我が藩王、自家用I=Dが欲しいです!後編




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「ラッシャィ・マィド」

 ごろごろ床を転がりながらそう声を上げたのは希望号に搭載されていたものを元にナニワの資材で複製されたコピーBALLS、通称『タコヤキ』であった。

 茶色ときつね色ツートンカラーの塗色が目印のこのBALLSは、どんな内部情報構築をされたのか他知類との意思疎通にコテコテのナニワ語を用いる。

 その外見と相まって思わず笑いを誘うがこれで整備員にとっては色々重宝する相棒なのであった。

 まず徹夜を厭わない。まだ自己判断で作業できる性能はないが頼んでおけば大抵のことはこなしてくれるのである。まさに整備の妖精さんであった。

「こんばんはタコヤキ。今日も美味しそうだね」

「ああ、那由他さん。こんばんは。ハンガーに来るのは珍しいですね。何かお探し物でも?」

「マキセンパイこんばんは」

 那由他がそう挨拶してぺこりと頭と耳を下げたのは青いツナギにバイザーを着けた短髪の整備士だった。

 入国したのが那由他の直前で『じゃ、センパイですね』という那由他の安直な発言によりマキセンパイと呼ばれて妙になつかれている。

 マキセンパイこと真輝、藩国士官の愛称マキマキは人なつっこい笑みを浮かべてバイザーを上げると整備の手を止めた。そうすると眼鏡の奥の茶色の瞳が半月のようで、実年齢より随分と少年っぽく見える。

 その外見的特性と生真面目そうな雰囲気が相まってある特殊な趣味を持つ一部の藩国民からしばしば『ウケ』キャラとして扱われる薄幸の青年整備士であった。

「・・・地の文でおかしな紹介付けないで下さいよ。で、何かご用ですか?」

「えーっとですね、そこにあるのは捨ててもいい物ですよね?」

 那由他はハンガーの片隅に積み上げられた雑多なI=Dのパーツを指さした。

「ああ、整備で交換した廃パーツですね。リサイクルのお手伝いですか」

 真輝は納得したように頷いた。ナニワでは廃棄処分になったパーツも立派な商品である。まだ使えそうな物は修理して再利用。そうでない物は細かく素材別に分解して地金として再利用される。部品の製造段階からそういった工程を意識した作りのためあとにはビス一本たりとも残らないのがナニワの誇りである。

 一説によると裏マーケットに行けばそうして流れたパーツが売買されているらしい。

「似たようなものかなぁ。ついでにタコヤキ借りても良いですか?」

「ええ。こちらの用は済んでますから、翌日のシフトインまでに返してくれればいいですよ。パーツの運搬はそこの台車使って下さい。あとはタコヤキに聞けばいいと思います」

「ナンボデモ・マカセンカィ」

 真輝が指さすとタコヤキは足元でくるくる回りながら了解の意を示した。

「ありがとうございます。じゃ、また~」

「はい。お疲れ様です」

 再びぺこりと頭と耳を下げた那由他は台車の上にパーツとタコヤキを乗せるとがらがらと押してハンガーから去っていった。

 真輝はなんとはなしにその後ろ姿を見送ってバイザーを戻すと希望号の整備を再開した。ふと、その手が止まる。

「あれ?燃えないゴミの日は明後日だったような・・・」

 所は変わって軍事施設隅の第286ハンガー。

 パーツ取りに回される前の破損機体や粗大ゴミが一時的に集積される、要するにジャンクヤードである。

 閣座したI=Dや役目を終えた旧型の通常兵器が剥き出しになった外骨格や砲身の長い影を落としている様は余り夜中に見たいものではない。

 その中に幾つもの怪しい影が蠢いていた。微かな明かりがスクラップの上にゆらゆらと幽鬼めいた影を映す。その影には一様にとがった耳と、長い尻尾が踊っていた。

「ふい~、残業きついにゃー」

「ふにふに。でも久しぶりにおイタした昔を思い出すにょぜ」

 口々ににゃーにゃー雑談しながらとんかん作業しているのは那由他がスカウトした整備の猫士達である。

 夢の自家用バーミーズ実現に向けて闘争を開始した那由他は裏マーケットで国際法上色々とアレな手段でバーミーズの基幹アーキテクトを入手すると、次に組み上げに必要な知識と技術を求めて藩国内のあらゆる兵器やその他諸々の整備を手掛ける猫士のもとへ赴いた。

