良に手渡した。
ヒロイン天国小隊員にも思わぬお土産になって、良かった良かった。
「はい、このままお持ち下さい。
ところで・・・石田隊長、一つ、ぶしつけな質問をよろしいでしょうか」
「質問?うん」
残り時間わずか。
左手首に巻いた航空時計に目をやった那由他は最後の勝負に出た。
がんばれ。
「ありがとうございます。
えー・・・あの、マフラー・・・いかがでしたでしょう・・・。
拙い物で失礼をしたのではないかと気がかりで・・・」
もじもじ指を絡ませながら訥々と切り出す那由他。
うん、何度も言うが、あれは酷かった。
なんとかマフラーの形にはしたけど、編み目もバラバラだったし。
気を利かせてそっと二人から距離を取る守上。
うーん、その心配りが自分のゲームで出来れば、もっと幸せになれるぞ、守上。
(どきどきします。しっぽぴーんです)
「こ、今度使ってみる。
ごめん、まだつかってないんだ」
「いえ。そのお言葉だけで十分嬉しいです。
お許し頂けるなら、また贈り物をしても良いでしょうか・・・?」
「本格的に寒くなるのはこれからですしねー。
よかったね。なゆたさん」
草葉の陰からうんうん、と頷く守上。
那由他よ、喜ぶのはまた早いかもしれんよ?
そんな僕の心の声など幸せ絶頂な那由他に届くわけもなく。
那由他は真剣な目で咲良の紅い瞳を見つめた。
対して咲良はなん気負いもなく微笑むと小さく頷いた。
「うん」
「ありがとうございます!つぎはきっともっとずっといいものを編みますから!」
感激。幸せ。うれし泣き一歩手前?
とにかく那由他は勢いだけでそう言っちゃった。
あーあ、僕は知らないぞ。
出来上がりを見てがっかりされても。
「うん!」
だけど、咲良は無邪気に笑うと大きく頷いた。
ほんとうに、純粋で素直な良い娘だよな。
それで、クーラーボックスを抱えて青森に帰っていく咲良を見送って守上と那由他もナニワに帰っていった。
道中色々なことに今更気付いた那由他は守上に平謝りだった。
そっちについてはまあ、ここでは良いだろ?
何せ僕の方も急いでナニワの女子寮にある那由他の部屋に帰ってないといけなかったからね。
天領からナニワに戻った後、談話室に立ち寄って色々反省していた那由他は、大分遅くなってから自分の部屋に帰った。
早速毛糸と編み物の本がデスクの上に並んでる。
そして、今は端末に向かって真剣な表情で何かタイプしていた。
『お姫様と黒耳猫』
タイトルにはそう記されている。どうやら今度は絵本らしい。
ま、これがいつもの那由他だね。
その調子で、これからもがんばれ。
そして咲良と仲良くなれるように、僕も心から祈っているよ。
那由他が望みを叶えたとき、その時からやっとこさ僕の物語が始まるのさ。
今夜も半徹らしい那由他に小さく尻尾を振ると、僕は食事をねだりに食堂のおばちゃんの元へ静かに歩み去った。
いつもの平和な、ナニワの風景である。
今日のところはめでたしめでたし、だ。
最終更新:2008年01月18日 20:05