予告編

『我が藩王の命でクリスマスパレードをすることになったナニワ藩士達。

しかし、そこには兄猫氏の暗躍と陰謀が・・・。

いつも通りの展開の末、捕獲された兄猫氏は那由他発案によるちょー危険な作戦に投入されるのだった。

兄猫氏の命運は?那由他の立てた作戦とは?

大きく風呂敷を広げつつクリスマスイブの公開を予定!』 





ナニワアームズ商藩国のクリスマス



~猫屋敷兄猫は如何にしてクリスマスを破壊せんとしたか~



プロローグ 久遠寺 那由他は闘争を開始する

 今日は楽しいクリスマス。

 もちろんお祭り好きでついでに言えば商魂たくましいナニワのこと、このようなイベントを放っておくはずがない。

 商店街の中心に鎮座するタイヨウの塔はクリスマス仕様でライトアップされ、そこへと続く商店街はきらびやかな色とりどりのイルミネーションで飾られたアーチで縁取られている。

 ナニワ・ルミネセンスストリート。

 クリスマスムードで彩られる商店街はそう呼ばれて新年と並ぶ人出で賑わっていた。

 そんな楽しげな雰囲気の街中を那由他は一人彷徨っていた。

「SS、SSは要りませんか?」

 左手にバスケットを提げ、なにやらうにうにと文字の書き込まれた紙の束をライトアップ見物に来た観光客やクリスマスの買い出しに忙しい地元ナニワ商人に差し出している。

 しかしながらそこは物の良し悪しにうるさいナニワの人々、那由他程度の駄文は一瞥すらして貰えなかった。

「SSを・・・うう、寒い・・・」

 耳と尻尾をしょんぼりと垂れ下がらせて那由他は凍える手を擦って息を吐いた。

 地下に国の大半があるナニワの気温は常に一定に保たれているのだが、心がサムイと身体も寒くなるものらしい。

 ついでに言うと更に寒い財布の中身が那由他をこの奇行に走らせているのだが。

 その様子を退屈そうに眺めていた明宗が寝そべっていたポストの上からあくび混じりに声をかける。

「ふにゃーあ」『だから言ったろ、そうそう甘くないって』

「だって、バミたんが・・・」

 悔しそうに呟くと那由他はイェロージャンパーのポケットから一枚のチラシを取り出した。

 そこには『クリスマス特価 ちょーリアルバーミーズフィギアがなんと驚きの30%オフ!限定五体お早めにー!』とある。どうやらまだ諦めていなかったらしい。

「ふにふに」『なんというか、そういう那由他見てると痛々しいんだよなぁ。こっちも寒くなって来るしさ。もう諦めて寮にかえろふよ』

「あぁ、あったかいなぁ。・・・あ、大トロが見える。美味しそうだなぁ。うふふふ」

 現実逃避のつもりなのか路地裏にしゃがみこんで自筆のSSの束に火を点け暖を取る那由他。炎の中に何が見えるのか想像に難くないが。

 明宗はふ、と溜息をついてポストから飛び降りるとたしたし、と那由他の背中を叩いた。

「なーご」『はいはい外で妄想しない。
 大体、真面目に働いてお金もらう方が先だろ?休戦中の今、パイロットはお呼びじゃないだろうけど・・・』

「じゃ、どうしろって?」

「ふな」『そうだなぁ。何かイベントがあれば、非戦闘行為でもマイルとやらがもらえるらしいぞ。那由他は文族だから、イベントの企画書なんて・・・』

「それだ!」

 明宗の言葉を最後まで聞かず、那由他はがばっと立ちあがると行政府の方角へ向けて走り去っていった。

 空中に右前足を差し上げたままぽつんと取り残される明宗。激しく厭な予感がするのか器用にもだらだらと汗を流した。

「うな・・・」『僕は知らない、知らないぞ~・・・』

 これから起こるであろう騒動とは無関係であることを誰にともなく主張しながら明宗はナニワで一番安全と思われる食堂のおばちゃんの元へと避難していった。


シーン1 藩王サターン陛下は執務中

「メリークリスマス!」

「・・・メリークリスマス」

 予告無しに突然執務室へ現れた那由他に胡乱そうなモノアイの視線を投げかけて、ナニワアームズを統べる仮面男爵こと藩王サターンは午後の執務を中断して端末から指を離した。

「何かの符丁かね?その、メリー何とか言ってざい」

「はっ!我が藩王、それ以上は危険発言に当たると思われます!
 ・・・いえ、、庶民の挨拶のようなものでして・・・。
 我が藩王はクリスマスをご存じないのですか?」

「はっはっ、冗談だよ。我がナニワでも無視できない経済活動が行われる時期だからね。
 それで、今日はどういった用件かな」

 快活に笑いながらも執務デスクの上に色とりどりのボタンをさりげなく展開するサターン藩王。

 那由他は横目でそれを眺めながら密かに冷や汗を流した。

(今日は何処まで落ちるんだろぅ。白いワニは、ちょっと厭だなぁ)