 ナニワはFEGや避け藩国といった大国と比べると小さな所帯の国である。最近までまともな整備員がおらず、その作業の大半を彼等、猫士に頼ってきたのだ。

 猫士はナニワに限らず共和国内の藩国にとって大切な相棒である。コ・パイロットやオペレーター、整備士まで幅広い知識と技能を有し時には藩国士官に適切な助言を与え、なんでやねんにゃとツッコミを入れる。

 そして何よりふわふわのもこもこで耳と尻尾があってにゃーと鳴くのである。これはもう堪るまい。猫士のいない藩国などタコの入っていないタコヤキに等しい。

 そんな訳で、バーミーズの開発にも初期から携わってきた彼等は(ちなみに藩王サターン陛下御自らアーキテクトを起こした)整備士の詰め所、通称猫溜まりに現れて譫言のように電波を放射する那由他の言葉を初めは怪訝そうに、やがて尻尾とヒゲをピンと立てて聞き入った。

 自家用バーミーズに対する思いを演説し終わった那由他を見て猫士達は互いににんまりと笑い合った。彼等の欲するところの最大の動機、つまり『面白そうだにゃ~』が今、提供されたのであった。

 かくして一人と数匹の猫達と一体のタコヤキが闘争を始めたのである。

「まぁ、実際ウチらが手掛けるのんはタコヤキに出すルーチンと制御系くらいなんにゃけどにゃ」

「塗装も忘れちゃいけんのにゃぜ。光学迷彩はバミたんのお化粧にゃん?これはまだまた機械にゃ任せらんにゃー」

「アンジョゥキバリヤッシャ」

 猫士がとふとふと叩く端末からデータを受け取って自動組み上げ機と連結したタコヤキが装甲板を取り付ける。那由他の夢見た自家用バーミアンは最早完成間近であった。

「おつかれさま。差し入れですよ~」

「ふな」『那由他の妄言に付き合う同士諸君、いつも遅くまで悪いねぇ』

 がさがさと差し入れのおかかおにぎりが入ったビニール袋を下げた那由他と自分の足で歩きたくないからその背中にだらしなく張り付いた明宗が猫士達の元を訪れた。

 猫士達は作業の手を止めると器用にアルミホイルを剥がしておにぎりを食べ始めた。何もしてない明宗も実に自然にその輪に加わる。

「わぁい、随分それらしくなってきたね。タコヤキもお疲れ様。あとで天然オイル注してあげる」

「ボチボチデンナァ」

「むぐむぐ。あとは通電テストしてカラーリングするだけにゃねん。デフォの夜間迷彩仕様でいいのかぉん?」

「あ、はーい。お任せです」

 そう言いながら那由他はぴたーっとバーミーズの足に張り付いて離れない。まるでイェロージャンパーを着たセミである。

「うーん、ひんやり。この冷たさが堪らないなぁ」

「・・・そんなにえエエのかにゃ?」

「さぁ?前々からおかしな噂は色々聞いてにゃけど、メカフェチのヶもあったらしいにゃ」

 嘘寒そうにひそひそと話し合う猫士達の中で明宗はやれやれと肩をすくめて見せた。彼等は知らないが那由他がナニワに仕官した理由の半分は猫妖精がパイロットになれるからである。残りの半分は暑いのも寒いのも大嫌いだから冷暖房完備の寮と温度一定の地下生活に釣られてのことといういい加減さであった。

 そんな面々を尻目にタコヤキは黙々と作業を進め、休息を取った猫士達も最後の仕上げ、塗装作業に入った。『綺麗ににゃーれ♪ぺかぺかのぴかぴかにゃ~♪』と塗装作業用の鼻歌を歌いながら光学迷彩能力を持つ特殊塗料を変造バーミーズの装甲にスプレーガンで吹き付けていく。

 小一時間ほどで作業は終わり、勢いよく振ったラムネのビー玉を抜いて祝杯が上げられた。

「みんな、ありがとう!お陰でカッコイイバミたんが出来ました!」

「いやぁ、礼にはおよばにゃー。それより、ほれ、あの山吹色にょやつを・・・」

 白く炭酸の泡を拭き上げるラムネの瓶を手にした那由他が深々と頭を下げると、猫士はナイナイと手を振ってから肉球の付いた掌を差し出した。他の猫士達も並んで手を差し出す。