「はい。クリスマスといえばプレゼントがつきものです。
 心を込めたプレゼントを贈り合うのが友好の証、藩士の交流にはもってこいと愚考いたしました」

「なるほど。確かに友誼の証に物を贈るというのは外交の常套だが。
 そう言えば某国ではパンーダとかいう珍獣を・・・」

「あの、すいません、それも危険発言です・・・」

「そうかね?それで那由他君、具体的にはどうしたいと?」

「お話が早くて助かります。まことに情けない話なのですが、わたし実は財布の中身が・・・」

 言いながら那由他はちら、とサターン藩王の顔を伺った。相変わらずメカメカしくも厳めしいその顔から感情を読み取れない。

「それで、あの、お給料を前借りできたらいいなー、なんて・・・ダメですか?」

 知らず知らず尻すぼみになっていく那由他の声にサターン藩王は鷹揚に頷いて立ちあがった。デスクの前に回ると出してあった椅子を那由他に勧める。

「まあ座って楽にしたまえ。那由他君、君が我が藩国に入国してよりはや3週間。その間実に色々なことがあった・・・」

「はあ。是空藩王救出作戦とか夜明けの船捜索にも参加いたしました」

 それはつい先日のことである。両作戦とも一発の実弾も撃ってはいないが。

 座り慣れない革張りでふかふかの椅子に戸惑いながら那由他は微かに首を傾げた。サターン藩王は背を向けてゆっくり歩きながら再び頷いた。

「うむ。その君の働きの免じて些少ながら、プレゼントをせねば、とね」

「あ、ありがとうございます我が藩王!」

 サターン藩王はぱっと顔を輝かせる那由他に向き直るとデスクの上から青色に塗られたボタンを手に取った。

「本番にはちょっと早いが受け取ってくれたまえ」

 ぽちっ。

 サターン藩王がボタンを押すと同時にがしゃっ、という音と共に那由他の身体が金属製のベルトで椅子に固定され、ばしゃばしゃばしゃ・・・、という立て続けの音を立てて天井のシャッターが階層を突き抜けて開いていく。

 最後に天井からハシゴ状のレールが椅子の後ろに降り、無機質な機械音声のカウントダウンが始まった。

『3』

「えっ、あの、もしかしてこれって?」

『2』

「高度2000mまで射出されるそうだよ」

『1』

「ええええ!?なんですかそのデタラメな機構は~っ!」

『0』

 ゼロカウントと共に那由他の腰掛けた椅子が長い噴煙を吹いて凄まじいGと共にレール上を滑走し始める。30秒後には地下3000mを駆け抜け地上に到達する予定である。

「わたしが上で我が藩王が下~っ!?ある意味新しい~っメーリークリースマぁースっ!(訳:地獄で会おうぜ)」

 派手にドップラー効果を効かせた那由他の声と共にもうもうと立ち籠める噴煙。

 天井に開いた地上まで貫通するシャフトを通してきら、と輝く点になった那由他を見上げてサターン藩王は百華たん刺繍入りマントをなびかせ完璧な敬礼を送った。

「ボン・ヴォヤージュ。
 たまには遙かな高みからサンタ気分で我が藩国をみつめるのも良いだろう。
 良い旅を。那由他君。
 ・・・それにしても我が藩国の猫士の作る物は素晴らしい。惜しむらくはこのギミックを私すら知らない内にこしらえたところだが」

 何事もなかったかのようにシャッターが閉じていく室内で後ろ手を組み街の様子を眺めるサターン藩王の元に、王猫トラさんが歩み寄ってきた。

「うにゃーん」

「ふむ。そうか、藩国民に娯楽を提供するのも藩王の努めだな。それを以て私のクリスマスプレゼントとしようではないか」

「にゃん!」

 トラさんは元気良くハリセンを掲げた。

 サターン藩王はトラさんの頭を撫でながら独りごちた。

「・・・しかし那由他君のアレは才能というべきか?希有な人材であることは間違いないのだろうが・・・。
 どうしてこう我が藩国には・・・。
 いや、言うまい。これも私の藩王としての度量を計る試練だろう。
 それにこのパターンは、悪くない。クセになりそうだな」

「ふなーう」

 ボケも三度続ければ立派な芸になる。トラさんは腕組みして重々しく頷いて見せた。


シーン2 猫屋敷兄猫の陰謀

 クリスマス。それはロマンチックな奇跡の起こる日。

 クリスマス。それはサンタクロースが夢を与えにやってくる聖なる夜。

 クリスマス。それは恋人達の甘い囁きが満ちる1日。

 そんな世界を殺意の波動を漲らせてみつめる眼鏡があった。

 誰が呼んだか、薔薇の国の使徒。ナニワの嫉妬仮面。

 ナニワアームズ商藩国の闇を一身に背負う男、猫屋敷兄猫氏その人であった。

 どうでも良いが酷い登場シーンではある。

「ふ、ふふふふふ。何処見てもカップル、カップル、カップル!バカップル!!
 あー、もう、この世の中にはイチャつく男女しか存在してはいけないのか!?
 俺のような男に生存する権利はないというのか!
 神よ!いるなら答えてみせろ!」

 ナニワ商店街を見下ろすタイヨウの塔のてっぺんで兄猫は魂の慟哭を上げた。

 かっ、と背景で稲光が走り、奇怪に身体をよじった兄猫の不吉なシルエットを浮かび上がらせる。その刹那。

 ぶつりっ。

 何か非常に人として大事で太いなにかが切れる音がして兄猫はがくり、と身体を前に倒した。そのままの姿勢で小刻みに身体を震わせて嗚咽にも似た奇声を発する。

 それは地獄の悪魔もかくやという世にもおぞましい嗤い声であった。

「・・・くっ、くくく、くくくく。いいだろう・・・。
 それが世界の選択だと言うんだな?
 ならば、我は反逆する!この世の摂理に!
 見ているがいい、サンタのおじさん!
 赤鼻ルドルフも真っ青のこの俺の復讐劇をーっ!
 そして無力感と屈辱に泣くがいい!
 いやーんいわしたるーっ!
 けひ、けひひひ、けひゃひゃひゃひゃげげげげげげ!」

 人間やめてる嗤い声を上げて爛々と眼鏡を光らせた兄猫はタイヨウの塔から軽々と跳躍した。

 獣じみた動きで商店街の屋根に着地、次々と飛び越えていきながらシャフトへとダイブして地下に潜る。

 目指すはカボチャ研。そこに彼の陰謀を手助けする物があるはずだった。

 嗚呼、復讐に狂う鬼、兄猫よ何処へ行く。

 どうせオチで酷い目に遭うに決まってるんだぞ。


シーン3 屋根上の散歩者シュウマイ

「じんぐっべー、じんぐっべーっ、すっずがぁなるぅ♪きょおっは、たのっしいくりすますーっ。ひゃっほーい♪」

 実に楽しそうに歌いながら市街地の屋根の上をスキップしているのは特注偵察用カボチャヘルメットに野戦服、都市迷彩ポンチョを着た謎の少女(?)シュウマイであった。

 カボチャ。

 シュウマイを表すのにこの一言で足りるくらいカボチャはシュウマイであり、シュウマイはカボチャであった。

 藩国民にシュウマイのことを尋ねれば

『ああ、カボチャの人?』

 と返ってくるくらいである。

 ちなみにいつの間にやらナニワ藩国民になって以来、彼女のヘルメットの下の素顔を見た者はいない。

 とりあえずいないことになっている。

 一説には某国の王位継承権争いの末亡命してきた王女で暗殺者から姿を隠すためにヘルメットを付けているだの、カボチャには強力な呪いがかけられており素顔を見た者は三日後に謎の事故死を遂げるだの、実はサターン藩王の異母兄妹で密かに王権奪取を狙う赤いカボチャ彗星だのと噂されている。

 が、実際の所その大半は本人が流したデマゴギーであり単にカボチャヘルメットが気に入っていて少し人見知りする性格、というだけであろう。

「ふーんふんふふふーん♪サンタさんが~世界中の子供たちのた~めに~クツシタにつめていくプレゼント~。そぉ~の配った後にこ~っそり横取り?
 ぅわ、ボクってちょー頭良くない?良くない?」

 一人で嬉しそうに屋根の上にしゃがみ込んでくふふ、と笑うシュウマイの手にはしっかりと大きなズタ袋が下げられている。

 平たくいって泥棒ルック。

 真面目に言うと不審者100%

 そして何気に子供の夢を粉みじんにする悪魔の所行である。

「さあーってと。赤い服着た挙動不審のじじぃ、もといサンタのおじさんはどっから家屋内に侵入するんだっけ」

 カボチャヘルメットに内蔵された望遠カメラであちこちを眺める。

 サンタといえば煙突からはいるモノ、というカボチャヘルメットがはじき出した検索結果を基に偵察を続けるが、一般的なナニワの家屋に煙突付きの家などそうはない。

 砂漠の只中にあって暖炉を備えるというのはステータス誇示のための無駄でしかないからである。

 そして無駄を嫌うのはナニワ人の本能のようなものだ。

 そもそも地下にある国だから排煙には細心の注意が要り、厳重な規制が課せられるのだ。

 ひとしきり屋根の上からきょろきょろと四方を見渡していたシュウマイは遂に目的の煙突を見付けた。

「あったあったぁ♪まっててねーよい子のみんなー」

 そう言って再びズタ袋を下げて歌いながら屋根の上をスキップしていくシュウマイ。

 そのカボチャ頭を無視して台詞だけ聞くと良いサンタみたいなんだけど。

 シュウマイが向かう先には巨大なのっぽの煙突。その横腹には大きくこう書かれていた。

『ナニワスーパー銭湯瀧川の湯』

 シュウマイ、バッドエンド直結ルート選択の瞬間である。

 彼女はこの後兄猫氏と共に酷い目に遭うことが確定した。

『恵まれない子供達と共に楽しい一時を過ごす』ルートを選べばこんな事にはならなかったのに・・・。


シーン4 守上摂政閣下の華麗なる日常

 藩国の行政を一手に引き受ける政庁街の中でも特に忙しい部署がある。

 東洋風の大門に掲げられた扁額に流麗な筆致で書かれた文字は『摂政府』。

 沢山の書類の束を抱えた文官が出入りするそこはナニワの経済、産業、共和国政府及び他藩国との外交、藩士の管理まで幅広くこなす。

 門と同じく東洋風に統一された平屋建ての壮麗なこの館の主こそが藩士の間で『微笑む摂政』『超美人秘書守上(藩王推奨呼称)』と異名を取る文官の一、守上 藤丸摂政閣下その人であった。