 那由他が頷くと明宗が大きなアリスパックをずるずると引きずってきて口を開き、中身をどざーっと床に広げる。

 中から溢れ出た金や銀にきらきらと輝く円盤が互いにぶつかって澄んだ音を立てた。

「ぉぉ!これは夢にまで見たモンプチ!」

「こちらは曙印のズワイガニにゃ~♪」

「カリカリ銀の皿もあるにゃよ」

 アリスパックの中身は明宗がナニワにやってくるときに持ってきた各種の猫缶だった。そう、これこそが猫士達を動かすために那由他の用意した奥の手である。

 『面白そう』が彼等の最大の動機だが、それはそれ。ナニワにおいては正統な労働に対して対価を求めないのは失礼とされる。同時に買い手が値切らないのも失礼とされるのだが。

 猫缶支給を条件に夜なべ作業を完遂した猫士達はみゃーみゃー歓声を上げながら好みの猫缶を拾い上げていく。

 やがて床が綺麗になると一列に並んで猫缶を抱えた猫士達はぺこりとお辞儀してナニワ流の挨拶をした。

『まいどおおきにぃ』

「まいどありぃにゃ。ほい、これが起動キーにぇ。早速実地でテストするにゃん」

 那由他が頷いて明宗と共にコックピットに滑り込むと程なくして小気味の良い機関音を立ててバーミーズが起動を開始した。吊り下げられていた作業モジュールから切り離され、膝を柔らかく使って見事な着地を決める。

「そのまま、ジャンクヤードの外までお散歩するにゃ」

「了解。バーミーズLN【シーバ】、巡航速度で移動開始します」

 インカムを付けた猫士の誘導に従って優雅な足取りで尻尾を揺らめかせて変造バーミーズ、パーソナルネーム・シーバはハンガーからジャンクヤードへとゆっくり歩み出た。

 その後ろ姿を眺めて猫士達が感慨深げにうんうんと頷く。

「いやぁ、初めは面白そうにゃだけで始めたもんにゃけど」

「うみゅ~。初心に返って改めてI=Dの奥深さが解った気がするにぇ~」

 順調にテスト項目を消化していくシーバが突如としてサーチライトに照らし出されたのはその瞬間だった。太陽に飛び込んだ烏のようにくっきりとその姿を浮かび上がらせた夜間迷彩仕様のシーバの前に、両手を腰に当てた人影が立ちはだかった。

「そこっ!!何をやっている!!」

「な、なんにゃ、サツの手入れかにゃ!?」

「なんでやねんにゃ。や、あれはもっとこわぁい乃亜Ⅰ型閣下にゃ!!」

「ふぎゃっ!?フェイアカッツも一緒にゃんけぇ~。そうと決まれば・・・」

「逃げるが勝ちにゃっ!」

 蜘蛛の子、もとい猫の子を散らすようにして猫士達は口々に『撤退、撤退―っ!』と叫びながら暗がりに消えていった。

 その様子を腕組みして見送った乃亜は大げさに溜息をつく。傍らでは乃亜付きの猫士、灰色の巨大猫フェイアがふん、と鼻を鳴らしてもさっとした尻尾を一振りした。

 額に巻いた長い陳鉢がトレードマークの乃亜はナニワが誇る屈指のパイロットにして国庫の半分を稼ぎ出したと噂される凄腕の技族である。

 その彼女が施設の片隅で怪しげな機影を発見したのは昨今頻発する藩国士官の奇行(例 ホードー氏筋肉無差別露出事件、兄猫氏薬物乱用疑惑事件)を取り締まるために自主的な夜間パトロール中のことだった。

 視線を戻すと地面にうずくまって頭を抱えるバーミーズのポーズに見覚えがあった。頭隠して尻尾隠さず。つい先日ナニワに仕官してきた新米パイロットがパニックに陥ったときに見せるクセだ。

「あー、聞こえるか?久遠寺特別飛行士・・・なゆたん?」

「・・・」

 インカムで呼びかけてみるが応答はない。I=Dで器用なポーズをするなぁ、と思いながら乃亜はこれまでの那由他の奇行の数々を検索、対処法を検討した。軽く咳払いするとなるべく優しい声で再び呼びかける。