 平時には筆を執って藩国を切り盛りし、戦時には戦闘員として藩王の側に控え、さらには自身も乃亜と並ぶ凄腕の技族であるという正に万能超人である。

 磨き抜かれた石畳が続く摂政府の最奥、大きな間口を開け放った摂政の執務室は最も人の出入りが激しく情報が集中する場所だ。

 その日も世間が浮かれるクリスマスなど何処吹く風、文字通り山積する事務処理に追われて守上摂政は巻物と羊皮紙とプリントアウトと端末を相手に捺印したりサインしたりタイプしたりして終わりのない闘争を継続中である。

 藩王から下される指令を受け、藩士や一般藩国民から上げられる報告や嘆願を処理して下し、あるいは藩王に奏上する。

正に上は大火事で下は大水の忙しさ、猫の手を借りまくっても余りある。

 素晴らしい勢いで処理されていく書類や電子媒体を手にサイボーグ文官が出て行けば、入れ違いに決済を求める書類をどさっと執務机の上に猫文官が置いていく、という具合である。

 実質ナニワはこの守上摂政で回っていると言っても過言ではない。

 その日の提出締め切りを受けて忙しさのピークを過ぎた頃合いを見計らって守上お付きの猫秘書官、斑尾が銀のトレーに茶器を載せて入室した。

主に似てしなやかな身ごなしの白に茶色という斑模様の猫士は漸くスペースが出来てきた執務机の上にトレーを置いた。

「お疲れ様です。ご主人様。一息入れてください」

「ありがとう、斑尾。今日は紅茶?」

「はい。摂政府宛にアールグレイの良いものを頂きましたので」

 そう言いながら東洋風の磁器製茶器から茶碗へと優雅な所作で紅茶を注ぐ斑尾。

 暖かい湯気が芳香を運んで立ち昇る。

「良い香りだね。中国茶器に紅茶というのはミスマッチかと思ったけど、風情が出てるよ」

「は、お褒めに預かり光栄の極み。日本茶、紅茶、中国茶、いずれも茶の発祥は同じ。
 喫茶を楽しむ心も一緒でございましょう。
 ならばこういう趣向も如何かという、遊び心でございます。」

 薄く繊細な造形の茶碗はその白い肌と青い釉薬を透かして淡い光を掌に落とす。藤丸はふ、と立ち昇る湯気を吹いて漸くリラックスした。

 湯気のたゆたう茶碗の中を複雑に対流する紅茶。

 薄紅色をした波紋のさざ波に透かし彫りを施した衝立や落ち着いた古窯の花瓶、重厚な紫檀の執務机を配した執務室が映り込んで紅色の壺中天を演出する。

 今日も主にささやかな安らぎを与えんとした斑尾の努力は成功したようだった。香りと共にゆったりと紅茶を喫する守上。

 その直後、鈍い地響きが摂政府に伝わってきた。弾みで積み上げてあった書類が一部雪崩落ちる。何事かと窓の外に目をやると商店街の方角に稲光が走った。

 ナニワは地下にある国だから、当然ながら天候というものはない。

 しかし藩国民の精神的安定を考えて天井にスプリンクラーや可動式太陽灯や大型ファン、空や雲を映し出すホロ投影機を設置して擬似的に天候を作り出している。

 地下大空洞内の温度湿度を一定に保ち、有事の際には消火設備を兼ねるシステムでこれらは行政庁の一角にある気象担当部署がコントロールしている。

 今日の天候運用予定で降雨や落雷の予定はない。たまに揺らぎを持たせるため、あるいは運用スタッフの悪戯心でにわか雨程度はあるが落雷クラスは特殊なエフェクトに当たる。

 その用途は限られており、藩国の公的イベントか藩士介入のいずれかであることを示していた。

 想定外の事態に思わず口に含んだ紅茶を吹き出す守上。

 開け放たれた出窓から身を乗り出すと、隣接する行政府の一角から薄い煙が一筋立ち昇って消えていくところだった。どうやら落雷はともかく地響きの原因はそこらしい。

「・・・全くどうしてこういつもいつも・・・。斑尾、出掛けてくる。緊急連絡はいつものようにインカムへ。兄猫さんか藩王様がいらしたら拘禁して待機」 

 状況証拠から素早く犯人を断定して矢継ぎ早に斑尾に指示を出すとトレーの上に茶碗を置いて代わりにインカムをひっつかみ鼻息荒く大股で歩き出す。

「あ、紅茶ごちそうさま。次はシンプルに緑茶なんか良いかも」

「心に留めておきます。いってらっしゃいませご主人様」

 慌ただしく藩王の執務室へと歩み去った守上を見送って斑尾は優雅に会釈した。残念なことに主の休息の時は今日も短かった。


シーン5 暇なので猫溜まりに現れたホードーとイズナ

 地下第3層に広がる軍事施設群。

 その一角、ハンガーのある格納区画には整備を手掛ける猫士やサイボーグ整備士が休憩したり仮眠を取るための詰め所がある。猫の整備士が集まるので通称を猫溜まりといった。

 その日は非番のはずのイズナは猫溜まりに顔を出していた。

 要するに暇だったのである。最近那由他がナニワのあちこちに展開している万能暖房器具、ドコデモコタツに当たりながら積み上げられたミカンを手に取った。

 那由他が持ち込んだコタツにミカンというスタイルは一見砂漠の国にミスマッチだが、砂漠の夜はとても冷え込む。徹夜仕事も多い猫士にとっては格好の休憩場所として好評だった。

「しかしなんだなぁ。今日はクリスマスだろ、こんなとこでこんな事してて良いのか?俺」

 ミカンをもしゃもしゃと食べるイズナはそうぼやきながらさほど不満そうではない。I=Dに乗っているときはともかく、普段のイズナは概しておっさんくさい。

 ここでまったりと猫士達と雑談するというクリスマスというのもおつじゃないかなぁ、とコタツの上に立てられた小さなクリスマスツリーを眺めた。

 昨今の破廉恥認定騒ぎで外出を自粛したいという気持ちもあるのだが。

 その傍らではトレーニングウェアを着込んだホードーが暑苦しくスクワットをしている。こちらも暇だったので猫士達に構われに来たらしい。

「いずなサン、くりすますッテナンデスカ~?」

「ホドはクリスマス知らんのか?別名を聖誕祭とも言ってな、確か大昔に産まれた聖人の誕生を祝う日だよ」

「ナルホドデスネー。デ、ソノ人ハぼでぃびるにドンナ功績ガアリマスカ?」

「ボディビルって・・・。あるわけ無いだろ、聖人だぞ。宗教人はボディビルなんぞせんよ。・・・多分な」

「オー!ソウナノデスカ。私ノ故郷ノ聖人、せんとまっするハ『筋肉ノ神様』ト呼バレテ崇拝サレテマース」

「ホドの故郷ってどんな筋肉星だよ」

 ふんふん、とスクワットを続けたまま会話するホードーに呆れたようにサングラスを直すとイズナはまた一つミカンを手に取った。

「せんとまっする祭デハソノ年一番ノぼでぃびるだーガ聖ナルおいるヲ体中ニ塗ッテ街ヲ練リ歩キマス。くりすますデハドンナコトシマスカ?」

「うわ、ヤな祭だなぁ。クリスマスといえばやっぱサンタクロースか?赤い服着たじーさんがプレゼントを配るんだよ。そんでケーキとか七面鳥とか喰う。
 あれ、そういやなんでクリスマスにプレゼントやるんだ?まぁ良いか、今は大体宗教関係なくなってるし、恋人とか子供がいる人向きのイベントだよな。まぁ、そんな感じだ」

「ホホゥ、七面鳥ノぷろていんハ筋肉ツキソウデスネ。HAHAHA」

「あのなぁ、脳みそまで筋肉で出来てるとそういう発想しかできんのか?」

 まったりとどうでも良い会話をして過ごしつつ、二人のクリスマスは過ぎていく。


シーン6 お休みなのに仕事場に顔を出す藩士達【うさぎ・真輝・蘭堂・乃亜・織子・sakaki】

 猫溜まりに隣接するハンガーでは今日出番の整備士達が立ち並ぶI=Dの整備を行っている。

 とはいえ、事実上わんわん帝国と休戦状態であり、デフコンも良いだけ下がっている今は整備士の仕事もそう多くない。休暇を取って街に繰り出すなりすればいいと思うのだが、真面目というかなんというか。

 カップルや家族連れで賑わう居住区に気後れするのかも知れないし、これで顔が売れていて人気者の藩士だから、人混みに出てもみくちゃにされるのがいやなのかも知れない。

 そんなわけで主立った藩士の実に三分の一がこの界隈に集まっていた。

 バーミーズの駆動系点検パネルを閉じた真輝は一息入れようとバイザーを押し上げて伸びをした。同僚の織子にも休憩しようよ、声をかけようと隣に立つバーミーズを見上げる。

「・・・あの、織子さんは何してるんですかね?」

「ふふ。バミたん可愛くなりましたよ」

 そう言うと長い銀髪を揺らして額を拭った女性整備士の織子は満足そうにバーミーズのヘッドパーツを眺めた。

 呆けたように真輝が眺める織子担当のバーミーズは赤に白のファーで縁取られたケープと、同じく赤の三角帽子の先に白いポンポン付きを被せられて見事なサンタルックに改装されていた。