「なゆたん、怒らないから出てきなさい。とにかく事情を聞かせてくれないか」

 途端に頚部ハッチが開き、地面にうずくまったままのバーミーズから観念したように両手を挙げて那由他が降りてきた。右手には一人だけ逃げようとした明宗を首筋を掴んで提げている。

「・・・・君たち、何をやっているのか、私は聞いても良いのかな?」 

「はっ、自家用バーミーズの建造であります!話すとSS2本分くらいになるのですが・・・」

 明宗をぶら下げたまま敬礼して那由他は事情を説明し始めた。腕組みして頷きながら話を聞いていた乃亜がやがて頭痛を堪える表情になるのに時間はかからなかった。

「・・・フェイア、確保だ」

 怒るまい、怒るまいぞ、と心の中で自分に言い聞かせながら乃亜は押し殺した声で相棒の猫士に命じた。

 猫士達の間で番長灰色猫と恐れられるフェイアはその巨大な前足で那由他を明宗ごと軽々と押さえつけた。ぷぎゅる、とおかしな声を上げて二人が地面にぺったんこになる。

「いいかい、なゆたん。君はナニワに来たばかりでピンと来ないかも知れないが、I=Dはどれだけ見目麗しくても兵器だ。

みだりに個人が乗り回して良い物でもなければ、夜中にこっそり自作して良い物でもない。

 ・・・詳しい話は詰め所で聞こう。フェイア、連れて行きなさい」

 のしのしと歩いていく巨大な猫士に首筋をくわえられて二人は為す術無く退場していった。乃亜は心を鬼にして那由他を教育せねばなるまいと決意すると投光器に照らし出された不思議な機体を見上げる。

「これも早急に退かせる必要があるな。まったく、どうしてウチの士官共は私に面倒ばかりかけるんだろう・・・」

 一人呟いた乃亜は投光器のスイッチを切るとインカムを通じて関係各所に連絡を取りながらフェイアの後に続いてジャンクヤードを後にした。

 翌日。

 乃亜はハンガーを訪れていた。今回の事件の物的証拠であるシーバ検分のためである。

「真輝、お邪魔する」

「乃亜さん、いらっしゃい」

 シーバの足元では真輝がチェックシートを片手に封印作業を行っていた。挨拶を交わすと並んで奇妙な機体を見上げる。夜間迷彩のフラットブラックに試作品であることを示すイエローのラインを引かれたシーバは封印作業によって各関節をロック、機関の火を落として『差し押さえ』と書かれた黄色いテープをぐるりと張り巡らされていた。

「で、どうだい、この機体については。何か気付いたことはある?」

「ええ。色々な意味で面白いですよ。端末にデータ送ります」

 真輝が手元のコンソールを叩くと乃亜の端末にデータが流れ込んできた。

「これは・・・ボディとヘッドフレームだけは純正品でアームはアメショー、レッグはターキッシュバンでフットがペルシャだと?どんだけ雑種なんだ・・・」

「ははは。雑種というのは良い例えですね。ほとんど共和国のI=Dそろい踏みですよ。ボディラインから察するに外部装甲は帝国製も混じってるんじゃないかな」

「なんだと!そんなもの一体何処で・・・裏マーケット、いや違うな、ジャンクヤードか?あそこなら戦場で拾ってきた閣座した帝国製I=Dも何機かある」

「恐らくそれが当たりだと思います。一緒に作業してたはずの猫士に聞けば解るんでしょうけど、彼等この件に関してはしらにゃーしらにゃーの一点張りでして」

「ふむ。あとで彼等にも事情聴取する必要があるな。しかし、なゆたんはこれだけの資材をジャンクヤードだけでまかなったのか」

「アーキテクトとアビオニクス周りは裏マーケットで手に入れたらしいですけどね。残りはジャンクヤードとハンガーの廃品利用です。一応施設内の部品リストを更新しましたが横流しの形跡は見付かりませんでした。・・・それとついでに謝っておきます。申し訳ありませんでした」

 真輝は言葉を切るとバイザーを外して深々とお辞儀した。乃亜が怪訝そうな表情になる。

「那由他さんが廃パーツを持ち出した時点で私が気付いていればこんな事には。責任の一端は私にもあります」

「ん、ああ、それなら気に病む必要はない。全てこの施設内で起きたことだし、藩国民に被害が出た訳じゃない。今回のはアレやコレに比べれば些末な出来事だろう。

 この調査は私が趣味でやってるようなものだよ」

「そういっていただけると。それじゃ私は下に行ってますので何かあったら声をかけてください」

 略式の敬礼をする真輝に答礼して見送ると乃亜は再び端末のデータを参照した。

「なんだこれは、火器管制がそっくり無いじゃないか。そのくせ雑種なのに性能はほぼバーミーズに匹敵、か。ジェネレーターと神経網配置も違うとなると、ほぼ外見を似せただけの別物だな。・・・本当にバーミーズに乗りたかっただけなのか」