「あー、大きな荷物抱えてると思ったらこれでしたか~」

「はい♪クリスマスになったら絶対飾り付けしようと思って。アメショーはトナカイにしようかな」

 楽しそうにI=Dサイズのトナカイパーツを広げる織子。どうやら自作らしい。

「メリークリスマス!ナニワ藩士諸君。乃亜サンタから差し入れのプレゼントだぞー」

 シャンシャンシャン、という鈴の音と共にハンガーに乃亜とお付きの猫士フェイアカッツが入ってくる。

 乃亜はサンタ帽を被り、トナカイカチューシャと鈴を付けたフェイアカッツがソリに似せた台車に沢山の料理を載せて運んでくる。

「うおおお、乃亜すげーよ!」

「かぐわしいこの香り、乃亜もやりますね」

 匂いを嗅ぎ付けてシミュレーター訓練中の蘭堂とうさぎがコックピットから身軽に飛び降りてくる。奥から織子と真輝、二人の訓練に付き合っていたsakakiもコンソールを離れて集まってくる。

「わあ、いいにおーい。手作りですね?」

「ふっふっ、流石ケーキ通の織子ちゃんには解るか?今回のは特別良くできたと思うんだ」

 乃亜の料理スキルは結構なものである。野戦から会食までTPOに会わせてあり合わせの材料から美味しいものが作れる腕があった。

 唯一思い人にだけは食べて貰えないのが不運なのだけど。束の間胸に手を当てて遠い火星の海を思う乃亜。

 そこには押し花にした小さな一輪の花が手帳に挟んで忍ばせてある。

「ひのふの、結構いないな。ホードーとイズナは猫溜まりに転がってたけどどうする?守上摂政とさぁたんだけでも呼ぼうか」

「あ、うん。そうだな、あとはなゆたんとシュウマイちゃんと兄猫くらいか。携帯端末は持っているはずだが、呼び出して出るかな?」

 顎に手を当てて考え込む乃亜。食べ物の恨みは恐ろしいからのけ者にすると後が怖い。誰かを使いに出そうかと思ったその時、緊急警報がハンガー一杯に鳴り響いた。

 サターン藩王の声で非常呼集が掛かる。

『藩士各員に告ぐ。現刻より藩王特務権限によりケース06の発動を承認。装備A2にて行政府前広場に参集せよ。繰り返す、至急所定の装備を着装し集合せよ。これは訓練ではない』

 それだけ伝えるとぶつり、と緊急警報は途絶えた。しーんとなったハンガーで互いに顔を見合わせた藩士達は我先にと外へ飛びしていった。


シーン7 ガン・パレード・クリスマス

 30分後。

「なぁ、俺達どうしてこんな格好してこんな事してんだ?」

「言うな。虚しくなる」

「お二人はまだ良いですよ。・・・俺なんて・・・着ぐるみだし・・・」

「あら?良くお似合いですけど」

「みんな、もっとスマイルスマイル!日頃お世話になってる一般藩国民さん達へのサービスなんだからね」

 そう、藩士達は藩王サターン陛下に急に呼び出され、所定の装備、つまりサンタ服やトナカイの着ぐるみに着替えさせられた挙げ句クリスマスパレードに駆り出されていた。

 ちら、と後方を見遣ればサンタ服に白い付けひげが思いの外良くお似合いのサターン藩王がトラさんとともに観衆に手を振りつつ袋の中身を放っていた。

「・・・ノリノリだな」

「ああ。間違いない」

 背負った大きな袋から粗品やお菓子、商店街の福引きが集まった観衆に撒かれる度に歓声が沸き上がる。

『やぁーん、おねぇーさまぁーこっちむいてぇーん』

『うおぉぉあーにきぃーっ!』

 流石ナニワの誇る藩士達である。国民の人気も計り知れないものがあった。黄色かったり野太かったりする歓声に応えて袋の中身を放り投げたり全力で投げ付けたりする藩士達。

 薄暮にライトアップされたタイヨウの塔を一周して折り返しに差し掛かったその時。パレードカーの前方から絹を裂くような悲鳴が上がった。

 異様な嗤い声と共に薄闇に浮かび上がる奇怪なその姿。

 全身黒尽くめのサンタ服に黒い袋を担ぎ、舞踏会で付けるような怪しさ大爆発のマスクを身に着けた怪人に観衆の壁が割れた。というかドン引きした。

「お楽しみのよーだな、ナニワの諸君」

「だれだっ!?」

「いやどーみても兄猫だし」

「こういうときは正体が分かっていてもそう言うのが礼儀なんだよ」

「やかましい!俺がいない間にこんな面白そうな事しやがって、許さん!許さんぞおぉぉぉ!」

「や、私達も好きでやっているわけでは・・・」

「ハッハッハ、周囲カラノ感嘆ノ視線ヲ浴ビルノハ望ムトコロデスヨ~」

 遠巻きに観衆が見守る中、ささやかなツッコミも意に介せず怪人ブラックサンタがじりじりと袋の中に手を伸ばす。

「そーこぉーまーでだぁーっ!」

「シュウマイ?お前今まで何処に・・・」

 その場に走り込んできたシュウマイは何故か体中を煤で真っ黒にしていた。黒塗り、怪しさ大爆発のカボチャヘルメットと、ぱっと見怪人側と大して変わらないのはキミとボクだけのヒミツだ。

「さあみんな、変身だっ」

「えー」

「マジで?」

「めんどくさーい」

 既に脱力しきっていた藩士達は心からだるそうに懐から携帯用カボチャヘルメット(普段は折りたたんでコンパクトに)を取り出して被る。

 そして始まるヒーローショー!パンプキン6vsブラックサンタ。

 行け!僕らのヒーローパンプキン6!

 子供たちの夢を守るのだ!

 テーマソングオン。

『地下に 蠢く カボチャの姿

変身ヒーロー パンプキン6(シックス)

素敵な力は ナニワの為に

不気味な仮面を 被るんだ ON

燃やせ 近距離 火炎放射器

今だ 出すんだ サイボーグ・パワー

商人(あきんどー)

商人(あきんどー)

パンプキン6(シックス)』(作詞:猫屋敷兄猫氏)

「ば、ばかな!伝説の地底怪獣ソックスでも歯が立たないというのか!ば、薔薇の国に栄光あれっ!(ちゅどーん)」

 派手なCG合成を使って大爆発を起こす兄猫に、藩士達はつまらなそうにカボチャヘルメットを脱ぎ捨てた。

「まぁ、兄猫だし」

「そうね」

「全くだ」

 テーマソングワンコーラスの間に藩士に囲まれふるぼっこにされた兄猫は地面の上に伸びてお縄を頂戴した。

 もっともらしく腕組みしたシュウマイがうんうんと頷く。

「勧善懲悪。何時の世も悪は滅びるものだねぇ。・・・ってなんでボクまで手錠されてるの?」

「先程入浴施設の支配人から不法侵入者の通報があってね。逃走した犯人はカボチャだったそうだ」

「へ、へぇー、奇遇だなぁ。最近ボクの偽物でカボチャマスクっていうのがいるらしいよ」

「それもお前だ。藩王、どうします?」

「ふむ。我々への危害はともかく藩国民の娯楽を阻害した罪は重い。極刑に処すのが妥当だろう」

「「ロープ無しでシャフトバンジーはご勘弁を~!」」

 折角の思いつきを邪魔された藩王の処断は苛烈を極めた。

 地下5000mを貫く中央シャウトからロープ無しでバンジーするのは要するに死んでこいということである。

 ひえぇーと諸手を挙げて平伏する二人。しかし藩王を始め藩士の視線は冷ややかだ。

「遅れて申し訳ありません!久遠那由他特別飛行隊士、ただいま帰還しました」

「なゆたん、どうしたんだその格好」

 押っ取り刀で駆けつけた那由他は身体中が砂まみれだった。灰色の髪や眼鏡に至るまで細かい黄砂に染まっている。

「我が藩王、この二人の処分について温情というか、有効な案があるのですが」

「ほほう。聞こうではないか」

 トラさんを交え3人でしゃがみ込み、なにやらごにょごにょと密談を交わす那由他。

「なるほど。これは、面白そうだ」

 いや~な予感を感じながらも為す術無く密談を見守っていた二人には、藩王の無機質なモノアイがにやりと笑ったように見えた。


エピローグ 砂漠に瞬く光

 数十分後。

 兄猫とシュウマイは狭いコックピットに押し込まれ決死の任務へと送り出されていた。

 スロットルマシンを見るように高度と速度の表示が繰り上がっていく。

 凄まじいGでシートに押しつけられるコックピットに不気味な振動とみしみしという音まで響いてくる。

「くそっ、ホントにこんなポンコツで6000まで上がれるのか!」

「大丈夫なんじゃなーい?説明書通りならだけどー」

 固体ブースターを無理矢理取り付けられたアメショーが長い噴射炎を引いて一直線にナニワの上にある砂漠上空を駆け抜けていく。

「予定高度到達、固体ブースター切り離し!・・・パージ確認!」

「了解、パージ確認。さーてそれじゃ派手にいこーかぁ。絶技・ナゴヤ撃ち~っ!」

 これも無理矢理取り付けられた補助バーニアと固定翼で緩やかな放物線を描いて落下を始める。

 コ・パイロットシートでガンナーを務めるシュウマイはアメショーに緩いバレルロールをさせながら右腕に装備されたグレネードをあちこちにばらまきだした。

 遅延信管で起爆する弾体が空中に銀色の煙を上げる。

「射出しゅーりょー」

「よし、これでミッション達成だな?なんとか保ったか・・・で、コイツどうやって着地するんだ?」

 額の汗を拭って呟く兄猫。

 二人が藩王と交わした司法取引の内容はこの飛行ミッションを成功させる代わりに今回の罪科を帳消しにするというものだった。

 後は無事に着地しさえすれば・・・。

「さあ?元々地上戦機だしね。被弾したぼろい機体だから投棄して良いってさ。じゃっ、そゆことでー」

 ちゃっかりパラシュート(一人用)を装着したシュウマイは爆発ボルトでコ・パイロットシート下のハッチを吹き飛ばしさっさと降下していった。

 シュウマイ用のパラシュートは兄猫の罪科と比較して微罪といえるし、となんだかんだ言って女の子には甘い乃亜と那由他がこっそり持たせたものである。

「なっ!?きったねーぞシュウマイ!こらーっもどってこーいっ!!」