 乃亜は特徴的なヘッドパーツのラインを眺めた。そういえば純正品に比して耳のような形状のセンサーバーがややほっそりしているように見える。

 乃亜は思い付いたように端末からソケットを取り出すと有線で首筋にインプラントされた電脳コネクターに接続した。差し込む前にホコリを落とすふーは忘れない。

 自前の端末と同調するとそれを防壁にしてシーバと接続、メインコンピューターにダイブして内部構造の把握に乗り出す。

「機体制御ははにゃんこシークVer9、コネクトシステムにウササギー搭載?それになんだこれは?幾ら白兵しかできないからといって暗殺拳の基本動作しか入ってないじゃないか。猫士の趣味だな。・・・あれは?」

 意識をシーバの中に漂わせ、光の柱のような内部構造ツリーを辿っていた乃亜は視界の片隅に『危険!奥の手にゃ』と書かれたフォルダを見付けた。手にとって中を開いてみる。

「MMRS、モーフィングメタルラム・システム?新兵器の概要書か。・・・またドリルかぁ」

 この藩国にはびこるドリル信仰にはしっかり那由他も染まっているらしい。乃亜は電脳体で器用に溜息をついて見せた。

 概要書によるとシーバに搭載されたこのシステムは碗部装甲の一部を特殊形状記憶合金で形成し、戦闘時に展開して肘の部分に衝角を出現させるらしい。

 用法のプロモーションでは隠密接敵から高速移動したバーミーズが肘部分の衝角を展開、加速と自重を乗せた肘打ちの一撃で大型I=Dの装甲を貫通、派手に吹っ飛ばしていた。

「なるほど。いつぞやなゆたんが提出した宇宙戦機の応用だな」

 乃亜は一度接続を切ると自分の戦闘データを乗せたノーマルのアメショーとシーバの模擬戦シミュレートを走らせた。

「・・・閣座損傷率21%?幾ら旧型相手とはいえ使い方次第でここまで差が出る物なのか。面白いな」

 乃亜はそう呟いて首筋からソケットを引き抜くと興味深そうにレドームの灯が落とされたシーバを見遣った。

 一方その頃。

 那由他は鼻歌を歌いながら女子寮の全トイレ掃除に勤しんでいた。昨夜先輩である乃亜にぎっちりと叱られた後とりあえず自宅待機を命じられ、今朝になってトイレ掃除一週間の刑に処せられたのであった。

「ふんふんふふーん、なっちゃーんは最強の子~、おぉ。まるで新品同様のこの輝き」

「ぶなー」『なんで僕までトイレ掃除なんだよ。ここって女子寮じゃないのか?』

「普段みんなにお世話になってるくせに文句言うな。真面目にやらないと柄にくくりつけてモップ代わりにするよ」

 すっと眼を細めて物騒なことを言い出す那由他に全身の毛を逆立てると慌てて柄付きのタワシで便器をがしがしと磨き始める明宗。

(恐ろしい!アレは絶対本気の目だ。那由他、恐ろしい子!)

 以前那由他の機嫌を損ねた明宗は冗談だと思って聞き流した制裁を受け、物干し竿の先にローブで結びつけられて地底怪獣釣りという遊びの餌にされた。
 冗談のようで本気、真顔で嘘を言う那由他は明宗ですら時々読みを外すときがある。こういうときは素直に従っておいた方が後々の精神衛生に宜しいと付き合いの長い明宗は学習していた。

「よろしい。それにさ、真面目にやってたらまたシーバに乗せて貰えるかも知れないじゃん。だからトイレ掃除でも頑張ろうよ。ね」

 那由他はあくまで前向きである。厭なことや失敗は端から忘れるともいうが。

 鼻歌を歌いながら掃除を再開する那由他の8ビットネコ脳は既に次の闘争に思いを巡らせていた。

 ナニワは、今日も平和である。

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最終更新:2008年01月02日 11:23