 急激にコックピット内の気圧が下がり一気に警告灯とアラーム音で満艦飾になった機体をコントロールしようと兄猫は極度に絶望的な努力を続ける。


M*ポンコツアメショーを無事に砂漠に着陸させよ。難易度200。提出条件は操縦技術に関するもののみ。

<成功要素>

 【体格:1】 

 【能力・技能:1】

 【持ち物:1】


「ってできるかぁぁーっ!メーデーメーデー!もっと光をーっ!アッー・・・」

 その瞬間、砂漠の空に、大輪の花が、咲いた。

「ふ、見事な散り際だ。ゴッドスピード!兄猫」

「ゴッドスピード!兄猫さん。薔薇の国から照覧あれ!」

 兄猫が散った夜空に見本のような敬礼を送る藩王に倣って那由他以下、藩士達がざっ、と足並みを揃えて一命を賭して見事に任務をやり遂げた男を思い敬礼を捧げた。

 夜空をバックに親指を立てて微笑む兄猫。遠くホープの星がきらりと光った。

『夜が更けたら星空を見上げてごらん。一際輝くホープの星、それが俺さ』 BY兄猫。

 兄猫を見捨てて一人安全に脱出し、ふわふわとパラシュートで降下してくるシュウマイ。

 その後を追うようにちらほらと白いものが砂漠に舞い始めていた。

「うわぁーホントに雪だぁ」

「上手く行きましたね」

 そう、砂漠に降る雪。

 これが地上2000mからナニワの砂漠を眺めた那由他が用意したナニワ藩国民達へのプレゼントである。

 一口に砂漠と言っても全く水分のない乾燥した灼熱地獄というわけではない。夜になれば氷点下まで気温が下がるし、オアシスもある。つまり大気中には幾分かの水が存在するのだ。

 那由他はそれとヨウ化銀を使った人工降雨を結びつけてこのアイディアを思い付いたのだった。

 雨雲が形成される時間があるかどうかぎりぎりのタイミングだったが、どうやら兄猫の犠牲もあって上手く行ったようだった。

 次々と舞い降りる粉砂糖のような雪は見る間に砂漠を雪原の景色に塗り替えていく。

 朧に雪雲を透かす月明かりに照らされた砂丘とオアシスは、きらきらと白く輝いて幻想的な情景だった。

「わーいわーい雪だ雪だー」

「雪だるま作れるくらい積もるかしら」

「ホワイトクリスマスだな」

「皆サン雪ヨリ私ノ肉体美ヲ鑑賞シテクダサーイ」

「ふむ。始めに聞いた時はまさかと思ったが、本当に降るものだな」

「うみゃーう」

「積もったらさ、みんなで雪合戦しよーぜ!」

「あ、いけない、料理とケーキの事すっかり忘れてた」

「お、いいねいいね。雪を眺めてクリスマスパーティにしようよ」

「じゃあ俺は野戦用のテント持ってくるわ」

「僕はお茶の用意をしましょう。斑尾、手伝ってくれるかい」

「は、謹んで」

「おぉーい、俺も仲間に入れてくれよぅ~」

「あ、いきてた」

「コメディ作品で本当に良かったな」

 砂丘の向こうからよれよれと現れた兄猫は破れたイエロージャンパーから煙を上げて眼鏡はひび割れ、爆発コントなみに煤で真っ黒の情けない顔に変わり果てていた。

 それでも稼働している辺りさすがは強化新型ホープ、見上げたしぶとさである。

 藩士達は笑いながら兄猫に雪玉を投げ付けた。

 やがてそれは藩王をも巻き込んだ雪合戦に変わり、料理とお茶を運んできた乃亜と守上を交えて大々的なクリスマスパーティに雪崩れ込んでいった。

 そんな様子を嬉しそうに微笑んで眺めると那由他は後ろ手を組んでしんしんと降る雪の空を見上げた。

 そう言えばあの街でも地面に寝そべって今のように降りしきる雪を見上げていると、自分がどんどん宙に浮かんでいくような気分になったのを思い出す。

「そは 天よりの贈り物 純粋にして無垢 残酷な白 

そは 降りしきる恵み 冷たき氷の愛撫 愛無き白

さあ 手を伸ばして 輝きに触れたなら 

ああ 指に溶かされて 無垢なる水 

広いこの世界で 出会うはずもない運命 

でも この指先に灯して 命の温もり 

そは 信じ合う喜び そは 美しき真心 

一つになって 分かち合おう この聖なる夜に・・・」

 那由他は小さく歌うと舞い落ちる雪片にそっと指を差し伸べた。

 冷たい掌の上で結晶が溶けもせずにその二つと無い輝きを那由他に見せてくれた。

「おーい、なゆたーん、ケーキ切るからおいでー」

「はぁーい、今行きまーす」

 那由他は白い息を吐くと耳と尻尾を揺らして仲間達の元へ走った。

 ナニワともあれ、メリークリスマス!!
最終更新:2008年01月08日 03:55